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「……あの子にも困ったものね」

「ああ」


 二人してため息をついてたのはロヴィーナの両親だ。

 ため息の原因は先日、彼らの一人娘が四体もの大精霊を召喚させたことだ。


 大精霊は精霊名を持つものにしか召喚されない。そして精霊名は精霊王から授かる。つまり精霊王に認められなければ、大精霊を召喚することは出来ない。

 そして過去、精霊名を授かったものはほぼハイエルフである。これはハイエルフが精霊に近い存在だからだ。

 ロヴィーナの母、アリッツァも精霊名を授かっているが、親はハイエルフの王とエルフ、つまりは妾の子として生まれた。

 ハイエルフからすれば中途半端な子だったため、精霊名を授かるはずがないと言われてたものの、実際には精霊王に認められた。

 これは快挙だ。

 だがそのためにエルフの里では注目されたが、やはり精霊との相性はハイエルフたちに劣り、それが劣等感を生み出し、結果他国へと流れた。


 さて、ハイエルフと人の間には子は生まれない。これは血が違いすぎるからだ。

 そしてアリッツァもハイエルフに近い存在であり、当初子供は出来ないだろうと思っていた。

 しかし予想を裏切り、ロヴィーナという娘を授かった。


 ロヴィーナは変わった子だった。いや、変わったのは精霊魔法を教えた時からだ。

 エルフは概ね五才くらいから本格的に精霊と交信を始める。そしてロヴィーナも五才になったときに、精霊魔法を教え始めた。

 その一番最初の授業の時、まずは精霊がどのようなものなのかを見せるため水の大精霊を召喚したのだが、それからだ、ロヴィーナが変わったのは。

 それまではちょっと泣き虫なだけの、ごく普通の子だったのに、大精霊を見た途端まるで人が変わったかのように大人び始めた。

 泣くどころか甘えることや些細な反抗することすらせず、実に大人しく聞き分けの良い、そして賢い子へと変わった。

 実際のところは大精霊を見たロヴィーナがその精霊力に充てられ、生前の記憶が蘇り中身が三十二才男性へと変化したのが理由だったが。

 そんな事もあり、そして手のかからない子へとなってしまったため、アリッツァも父親のエドムントも互いに仕事へと集中し始めた。

 そして七年の月日が流れ、今では店番を頼み、更には朝夕の食事の支度や掃除洗濯全て任せている。


「どうすればいいのかしら」

「……全く構ってあげられなかったのが原因だと思う。あの子は僕らがいないときずっと一人だったし、常識を知らないんだよ」

「そうね、確かにそうだわ。親らしいことなんて全然していなかったもの。それに家の事を全て任せているし……」

「うん、これは僕たちの失敗だ。そこでだ、家政婦を雇ってみないか?」

「家政婦を?」

「ああ、ロヴィーナもまだ十二才、子供だよ。子供は外で遊ぶものだ。でも家の掃除や洗濯をしてくれる人や店番は欲しい。だから家政婦を雇ってあげれば、ロヴィーナにも時間が出来るだろう? 僕らだってどちらか交代で休みを取れば、相手してあげられる時間も増えるし、そうでなくとも家政婦がいれば話し相手になれる」


 宮廷魔導師は高給取りだ。そのため同僚の中でも家政婦を雇い、家の仕事を全て任せているものが多数いる。

 既に雇っている人から家政婦を紹介してもらえば、信用のある人を探す手間もなくなる。

 店番と料理や洗濯掃除、あとは平日のロヴィーナの話し相手を考えるなら二人程度は欲しい。

 

「そうだわ。娘を連れて買い物もしていないし、裁縫も教えていないし好きな男の人の話だってしていないし」

「す、好きな男!? まだロヴィーナは十二だろ? 交際なんて五十年早い、だめだ認めないよ!!」

「……五十年はさすがに長すぎるわよ」


 そもそもエドムントは既に三十八、この世界の人族の平均寿命は六十年程度であり、それまで生きていないだろう。

 それはともかくアリッツァは、娘と一緒に何かする、という母親らしい事をこの七年全くやっていかなかった事に今更気がついた。

 寿命が長く、気の長いエルフらしいといえばらしいが、これではいけないと強くそう思った。




「というわけでロヴィーナちゃん! 今からお買い物に出かけるわよっ!!」

「……はい?」


♪ ♪ ♪

 

 雨。

 土砂降りではなく、しとしとと降る雨だ。

 この首都リブベスクは盆地であまり雨は降らないが、全く降らないということはない。年に数回はこうして降る。

 ちなみにリブベスクの水源は地下水だ。それを汲み上げているんだけど、何せ首都の人口は十万人もいる。あまり吸い上げると地盤沈下が起こりそうな気がするんだよな。

 でもここはドワーフの国、そしてドワーフは元々地下に住んでいた種族だ。その辺はしっかり対策しているんだろう。


 それよりも雨は鬱陶しい。いや水は必須だけど、それでも雨は気分が憂鬱になる。

 そんな訳で本を読む気にもなれず、ぼーっと窓の外を見つめていた。

 うちは第三大通りに面している。

 首都リブベスクは菱形に近い形になっていて、その真ん中辺りをぐるっと環状に通っている大通りだ。リブベスクの縦横を走る第一、第二大通りに比べれば劣るものの、それでも通行量は多い。

 でも今日はさすがに雨の日だけあって少ない。

 前の世界では傘が雨具のメインだったが、ここでは外套だ。歩く人は全員外套を羽織っているので顔は見えない。

 最もドワーフの顔は俺にはなかなか判別付きにくいけどね。


 でも大通りの様子を見ていると、なかなかに楽しい。

 駆け早足気味に歩くもの、外套を羽織らずダッシュで走るもの、ゆっくり歩くもの、大通りの中心で上半身裸で雨に打たれながら何か叫んでい……え?

 最期のは中二病でも煩っているのだろうか。右腕の紋章が疼いてるとか、俺の力が暴走したために雨が降ったとか。

 ま、盆地に雨は恵みだ。一時だけだが少し暑さを忘れさせてくれるし、木々や草花も喜ぶだろう。

 雨が上がったら、湿度も上がって一層蒸し暑くなるだろうけどな。


 あー、何かぼんやりしている。やる気が起こらない。普段から客は来ないけど、雨降ってるならまず来ないよな。

 時間もまだお昼を回ったばかりだけど、店を閉めて自分の部屋で寝てようか。

 しとしとと降る雨で好きなのは、雨音がまるで子守歌に聞こえてくるところだ。布団に潜ったら秒単位で寝られる自信がある。

 前の世界なら、こういう時はスカッとするようなアクションゲームや、雨が気にならなくなるくらい熱中できるシミュレーションゲームや箱庭ゲームで遊べばよかったけど、こっちの世界だと娯楽が少ないんだよね。


 そう、娯楽だ、娯楽が少ないのだ。


 たださすがに家庭用ゲーム機やら、パソコンを作ろうと思っても、俺じゃ無理だろう。

 ドワーフがいるし、鉱山だって近くにあるから、知識を持っている奴がいれば半導体技術を確立出来るかもしれないけどね。

 となれば、俺が作れるものはアナログゲームになる。


 ベーゴマとかおはじき?

 一人でやって何が楽しいんだよそれ。


 トランプ。

 これも空しい。


 すごろく。

 えっと……。


 福笑い。

 …………。


 詰め将棋。

 そもそも棋譜は誰が考えるんだ。


 クロスワード。

 これも上と同じ。


 積木くずし、或いはジェンガ。

 たーのしー。



 ……だめだ、どれもこれもソロじゃ空しい。

 娯楽だ、なにか娯楽を寄越せ。

 ってか、素直に友達作れよ俺。

 そうだ、友達だよ友達。

 まだ俺は十二才なんだ、本屋で店番じゃなく外で遊んでいてもいいだろ。今日は雨だけどな。


 大精霊を呼んで話し相手になってもらおうかな。精霊は大精霊くらいになると精霊語で会話できるからね。

 でも先日グラッピス宅へ大精霊四体連れて行ったせいか、親に暫く召喚禁止って言われちゃったんだよな。

 解せぬ。

 大精霊ってすごく力のコントロールが上手で、作り立ての状態を完璧に維持させるには、彼らの力が必要だったのだ。

 そして食事には周りの環境も大切、エアコンなんてないからね。


 ほら、大精霊四体いるでしょ?


 別に大精霊を便利に使っちゃダメなんてルールはないんだし、第一彼らだって喜んでたし、いいじゃないか。

 全くみんなお堅いんだから。

 

 ふぅ、とため息を付く。

 しかし何をしようか、掃除でもしようかな。


 店内は大体四十平米程度と、そこまで広くはない。

 しかもそのうちの半分以上はカウンター内なので、お客さんが入れるスペースなんて数人だろう。

 カウンター内の壁は全部本棚になっているけど、蔵書数は正直五十冊もない。ガラガラだ。

 カウンターの下には鍵のかかる引き出しがあって、ここに金や本のタイトルや値段のリストが載ってる紙がある。

 また倉庫もあったりする。カウンター奥の左側の扉は外に続いているけど、右側の扉が倉庫への入り口だ。

 最も中はがらんどうだけどね。

 ということで、本棚とカウンター、床しか掃除するところがないので、すぐ終わってしまう。

 上の階の掃除をするには一旦店を閉めないといけないし、そちらは時間がかかる。

 

 やっぱり寝ようかな。


 やる気ゲージがそろそろマイナスに突入しそうになったときだ。

 外套を纏った人が窓の外の視界に入ったかと思ったら、突然店のドアがばーんと開かれた。


「というわけでロヴィーナちゃん! 今からお買い物に出かけるわよっ!!」

「……はい?」


 あ、母親か。

 いきなりなにを言っているんだこの人は、というか仕事どうした。


「よく考えたら私って全然ロヴィーナちゃんと買い物してないのよ! だからいきましょ!!」

「え? え? 行くってお店どうするの」

「こんな日に客なんて来ないわよ、そもそも全く売れてないじゃない。エドムントのちっぽけな趣味よりもお買い物のほうが優先よ」


 お父様、ディスられていますよ。


♪ ♪ ♪

 

「これ着て」

「あの……スカートはちょっと……」


 あのあと母親に連行された先は、繁華街にあるちょっと洒落た洋服店だった。

 しかも服屋に入るやいなや、如何にも女の子していますよ、と言った服を凄まじいスピードでチョイスし、次から次へと手渡してくる。

 今の俺の服装は、長いチュニックにズボンだ。これと似たような服を三着ほど持っていて、それぞれローテーションしながら着ている。

 スカートなんていう類いは一切持っていない。

 だって……ねぇ……三十超えた元おっさんがスカートはちょっと……抵抗ありまくり。


「だめです、今日のロヴィーナちゃんはこれから私の着せ替え人形です」

「ええ!? 拒否し……いえ何でもありませんマイマザー」


 拒否という単語を発した瞬間、凄まじい威圧が母親から飛んできた。

 まずい殺される。

 母親の本気を受け取った俺は、精神を殺して淡々と服を合わせた。



「ふわー、すっごく可愛い」


 チェック柄の丈の短いチュニックと膝上の黒いスカートに、画家がつけてそうな帽子。

 薄い茶色の長いワンピースの上に、袖が長く丈が短めでセーラー服のような襟元のジャケット。

 白の半袖のシャツに半ズボン、腰にでっかいリボンを巻いて更には長い靴下。

 青色のオーバーオールに、白のシャツと野球帽っぽい帽子。

 トドメに、ワイン色を基調としたフリルのたくさんついたドレス、黒色のストッキングと小さい帽子に白の手袋というゴスロリ。


 次々と店の更衣室で着替えさせられた。

 しかも着方が分からないものもあるので、母親も同じ更衣室内にいて手伝ってくれるのだ。

 ゴリゴリと削られていく精神。


 もうやめて、俺のライフはゼロよ。


「ね、ね、ロヴィーナちゃんはどれがいい、私としては一番最後の……」

「オーバーオールが良いですっ!!」


 ゴスロリはさすがにかんべん。

 かといってスカートは却下、半ズボンも小学生じゃないんだからちょっと。

 ということで、一番マシなのはオーバーオールだった。


 見た目は正直可愛いけど、作業着風と思えば問題ない。


「ロヴィーナちゃんって男の子っぽい服好きだよね」


 そら中身男ですから。


「分かったわ。じゃ、それ全部買うからね」

「ほわっ!? そ、そんなお金が勿体ない。一つで良いよ一つで!」


 この世界、衣類は結構高い。

 多分これ全部買えば先日売れた本代、三万五千メルくらいにはなるだろう。

 ちなみにうちの月の食費が六千メルである。


「お金は心配しなくても大丈夫よ。宮廷魔導師が二人もいる家庭よ? これ全部合わせても四万メルしないじゃない、安いものだわ」

「無駄遣いはよろしくないとご提案します」

「そんな言葉どこで覚えたのよ。これは無駄じゃない、必要経費よ。さ、行くわよ。今度の休みにはそれ着てお出かけね!」

「えええぇぇぇぇ!?」


 部屋の中で着るだけでもダメージ負いそうなのに、これを着て外!?

 なにそれ、どんな罰ゲーム!?



 そして四日後、エルフの姉妹と思しきゴスロリ服を着させられた愛らしい少女と、ドレスコートした美しい少女の二人が繁華街を歩く姿があった。

 嬉しそうに歩く姉のようなエルフと、真っ赤になった妹の姿は、外から見るととても愛らしかったらしく、一時期ホットな話題になったという。




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