十
母と精霊たちと一緒にお茶をした日の夜、俺は久々に母と一緒に寝ることになった。
え? 別に変な事一切考えてないよ。
さすがに六十年以上も親子やってたら、いくら何でも慣れるもんだ。
母と一緒に風呂に入っても全くどぎまぎしないからな。
むしろ胸部装甲にちょっと優越感を感じるくらいだ。
さて、久々の添い寝だ。
母と一緒に寝るのはいつ以来だろうか。
布団に潜り込んで丸まっていると、母が声をかけてきた。
「ねぇ、ロヴィーナちゃん」
「なに?」
「私ね、そろそろこの国を出ようかと思っているのよ」
えっ? なんで?
いきなりすぎるよ。
「なんでっ!?」
「元々私はここに来る前は、色々と大陸中を旅していたのよ。エドムントと出会って、結婚して、ロヴィーナちゃんを生んだからここに拠点を築いたけれどね」
そう言えば聞いた事があったな。諸国漫遊の旅をしているとかなんとか。
昔、探索者をやってたということもチラッと聞いた事がある。
「でもエドムントも亡くなって、ロヴィーナちゃんもすっかり大人になったし、そろそろまた旅がしたいなと。あ、心配しないで。また三十年後か四十年後くらいには一度戻ってくるから」
三~四十年後って、さすがエルフ、気の長い話だ。
俺まだ六十才超えたところなんだけど、俺の人生の半分以上過ぎたら戻ってくるのか。
そうだよな、エルフの年齢に換算すればまだ母も若い部類に入る。
このまま死ぬまでここで何百年と暮らすのも、俺だと絶対飽きるだろう。
「どこへ行く気なの?」
「そうねぇ……色々と回ってみたいけど、まずは共和国の迷宮にでも行こうかなと。私も腕が落ちているし、ちょっと鍛えないとね」
「それならサイサランドの迷宮でもいいんじゃないの?」
「そこは……ほら、昔居たからね。どうせなら新しい場所で一から始めるのも良いかなと」
共和国の迷宮かぁ。
そう言えば行ったことが無いな。
帝国の迷宮も行ったことがないし、こっそり忍び込んでマーキングしておこうかなぁ。
目指せ大陸の迷宮制覇ってな。
「行ってもいいかな?」
「うん、いいよ」
「よかったぁ……断られたらどうしようかと思ってたから」
「何なら大精霊に護衛頼むけど?」
「そんな恐れ多いことしないでっ!?」
恐れ多い……か。
うーん、まだ母も大精霊を崇め奉ってるよな。
いい加減慣れて欲しいものだ。
あ、でもこっそり誰かを付けておくのもいいよな。風の大精霊なら見つかりにくいし。
「でも出発するのは数日待ってくれる?」
「ん? どうして?」
「えっとね、ちょっと案内したいところがもう少しで出来るの。それを見せたいの」
「あら、可愛いこと言っちゃって。いいわよ」
温泉が完成したら親孝行したいのだ。
今まで散々迷惑ばかりかけてきて、俺からは何一つ返してないからな。
温泉を案内しただけで返しきれるとは思わないけど、少しでも返したいのだ。
でもさ、親孝行したいと思って案内したのが、いかにもわびさびを感じる小さな温泉だと味気ないよな。
やはりここは一つ、温泉スパのような巨大施設を作って度肝を抜かしたい。
一生の思い出にさせてみたいよな。
これは本気を出さざるを得ない。
「それと……少なくとも五十年くらいは再婚はしないでね。新しい家族よって弟か妹を紹介されても心の準備があるから」
「そんな簡単にはしないわよっ!?」
だって、うちの母は見た目だけならまだ二十才にもなってないのだ。
あちこちから声かけられそうだしな。
「あ、そうそう言い忘れてた事があるんだけど」
「なに?」
「報告終わった?」
ごめん、すっかり忘れてた。
明日城にいってきます。
♪ ♪ ♪
グラッピスに頼んでいた蛇口が二日で完成した。
大きさは直径一メートルほどと、ちょっと大きいサイズだ。そしてかなり重い。
そりゃ鉄の塊だから仕方無いか。
「よいしょっと」
直径一メートル、高さ三メートルほどもある巨大な蛇口を、俺は軽々と持ち上げた。
そんな姿を目のあたりにし、あんぐりと口が開きっぱなしのグラッピス。
「……ロヴィーナ、おめえ馬鹿力あるな」
「うるさいっ!」
これでも元探索者だし、そもそも精霊王の血を継いでいるのだ。
脚力だってここからミーパル神聖王国まで半日で走りきれるほどだ。
これくらい余裕なのだ。
「グラッピスさん、ありがとうございました」
「おう、また何かあったら声……かけなくてもいいから酒だけもってこい」
「善処します」
そしてグラッピス宅を出て、すぐさま上空へと跳び上がると、温泉が湧いた所まで転移した。
さあ、大工事だ。
まず火山の近くなので、いつ何時地震が起こるか分からない。
耐震性抜群にしないと壊れたら洒落にならないからね。
ということで土魔術のプロである土の大精霊三体のご登場だ。
腕を三回振って、三体の土の大精霊を呼ぶ。
「まずここからここまで五メートルの等間隔で、十メートルほど穴を掘って下さい。そこに支柱を埋め込んで、建物の基礎を作ります」
――こくこく。
みるみると建築現場のような形になっていく。
コンクリなんてないし、鉄筋でもなく、土を固めただけのものだけど、そこはプロ、土も圧縮して魔術でコーティングすればかなり堅くなるのだ。
ただ、全部土だけだと味気ないので、木材も入れよう。
また腕を三回振り、今度は風の大精霊を三体呼んだ。
「その辺にある木を適当に切って持ってきて下さい。ついでに四角にしてくれると嬉しいです」
さあまだまだ行くぞ。
まず温泉といえば檜風呂。
でも檜なんて木を知らないし、組み立てるのも難しそうだから、石でいいか。
大きな岩を風呂の大きさに切って、表面を磨いてやればいいだろう。
配管用の穴も用意し忘れないように。
そして岩盤風呂。
これは岩塩を見つけて砕いておけばいいかな?
そうそうサウナも忘れずに。
こっちは火の大精霊にお願いして、温泉を沸騰させて蒸気を狭い小部屋に送れば良い。でもきちんと温度管理しないと、蒸し人間になるから気をつけないとね。
サウナがくれば水風呂も必要だろう。
こちらは水の大精霊だね。
おっと、岩の風呂釜も数が必要だな。何個くらいあれば良いんだろうか。
三個くらい作っておくか。
土の大精霊を追加で呼んで……と。
次は温泉といえば冷たいコーヒー牛乳、これは外せない。
だがこの世界、コーヒーがないので、牛乳だけで我慢だ。
氷の大精霊……は呼ばなくてもいいか。よく考えたらここ、周り寒いし。
適当にどっかの町へ飛んで買ってきて、その辺に置いておくだけで十分冷えるだろう。シャーベット状になるかもしれないけど。
っとと、そろそろ良い具合に建物ができあがってきたな。
さすが土の大精霊三体による建築スピードは凄まじい。
風の大精霊が運んできた木材も利用して、どんどん建てている。
あ、そこにサウナ用の小さな部屋を一つお願いします。
そして配管も忘れちゃいけない。
そこくぼみを作って土で固めておいてください。そこに排水を流すので。流す先は……外でいいか。
そういやマグマを掘り当てたこともあるし、念のため山側に壁でも作ってくか。
マグマに溶けないくらいの極太なバリケードを作ってと。
おっと、そろそろ温泉の湧き出口に蛇口を取り付けないと。
これをこうして、穴にはめ込んで……そして更に土の大精霊を呼んで穴を掘って貰う。
地下からゴゴゴゴ、という音が聞こえてきたけど、しっかりせき止めしている。水も漏れてない。さすがドワーフ製だな。
試しに蛇口を緩めると……おー、すげー、ちゃんとお湯が出てきた。
ちょっと湯の温度が高いので水を混ぜて……と。
さあ、みなさんテキパキやりましょー。
っと、俺は買い出しにいかなきゃ。
ついでにお昼でも買ってこようかなぁ……。
ん? まてよ? これだけの施設にレストランとか喫茶店とかがないのもおかしいよな。
さすがに人を雇って運営させて、という訳にはいかないが、形だけでも作っておいた方がいいかな。
そのほうが見栄えもするだろう。
そうだな、形だけ作っておくか。
でもやるからには、すぐ営業出来るくらいのものじゃないと。
だけどレストランみたいな施設を作るのは正直難しい。厨房見たことがないからね。
それなら、ラーメン屋みたいに客が対面に座って調理する形式でいいか。
マンションや一軒家の対面式キッチンのような感じで。
どうせまだまだ建物には空きがあるのだ、作っちゃえ。
えっと、買ってくるのは竈かな?
水もいるけど、それは水の精霊たちにお願いすればいいし。
食材は外に置いておけば、冷蔵庫の代わりになる。冷凍庫になるかもだが。
テーブルと椅子、食器類は土やら木で作れるし。
こう考えると土魔術って偉大だな、便利すぎる。
さあ、完成までみながんばろー。
♪ ♪ ♪
そして竣工から二日を経て温泉スパが完成した。さすがに一日で完成は無理だった。
排水が異様に面倒だったのだ、行き当たりばったりで適当に区画を決めると後で苦労するよね。
最も修正は土魔術であっさり解決できるけどさ。
そして三日目の朝、母を連れてきたのだ。
「え? どこここ? さっきまで家にいたよね? 何なのこの巨大な建物?」
「ここはミーパル神聖王国の北側に位置する火山の近くだよ。空間をちょっといじって跳んできたの」
「……え? ミーパル? 空間を?」
「あれ、知らなかったっけ。一度行ってその場所を記憶する必要があるけど、記憶さえしておけば、一瞬で跳んでこれるんだよ」
「………………それにこの建物は?」
「温泉施設。暖かいお湯に浸かってのんびりする場所だよ。ま、百聞は一見にしかず、まずは入ってみて」
「あ、ちょ、ちょっと、押さないでっ」
唖然とした母の背中を押して、建物の玄関をくぐらせた。
一応寒さ対策に母の周囲には謎バリアーを張っておいたけど、いつまでも外にいると足元から冷えてきそうだしね。
そして中に入ると、まずは受付からだ。
ここでは、カゴとバスタオル一式とロッカーの鍵を受け取る。鍵は南京錠を買ってきて取り付けた。さすがに鍵付きロッカーを作って貰うには時間がなかったからだ。
ちなみに受付嬢役として闇の大精霊を用意した。
彼女くらいしか会話してくれないからね。
「あらロヴィーナさんとアリッツァ、いらっしゃい」
「うん、宜しくお願いします」
「はい、これをどうぞ」
「お母さん、受け取って」
「え、ええ……」
闇の大精霊からカゴとバスタオル一式をおそるおそる受け取る母。
そんなに緊張しなくても。
「んじゃ行ってきまーす」
「はいお気を付けて」
さてまず案内するのは脱衣所だ。最初にお風呂へ浸かったあと、岩盤風呂、サウナにいってその後ちょっと休憩する。
そして食事を取った後、午後からは母一人で探索して貰おう。
「小精霊がこんなに……」
ロッカーが二十個ほど並んだ脱衣所に来ると、母が呟いた。
小精霊たちがいるのはエキストラとして何十体か呼んでおいたのだ。これだけでかいのに客が俺と母だけじゃ寂しいからね。
脱衣所だけではない、きちんと温泉にも食堂にも、ちゃんといるよ。
小精霊だけでなく、ところどころ中精霊も呼んで、小精霊たちの親っぽく仕立ててる。
「ここは脱衣所だよ、まずは服を脱いでバスタオルで隠して、お風呂に入るの」
「う、うん。何が何だかもう訳が分からないけど……お風呂ね」
早いけどメインイベントだ。
お風呂のドアを開けて中に入ると、そこには二つの湯船とサウナルーム、そして岩盤風呂二つと水風呂があった。
俺たちが入ると、中にいた火と水の大精霊が軽くお辞儀してくる。
彼女たちはここの管理人だ。
火の大精霊にはサウナと岩盤風呂の蒸気を、水の大精霊には温泉の温度調整と水風呂を担当して貰っている。
「こ、これは凄いわね……」
「でしょ、一番頑張ったところなの。さ、どこでも好きなお風呂にどうぞ」
「ええ……もうどうでも良くなってきたわね。ところであの石が敷き詰められてるベッドは何なの?」
「それは岩盤風呂といって、あそこでゆっくり寝ると身体に良いんだよ」
「お風呂なのにベッドで寝るの?」
「うん、そういうお風呂なんだよ。下から熱気が出ているから気持ちいいよ。あ、そうそう、かなり汗かくからあそこにある水を定期的に飲んでね」
「はぁ……なんだか分からないけど、本格的なのね」
思い出作りとして作ったのだから、度肝を抜かせて強烈な印象を叩き込むために、本格的にしたのだ。
出来ない部分もあったけど、そこそこは頑張ったつもりだ。
そしてまだまだこんなモノじゃないぜ。




