九
遅くなりました。。
「グラッピスさん、お久しぶりです」
「おっ、ロヴィーナじゃねぇか。ほんと久しぶりだな。っていうか、おめえさん、確かどっか別の国にいるんじゃなかったか?」
「報告がてら少しだけ帰省しにきました。早速ですが蛇口作って下さい」
自国へと戻ってきた僕は、まず真っ先にグラッピス……ドワーフの賢者に会いに行った。
目的は温泉用の蛇口だ。
「は? なんだそのジャグチってのは? っつか、いきなり製作かよ。儂は一応宮廷魔導師なんだがな」
「あはははは、何の冗談ですか?」
「冗談じゃねぇよ!?」
だってグラッピスは俺が宮廷魔導師になった頃には、殆ど顔を出してなかったし。
たまに会った時もずーっと酒飲んで細工作ってるだけだったからね。
「それでですね、蛇口というのは上部がネジになって……ああ、面倒くさい、紙とペン下さい、図面書きます」
「ああ? ほらよ」
俺が記憶している蛇口は、上にひねる部分があり、その下がネジ式になっていて、それを動かすと内部のパイプに上からシャッターが降りてくる奴だ。
それでパイプ内部を通る水をせき止める。
もちろん今回のは温泉だから、水圧も大きいと思うので、その分強力な蛇口も必要だろう。
「こんな感じです」
「……もっと正確な図面、とは言わないまでも、せめてワームがのたくったような絵はやめろよ」
うるさい、俺に絵心を求めるな。
ここから後は口で説明すれば、何となくイメージが付くだろう。
「足りないところは口で説明します」
「全部口で説明になるな」
「焼き殺しますよ!?」
「おい馬鹿やめろっ! こんなところで火の大精霊召喚するんじゃねぇ!!」
こいつ一言多いんだよ。
俺の繊細な心にダメージを負ったらどうするんだ。
「説明します。まずこの上の部分をこうくるくると回すと、下に繋がっているネジ部分が回転して、それがこの壁を押し下げます」
「ふむ……」
「この壁はパイプ内部を完全にせき止めるものになります」
「ほー、このパイプの中に何か通すのか?」
「はい、地下水ですね」
「……は? おめえさんは、地下水をせき止めるものを作れって事を言ってるのか?」
「そうですけど? 正確には、地下水まで穴を掘って、そこから出てくる水をせき止めるものですね」
地下水と言った途端、グラッピスの顔が渋くなる。
きっと頭の中で色々複雑な計算をしているのだろう。
ドワーフは別に知能は低くない、物作りと酒にしか興味がないだけだ。
そして物作りを行っている時のドワーフの頭脳は大陸一だと思う。
「難しいな。地下水の力は大きい、こんなちゃちいものじゃ、せき止めるのは無理だろ」
「穴の大きさは私が腕をめいっぱい輪にしたくらいですね。この大きさでも無理ですか?」
「このひねる部分ってのは、人が手で回す事を想定しているんだろ? 地下水の流れを止めるくらいの分厚いものだと、人間じゃ動かせなくなるぞ」
グラッピスは多分、ダムのようなサイズのものをイメージしているのだろう。
開けた穴は別にそんなに大きい訳じゃないけど、水圧で考えれば相当あると思う。
それをせき止めるのだから、それだけの壁を用意しなければならない。
「力はどうにでもなりますよ。私には土の大精霊という強い味方がいますので」
「それじゃ、お前さん以外には動かせなくなるじゃねぇか」
「それはそれで構いません。どうせこれを使うのは私以外に居ませんので。で、どれくらいで出来そうですか?」
「ん? 作るのなら二日もあれば。材料の鉄がたくさん必要になるくらいだからな。溶かして組み立てりゃすぐだろ」
はやっ!?
さすがドワーフ、ちょっと彼らの製作スピードをなめてました。
「お金はいくらかかっても構いません。頑丈で百年くらい持つ最高級のものを作ってください」
「鉄は錆びる。メンテナンスは必要だ、百年は無理だ」
「じゃあ錆びない鉄を」
「ねぇよ。ってか地下水に長年つけておくと、ボロボロになるってしらねぇのか?」
知ってた。
水に色々な成分が含まれているから、それらが悪さしているんだろう。
でもメンテナンスなんて面倒じゃない?
それかワンタッチですぐ交換できるカートリッジ式にするか。
……あ、これ良いな、この案はまた今度何かの時に提案してみよう。
「そこはそれ、ドワーフパワーでなんとか」
「ならねぇよ」
♪ ♪ ♪
グラッピスに蛇口の製作をお願いしたあと、俺は久々に自宅へと戻った。
「ただいまー」
でも誰も居ない、母はまだ仕事中なのだろう。
それほど大きくはない家のはずだが、一人だと意外と広く見えるな。
実は自宅は前の店舗兼住居ではなく、城に近い場所へと引っ越しているのだ。
前の家は、今ではブック喫茶という名となり、国が経営する老舗の店舗として市民に親しまれている。よく考えたらもう五十年以上経っているからね。
単なる思いつきで始まったのに、よくここまで続いたものだ。
父も亡く母子の二人暮らし、しかも俺は出張中だからな。
誰も居ないのはちょっと寂しい。
さっと腕を振る。
「あああーーー! ロヴィーナさんに呼ばれたーーーー! 愛してますわっ!!」
「はいはい、お久しぶりですね」
「どうして……どうして呼んでくれなかったの?」
「呼ぶも何も、私が精霊界に居る間、ずっと付きまとってたじゃないですか。精霊王も目で、こいつ邪魔だな、と睨んでたくらいに」
あまりに静かだったので、何かと騒がしい黒っぽいオーラを出す美女、闇の大精霊を呼んでみたが、想定以上に騒がしかった。
この子とは、俺が精霊王の血を制御できる間、ほぼずっと付きまとわれていた。
実に五十年近くである。
それだけ長い期間ずっと会ってたら、そりゃ呼ばなくてもいいか、となるに決まっている。
「そんな……。わたくしの血を混ぜた飲み物を今度ごちそうするので、もっと呼んでください」
「すっごく遠慮します」
「遠慮するって、まさか……他の国で新しい女を見つけたの? わたくしの知らない女の匂いが二人もするわ」
ああ、たぶんリリーとシャーロットだね。
しかしこの子の鼻ってどうなってんだ? 犬より凄くない?
「一人で飲むのも寂しいですので、お茶にしませんか? 私が作るので闇の大精霊さんはこのまま、ここに居て下さい」
「わたくしがやりますよ?」
「私が歓待したいのです」
だってこの子に任せたら、何を混ぜられるかわかったものじゃない。
毒とか変な物が混ざっても、その辺のものは一切効果がないので問題ないけど、さすがに気持ち悪い。
さっと腕を振って火の大精霊と、水の大精霊も呼ぶ。
そして四人分の水を用意してもらい、それを沸騰少し手前まで熱させる。
「ロヴィーナさん……わたくし以外の子を呼ぶなんて……」
「いいじゃないですか、久しぶりなんですから。火と水の大精霊さんもお手伝いが終わったらそこに座って待ってて下さい。あ、火の大精霊さん、燃やさないよう気をつけて下さいね」
――こくこく。
ついでにここ最近頑張ってくれている土の大精霊も呼びたいけど、椅子が四人分しかないんだよね。
その代わり彼には温泉の一番風呂に入る権利をあげよう。
茶葉をポットに入れてお湯を注ぐ。そして待つこと三分、十分蒸らし終わってから、四つのティーカップへとお茶を煎れた。
「お待たせです」
「ではせっかくなので、わたくしがロヴィーナさんの煎れて頂いたお茶を全部飲むわ」
「何がせっかくですか!? 独り占め禁止です」
それぞれの椅子の前にお茶を並べる。
さ、飲んでください。
「ふー、落ち着くわ。さすがロヴィーナさんの手作り」
「水の大精霊さんの作った水ですけどね」
「良いのです、最終的にロヴィーナさんの手に渡ったので、これは手作りなの。ところで召喚者はどうなの?」
「んー、そうですね。なかなか潜在能力は高そうですね。リリーって子もすぐ魔術を使えるようになったし」
「何をやらせるつもりなの?」
「特にこちらからは何も言わないですよ? 彼らが思いつき、考えた事について助言する程度です。私は教育係ですからね」
あの三人の中で一番大きく動きそうなのがシャーロットだ。
食糧改善をしたいと言ってたし、そのために肥料作りをするそうだし、それ以外にも手をつけそうだ。
ただ……食糧改善したところで、あの国の食糧事情が良くなるだけだ。
それは財政面でも助かるし、それだけあの国の力が付くと言う事になるが、それでも刺激というレベルには全然足りないだろう。
だがこれはあくまで第一歩だ。
このまま現代の地球レベルの知識を浸透していけば、十年、二十年後には色々と変わると思う。
「ふーん、なんだか普通ね」
「ええ、まだ召喚されて一年も経っていないのです。彼らにも準備期間は必要でしょう? 三年くらいはこのままでも良いかなと思っていますし」
「ロヴィーナさんは三年後に大きく動くの?」
「そうとは限りませんけどね。ある程度知識を得たら一人をあの国に残して、残りの二人をどこか別の場所に行かせるのも面白そうですし」
特にケーイチはハーレムを目指しているっぽいし、外に出したら色々騒ぎを起こしそうだからな。
とは言っても彼にとっては異世界召喚、やはり定番の魔王でも用意したほうがいいのかな?
リリーはリリーで魔術の勉強をもっと教え込めばとんでもない魔術師には育ちそうだし。
ただ彼女の力はシャーロットの補佐にも回したいんだよね。
その分シャーロット側の作業が進みそうだし。
「ただいまー」
「お母さん、お帰りなさい」
「鍵が開いているから一瞬誰かと思ったけどロヴィーナちゃ………………」
そんなことを話していたら、母が帰宅してきた。
でも四人でお茶を飲んでいる部屋に入ってきた途端、固まる。
どうしたのかな?
ああ、そうか。闇と火と水、そして俺の四人でテーブルが埋まっているから、母の分がなかったか。
確かに家主なのに、自分の椅子がないなんて、そりゃ絶句するよね。
「テーブルを占拠してごめんなさい。んー、もうちょっと椅子を追加したほうがいいよね」
さっと腕を振って土の大精霊を呼んで、椅子を作って貰うようにお願いした。
また目線で水と火の大精霊に追加のお茶の材料を用意して貰う。
「これで完璧です。ささ、お母さんも座って座って」
「あ、うん……えっと、お邪魔します」
「自分の家なのにお邪魔します、はおかしいよ?」
そうね、とだけ母は顔を引きつらせながら椅子に座った。
何かおかしな事でもしたのかな?




