三
さてさて、久しぶりの買い物以外での外出だ。
俺は首都リブベスクの第一大通りを歩いていた。家のある西区第三大通りからだと、徒歩十五分くらいである。
首都リブベスクのは五つの大通りがある。
第一大通りは城から街の正門までを結び、第二がそれと中央で交差するように、第三が第一と第二の交差点を真ん中にしてちょうど街の半分当たりを環状線のように円を描いて、第四が街の一番外側の環状線、最期の第五が鉱山へ続く通りとなっている。
これに加えてそれぞれの通りから縦横に路地が続き、盆地のため凹凸があるので一階やら二階と高さまでも変わる、非常に迷路な街だ。
だがこの街で生まれ十二年、中心街と俺の家がある西区ならほぼ完璧に把握しているのだ。
中心街、第一と第二大通りが交わる場所はリブベスクの中でも一番賑わっている繁華街だ。
そこをねりねりと歩く。
この国はドワーフが一番多く、売っているものも大半はドワーフ向けだが、首都一番の繁華街という事で他種族向けのものも比較的多く売っている。
食材ならともかく、服やテーブルなどといった人間、エルフ向けを買うには中心街へ来るのが一番だ。
最も今の俺の身長だと小柄なドワーフと比べても代わりはないから、女性向けドワーフの服でもサイズはぴったりなんだけどね。
え? 繁華街を一緒に歩く友達はいないのかって?
ははっ、そんな野暮な事きくなよ、涙が出てくるだろ?
まずこの国はドワーフの国だ、当たり前だがご近所もドワーフだらけである。
更に大通り沿いに家がある。大通りってのは人がたくさん歩くから店が建ち並んでいるのが普通だ。そしてこの国に来ているドワーフ以外の人種は城勤めか、役所勤めが大半であり、店を開くためにここへ来ている訳ではない。
つまりだ、店の周囲は百%地元ドワーフたちの店ばかりである。
そんな中、異種族の俺があそびましょ、と言っても仲間に入れてくれないのだ。
あとドワーフとエルフって種族的に喧嘩するほどじゃないけど、仲は良くないのもあるからな。
両親の同僚の子供たちなら、何度か会った事はあるけど、全員城に近い場所に住んでいて、俺の所からだと結構距離があるので幼少の頃はなかなか行けなかった。
それが引きずって今の年齢でも会いづらいのだ。
いいんだよ、ぼっちは慣れてるから。
そんなこんなでぶらぶら散策していると、美味しそうなアイスを売っているのを発見した。
冷蔵庫ならまだマシだが、冷凍庫の魔道具は維持費が高い。うちは氷の小精霊にお願いしているのでタダだが、普通なら月に二万メルくらいはかかる。冷蔵庫だけでも月に五千メルだ。
このため、氷は貴重なものとなっているので、アイスも滅多に見たことがない。
話のタネに食べるのもいいか、どんな味付けしているのか気になるし。
そう思って近づき、ぱっとアイスの値段を見ると、前の世界なら百円くらいで買えそうなものが、五百メルもしていた。たっけぇ。
アイスは自宅でも作ろうと思えば作れる。砂糖は高いけど、近くに山があり山頂にはサトウカエデとかが生えているので、比較的メイプルシロップは安い。
甘味と言えばメイプルシロップ、これここの常識だ。
ま、あくまで比較的、というだけで、メイプルシロップも一本の木から取れる量なんてたかが知れているからね。
なんだっけ、メイプルシロップ一リットル作るには四十リットルくらいの樹液がいるんだっけ? しかも取れる時期は春先しかないとか。
だから砂糖よりは安いけど、それでも結構なお値段がするのだ。
ちなみに五百メルって俺の月のお小遣いと同等だ。
先日、本のお釣り事件で収入のあった大銅貨五枚がまだ手元にあれば買っちゃうんだけど、あれは母親に全額取られたからな。
うん無理、買えません。
でも良いんだ、そのうち自宅でもアイス作ってやる。
アイスキャンディーくらいなら作れるだろ、水に果汁を入れてメイプルシロップをぶちこんで氷らせればいいだけだ。
それ以外にもウィンドウショッピングをしたけど、いまいち良いのは無かった。
そういえば一点だけ面白そうな杖を売っているのを見つけた。
木の杖で長さは一メートルもないくらい、先端に魔石が埋め込まれていて、最近よくあるタイプだ。
魔術師の多くは宝石タイプを使い、得にサファイヤっぽい青色のものが一番魔力を伝達しやすく人気が高い。
だが魔石を付けると、魔石に籠められている魔力が魔術を補佐してくれるので、初心者向きの杖として売られている。
この杖もそれと同じなのだが、ただその魔石が問題で、やけに強力な何かの力を感じるのだ。
値段を見ると五千メル。値段だけで言えば魔術を覚えたての子供向けかな。
宝石のついたタイプだとこの二十倍、三十倍は軽くするし、国宝級の杖だと値段が付けられないほどだからね。
そんなお安い杖ですら、俺には手が届かない。
最も俺の魔法の発動体は両手首に付けてるリングだし、杖はいらないんだけどね。
さて、見るものもなさそうだし、ぶらぶらするのも飽きた。
そろそろお昼になるし、帰って昼食にするかな。
あ、どうせなら帰りに食材店に寄ってなんか買ってくか。
……なんだか主婦みたいだな、俺。
♪ ♪ ♪
中心街から家に帰るには、第二大通りをまっすぐ西へ歩き、第三大通りと交差したところで若干南へ下れば家だ。
簡単だろ?
ちなみに家から城へ行くには、第三大通りを北へ向かってずーっと歩いて行けばそのうち着く。第三はくるっと環状線のように街を囲っていて、北側の頂点が城だからだ。
そして食材店は第二と第三の交差点付近にある。大通りが交差している場所は、大抵大きな店があるからね。
食材店はビル形式になっていて、高さ四階と結構高い。フロアごとに売っている食材が異なる。
一階は肉と酒とパン類、二階が野菜と魚と穀物類、三階が果物やら甘味やらと別れている。
あ、魚は南にある山を渡った先に源流となる場所があって、そこら辺りで生け簀を作って育てているらしい。
そのため売られているものは全て川魚だ。
うん、今日は川魚をメインにしてみようかな?
魚の塩焼きと蒸かしたジャガイモに野菜、他には……あ、カブがある。これ茹でて魚に添えようかな。ちょっぴり和風っぽい。
ついでに調理酒代わりに酒も買おうかな。
ちなみに売られている酒は麦芽酒のエール、果物系の果実酒、そして蒸留酒だ。特に蒸留酒は様々な種類があり、芋類や果物、麦、中には蒸留酒を合わせたカクテル類もある。ドワーフの酒に対する執念は凄まじいな。
でもこの蒸留酒ってドワーフ向けのためか、非常にアルコール度数が高い。何度か使った事あるけど調理酒として使うなら水でかなり薄めておかないとだめだからな。
「おっ、ロヴィーナじゃないか」
「こんにちはグラッピスさん」
名前を呼ばれ振り向くと、そこにはひげもじゃのドワーフがいた。
ドワーフには非常に珍しい魔術師のグラッピスだ。両親の同僚でもある。
小さい頃何度か城まで連れて行かれた時に挨拶を交わしたんだけど、彼もこの西区近辺に住んでいるらしく、食材を買いに行くとたまに遭遇するのだ。
「なんだ珍しい、酒を買うのか?」
「はい、これは料理の調味料代わりに使うんですよ」
「ほー、酒をか? 酒で魚を茹でたりするのか……そのまま飲んだほうが美味そうだが」
「いやいや、そこまでたくさん使いませんよ。小さいスプーンで一杯二杯程度、しかも水で薄めて使うくらいですよ」
「変な事に使うんだなぁ、絶対酒はそのままの方が美味いのに」
「魚やカブが主で、お酒はその味を調える程度ですよ。ま、余ったら多分お母さんが飲むと思いますけどね」
父親はまるっきしの下戸だが、母親はエルフのくせに酒豪だ。
甘めの酒を好むが、ドワーフが飲むような蒸留酒をストレートで一気に煽ったりもする。ほんとにこいつエルフか?
ちなみに俺はまだ飲んだ事はない。前の世界じゃそこそこ飲む方だったけど、さすがに十二才じゃまだ無理だろ。
しかもここに売ってるのって、全部ドワーフ向けだからな。水割りなら行けるかもだけど、今のこの舌は甘いものが好物の子供舌だし、アルコールは受け付けられないと思う。
「はっはっは、あいつはエルフのくせに俺とタメ張るくらいの酒豪だからな。エルフにしておくのが勿体ないくらいだ。ロヴィーナも見習って五年後くらいにはあいつと飲めるようにしなきゃな!」
「さすがにお母さん目標するには無理だと思います」
「ま、下戸の父親の血も半分混じってるからな! それでもあいつの半分くらいは飲めるようになるだろ」
ザルを半分にしてもザルなんだよなぁ。
しかしグラッピスの買い物カゴの中身を見ると、酒酒酒酒肉酒酒酒酒だった。なんだこれ。きちんと食生活考えようぜ、ってかもう酒しか無いのと同じじゃんそれ。
「グラッピスさん、今度何か作りにいきましょうか? さすがに肉と酒しかないのはちょっと……」
「お? これくらい普通だろ? 酒をつまみに酒を飲むんだよ。肉は腹が減ったら適当に焼いて食う。そしてまた飲む。素晴らしいじゃねぇか」
「……はぁ、ダメだこれ」
ドワーフの食生活ってこんなもん?
「今日はグラッピスさんもお休みなんですか?」
「ああ、そうだぜ。今日の午前中は久しぶりに細工もん作ったからな、たまにはモノを作らないと腕がなまっちまう」
魔術師のグラッピスだが、やはりドワーフはドワーフなんだな。
しっかし店に売ってるドワーフ製の綺麗なアクセサリーとか見るけど、こんなぶっとい腕と手で、よくあんな細かい細工品を作れるもんだ。これこそ魔術だよな。
「おっ、そうだ。せっかく作ったんだし、お前さんにやるよ」
そう言ってペンダントを手渡してきた。
うわ、何これすごい細かい意匠だ。
時計の文字盤のようなものがペンダントの中央に張られていて、周囲を細かい意匠で細工されている。その中央にきらめくのはルビーのような赤色の宝石が鎮座していた。
またレースのようにペンダント周辺を堅い銀の鋼糸で飾っていて、豪華さを一層象徴している。ネックレス部分も銀の網を組み合わせて出来ており、一つ一つにこれまた細かく紋章が書かれている。
え? これを午前中に仕上げたの? マジで? なんだこの完成度、普通に店へ行けば多分一万メルくらいしないか?
「……凄く綺麗。っていうか、こんな高そうなもの貰えませんよ!」
「材料は家に転がっていたもんを適当に詰め合わせただけだからな、金はかかってねーよ」
「いやいや、普通にお店に行けば一万メルくらいしますよね、これくらいのペンダントだと」
「ん? いやそこまではしねーよ。それに所詮これは腕をさび付かせないための練習品だからな、売りもんにはしねーよ。それでも家に転がせておくにはちょっと勿体ないからな。それならお前さんに使ってもらったほうが、そいつも喜ぶ」
「それでも……いえ、分かりました。このお礼は近日中に料理を作って持って行きますから! っていうか今夜いきます! 首を洗って待っててくださいね!」
貰ったあと、そう言ってすぐさま踵を返してもう一度材料を買いに店の中へと駆け出す。
「ちょっ!? 料理を持ってくるのに首を洗わなきゃいけねーのかよ!?」
背後でグラッピスが何やら怒鳴っているが、気にしたらいけない。
ドワーフは頑固だ。一度くれると言ったら、必ずこっちが貰うまで譲らない。こうなってしまえば貰うしか無いのだ。
だが貰うだけじゃ気分が悪いし、何かお礼をしないと気が済まない。でも俺には金も腕も何もなく、せいぜい酒と肉しか買ってない人には料理くらいしか思いつかない。
相手は宮廷魔術師を務めるドワーフだし、金ならたくさん持っているだろう。うちだって赤字経営出来るほどの給料貰っているしな。
だからこそ、こうやって無理矢理お礼を渡すようにしたのだ。
さて、お礼の料理だ。レシピは魚と野菜類でいいだろう。
肉と酒しか食ってない奴には、野菜だけでも十分だがさすがにそれだとお礼にならないからな。
まだ昼だし夜までたっぷり時間はある。午後は料理の研究だぜ!
俺の本気、見せてやろう!
その日の夜、両親からグラッピス宅の場所を教えて貰い、外に出て作った料理を火の大精霊で保温させつつ氷の大精霊にデザートと冷えた酒を持たせて突撃した。
更には風の大精霊に俺を運んで貰い、水の大精霊にはグラッピス宅内の室温や湿度を調節して貰ったのだ。
俺が今出せる最高の戦力だ、これで完璧な状態で料理をお届けして食べてもらうぜ。
「大精霊四体も引き連れて、おめぇはリブベスクをぶっこわすつもりか!?」
……あれ?