七
クレディス王国。
大陸の南側に位置し、広大な平原と海を持つ人口の一番多い国だ。
この大陸で唯一大陸外の国と貿易をしていて、大陸外の文化や珍しいものがある。
またサイサランド鉱山王国の持つ山脈の一部とも接しており、海の幸から山の幸まで流通している。
まさにパーフェクト。
そのクレディス王国の玄関口とも言える港街ユスティ。
異文化を味わいつつ、おいしい食べ物を食べるなら、クレディス王国の首都へ行くよりもココだ。
木や石だけでなくレンガ造りの家もあちこちに建ち並び、カラフルな軒下の店には見たことのない品物がいくつも売られている。
行き交う人々も人間だけでなく他種族、更には肌の色も違う大陸外の人もチラホラいる。たぶん向こうの国の船員なのだろう。
そんな町並みの中、俺たち四人はお上りさんのように歩いていた。
先日シャーロットとの話題の中で出た、みなでお昼を食べに行こう、の約束を果たすべく今日はユスティへやってきたのだ。
ちなみにケーイチが数日間行方不明で、ここへ来るのがちょっと遅くなったんだよね。
何していたのか、なんて事は聞かなくても分かる。エルフを探しに出かけたは良いが、地図が無いから迷ってたのだろう。
馬鹿だよなこいつ。
「色々なものがたくさんあるね」
「うっわー、すげー………………いないな」
「……美味しそう」
リリーは店に売られている品物を見て目を輝かせている。
ケーイチは周りを歩く人を横目でチラチラと……たぶんエルフを探しているのだろう。
シャーロットは、鳥の丸焼きを見てよだれを垂らしつつ……シャーロットさん、さすがにそれは恥ずかしいからきちんと拭いて。
「見たことのないモノが多いわね」
店の品物を眺めていたリリーがポツリと呟く。
ミーパル神聖王国は貧乏国家だからな、食糧を確保するだけで精一杯なのだ。
そして隊商も食糧を運ぶので精一杯、他のものを持ち込む余裕はないだろう。
「ここは唯一大陸外と貿易をしている玄関口ですからね。珍しいものを探すならココが一番お勧めの街ですよ」
「テレビゲームとかないのか?」
「さすがにそれは、あるわけないですよ」
ケーイチがレバーを操作するポーズをとりながら、それでも目線は行き交う人々から外さない。
器用な奴だ。
しかしテレビゲームか、もしあれば俺なんて引きこもってしまうから無い方が助かる。
「そろそろ胃が限界なんだけど」
胃を押さえながらシャーロットが懇願するような目で訴えかけてきた。
そろそろどこかの店に入らないと暴走しそうだ。
「では見物は後にして、先に何か食べましょうか。何がいいですか?」
「フィッシュアンドチップス」「ハンバーガー」「納豆ご飯に味噌汁と漬物」
フィッシュアンドチップスって、白身魚とポテトの揚げ物だっけ。それなら似たようなものならある。
そしてハンバーガーと納豆は残念ながら無い。
しかしケーイチのは朝食メニューだな、確かに俺も久しぶりに食べたいけどさ。
「その中でなら、フィッシュアンドチップスなら似たようなものはありますね。ハンバーガーと納豆はありませんので、今日はそこにしましょうか」
「本当? やったー」
「もっと肉々しいものが良いのだけれど、それでもいいわ」
「納豆はないのか」
「肉が良いのなら夕飯はステーキにしましょう。それと納豆はありませんけど米が食べたければチャーハンならありますよ」
「チャーハンかー、それもいいな」
ただここで食べられるチャーハンは、米に卵と具材を入れて塩を混ぜて炒めるだけのものだ。
ちょっと味付けはシンプルなんだよね。
そういやカレーもあったな。
「もしくはカレーにするか」
「カレー!? あるのか?」
この大陸に香辛料は殆どない。実家のサイサランドでも滅多に流通してなく、一般庶民は口に出来ない。
だがこの街だけは別だ。すぐそこの港から輸入されるので高値ではあるものの、香辛料を使ったカレーがあるのだ。
ただカレーとは言っても米にかけるドロッとしたものではなく、スープカレーだ。
甘みなんて考えてないもので、めちゃくちゃ辛い。
ここより南に位置する赤道直下付近の国から来ているので、たぶん辛い料理を食べて暑さを忘れるようにしているのだろう。
「でも相当辛いですよ?」
「あー、辛いのはちょっと苦手なんだよな。夜はステーキとチャーハンでいいよ」
ステーキとチャーハンか。ガーリックライスだと思えば、合わないことも無い?
無いか。
さてフィッシュアンドチップスね、それなら港側にある店にいけば食べられる。
すぐ側が海だから、釣ってそのまま捌いて揚げられるしな。
♪ ♪ ♪
「……予想していたのと違う」
リリーの落胆したような声。
フィッシュアンドチップスは白身魚のフライだけど、ここの魚の揚げ物は白身関係無く豪快に一匹まるごと揚げられている。
一応頭と内臓は捌かれて血抜きはされているけど、それでも豪快だ。
そしてポテト。これはこれでもか、というくらい量が多い。
以前探索者向けの料理店に入ったときのからあげには劣るが、それでもかなり多い。
あの時は吐いたっけ、懐かしい思い出だ。
「文化が違えば食べるものも違いますよ。無ければ作ればいいのです」
「……そうね、あ、でも美味しい」
「確かに美味いなこれ。ケチャップが欲しくなるぜ」
味付けは塩のみで、ケチャップもない。
マヨネーズにも合いそうだけど、作り方を知らないんだよね。
卵黄と油を混ぜて味付けするんだっけ?
俺とリリー、ケーイチの三人がナイフとフォークを使ってパクパク食べてる側で、シャーロットは手掴みで豪快に食している。
余程飢えていたのだろう、涙を流しながら食べている。
「ああ、これこそファーストフードよね……」
山盛りあった量がみるみると減っていく。
どこにこれだけの量が入るのだろうか。
お代わりが必要になるかもしれないな。
「しかし久々に魚食ったな。こうなるとタコやイカも食いたいなぁ」
「イカはともかくタコなんてゲテモノ食べたくないわ」
ケーイチの言葉にリリーが嫌そうな顔をする。そういやタコって海外ではデビルフィッシュとか言われてたっけ。
でも美味しいんだよねタコ。
定番のタコ料理なら、俺はたこ焼きが一番最初に思い出す。酢蛸や刺身も良いけど、一番口にしたのはたこ焼きなんだよな。
そうか、タコか。
いるのかな。
あ、でも確かクラーケンとかが居たし、タコは無理でもイカなら食べられるかも。
イカ……イカ天? イカの刺身、イカそうめん、イカ焼き。
単体意外にもパスタに入れるのも定番だし、チャーハンの具材にしても良いな。
食後の運動にイカ狩りいくか?
そうだな、お土産にクラーケン狩って帰るのもありだな。
料理のついでに頼んだエールを、くぴっと飲む。
うーん、温い。腕をさっと振り、氷の小精霊を呼んだ。そしてコップにくっつけると、徐々に冷え始める。
「おっ、それいいな。俺にも頼む」
「私にもお願い」
それを見ていた他の連中が、同じようにコップを差し出してきた。
「リリーさん、魔術の練習ですよ?」
「あ、そうか。えーっと、冷やす冷やす……冷凍庫?」
そう彼女が呟いた瞬間、三つのコップが一瞬で氷った。
キンキンに冷えてやがるぜ。
「やり過ぎだよっ!!」
「ごめんなさい。えっと、今度は火をくべて……」
「あっつっ! 火事! 火事になる!!」
「あわわわわわ」
どうやらまだ繊細な魔術を使うのになれていなさそうだ。
そうだよな、普段は俺の謎バリアーで囲まれた部屋で魔術訓練をしているから、威力なんて殆ど関係無くやっちゃっているのだろう。
うーん、今度からちょっとやり方変えなきゃな。
「おいあそこ」
「あれってやばくない?」
あ、他の客も気付き始めた。
さすがに火事になったらしゃれにならないし、仕方無いか。
パチ、と指を鳴らすと吹き出ていた火が消え、更に氷ってたコップも元の状態へと戻った。
「あなたたち、お店で騒ぐのはやめましょう」
「……すみません」
「すまん」
しょんぼりする二人。
ちなみにこの騒動の中、シャーロットは黙々と食べ続けていた。
ある意味彼女が最強かもしれない。
♪ ♪ ♪
「……あれ、どこいくんだ?」
「ちょっとね。すぐ戻ってきますので、みなさんは適当に散策しててください」
昼食を食べ終わった後、空に浮かぶ俺を見咎めたケーイチ。
ちょっとね、イカを確保しにいくんだよ。
「ああなんだ、トイレか。空飛ぶほど急いでいるのか」
「ちがうわっ! ではまたあとで」
確かにトイレ事情はこの世界では大変だ。
街中に公衆トイレなんてないので店のトイレを利用するか、街の外で自然と戯れながらするか、となる。
人目を気にしないのなら、街中でも構わないけどね。
さて、みなと離れ、海の上へとやってきた。陸地からはそこそこ離れているので、ここならそんなに目立つ事はないだろう。
そして空から海を眺めるものの、イカは海中にいるのだ。当たり前だけど発見出来ない。
これだとイカ釣りできないなぁ。
さっと腕を振り水の大精霊を呼ぶ。
自分でやってもいいんだけど、やはり水については水の大精霊に頼むのが一番安定する。
餅は餅屋だね。
「えっとですね、イカが食べたいのです。手伝って下さい」
——コクコク。
「ではまず……そうですね、海を割りましょうか」
考えたのはモーゼの十戒のように、海を割ってイカを探す事だ。
これなら濡れないし、見つけやすいだろう。
水の大精霊が、海に半分だけ浸かる。そして両手をあげると、彼女を中心とした十字の形で海の水が割れた。
ずごごごご、みたいな音を立てて海が割れていくのは凄まじいな。
割れたところをさっと上から眺めていく。
これはすごい、まるで自然の水族館にいる気分だ。
でもイカどころか魚一匹、海底に落ちていない。
もしかして割れた水のところに巻き込まれた?
よく考えれば、水を動かすんだから水中にいる魚もそのまま動くに決まってるよな。
どうしようか、やっぱり潜らなきゃダメかな。
あ、やばい船が通る。まずいな、このままだと落ちる。
慌てて水の精霊にお願いして、元に戻して貰う。
なんか船員が騒いでいるけど、気にしない気にしない。不幸な事故だ。
あ、そうか。昔、迷宮で魚を網で捕まえるような作戦やったっけ。
それを真似しよう。
よしよし、じゃあ土の大精霊を呼んで……と。
イカ以外にもたくさん捕まえちゃうけど、キャッチアンドリリースすれば良いか。
そして俺は目的のイカっぽい奴を捕まえるまで、網漁を続けた。
♪ ♪ ♪
「なぁ、何か海のほう騒がしくないか?」
「そういえばそうね」
「何かあったのかしら」
一方ロヴィーナと別れた三人は、昼食を取る前と同じように町並みを見物していた。
肝心の金を持っていないので、買い物は楽しめないが、見ているだけでも目には楽しい。
そして十五分ほどしたときだ。海の方面から怒声やら罵声が飛び交っている声に気がついた。
声に引き寄せられるようにして海へと着くと、そこにはちょっと遠くの場所で何やら網のようなものが浮き上がっては、何かを落としていた。
「なにあれ」
「なんだありゃ」
シャーロットとケーイチは遠すぎてよく見えないらしく、目を細めている。
だがリリーはロヴィーナに、魔術はイメージが大切であり、それさえ固まれば大抵の事が可能となる、と教わっていた。
——望遠鏡みたいに視界をよくすれば良いんじゃない?
そしてイメージする。
筒状の望遠鏡を目に当てて遠くを見るのを。
イメージしたまま目に魔力を集めると、一気に視界が拡大された。
そして視界に飛び込んできたのは、ロヴィーナが空に浮かびながら、網のようなものを持ち上げている姿だった。
その網には魚が何十匹と絡まっていたが、どういった理屈かは分からないものの、ロヴィーナの腕の一振りで絡まった魚が次々と海へ落ちていく。
「……ロヴィーナ」
何をやっているのかは分からない。
分からないが、港にいる人たちは空に浮いているロヴィーナを指さしている。
これはこの世界の人にとっても常識外の事なのだろう。
つい十数分前にロヴィーナは、店に迷惑かかるからやめよう、と宣ったのだ。
一体あの子は何なのか、たくさんの迷惑をかけているではないか。
リリーは大きくため息をついたのち、他人のフリをしよう、と思った。




