三
リリーはイギリスの学生だ。年は十五才で明るく朗らかな性格をし、誰からも好かれるタイプだった。
栗色の長い髪と青い目を持ち身長は百六十センチ少々と、イギリス人女性としてはほぼほぼ平均的だ。
そんな彼女は今の生活を気に入ってたが、突如異世界へと召喚された。
その世界に居た人たち、見た目は欧州でもよく見かける目や髪の色をしているが、彼女からするとどことなく古くさく感じられるような彼ら。
案内された街並みも、一度家族旅行で行ったことのあるバチカンにどことなく似ていた。
最初自分はタイムスリップをしてしまったのか、と思ったほどだ。
その原因として、彼らと言葉が通じたからだ。最もこれは天使が与えた恩恵の影響が真実ではある。
自分はブリティッシュ英語を話しているつもりであり、相手も同じブリティッシュ英語を使ってきているように聞こえたので、勘違いも仕方ないだろう。
しかし彼女はここまでだった。
いくら明るく朗らかな性格をしていても、彼女はまだ十五才だ。
精神的に幼く更に全く知らない未知の世界、しかも二度と家に戻ることはできない、と伝えられたのだ。いくら周囲に傅かれたとしても、他人を恐れるようになるのに時間はかからなかった。
唯一の救いはともに召喚されたアメリカ人女性だった。
彼女はニューヨーク生まれだが、彼女の祖父がイギリス人であり、何度かイギリスを訪れてた事も相まって、彼女に懐くようになった。
お披露目会の時もアメリカ人女性、シャーロットの側を離れずずっと付き添っていたほどだ。
そして今日、彼女の教師役として自分と差ほど年齢の変わらない、見事な金色の髪を持つ少女と出会った。
——うわー、可愛い子。さっき自分より年上の人は殆どいないと言ってたけど、それって単なるジョークだよね。どうみても私と同じ、ううん、私よりちょっぴり年下くらいだし。
彼女はファンタジーをあまり知らなかった。
そして未だ頭のどこかでタイムスリップをしていると思い込んでいる。
またこの世界にきて同世代と会話した事もなかった。遠目では数人見かける事もあったが、向こうから遠ざかっていくのだ。
アジア人でケーイチと名乗った男はリリーより多少年上で同世代と言えるが、何と言っても異性だ。どこか敬遠してしまう。
ちなみに遠ざかる原因は、彼女ら召喚者は天使たちから選ばれた存在であり、国にとって重要な人物だからだ。
経験豊富で失礼のない年配が相手をするため、若い子らはなるべく近寄らないようにしていただけだったりする。
そんな中、自分の教師役となる同世代に見える少女は彼女にとって救いの神に見えた。
年配で遙か年上の男性は恐怖の対象であり、未だその怖さは抜けないが、元々彼女の性格は明るく朗らかな子だ。詳しく言えば友達に飢えていたのだ。
シャーロットは自分より十才ほど上であり、友達というよりも保護者である。
——友達になれるかな。いいえ、なるのよ。いつも通り明るく話しかければ良いだけよ!
だがロヴィーナの中身は元々彼女が恐れる年配の男性であり、更に言えば異性の経験も無い。
これから先、彼女がどのようになるかは、まだ分からない。
♪ ♪ ♪
「初めまして。私の名はロヴィーナです」
シャーロットはアメリカで働くOLだった。
大学を卒業して数年だが、彼女は今の仕事に不満を持っていた。もっと活躍したい、と。
そんな折、この世界に召喚された。そして周囲から詳しく内容を聞いた限り、どうやら自分は何か大きな事を任されるらしい、と。
まだ新人に近い自分に対し年配の男性から傅かれ、丁重にもてなされる。
自尊心がくすぐられた。さらにイギリスの子供には何故か懐かれた。もう一人のアジア人も子供であり、自分がこの召喚者のリーダーだと認識した。
そして自分が授かった恩恵は自動翻訳、視力強化、自動命中、神弓だった。
どうやら弓を使うのにとても便利な恩恵らしい。
しかし弓でいったい何をしろというのだろうか。シャーロットが想像する弓といえばアーチェリーの大会か、田舎で鹿狩りをするか、それくらいだ。
こうなれば恩恵など無視して、自分で出来る事から始めよう。
まずは、強い不満を持っていた食べ物だ。
どれもこれも古い麦を使っているのか、パンも固く不味いし、出される肉も単に焼いただけで味付けも塩くらいしかない。
柔らかいパンズに挟まれた肉厚のハンバーガー、フライドポテト、ピザを食べたい。
この国は食糧不足に陥りやすく、他国からの輸入に頼っているのでどうしても古くなってしまうのが原因だが、さすがにハンバーガーやピザという料理はこの世界にない。
食糧事情について話を周囲から聞き取った彼女は、まずは食糧改善からだ、と強く認識した。
そんな中、自分の教師役としてどうみてもグレード九か十(アメリカでそれぞれ中学三年生、高校一年生)の子供が来たのだ。
昨日のパーティでは年上と聞いたが、どうみてもそんな感じはしない。
彼女はファンタジーを殆ど知らなかった。子供の頃、○輪物語を読んだ程度であり、エルフもその知識しか持っていない。
そしてその物語でのエルフは不死であり、病気などには一切かからず、超常的な存在なのだ。
すぐ近くにいるエルフと名乗った少女はどうみても、そんな超常的存在には見えない。単に少々耳が長く美しいだけの少女だ。
こんな子供で良いのか、と疑問を思ってしまった。
「さて、今日の所はそれぞれ自己紹介と、互いに軽く会話しましょう。あなた方はこの世界に来てそろそろ三ヶ月と聞いています。その間、あなた方の間では多少なりともコミュニケーションは取れていると思いますが、私は初めてですので」
「それは、何か質問しても良いって事かな?」
「はいケーイチさん。私に分かる範囲でしたらお答え致しますよ」
「じゃあさ、君、宮廷魔導師だよね。一度魔術ってのを見てみたいんだ」
「……? 確かリリーさんの恩恵は大魔導ですよね。すでに見ているのでは?」
リリーが授かった恩恵は自動翻訳、魔力増大、魔力強度強化、大魔導だ。
だがしかし魔術は概念を理解しないと、当たり前だが発動しない。聖剣という、とにかく剣を振れば何らか出来る、という訳では無いからだ。
また今のところミーパルは、教会の設備の説明や街の案内など最低限を除いて一切彼らに教育をしていない。天使から余計な雑念を入れるな、全て教育者に任せろ、という言葉に従っているからだ。
そして彼ら召喚者は無断で外に出ることを禁じられている。いつ何時不審者に狙われるかもしれないからだ。せいぜい教会内の敷地のみである。
その上教会は天使の恩恵を授かる場所でもあり、ここで使われるのは天使の奇跡だ。魔術ではない。
このため、彼らは今のところ魔術というものを見たことがなかった。
「……実は使えないの」
「なるほど。では簡単なもので良いですか?」
「せっかくだし、派手な攻撃魔術を見てみたい!」
ケーイチの言葉を聞いたロヴィーナは、そうだよな、異世界の定番といえば攻撃魔術なり攻撃魔法だからな、と内心苦笑いした。
攻撃魔術を使うのは問題ない。単に使えるような場所があるかどうか、だ。
初級の攻撃魔術ですら、室内で使うには危険だ。第一設備を壊すわけにはいかない、ここは他国でありこの部屋は他人のものなのだ。いや、自国でも室内で攻撃魔術は使ってはダメだが。
外に出るにしても、魔道具はあるがこの国は天使の奇跡が主流であり、魔術はあまり普及していない。そして天使の奇跡は怪我の回復、病気や毒などの治癒であり、攻撃は殆どない。
つまり攻撃魔術を使えるような場所も殆どない、ということだ。
しかしそれならそれで手はある。
単純だ、攻撃魔術をバンバン使っても文句の出ない場所へ行けばいいのだ。
精霊王は空間転移が使える。そしてその血を受け継いでいるロヴィーナも当然のように使える。
問題は実際に一度行って場所をマーキングしないと転移できないのだが、彼女は昔、こっそり迷宮にマーキングしておいたのだ。
「分かりました。では後ほどお見せ致しましょう。特にリリーさん、貴女は大魔導の恩恵がありますので、魔術がどのようなものなのかしっかり見てて下さい」
「うん、分かったわ!」
「ロヴィーナさん」
「はいシャーロットさん、何でしょうか」
「この国の食糧事情を改善したいのだけど、それってどうすれば良いのかしら」
「食糧事情ですか? この国は年中雪に覆われ作物が育ちにくい土地です。雪をどうにかする、もしくは寒さに強い作物を育てるしかないのでは?」
——そんなことは分かっている。
内心毒づくシャーロット。
さすがのシャーロットでも寒さに強い作物を育てる、つまり作物の品種改良という知識はない。それにあれは地道に、寒さに強い作物を育てながら何年、何十年もかけて改良していくのだ。そこまで待てない。
そこからもう一歩踏み出さないと。
だがロヴィーナは予想外の案を出してきた。
「それか……作物が育ちやすい土地を奪うか、ですね」
「あなたっ!?」
「今のところ戦争は起こってはいません。ですが、ほんの数百年ほど前はあちこちで戦争は起こっていました。食糧不足で戦争を仕掛けた、なんて事は良くあるかと。今、この国がこんな北の果てにあるのは、昔戦争に負けて追いやられたからですよ。滅亡しなかったのは、天使の恩恵があったからに過ぎません」
そして敗北した原因が迷宮である。
迷宮へ潜り魔素を貯めた探索者たちは人外の強さを誇る。
それらが一斉に牙を剝けば、訓練された兵士ですらあっという間に蹂躙されるだろう。
この迷宮の所有権を奪い合って、昔から幾度となく争いは続けられていた。
現在迷宮を持っている国はサイサランド鉱山王国、ベッカー帝国、ベスガット共和国の三カ国だ。
今でこそ迷宮は広く開放されているが、昔は国が厳重に管理し、独占されていた。そして探索者ギルドが国の機関なのは、この辺りの理由もある。
探索者になり、迷宮へと潜る、また探索者を辞める際に様々な制約が付く。ロヴィーナの場合はサイサランド国民だったからその辺りは問題がなかったが、他国出身のものは探索者を辞める際、色々な制約魔術がかけられる。
「ま、私としては戦争という案は捨てて別の方法を考えたほうが良いと思います、どうせ勝てませんし。それより大魔導の恩恵を持っているリリーさんがいるのです、ここは魔術で解決できないか模索したほうが良いかと」
「貴女も魔術を使えるのでしょう? 何とかならないの?」
「私はサイサランド鉱山王国の宮廷魔導師ですよ。なぜ対価も無く他国に力を貸す必要があるのですか? 立場的には出来ませんね。で、他に何かありますか?」
その言葉にシャーロットは黙った。納得できたからだ。
黙った三人を見てロヴィーナは、今のところは何もなさそうだと判断をした。
「……何もなさそうですので、皆さんには魔術がどのようなモノなのかをお見せ致しましょう」
♪ ♪ ♪
見たこともないおどろおどろしい化け物たちが、一斉に侵入者を見ていた。
体長は彼らの身長を大幅に超えており、如何にも凶悪そうな牙からは毒のありそうなよだれを垂らし、侵入者を一口で丸飲みできそうな大口を開けている。
それが十体以上。
「な、なんだここ……」
「ひっ、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「………………」
「ここはサイサランドの迷宮です。本当なら探索者以外は入っちゃダメですので、私が連れてきたことは内緒にしておいてください」
ロヴィーナが連れて行ったのはサイサランドにある迷宮の七十階層だった。
まだ誰も到達したことのない場所。
だからこそ、遠慮無く魔術が使えるのだ。
しかしロヴィーナは忘れていた。迷宮には魔素というものがあることを。
迷宮は深く潜れば潜るほど、魔物が持つ魔素の量も格段に増える。そしてその魔物から発せられる魔素も極端に増えるのだ。
今まで一度も魔素を取り込んだことのない一般人が、こんな高濃度の魔素が漂う場所に来たとしたらどうなるか。
「う、うげぇぇぇぇぇぇ!!」
「うっ」
「………………」
「じゃあ使いますねー、よく見ててください」
三人が嘔吐しているのに気がつかず、ロヴィーナは軽い口調で腕を振るった。
途端、その腕から強烈な炎が巻き起こる。
否、それだけでなく目に見える程の渦を持った風や、鋭い尖端を持つ氷の槍やら、他にも訳の分からないようなものが飛び出ていく。
それらが一斉に化け物に当たると、肉片をまき散らかし、どす黒い血が舞い散った。
この世の地獄絵図だ。
その現実離れした光景にケーイチは嘔吐しながら蹲り、リリーは目と耳を塞ぎ、シャーロットは気絶した。
だがロヴィーナは夢中になり彼らの状態に気がつかない。
「ほらほらどんどん行きますよー、えいっえいっ」
全部三人称で書いて見ましたが、何か違いますね
ある程度まで書いたら、一人称と三人称、今までのように入れ替えたほうがいいかな




