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二十一


「おい、聞いたか」

「何をだ?」

「『風神』マリアンネが探索者引退するらしいぜ」


 エルフは元々森の奥でひっそりと暮らし、精霊たちと共に静かに生きる種族だ。

 他種族の住む騒がしい場所へ赴くものは少ない。

 きらびやかな街に憧れ上京し、そして二~三年暮らし、次第に実家が恋しくなって帰省する。

 よくある話だが、エルフにもこれは当てはまる事が多い。最もその寿命ゆえ、二~三年ではなく二~三十年という気の長い話だが。

 そしてマリアンネも探索者となってから既に三十五年の歳月が流れている。

 この噂話をする探索者たちの年齢は様々だが、三十五年前といえばほぼ全員子供か、生まれてすらいない。

 マリアンネは遙か昔からいる探索者という意識が強く、引退と聞いても違和感は無かった。


「でもよ、俺が探索者になった頃から『風来坊』のトップだったし、そろそろ引退してもおかしくはないよな」


 四十に近い人族のベテラン探索者はそう言うと、エールがなみなみと注がれたジョッキを煽る。

 狼の獣人族の探索者も頷きながら、大きなからあげを一口で頬張った。


「マリアンネはエルフだ。お前さんら人族や獣族からすれば長い間探索者をやっていると思うが、アレからすれば数年の感覚じゃろうて」


 ジョッキどころか樽を担いで飲んでいたドワーフの探索者が、空になった樽を床へと置いた。

 そして、お代わり、と酒場の店員へ注文する。

 迷宮都市はドワーフの国にある。そのため住人はドワーフが最も多いが、探索者としてなら人族が一番多く、次いで獣人だ。

 このドワーフも一応は探索者だが、実際はたまに迷宮へ潜る程度であり、本業は細工師である。

 ドワーフという性質上、モノを作る事に生きがい(あと酒を飲む事)を感じているので、彼のように探索者になるものは少ない、なったとしても兼業が殆どだろう。


「それって数年で探索者を辞めたということか? 一体何があったんだ?」

「そういや『百花繚乱』が二十一階層のタイムアタックレコードを追い抜いたらしいが、まさかそれが原因とか?」

「へー、『尖針』のところが? どれくらいのタイムだったんだろうな」

「さあ、詳しくは知らねぇ。でも、ま、せいぜい数秒短くなったくらいじゃねぇか?」


 実際は秒単位で終わらせたのだが、ギルドマスターが情報規制をしているためか、まだ正確なものは流れていない。


「そういやちょっと前に『尖針』のところが大精霊を呼べる精霊術士を確保したとかあったよな。まさかそれか?」

「あー、そんな話もあったなぁ。大精霊の力でレコード更新したのか」

「……ありえるな」

「ま、何にせよ、これでまた大きく変わるな」

「うちのような弱小クランには関係ない話だけどな」

「ちげぇねぇ」


 サザンクロスの南側にいくつも立ち並ぶ探索者向けの酒場では、ここ数日この噂で持ちきりになっていた。

 そしてまだ少ないが、半年前にハーフエルフがパシリアと共に大精霊を連れて迷宮へ潜っていた、という噂と関連づけるものもいた。

 徐々にロヴィーナの存在があらわになっていく中、肝心の本人は未だベッドの中で眠りこけている。


♪ ♪ ♪


「来ちゃった」

「てめぇ、事前に連絡よこせと言ってるだろうが!!」


 俺がベッドの中で気持ちよく寝ていると、あまりの気持ち悪さに起き上がると突然魔力の大半が消えたのだ。

 そして現れる精霊王。

 寝起きにおっさん顔の精霊なんぞ見たくないってのに、どうせなら幼なじみの可愛い女の子に起こされたいわ。


 ……そういや今世、幼なじみいないな。いや前の世界でも居なかったけどさ。


「で、今日は何の用だよ」

「いやなに、暇なんでな」

「昨日も暇だからって理由だったよな。精霊の王って暇なのか?」

「そりゃ暇だよ。何か起こっても殆どは大精霊が行けば解決するからな。俺が動くような事態なんて滅多に起こらないぞ」


 正直こいつの力がどれくらいあるのかはさっぱり分からないので、何とも言えない。

 王っていうくらいだから、大精霊よりかは上だと思うんだけどさ。

 普段がこれだから、どうしても強いっていうイメージがないんだよな。


「で、今日は何をするつもりだ?」

「この前店長と相談した結果の中に一つやってみてはどうか、という意見貰ったからな。その試験をやるつもり」

「どんな?」

「店の周りが殺風景だからさ、ちょっと花でも植えようかと思ってね」


 透明なガラスはこの世界では非常に貴重なため、店の窓ガラスも半透明というか向こう側が殆ど見えないようになっている。

 つまり外からだと、満員なのかそうでないのか、客はどれくらい入っているのか、などが分からないのだ。

 壁の一部を格子にしてしまえばいいけど牢屋のイメージになっちゃうからな。

 そのため外に飾りを用意して今、客の入りがどれくらいなのかを一目で分かるようにするのだ。

 ドアに看板付けておくだけなんだけどね。

 でもそれだけじゃ味気ないので、花でも植えようかなと。飾り付け大事。

 一件華やかにしておけば、ほら、女性客でも入りやすいでしょ。

 ここは場所的に探索者ギルドのビルの横にあるから、一般人はあまり訪れないからこそ、なるべく華やかにして入りやすくしてあげるのだ。


「花……? それに何の効果があるんだ?」

「癒やしだよ癒やし。ヒーリング効果といってな、ストレスや不安なんかが気分的に楽になる……気がする効果だ」

「気がするだけかよ!」

「それで良いんだよ。それに花をたくさん飾っておけば、少しは華やかになるだろ、たぶん」


 取りあえず適当に鉢とか買って花植えて店の軒先に置けばいいだろう。

 俺にセンスなんてないし、取りあえずそれでやってみて、ダメなら他の人に頼めばいいのだ。


「ふーん、花ねぇ……」

「あ、なんだ、何かやる気か?」

「いや、花の精霊ってのも実はいるんだよ」

「……え? そんな精霊がいるの?」

「ああ、最も小精霊しかしないし、花とか木、草なんかは妖精の奴らのテリトリーだからな。認知度が低い」


 妖精?

 羽の生えた小さいやつかな。

 いや、それはピクシーか。

 羽は生えているけど一メートルくらいのサイズだったっけ。


「知らんのか? 妖精はドワーフ族の守り手だぞ。今は知らんが昔はエルフが精霊を呼ぶようにドワーフが妖精を呼んでいたんだよ」

「へっ!? それは初耳だ」

「ドワーフって元々は大地の妖精だったからな。ま、エルフ連中も元々は精霊だったし、似たようなもんか」


 へー、そうだったのか。

 しかし髭もじゃの酒にうるさいドワーフが妖精を召喚ねぇ、全然似合わねぇな。

 にしても花の小精霊とは可愛らしい。

 一度見てみたいな。


「気になるか? 呼んでみればいいぞ」

「呪文知らないし、そもそもどこかの誰かさんのせいでまだ魔力が少ないんだよ」

「根性ねぇ奴だな」

「魔力に根性もくそもあるか! ってか、お前の責任なんだから呼んでくれよ」

「ああ? めんどくさい。それに俺様が小精霊を呼んだら萎縮するだろ?」


 王様に呼ばれる一市民って感じなのか。

 確かに萎縮はしそうだ、俺も国王に呼ばれたら緊張するだろうし。


 そんなこんなで半時間ほど精霊王と会話して、ようやく多少魔力が回復した。


「よっと。さて起きるか」

「ね・ぼ・す・け・さ・ん」

「うぜぇ……」


 おっさん顔にそんな事を言われても嬉しくないどころか気持ち悪い。

 さっくり寝間着を脱いで、タンスからポンチョを取りだし上から被った。

 このポンチョ、黒地に白のレース模様が刺繍され、更に襟までついてて見た目がすっごく可愛いんだよな。

 正直これ着るとどこかの子供が親に可愛い服を着せられてる感がする。

 でもさ、上から羽織るだけなので楽なのだ。ジャージより着るの楽。だからついつい着てしまう。

 ちなみに店長からの頂き物だ。自分の子供用に買ったらしいんだけど着てくれないからって、俺にくれたんだよ。

 店長の子供ってそろそろ二十になるし、さすがにこれはないだろう。

 え? 俺? 見た目は十三〜十四才だしまだ大丈夫、イケる。


「よし、じゃ行こうか」

「しかしお前、俺様の前なのに気軽に着替えるよな」

「ああ、そういや居たんだっけ。全く気にしてなかったよ。ま、どうせ減るもんじゃないし、そもそもお前って性別ないだろ」

「無いけどさ。でもこの姿、ちょっと前に召喚された異世界の人間の姿だぜ? 当時この姿で獣人の女の着替え覗いたらモノ投げられたぞ」

「そりゃ当たり前だろ。ってかなんで着替えなんて覗い……た……」


 ……ん?

 今さらっと流したけど、すっごく重要な事を聞いたような。


「もう一度さっきのセリフ言ってくれ」

「当時この姿で獣人の女の着替えを覗いた」

「それじゃなく、もうちょっと前」

「ちょっと前に召喚された異世界の人間の姿」

「それだっ!! え? なに? 異世界の人間を召喚? それマジ?」


 召喚された異世界の人間??

 俺以外にも居たのか?

 いや俺は転生だから違うけど、別世界から来たのは合っている。


「そうだぞ。確か……どれくらいだったかな、千年くらい前だったかな。神の連中が異世界の人間を呼んだ事があってな、興味が沸いたんでちょっと見学しにいったんだよ。変な格好した奴だったが、なかなかに楽しい奴でな。そいつが寿命で死ぬ時にお前の姿を借りて良いか、って言ってみたら、問題ないと言われたんでそれ以来ずっとそいつの姿を取ってるんだよ」


 千年がちょっと前かよ。

 しかしその召喚された人間って寿命で死ぬまでこっちに居たのか。

 そうか、こいつがバリバリ日本人のおっさんの姿だったのは、召喚された人間をモチーフにしてたからか。

 っていうか、なんでおっさんの姿なんだよ、普通若い頃の姿になるんじゃねぇのか?

 もしくはおっさんが召喚されたのかな。


「そういやお前もそいつに何となく雰囲気が似てるな」

「あー、まあたぶん俺と同じところの人間だろうな。ちなみに名前は覚えているか?」

「イトシロー、って名乗ってたぞ」


 イトシロー? 伊藤か? 伊藤史郎とかそんな感じっぽいな。

 あれ? 千年前って言えば日本だと……平安時代か? 枕草子とか法隆寺が建設された頃だったかな。いかん、もう忘れてる。

 そんな時代に伊藤さん? そんな名字の人って居るのか? 戦国時代なら居たと思うけど。


 これはこっちと時間軸がずれてる……かな。


 あ、でもよく考えたら日本人が召喚されたとして、それがどうした、となるな。

 もし俺が前の世界に帰れるとしてだ、この姿で帰っても、お前誰だよ、ってなる。

 それ以上に耳がちょっと長いし、まず日本人には見えないから、目立つ事この上ない。

 それにこの世界で十五年生きてきたし、今更戻ってもね、独身だったし。

 うん、結論。どうでもいいや。

 日本人はちょっと気にはなるけど、千年も昔じゃ情報なんて集まらないだろうし。


 それより花だよ花。

 花の小精霊っていうくらいだから、花の育て方とか土壌とかきっと詳しいと思う。

 この街は平原で気温も暖かく、雨量もそれなりにあるので植物も育ちやすい環境だと思う。

 せっかく飾るんだ、きちんと枯らさないよう育てなきゃいけないからな。


 そういや花言葉ってあるのかな。

 もし無ければそれっぽいのを作って本に書いてもよさそうだ。児童書、ではないけど花の特集とか薄い本を書いてさ。

 問題は俺が花の種類、育ち方などが一切知らないって事。花言葉って花の生息地とか、時期とかから由来を作る感じになっているからね。

 例えば岩場にしっかり根付く花だと、誰かを掴む、掴んで離さない、あなたに一生ついていく、とかそんな感じで作れば良い。

 うん、これは時間をかけて考えていくべきだな。







「なぁ、花の小精霊の呼び方、教えて」

「ん? てめぇちょっとツラ貸せよ、って言えば来るぞ」

「来るわきゃねーだろ!! ってか、そんな呼び方してるから萎縮するんじゃないのか?」



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