二十
迷宮都市サザンクロス。
サイサランド鉱山王国の南側に位置する第二の都市である。
サイサランドは大陸でも有数の山脈を国土にしており、おおよそ七割が山や盆地となっている。
その中で迷宮都市サザンクロスは残り三割の土地に位置する。つまりは盆地や山の中にあるのではなく、山を見渡す平原に作られているのだ。
つまりは……年中過ごしやすい気温となっている。
なお四季はない。北側に行けば寒くなるし、南にいけば暖かくなる。たぶんこの大陸が星の北半球に位置しているのだろう。
そして四季がないのは、地軸が傾いていないからだと思う。
でもこれらは俺の予想なだけで、実は大陸は巨大な象に支えられていて、海の端までいくとどこかへ落ちていくのかも知れないけどね。
ま、何が言いたいのかと言えばサザンクロスでは、店内の除湿やら気温調整が必要ないってことだ。
全身で悲しいを表現している水の大精霊。
おまけに目に当たる部分からは、大粒の水が流れている。そこまで細かくしなくてもいいから。
先日二十一階層のエリアボスタイムアタックで公式に五十二秒の記録を打ち立て、その結果俺は第六級へと上がったのだ。
二階級特進である。
ま、最後は大精霊とハイタッチしたあと、突然魔素酔いが襲ってきてぶっ倒れたけどね。
よく考えれば倒したのは俺と大精霊たちだけだった。他の人は一発も攻撃を入れていない。
となると、エリアボスの魔素は全て俺へと来る訳だ。そら魔素酔いしてもおかしくないよな。
ちなみに精霊たちには分配されず、全て召喚主へと魔素が行くのは迷宮の七不思議の一つだ。
そんなこんなで、討伐したあと魔素の量を量って貰ったら第六級に到達していた訳だ。しかも記録更新者ということで、ギルドからの貢献度もたくさん貰って、目出度く名実ともに第六級になりました。
そして一応宮廷魔導師になるための経験やら実績は十分積んだだろうということで、今日からお店の手伝いをすることにしたのだ。
「水の大精霊さんには他に手伝って貰う事がありますから、そんなに気を落とさないで」
Orz(古い)のポーズを取っていた水の大精霊が俺の言葉にがばっと起き上がる。
そして、何をすればいいの、と言わんばかりにガチ恋距離で攻めてきた。
近いってば。
「水の大精霊さんが生みだした清らかで、霊験あらたかなお水をじゃんじゃん作って下さい。お茶にしますので」
霊験あらたかなのかは分からないけどな。
あ、また落ち込んだ。
どうせ私は水を作るしか脳のない精霊よ、なんて意思が伝わってくる。
そういや迷宮では結局一度も手伝って貰ってなかったな。この前のタイムアタックの時も火と氷だったし。
久しぶりの召喚で張り切っていたのだろう。そして結局小精霊でも出来そうな事をお願いされてがっくりきたのかな。
かと言って他に手伝って貰う事か。
うーん、護衛?
でもここは実質探索者ギルドが運営をしている店だ。さすがに粗野な探索者でもギルドに逆らうような奴はいない。
またギルドから来ている三名の方、実は第八級くらいの実力を持っている。
ギルド員は暇があれば迷宮へ潜って魔素を取り込む事を推奨しているらしい。普段粗野な探索者たちの相手をしているから、多少なりともそれに対応できる程度の力を持った方がいいんだって。
ギルドなんか関係ないぜ、という一般人の荒くれ者たち相手なら第八級の実力を持っていれば圧倒出来る。
だから護衛も不要なんだよね。
他に思いつくのは水芸くらいかな。
でもそれを言ったら更に落ち込みそうだから言わないでおこう。
あ、何となく思いついた。
ほら、高級料理店なんかで店内に小川を作って流しているのってあるじゃん。これなんてヒーリング効果を期待できない?
途中おもちゃの水車とか置いたり、ししおどしなんかもよさそう。
やはり和の心は大切ですよ、リラックスルームとか作って簡易ベッドを置いたり耳かきサービスとかも……。
……あれ、ここ本屋兼喫茶店、怪しいお店じゃない。
まぁ落ち着け俺、どんどん思考が変な方向へ向かっているぞ。
ここは本を読ませるための店なのだ、喫茶店はあくまで客寄せ用なのだ。
最終的には図書館が良いと思うんだけど、余程マナーが良くないとまず無理だろう。
それに本が高すぎる。写本しかないってのも問題があるわけで、印刷技術を上げる必要がある。
でも印刷技術といっても、何をすればいいのだろうか。印字機? コピー機? 作り方なんてさっぱり分からん。
印字だけなら、全種類の文字の判子を作って上からぺったんしてやれば出来そうだけどさ。
ま、今日は水の大精霊には水を作って貰いましょう。
お茶で思い出したけど魔法瓶なんてモノがあれば便利そうだな。お出かけに魔法瓶のお茶、いつでも暖かい。
熱を逃がさないよう中を二重構造にして間を真空にして断熱させるとか、内側は熱伝導の良いステンレスを使ったりするんだっけ。
真空にさせるなら蓋する前に風の大精霊に頼めばやってくれそうだよな。小さい穴あけて真空にしてからすぐに蓋をするとかさ。
っと、また思考がずれた。
いかんいかん、落ち着け俺(二度目)。
大きく深呼吸だ。
さあ店にいくぞ。
気合いを入れて自室から出ようとした瞬間、魔力が空になるほどの勢いで無くなっていった。
急激に無くなる魔力に耐えきれず、そのまま床に倒れ込む。
くぁ!? な、なんだ? 何が起こった!?
……あ、この魔力の減り具合は……まさか。
ずわっと無理矢理吸われた魔力が勝手に人型へと変化していく。
そして徐々に腹がちょっと出た中年男性へと形取った。
そのおっさんは俺が床へ倒れ込んでいるのを見て愉快そうに笑みを浮かべた後、来ちゃった、と言葉を吐き出した。
「てめぇかよっ! 何が、きちゃった、だよ! おい魔力取られすぎてうごけねーよどうしてくれるんだよっ!!」
その中年男性、精霊王は俺の顔の側でしゃがみ、ほっぺを指でつついてきた。
何やってんだよ!
「なんだよ、いつもはすぐ回復するのに今日はどうしたんだ?」
「ついさっき水の大精霊を呼んだばかりで魔力減ってたんだよ!」
「あー、そっかー」
「ってか、いつもいつもいきなり現れんなよ! 事前に予告しろよ!! 勝手に魔力取られる俺の身にもなれって!!」
ああいかん、エクスクラメーションマーク、日本語で言えば感嘆符、通称ビックリマークを使いすぎてるわ。
ゼイゼイ息を荒くして精霊王をにらみつける。
何しにきたんだよこいつ。
「いやさ、最近迷宮へ行ってるとか聞いたからさ、調子はどうなのかな、と思ってさ」
「もし俺が迷宮にいたらどうするつもりだったんだよ! 魔力明らかに足りなくなるよな!」
「その時はその時。魔力がゼロになり俺は出現できなくなるだけ」
「魔力損なだけじゃねーか!」
いかん、本気で身体が動かない。
このままじゃ店に行けなくなる。
仕方無い、こいつに連れて行ってもらおう。どうせ今日は店長と話しをする程度で終わらせるつもりだしな。
「おい、責任取って俺を四階へ連れてけ」
「あ? なんだまた俺に抱っこされたいのか」
「お前のせいだろ!?」
「はいはい、分かった分かった」
「おい首根っこ掴むな! 俺は猫じゃねぇよ!!」
暴れようとしても魔力切れで身体が動かなく、結局俺は首根っこ掴まれ、引きずられるように四回へと連れていかれた。
なお店長は精霊王が俺の首根っこを捕まえて引きずってきたのを見て、親かと思ったらしい。
違うよ! こんな父親などいらんわっ!
「私はこれから店長とちょっとお話したい事があるので、パラウスさんはお店でも見学してきてください。話が終わったら迎えにいきますので」
すぐ側に店長がいるので、昔共和国の町へ精霊王と一緒に本を買いに行ったときの話し方にする。
あー、すっげ違和感あるわー。
「は? せっかく来たのに?」
「ほらほら、下で水の大精霊も霊験あらたかな水を作って待っていますから。っていうか、どうでもいいからでてけっ!!」
せっかく来たのに、じゃねぇよ。お前が勝手に来たんだよ。
無理矢理精霊王を部屋から追い出し、俺は魔力切れで会議室のソファーに寝ながら店長と話し合いを始めた。
♪ ♪ ♪
その日はなぜか契約している精霊たちが騒いでいた。
サザンクロスの北側、その中央に近い場所に他国の貴族の家かと見間違えるような巨大な屋敷があった。
屋敷の主の名はマリアンネ、この迷宮都市を代表する第二級探索者だ。
彼女は普段迷宮にも潜らず自身がマスターを務めるクランの拠点にもいない。クランに必要な事、あるいは迷宮の情報などは、ほぼ毎日クランメンバーが彼女の屋敷を訪れてくる。
また屋敷には彼女以外に二十名ほどの手伝いがいて、生活に必要な事を全て任せている。
まるで貴族のような生活だ。
そんな彼女は毎日何をやっているのかといえば、たまにギルドを訪れギルドマスターと会話したり、都市の代官と打ち合わせをする以外は、ほぼ精霊と戯れている。
そして今日もまた、自身の契約している小精霊たちと戯れつつも、心はここにあらず、といった状態だった。
その理由は先日、一週間ほど前にあったクラン『百花繚乱』のタイムアタックが原因だ。
マリアンネの二つ名『風神』の元になった最強の精霊魔術。風の中精霊三体による合成魔術は自分では大精霊の攻撃に匹敵すると思っていた。
消費魔力も半端なく大きく、一発撃てば中精霊三体が半分以下のサイズまで小さくなるほどの魔術だ。
事実その威力はヘカトンケイルの鎧を打ち砕き、結果『風来坊』が持つレコードの四十一分を記録した。
水の大精霊を召喚する、かのアリッツァと対峙したとしても、この魔術で大精霊の攻撃を打ち消せば勝機はあるとさえ思っていた。
同じ精霊術師、同じエルフであり基礎の身体能力も同じ程度だ。だがアリッツァは第三級であり自分は第二級、大精霊の一発を凌いだ後に接近戦へもつれ込めばこの差は大きい、と。
だが自らの目で大精霊の攻撃を見て、彼女の自信は粉々に打ち砕かれた。
強靱な肉体と強固な鎧を持つヘカトンケイルの両足を、たった二発の魔術で粉々に砕いたのだ。
足下にも及んでいなかった。マリアンネの、中精霊三体の合成魔術が児戯に思えるほどの強烈な魔術だった。
あれが大精霊、精霊王から名を授かったものしか呼ぶ事すら出来ないものたち。
中精霊とは格が違いすぎる。
自分が今まで培ってきた技術が、根底から覆された気分だった。
そもそもあの娘は二体もの大精霊を召喚していたのだ。一体ですら召喚し願いを依頼すれば、エルフですら半分以上の魔力を消費すると噂される大精霊が二体だ。
どれほどの魔力量を持っているのだろうか。
更には火と氷、共に相反する属性である。
マリアンネの常識では、せいぜい水と風、或いは水と氷、または火と土といった比較的相性の良い精霊同士でないと複数召喚はできないはずなのだ。
もう訳が分からなかった。
どうすれば良いのか、自分はどうあるべきなのか、悩んでいた時だ、突如小精霊たちが騒ぎ始めた。
どうしたことかと、理由を聞いてみたところ、偉大なる方が近くに来ている、とイメージが伝わってきた。
——偉大なる方? 一体誰かしら……。
マリアンネの想像がつく、精霊たちにとって偉大なる方というのは大精霊しか思いつかなかった。
ロヴィーナがまた大精霊でも召喚したのだろうか。
しかしタイムアタックの時、二体もの大精霊が近くにいたが小精霊たちは特段騒いだりはしていなかった。
となれば、別の要因で精霊たちが騒いでいるのだろう。
気になったマリアンネはその原因を探るべく小精霊たちに案内させた。
どうやらギルドがある場所に向かっているようだ。
ギルドへはしょっちゅう行っている。通い慣れた道を歩いていると、少しだけ落ち込んでいた気分が良くなってくる。
——そういえばここ数日、ずっと家に閉じこもっていたわね。
以前は毎日、とは言わないまでも二〜三日に一度は外出していた。近所の店に顔を出したり、珍しい武具や衣類がないかウィンドショッピングもしていた。
しかしタイムアタックのあとは、一週間ずっと家に引きこもっていた。
部屋に篭もったままだと気が滅入る。
そう思い直し、気分転換に途中の店を外から眺めいていた。
そしてギルドへ到着すると、小精霊たちはギルドのビルの隣にある店を見て騒いでいた。
何かあるのか、と店先を見るとそこには例のハーフエルフの娘と、三十才くらいの人族の男性が仲よさそうに肩をたたき合ってた。
——あら、あの男性はあの子の恋人なのかしら。いえ、まだあの子は十五才だったはず……では父親?
エルフ族は寿命が長い。このため寿命の短い他種族……人族などと付き合った場合、一見して犯罪じみた年齢差であっても実はエルフのほうが遙かに年上だった、と言うことはよくある。
それ故、一瞬勘違いをしたが、父親ということならばあの距離感も納得できる。
そして父親ならば、あのアリッツァのお相手という事だ。
一体どのような人間がハイエルフの血を引くアリッツァを、エルフで言えば王族に連なる人物を口説いたのか興味をひいた。
すっと目を細めてその男性の顔を……目を見る。
瞬間、背筋に緊張が走った。
あれはヒトではない、と直感が働く。精霊に近い何か、いや精霊と呼べるような生やさしいモノではない、と。
小精霊たちはその男性を指さし、偉大なるお方、とずっと騒いでいる。
そしてようやくマリアンネは気がついた。
小精霊たちが偉大なるお方と呼び、そして精霊に近く、それを遙かに超えた存在に。
——……まさか……精霊王?
この世界にいる全ての精霊を束ねる存在。
ハイエルフですら数人掛かりで大規模な儀式を行い、その上で大量の魔力を捧げてようやく目にすることができる存在。
その力は神と称されるほどの存在。
そんな偉大なる精霊王と、ハーフエルフの娘は仲よさそうにしている。まるで十年来の友のように。
アリッツァとその娘、ロヴィーナ。
なるほど、これは自分のような矮小な存在が相手にしてはいけないのだ、と理解した。
マリアンネはその足でギルドに入り、探索者を辞め里に帰るとギルドマスターへ伝えた。
十万文字超えました。
近々一旦締めて新章にするか、そもそも練習として書いたので別の小説を書くか考えます
次は転生者がいる異世界に、勇者が召喚されたって話が書きたいと思っているので
この小説の主人公のままでも良いかな、とは思っています。
例えば、無事宮廷魔導師になった主人公が、召喚された勇者たちと対面し、魔術とかを教える役になるとか。
その場合、タイトル詐欺(今でも本屋あまり関係ないですし)なので、変更します




