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十九


 いよいよタイムアタック当日となった。

 ギルドのビル前の広場にパシリアをはじめとしたクラン『百花繚乱』のクランメンバーたちが集まっている。

 その人数は総勢二十八名。

 前衛二十名、後衛八名というちょっとアンバランスな布陣だけど、パシリアのクランは魔術師が少ないからこうなってしまうんだって。

 でも前衛の殆どは第五級以上であり一人だけ第三級もいる。パシリアとパーティを組んでいた『障壁』ガズンローズ。

 前衛の盾職である重戦士だってさ。パシリアがマスターになれば、ガズンローズがサブマスターになるらしいよ。

 彼ら以外にも名のある探索者がたくさんいるし、二つ名持ち(中二心をくすぐるよな)もチラホラ混じっている。

 なかなかに壮観だ。


 そしてそんな中、成人したての、一見か弱そうな俺が一人混じっているのだ。

 もう浮きまくりよ。


 あいつ誰やねん、って視線があちこちから飛んできている。

 しかも今日はまだ精霊を呼んでいないのだ。事前に、精霊を呼ぶのはボス部屋の前で、それまでは魔力を温存しておけ、って言われたんだよな。

 更に言えば服装は町の小娘スタイル。全体的にゆったりとして袖が広がっているシャツっぽい上着と、同じようなゆったりとしたズボンのセット。腰に紐を結んで、長い髪は後ろでまとめている。ワンポイントとして伊達メガネだ。くいくいっ。

 もうどこからどう見ても小洒落た一般人である。

 理由は重い鎧を着て体力を消耗するな、だってさ。

 ちなみにこのコーディネイトはエルセが担当した。今日は一大イベントだし探索者として名をあげるぞー、と気合い入れたらこの服を無理矢理着せられたのだ。


「パシリアさん、お久しぶりですわ」


 そんな中、ギルドのビルから一人のエルフが現れた。

 ぱっと見て二十才くらいの、知的っぽい女性だ。エルフ特有の長い耳と、そして綺麗なまつげに細長い目と、ちょっと鋭利な雰囲気を持っている。

 でも美人だ。

 これぞまさしくエルフ女性って感じの人だな。

 しかしパシリアと知り合いなのかな?


「おや『風神』かい、確かに久しぶりだね。今日はギルドの見届け人として来たんだっけ」

「ええ、ギルドマスターから先日頼まれましたの」


 ん? 『風神』ってどこかで聞いた事のあるような……って、今日のタイムアタックのレコードホルダーじゃないか。

 へー、あれがこの都市に四人しかいない第二級探索者の一人か。

 サイン貰おうかな?


「ところで、ここにクラン外の人がいらっしゃると伺っておりますが、事実ですか?」 

「ああ、ロヴィーナのことだね。確かにうちのクランには正式には入っていないが、仮加入として受け付けているぞ」


 本来タイムアタックは、当然のことながらクランメンバーしか参加できない。

 そりゃクランのタイムアタックだからな、外部協力者を募ったらダメだろう。

 このため本来なら俺も参加できないが、裏口として仮加入という制度を使ったのだ。クランに仮加入すればメンバーとして扱われるから、参加しても問題がなくなる。

 仮加入ってのは、まだ探索者になれない未成年に対し、クランとは、ひいては探索者とはどのようなものなのかを体験させるために作られた制度だ。

 最も今では青田買いに使われているけどな。


 そして、この仮加入制度には落とし穴がある。仮加入の年齢制限は未成年に限る、とだけ設定されているのだ。


 未成年、なんて曖昧な響きだろうか。

 人族や獣人族の成年は十五才になってからだ。

 だがエルフやハーフエルフ、ドワーフの成年は異なる。

 ハーフエルフの寿命は三百年ほどであり、成人は七十五才だったりするのだ。

 そう、俺は十五才でありハーフエルフとしてまだ未成年なのだ。外見は人族の十五才前後だけどね。


 なぜ十五才が成年であり、探索者になれる年なのかと言えば、この世界は人族が一番多いからだ。

 このため、各国も成年の定義を十五才以上と定めているが、これはあくまで人族に対する成人であり、各種族は別に定められている。

 また探索者になるには十五才以上、となっているが、人族に限る、という文言はない。

 だからどの種族でも十五才以上になれば探索者になれる。

 おかしいよね、ここドワーフの国なのにさ。

 ま、それだけ人族の影響が大きいって事なんだろうけどね。


 つまり人族、獣人族以外の種族は十五才以上から一定の年齢まで成人、未成年、どちらにも取れるということになる。

 そしてギルドの制度では、探索者になるには十五才以上、仮加入は未成年に限る、と書かれている。


 ギルドの制度がガバガバすぎるぜ。


「……なるほど、そう来ましたか」

「ああ、そう来たんだよ。だけどロヴィーナ側の問題が片付けばうちのクランに入るから仮加入で合っているぞ」

「ま、よろしいでしょう。では出発……の前に、可愛らしい精霊術師さんに軽くご挨拶をしてもよろしくて?」

「ほどほどにな」


 二人の会話をそれなりに離れた場所で聞いていた俺は、いきなり話を振られてちょっと驚いた。

 え? 俺に挨拶? なんで?

 戸惑っていると、エルフの女が軽い笑みを浮かべたまま、俺のすぐ側まで歩いてきた。


「初めまして、『風来坊』のマスターをしているマリアンネですわ。よろしくねアリッツァ様の娘さん」

「え? お母さんを知っているんですか?」

「ええ、とは言っても名前だけで実際にお会いしたことはありませんが」


 うちの母親って有名人だったのかな?

 確か俺が生まれる前、この国に来る前は諸国を漫遊してたって話だし、その時に何か仕出かしたのだろう。

 しかしアリッツァ様、ね。様付けとは一体あの母親は昔、何をやったんだろうか。

 これは帰省したら一度聞いてみなければ。


 っと、こっちの挨拶してないや。


「あ、失礼しました。私の名はロヴィーナです。宜しくお願いします」

「ふふっ。ええ、今後とも宜しくお願いしますわロヴィーナさん」


 マリアンネと名乗ったエルフは、言葉通り軽く挨拶しただけで、再びパシリアの元へと戻っていった。

 何がしたかったのだろうか。よく分からん。

 でも去り際のあの人の目がちょっとだけ怖かった。何か獲物に狙いを定めたかのような。

 ま、向こうは最大手クランのマスターだし、俺のような小物なんて眼中にないだろう。気のせい気のせい。


♪ ♪ ♪


 ギルドのビルを出て三時間後、一行は二十一階層のボス部屋前に来ていた。

 はっや、団体さんなのに三時間で着くのかよ。

 ちなみに俺は団体さんの中心に囲われていました。道中一度も魔物と戦っていません。

 だってねぇ、先行していた盗賊たちが全部倒して行くんだよね。お前ら盗賊だろ?

 まぁ先行の盗賊たちも全員第五級以上だし、二十階層までの魔物なら余裕なのは分かるけどさ。


 そんなこんなで全員武器やら装備類の再チェックを行っていた。


「よしロヴィーナ、そろそろ召喚してくれ」

「はい、分かりました」


 全員の再チェックもほぼほぼ終わった頃、パシリアが俺に合図を出してきた。

 さて、いよいよ出番か。

 事前に伝えられた作戦は、まず大精霊を召喚し、部屋に入ると同時に魔術をぶっ放す。

 あとは流れに合わせて臨機応変だそうだ。


 作戦とは一体。


 この人たちは過去何度もヘカトンケイルを討伐してきているので、その程度でも良いらしいけどさ。

 ま、俺は俺できちんと秘策を考えてきたのだ。

 今日はそれを実行するだけである。


 イメージは地獄で燃えさかる炎。

 両手のひらを前で重ね、体内の魔力を引き出しながら呪文を詠唱する。


≪怒れる炎よ、烈火と浄化を擁す大いなる火の精霊よ。熱く燃えさかる汝が炎を我が前に、ソリューシアの名においてここに顕現せよ≫


 ずわっと魔力が吸い出され、火の大精霊が目の前に顕現した。

 周りで沸き起こる息を呑んだような声。おー、大精霊見るのは初めてかな?

 それより君、ちょっと近い、熱いってば。

 半年ほど大精霊たちを召喚してなかったせいか、不満を持っているようだ。

 今日が終われば暫くはお店に集中するから、その時にたくさん手伝って貰うよ!


 火の大精霊を熱くならない距離まで離してから、次にイメージするは北極の氷。

 再び手のひらを前で重ねて魔力を引き出し、呪文を詠唱した。


≪静かなる氷河よ、凍結と停止を擁す大いなる氷の精霊よ。全てを塵と化す汝が氷を我が前に、ソリューシアの名においてここに顕現せよ≫


 またもやずわっと魔力が引き出され、氷の大精霊が顕現する。

 うー、二連チャンはきつい。これで魔力が半分近く取られた。やっぱり四体が限界だな。

 しかも一気に魔力が無くなったせいか、ちょっとだけくらっときた。

 

 ま、とりあえずこれで準備は整った。あとは作戦を精霊に伝えれば終わりだ。


「えっとお二人にお願いがあります」

——こくこく。

——こくこく。

「部屋に入ったらでかい奴がいるから、氷の大精霊さんはそいつの足を氷らせてください。火の大精霊さんは氷った足の中心目がけて一番熱いのをぶつけてください」


 これが秘策だ。

 冷たく冷やしたものに、いきなり熱いのをぶつけるとどうなると思う?

 急激な温度差でヒビが入って壊れるのだ。これは物質などが熱を持つと膨張し、冷やすと膨張しなくなる性質を利用している。

 周りは冷えて縮んでいるのに、中心部は熱を持って膨れようとすると、ヒビが入るからね。

 ヘカトンケイルの全身は鎧で覆われ、六本の腕には武器を持っている。

 つまりその鎧を壊しちゃおうという秘策だ。ついでに足を狙うのは、こけてくれる事を期待しているからだ。


 さあ上手くいくかな?


「ロヴィーナ、準備はいいか?」

「いつでも良いですよ」

「よし、じゃあてめぇらいくぞ!!」

「「「おう!!」」」


 そして二十一階層のエリアボスがいる部屋の扉が開かれた。


♪ ♪ ♪


「………………」

「………………」

「………………」


 全員が沈黙をしていた。

 パシリアやマリアンネすらも、ぽかーんと口を開けた状態で固まっている。


 おかしいな、ここは湧き上がる歓声を期待していたんだけど……。

 もう一度何をやったのかさらっと振り返ってみる。


 部屋に突入した。

 でっかい阿修羅像のような魔物が奥に一体いた。

 予定通り氷の大精霊がそいつの両足を氷らせた。

 その上で火の大精霊が氷っている足を狙って馬鹿でかい火の矢を放った。

 そいつの両足が粉々に砕けて、倒れた。

 おっ、これはチャンスだぜ、と思ってそいつの頭を狙ってもう一度同じ事をやってもらったら、頭も粉々になった。

 その瞬間ヘカトンケイルの巨体が消えて、でっかい魔石が一個転がった。


 こんな感じだ。たぶんかかった時間は一分もない。


 うーん、予定では鎧を壊すだけのはずだったんだが、足が砕けたのは予想外だった。

 でも、結果だけを見れば問題ない。むしろ鎧を壊すより足そのものを壊したほうがより良い結果だろう。

 しかし失敗なのは最初に頭を狙わなかった事だ。もし狙っていれば、最初の魔術で死んでいた可能性がある。

 今度チャンスがあれば、まず頭から狙おう。そうすりゃ上手くいけば二十秒かからず倒せないかな?


 ところでなぜみんな黙ったままなのかな。

 記録更新だよ? 一分弱だよ? ほらほら、みんなもっと喜ぼうぜ。



 大精霊とハイタッチしてる俺を除き、全員は暫く呆然としたままだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 一人最終兵器(笑)。 本屋さんに戻れそうな気配が一欠けらもありませんねえ。
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