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十八

ちょっと長め


 半年が過ぎた。

 その間に俺は第八級、魔素の量なら第七級相当まであがっていた。

 探索者を始めて一年経たず第七級相当まであがったのは、過去最短らしい。

 なんでこんなにあがるのが早かったのかと言えば、単に倒す敵の質と数を上げたからだ。

 主な狩り場は二十階層近くであり、第七級ですらギリギリのラインで、中精霊の攻撃力を存分に使って倒しまくったのだ。

 パワーレベリングだな。

 もちろんカルロスとシーラもこき使った。なんだかんだでこの二人とは七ヶ月ほどの付き合い、良い感じに打ち解けている。


「カルロスは向かって左、シーラは右の奴らを止めて真ん中を開けて。糸は手放さないで!」


 襲いかかってくる敵はジャガリーハリー十体。狼の姿とサーベルタイガーのようなでっかい牙を持つ二十階層の魔物だ。

 体長は一メートル半とこの辺の魔物にしては小さい。

 しかしその分動きが速く、隙があれば即座に弱い奴から狙ってくる。


「おうよ!」

「任せて!」


 俺の指示・・に二人が別れて左右からの敵をせき止めた。

 通路は横幅五メートル程度であり、二人が左右に分かれれば当然真ん中を止めるものはいない。

 相手からすると真ん中ががら空きで且つ、その奥には如何にも弱そうなハーフエルフ、つまり俺がいるわけだ。

 カルロスたちの相手に二体、そして残りの八体が空いた真ん中から、うようよと襲いかかってきた。

 このままでは、俺はジャガリーハリーの群れにカミカミされるだろう。


 だがしかし、カルロスたちに持たせた糸……。

 これは氷の小精霊と俺とで共同開発した(俺は案を出しただけだが)、氷網の魔術だ。

 ジャガリーハリーはとにかく素早い。こいつらを倒すのなら一カ所に纏めるのが一番だ。

 そこで思いついたのが網漁である。二隻の船がそれぞれ網の片方ずつを持って魚を網に追い込むアレだ。

 カルロスとシーラの二人に糸……網の紐を持ってもらい、わざと中心部を開けて魔物を集め、一気に網で捕まえる。

 氷網部分は触れると凍傷を起こし、動きが鈍くなるようになっている。最も小精霊だし動きを止めるのは十秒程度しかないけどね。


「氷の小精霊さん!」


 俺の合図に氷の小精霊たちが氷網へと魔力を注ぎ、向かってきていたジャガリーハリーたちを見事網へと絡め取った。

 ジタバタ暴れようとするが、氷網の影響で網を脱出することができないジャガリーハリー。

 だがこのままでは十秒後には自由になるだろう。


「闇の中精霊さん、ぶちかまして!」


 精霊の良いところは呪文詠唱無しで魔術を発動できることだ。十秒も止まってくれれば十分な時間である。

 俺の声に即座に反応した闇の中精霊は、ほぼノータイムで一本の攻城兵器のようなどでかい闇の矢を生み出し、発射した。

 僅か一発の攻撃魔術で敵は瓦解。

 残りはカルロスたちの前にいる二体のみである。

 ジャガリーハリーは群れて行動し、素早い動きで敵を翻弄させるのが主な戦い方だ。しかしたった二体ではその持ち味も生かすことができない。

 そう時間もかからず、シーラが一体を牽制している間にカルロスが一体倒し、そして最後は二人掛かりでもう一体を倒した。


 完勝である。

 ここに居る精霊の数は氷の小精霊四体と闇の中精霊一体、バックアタックの警戒要員として風の小精霊が二体だ。そして使った魔術は氷網とでかい闇の矢一本だけ。

 それでジャガリーハリー十体を時間もかけず全滅させたのだ。

 実にエコである。正面から戦えばかなりの攻撃魔術を使う事になるだろう。

 この戦術は可能な限り魔力を節約し且つ、二十階層でも余裕を持って戦えると自負できる。

 もちろん二十階層にはジャガリーハリーだけでなく、他にもオーガー、クェルスコルピという魔物がいるけど、そのどれにでも対策を持っている。

 単体で行動するオーガーは体力が多く馬鹿力だけど、こっちには第四級に匹敵する中精霊がいるので魔術一発で終わり。

 サソリのような魔物クェルスコルピはひっくり返すとなかなか起き上がれないので、風の小精霊にお願いしてひっくり返して貰うだけだ。あとは尾に毒があるので氷の小精霊たちに尖端部分を氷らせて貰えば完璧である。鈍器になるけど毒より遙かにマシだからね。

 もう毒なんて喰らいたくないよ、ガクブル。


「しっかし面白い戦い方だなぁ」

「剣士、盗賊、魔術師の三人パーティじゃ、ジャガリーハリーの群れを討伐するのにかなりきついはずなのに、こんな簡単に倒しちゃうなんて」

「小技を生かした戦術です」


 正面からぶつかる必要はない、勝てば官軍。

 罠を仕掛けて一網打尽、こちらの消耗は限りなく少なく敵の被害は甚大。これが基本だ。

 このペースで狩って狩って狩りまくるぞ。


「よし、今日も張り切って頑張りましょう! 目標は三十の戦闘回数を熟す事です!」

「うえっ……」

「一回の戦闘は楽だけど、それだけ回数をこなすとさすがに辛いというか……」

「ほらほら、がんばりましょー!」


 あともうちょっと貢献度を上げれば第七級だ。

 宮廷魔導師になるための実戦経験も十分になる。


 ……でもさ、今の暮らしもなかなか良いと思い始めている。

 もうちょっと……頑張ってみようかな。



♪ ♪ ♪


「よしお嬢ちゃん……いやロヴィーナ。そろそろうちのクランに入らないか?」


 その日帰宅したあと、パシリアに夕飯へ誘われほいほい着いていったらクラン勧誘を受けた。

 クラン……ねぇ。

 パシリアのクランはこの迷宮都市でも最大手の一角だ。

 クランマスターはこの都市に四人しかいない第二級探索者である。ただこの人はすでに高齢であり、仕事の大半はサブマスターのパシリアがやっているらしい。

 もう後一~二年もすれば完全にクランマスターも引退し、パシリアが正式なマスターに就任するそうだ。


 さて、それはおいといて、クランに入る事だけど……。

 当初は第七級まで経験を積んだら宮廷魔導師になるために、首都へ戻るつもりだったから、クランの勧誘は断っていた。


 でもなかなか楽しいんだよな、今の生活。

 新しい戦術を思いついた時も、夜通しでそれらを色々な角度から穴がないか考えて、そして迷宮で実践してみて欠点を洗い出してもう一度考える。

 それが一発で成功した時の充実感、達成感は一際だ。

 そして今の課題は、迷宮で失敗すると命を落とす可能性があるので、それをどうにか回避できる方法を模索している。

 例えばさ、土の中精霊あたりにお願いして、鎧のような形を取ってくれないかなとか。

 まぁ、一度やって貰ったけど、重くて動けなくなりました。意外とずっしりして重かった。

 パワードスーツのように勝手に動いて貰うのも手だけど、それだと精霊と完全に意識をリンクさせないと、いざという時の回避もままならない。

 このため、これは今後の課題としてあげている。


 おっと、話が逸れた。


 既にクランメンバーのカルロスやシーラたちとは半年以上パーティを組んでいるし、入るのに吝かでは無い。

 でもさ、一応俺って対外的には国の要請で本屋を経営するって立場で来ているのだ。

 店長の好意で探索者をやる時間を貰っているけど、本当なら俺もお店の経営をしなければならないのだ。

 ここ半年全く手をつけてないけどね。

 だからこそいい加減そっちの仕事もやる必要がある。

 とはいっても店長や店員の子たちが頑張って運営しているおかげで今のところ問題もなく、既に何十人かの常連を抱え、更には探索者たちの子供に本を読ませるところまで進んでいる。

 オープン当初、首都でやっていた事を店長に資料として纏めて渡したんだけど、しっかりそれを活用して経営している。

 この調子なら一年目の実績も十分だろう。

 店長は四十代、しかも今までギルドの幹部として探索者たちから買い上げた魔石の流通やら販売方法などを商人たちと相談しつつ、まとめ上げてきた手腕を持っている。

 さらには首都の魔石の販売店を何店舗も立ち上げているらしい。

 経験、実績ともにベテランだ。思いつきで何となく成功した俺とは根底が違う。


 ……あれ、俺いらない子?


 いやいやダメだろ。


「えっとですね、私は立場的に本屋の店員としてここへ来ています。なのでクランに入る訳にはいきません」

「え? そうだったの?」

「はい、そうだったんです。最近迷宮ばかり潜っているけど……。だからこそクランに入るとさすがに言い訳できなくなります」


 アドバイザーとしてちょくちょく意見を貰っているよ、と店長が国に報告してくれているらしい。

 でもクランに入ってしまうとさすがにその報告も出来なくなる。


「そっちの都合もあるから、無理にとは言わない。残念だが次だ。今度二十一階層のエリアボス討伐のタイムアタックをするから、ロヴィーナは強制参加な」

「へ?」

「目標は『風来坊』のところの最速タイムを一分以上上回ることだ。というか、ロヴィーナの大精霊をあてにしているからね。今までカルロスたちを貸していたんだから、これくらいは返して貰うよ」

「あっはい」


 二十一階層のエリアボスってタイムアタックの対象なのかよ。

 思ったより弱い?

 えっと、確か名前はヘカトンケイル……だったかな。

 六本の腕を持ちそれぞれに武器を構え、十メートルの巨体から繰り出される攻撃は、まともに当たれば高ランクの探索者ですら半死半生、低ランクの探索者ならば即死。

 ただし反面魔術は一切使ってこず、抵魔抗もエリアボスにしては低く、魔術による攻撃がかなり有効らしい。

 最短記録は四十一分……だったかな。


 俺にとって参加するメリットは……一応あるか。エリアボス討伐はギルドの貢献度を大幅にあげる事ができる。

 もしかすると第七級へあがるかもしれない。

 そこまであがれば、探索者活動を暫く自粛してお店の手伝いに回るほうが良いかもしれない。


「ちなみにいつ決行予定ですか?」

「一週間以内にエリアボスが再復活する予定だね。それに合わせて行動する。ギルドからエリアボス討伐依頼がうちに回ってきているから、それを見越してやるよ」


 エリアボス討伐依頼。

 四十一階層はともかく、二十一階層のエリアボスは倒してもメリットが少ないらしい。エリアボスの魔石はおいしいけど、倒すまでの準備のほうが高く付くらしく、赤字になるんだって。

 でも誰かが倒さないと二十一階層より下へいけない。

 このため、大手のクランへ順番にギルドから討伐依頼を出すらしい。もちろんどこかのパーティなりクランなりが、次倒したい、とギルドに訴えれば回ってくるようだけどね。


「準備はとくにいらない。あたしらがするから、ロヴィーナは身一つで構わないからね」

「分かりました、秘策を考えておきます」

「……頼んだ。派手にやってくれ」


♪ ♪ ♪


 サザンクロスの南側、その中央に位置する探索者ギルドの本部。

 高さ十階建てでこの都市の中で最も高い建物だ。

 その最上階には探索者たちを束ねる探索者ギルドのギルドマスターの私室がある。


 そして今、この部屋にはギルドマスターとクラン『風来坊』のマスター、『風神』マリアンネの二人がいた。

 『風来坊』はこの都市で最も大きなクランであり、そのクランマスターと探索者ギルドは定期的に打ち合わせをしている。

 今日も会議室で打ち合わせをした後、ギルドマスターがマリアンネを私室へと誘ったのだ。


 マリアンネはエルフであり、非常に美しい女性だ。マリアンネに惚れたギルドマスターが私室でイケナイ事をしているのでは、と一部で噂になっている。

 だがマリアンネは迷宮都市サザンクロスを代表する第二級探索者であり、都市最大のクランを擁するクランマスターだ。力ではまず勝てないし、組織としても探索者ギルドが無理強い出来る相手ではない。そもそもギルドマスターであるダクマルはこの女が嫌いであった。

 それでも私室に誘い密会をする必要があったのだ。


「今度『百花繚乱』が二十一階層のエリアボスのタイムアタックをするそうだ」

「……そろそろ『落石』も引退ですし、『尖針』の実績を積み上げたいのでしょうね」


 『落石』ドゥイリオは第二級探索者であり、クラン『百花繚乱』のクランマスターだ。

 ただ御年七十一才、人族の平均寿命を大幅に上回っており、近日中にサブマスターの第三級探索者『尖針』パシリアへクランマスターを譲るだろうと噂されている。

 新しいクランマスターがまず最初にやるべきことは、力を見せつけることだ。

 探索者は強いものを崇拝する。特にパシリアは第三級と他の最大手のクランマスターたちに比べ一歩ランクが劣っている。

 何らか力を手っ取り早く見せつけるには、タイムアタックが手っ取り早い。

 二十一階層ならば一日で往復できる距離であるし、しょっちゅう討伐を行っているので手慣れていて準備期間も短くすむ。


「しかしタイムアタックですか……あそこの魔術師はパシリアさんを除けばせいぜい第五級でしょう? 可能なのかしら」


 二十一階層のエリアボス、ヘカトンケイルは対魔抗が低く、倒すには魔術師を大量に用意するのが定石となっている。

 このためたくさんのエルフが在席するマリアンネのクランが今のところレコードホルダーだ。

 確かに第三級探索者であるパシリアの魔術は強力だ。特に『尖針』という二つ名の由来にもなった最上級魔術は、マリアンネが召喚する中精霊二~三体の一斉攻撃に匹敵する。

 しかし相手はエリアボスであり、たった一人の強力な魔術師だけでは簡単に倒せない。

 それは過去幾度もヘカトンケイルを討伐しているパシリアなら、分かっているはずだ。

 そこがマリアンネは疑問だった。何か秘策があるかもしれない。


「例のハーフエルフの少女を使うそうだ」

「アリッツァ様の娘を……ですか? まだ探索者になって半年くらいでしょう? 少々無茶ではありませんか」


 ヘカトンケイル討伐の推奨ランクは第六級だ。それ以下の探索者では一発貰えば最悪死ぬ可能性があるからだ。

 直接対峙せず後衛に陣取る魔術師ならば多少ランクが低くても問題はないだろうが、それだと攻撃力も低くなり役に立たないだろう。

 ランク、つまりは魔素を取り込めば取り込むほど魔術師の魔力強度もあがる。魔力強度があがれば魔術の威力もあがっていく。

 精霊を召喚する精霊術師にもそれは当てはまる。最初に召喚する時、精霊の仮初めの肉体の強度が変わるからだ。

 探索者になって半年ではせいぜい第九級へあがれるかどうか、といったところだろう。


「いやそうでもない。あの娘はすでに第八級へ上がっているし、実力自体は第七級程度はあるらしいぞ」

「……え?」


 一瞬マリアンネはダクマルの発した言葉の意味が分からなかった。

 第七級へあがった過去最短記録が十三ヶ月である。今から四百五十年前、まだサイサランド鉱山王国は建国したばかりであり迷宮都市も国ではなく自治体が治めていた時代、未だ誰一人として達成していない六十一階層のエリアボスを唯一討伐した第一級探索者、『英雄』ガブリエルが打ち立てた記録だ。

 マリアンネもこの記録を抜こうと頑張ったが、結局第七級へあがるのに二十六ヶ月かかった。中精霊を駆使して自身の推奨階層よりも下に潜り魔素を蓄えたが、それが限界だった。

 エルフはその寿命故か、人族に比べ成長速度が遅い。

 つまりは魔素の蓄積スピードも人族に比べ遅い。マリアンネが第七級へあがるのに二年以上かかったのも、それが原因である。

 それでも二年少々はエルフの中ではかなり早い記録だ。正直に言えば過去二番目である。


 例の娘はハーフエルフのためマリアンネより成長速度は早いだろうが、それでも人族の『英雄』より早く成長するという理由にはならない。

 大精霊を使って、もしくはパシリアが無理矢理深い下層へ連れて行ったのか、それならばまだ理解できる。


 しかしマリアンネの思考を読んだのか、ダクマルが意味深に笑った。


「さしもの『風神』も驚いているようだな。かの『英雄』の記録を大幅に塗り替えた事はまだ公にはしていないから、そのつもりで頼んだ。時期を見て一斉に宣伝する予定だ」

「……半年……ですか。もしかして大精霊が関係しているのですか?」

「いや、ここ半年大精霊の姿を見たという情報はきていない。また『尖針』もここ半年クランマスターの引き継ぎで殆ど迷宮へ潜っていない。『百花繚乱』の他の魔術師たちも普段通り活動しているからそれも違う。そもそも例の娘は『百花繚乱』の第七級探索者二名と共に行動しているようだ。となると、その第七級探索者たちと中精霊とで上げた、と言うことになるな」


 第七級探索者二名とパーティを組んでいる。似たようなランク同士でパーティを組んで行動するのはごく普通である。

 マリアンネも同じ事をやってきた。

 だが自分と同じ事をやって、そして半年で第七級相当まで魔素を貯めた。

 

 ここで初めてマリアンネは、アリッツァの娘、という枠から外れた。

 個人としてのロヴィーナに興味を持った。

 その反応に気を良くしたのか、ギルドマスターがにやりと内心笑った。


「そこでだ。『百花繚乱』のタイムアタック確認者を出すのだが、ギルドの代表として行ってみないか?」

「分かりましたわ。一度アリッツァ様の娘にお会いしてみたかったのも事実ですし、そのお話を承ります」

 



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