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十六


 赤いゴブリン。

 カルロスが両手で持つ大きな大剣を片手の長剣で軽く防ぎ、背後からちょくちょく攻撃を仕掛けるシーラを軽くあしらっている。

 しかも戦いには素人の俺の目からみても、余裕を持っていた。


 ……遊んでいる。


 遊んでいてすら、あの二人が徐々に押されている。

 あのゴブリンが本気を出せば一瞬で蹴りがつくだろう。

 それがあの二人にも分かっているのか、次々と攻撃を仕掛けているが、全く相手になっていない。

 なんだよあれ。なんでこんなところにあんな強い奴がいるんだよ。


 そういえば今朝、シーラがギルドに情報を仕入れに行ったとき、十三階層に名付きが現れた、と言っていた。

 もしかして、こいつがその名付きという奴なのか?

 でもここは三階層だぞ? 魔物が階を上がってくるなんて事があるのか?

 しかも一階層や二階層じゃなく、十階層もだ。

 十階層もあがってくれば、何人もの探索者とすれ違うだろう。俺らとは比べものにならない高ランクの探索者だっているはずだ。

 それらに見つからないようにここまであがってきたのか?

 でも、この部屋に入ったときカルロスもシーラも、闇の中精霊ですら、こいつが天井に居ることに気がつかなかった。

 更にこいつは、この一行の中で一番厄介な闇の中精霊を召喚したであろう俺を真っ先に狙ってきた。

 それくらい隠密に長け、知能も高い魔物ならば、或いはここまで来る事ができるのか?


「がっ!」「くっ」


 とうとう赤いゴブリンが飽きたのか、回し蹴りで二人を吹き飛ばした。

 カルロスが部屋の壁に激突し、シーラは部屋の外へとたたき出された。

 ぶつかった拍子にカルロスの大剣が、甲高い音を立てて床へと転がっていく。

 今の蹴りは相当に効いたのか、カルロスはピクリとも動かない。

 シーラもここからでは見えないが、似たようなものなのだろう。

 赤いゴブリンは、そんなカルロスを見てニタニタと気色悪い笑みを浮かべ、そしてゆっくりと長剣を振りかざした。


 やばいやばいやばい。

 あの二人が殺られたら、次は俺だ。

 まだ身体の震えが収まっていない。むしろ二人がやられそうになったためか、余計にガクガクと足腰が震える。


 赤いゴブリンが吹き飛んだカルロスの側へと近づいていく。

 ぎひひひ、と気味の悪い笑い声をあげ、振りかざした長剣に力を込めた。


 と、その時だ。腰に付けたポーチが揺れた。


 ……あっ。


 慌てて腰のポーチの袋を開けると、中から一条の光が飛び出しゴブリンへと襲いかかる。

 その奇襲とも言うべき攻撃に、さすがのゴブリンも驚いたのか、それでも反応し剣で攻撃を弾くと一旦距離を置いた。


「ギ?」


 白い光を纏いながら静かに赤いゴブリンの前に立ち塞がる、光の中精霊。

 邪魔されたことに腹を立てているのか、牙を剝きだして威嚇する赤いゴブリン。


「おねがいっ、そいつを倒して光の中精霊!!」


 俺の言葉と共に、光の中精霊が無数の矢を生みだした。


♪ ♪ ♪


 赤いゴブリンと光の中精霊との戦いは接戦だった。

 光の中精霊がいくつもの光の槍を生みだしゴブリンへと投げつけるが、それを剣で弾き、あるいは体術で避ける。

 だが赤いゴブリンも避けるのに精一杯なのか、反撃できない。

 元々光と闇の属性はサポート系の魔術が多く、その分攻撃力は低い。それでも人族より遙かに強い力を持つ中精霊なのだ。

 その中精霊と互角に戦う赤いゴブリン。

 

「おい」


 復活したのだろうか、いつの間にかカルロスが俺の側に近寄っていた。

 ただまだ腹を押さえている。


「だ、大丈夫ですか?」

「正直辛い。それより、あのままだとまずいぞ」

「え? 何がまずいんですか? 押し勝ってるように見えるんですが」


 中精霊と赤いゴブリンはまだ戦っているが、ジリジリと赤いゴブリンの方が押されているように見える。

 このまま行けば押し勝てるのではないのだろうか。

 そんな淡い期待をカルロスは否定した。


「確かにこのままなら押し勝てると思うが……精霊って、永遠に攻撃出来るのか? 最初より身体が小さくなってないか?」


 もちろん永遠に攻撃など出来る訳がない。

 精霊を呼ぶ時に、俺の魔力を使って仮の身体を生成し、そこへ精霊が意識を移すのだ。

 そのため、仮の身体が持つ総魔力は、身体を生成したときの俺の魔力と、精霊が本体から意識と共に持ってきたものの合計となる。

 しかし小精霊ならまだしも中精霊クラスになれば、意識と共に持ってくる量は格段に多い。そうそう無くなるものではないはずだ。


 しかし……確かに中精霊の身体が小さくなっているように見える。

 おそらくあの光の槍の消費魔力が大きいのだろう。

 そして押されているとはいえ、赤いゴブリンはまだまだ疲れているようには見えない。


「今のうちに手を打つ必要があるぞ。おい、追加でもう一体くらい精霊呼べないか?」


 俺の魔力はまだまだたっぷりある。

 中精霊どころか大精霊を二体くらい呼んでもお釣りがくるだろう。


「やってみる」


 両手のひらを前で重ね合わせ、そして意識を集中させる。

 体内の奥に眠っている魔力を引き出しつつ、呪を唱えようとするが……。


≪怒れる……≫


 言葉にした瞬間、魔力が霧散した。

 失敗だ。

 合わせた手のひらが震えている。

 手足の震えが止まらない。大きく深呼吸するが、心臓の動悸は治まる気配がない。


 おかしい、いくら何でもここまで引きずるか?


 そんな俺の状態を見たのか、舌打ちするカルロス。 


「ちっ、もしかして恐怖フィアーでも喰らったか?」


 恐怖フィアー

 その名の通り恐怖を相手にあたえ、冷静さを失わせる闇系統の魔術だ。

 魔術師がこれを喰らうと、呪文詠唱に必要な集中力をかき乱され、暫くの間使えなくなる。

 魔術本にはそう書いてあった。

 まさか自分が喰らうとは思ってもなかった。


 でもいつ……?


 あ、そうか。あの時のあいつの眼光。

 強烈な何かを感じたような感覚だったが、あれがもしかして……。


「まずいな、かなり小さくなってる」


 はっと気がつくと、光の中精霊のサイズが半分くらいまで小さくなっていた。

 対する赤いゴブリンはじっと耐えている。

 まるでバネだ。

 力を貯めて隙を狙っている。


 非常にまずい。


「くそっ、しゃーねぇ、俺がやるしかないか」


 痛みを堪えながらカルロスが立ち上がった。

 手にはいつの間に拾ったのか、大剣を持っている。

 ただ俺の目から見ても、かなり無理をしているようだ。

 

「逃げられない?」

「無理だ。このダメージじゃ走る事はできないし、お前だってまともに動けないだろ? あるとすれば他の探索者が来る事だが……三階層じゃ高ランクの探索者なんて来ないだろ。やるしかないんだよ」


 詰んだ。

 もう打つ手はないのか?

 その時、ぽん、と手が頭に置かれた。


「心配するな、時間稼ぎくらいはしてやる。シーラがその間になんとかするだろ」


 ちくしょう、なんかこいつかっこいいな。

 その手を前と同じように振り払いつつ「頑張って」と伝える。

 そして、気合いを入れるようにカルロスは雄叫びをあげ、赤いゴブリンへと突っ込んでいった。


♪ ♪ ♪


 戦いの形勢は逆転していた。

 既に光の中精霊のサイズは半分どころか小人のようなサイズになっている。

 対する赤いゴブリンはところどころ怪我をしているが、まだまだ顕然だ。


 光の中精霊が手を上げると、光が生まれそれが宙に浮く。だがその大きさも槍ではなく、細い矢になっている。

 それでも中精霊の意地なのか、数はかなり多い。

 それが発射された。

 赤いゴブリンも疲れが見えるのか、全てを捌ききれず何本か身体をかすっていく。

 黒い、ヘドロのような血が舞い散るが、あの眼光は衰えていない。

 

 そして再び光の中精霊が手を上げた時だ、とうとう矢の数すら数本にまで減っていた。

 赤いゴブリンがニヤリと笑う。全身を低くし、長剣を横へと構える。

 そこへ打ち出される光の矢。だが赤いゴブリンはそれを軽くいなし、光の中精霊へと接近する。


 と、そこへ雄叫びをあげたカルロスがぶつかるように突っ込んだ。

 いくらあの赤いゴブリンが強いとはいえ、サイズは他のゴブリンと同じ子供のような大きさだ。

 対するカルロスは大柄であり、体重差もあってか赤いゴブリンが吹き飛んだ。

 チャンスとばかりに光の中精霊が矢を一本生み出し、撃ち出した。と同時に中精霊の姿が掻き消える。

 限界を迎えたのだ。

 だが最期の矢は見事にゴブリンの左目へと突き刺さった。

 さすがにこれにはたまらなかったのか、目を押さえて叫んでいる。


 よしっ!


 カルロスが追い打ちをかける。

 上へとジャンプし、全体重をかけた大剣をゴブリンの腹へと突き刺した。

 トドメとばかりに力を入れ、大剣をぐりぐりと動かす。狂った様に手足を動かす赤いゴブリン。

 だが、パシュッ、という音がして突如カルロスが吹き飛んだ。

 カルロスの腹から赤い血が吹き出していく。


 一瞬混乱したが、はっと気がついた。

 ……魔術か!

 俺に恐怖フィアーという闇系統の魔術をかけたのだ、他に攻撃魔術を使ってきても不思議じゃない。

 よくよく見ると赤いゴブリンの左手には闇の大精霊が纏っていたオーラのようなものが、見えた。

 おそらく闇の矢だろう。


 赤いゴブリンがゆらりと立ち上がる。

 忌々しそうに自分の腹に刺さった大剣を抜き取り、その辺へと投げ捨てた。

 そして未だ手放してなかった長剣を掲げた。

 カルロスは腹から血を流し、ぴくりとも動かない。


 なんだよあいつ、不死身かよ!


 幸いな事に赤いゴブリンもダメージを負っていて、その動きは非常に遅かった。

 だが一歩、一歩とカルロスへと近づいていく。

 両手で顔を押さえ視界を閉ざした。もうこれ以上は見ていられなかったからだ。


 ちくしょう、ここまでか?


 と、その時気がついた。


 両手の震えが止まっている事に……。


「ああああああぁぁぁぁぁ!! やってやる!!」


 足に力を入れ、気合いを入れて立ち上がる。

 その声に驚いたのか、こちらへと振り向く赤いゴブリン。その目に再び強烈な何かを感じ始めるが……。


 もう喰らわねぇよ!


 目をぎゅっと閉じた。

 恐怖フィアーは相手の目を見て、視線を介してかける魔術だ。

 つまりは、目を閉じればその影響はない。

 そして目を閉じたまま、体内の奥に眠っている魔力を引き出し精霊への呪を唱える。

 イメージは地獄で燃えさかる炎。

 

≪怒れる炎よ、烈火と浄化を擁す大いなる火の精霊よ≫


 呪を唱えながらも気がつく。赤いゴブリンが闇の魔術を使い始めた事に。

 おそらく相手のほうが早く詠唱が終わるだろう。闇の矢は中級魔術であり、その中でも詠唱が一番早いからだ。ベテランであれば初級魔術と同じ速度で唱えられる。

 そしてカルロスのように腹に闇の矢を受ければ、小柄な俺など致命傷だ。


 でもな、俺にはまだ手があるんだよ!


 詠唱をしたまま腰に付けたポーチの袋に手を突っ込み、そこに潜んでいた子を軽く撫でる。

 あいつの目に飛び込め!

 俺の意を感じたのか光の小精霊、俺が初めて呼び、契約した精霊が飛び出すのを感じた。


 赤いゴブリンの、ぎゃっ、という声が聞こえる。


≪熱く燃えさかる汝が炎を我が前に、ソリューシアの名においてここに顕現せよ≫


 ずわっと魔力が吸い出され、そしてすぐ目の前に明るい何かが現れた。

 閉じてた目を開けると、そこには火の大精霊が顕現していた。

 攻撃力だけなら大精霊の中でも一番だ。


「お願い……あの赤いゴブリンを……燃やして!!」


 俺の言葉に火の大精霊は軽く頷くと、片手を赤いゴブリンへと向けた。

 それを恐れるように後ずさるゴブリン。



 そして火の大精霊が生みだした炎が、赤いゴブリンを包み込んだ。



♪ ♪ ♪


 赤いゴブリンを燃やし尽くしたあとが大変だった。

 まず強烈な酔いが俺に襲ってきた。以前毒を喰らった時ほどではないが、吐き気と目眩でぐるぐると視界が回った状態になったのだ。

 これは後から聞いた話が、魔素酔い、と呼ばれるものだった。これは一度に想定以上の魔素を取り込んだのが原因らしい。

 つまりは遙か格上の赤いゴブリンを倒しちゃったので、一気にレベルアップしたということになる。


 次にカルロスはまだ息があったものの、鉄の鎧を貫通して腹に穴が空いていて、そこから血や贓物みたいなものが見えるくらいの重傷だった。

 でも幸いな事に初級魔術の一つである回復魔術を使えたのと、まだまだ半分くらい残っていた魔力のおかげで応急措置程度だが、回復したおかげで命は助かった。

 最も魔素酔いの中での作業だったので、何度も何度も失敗しかけたし、危うく殺すところだったよ。


 またシーラは通路の壁に激突し気絶していたものの、こちらも無事だった。

 しかし肋骨を何本かと、足をやられていたため動く事ができなかった。


 そんな二人を魔素酔いの俺が引きずっていける訳も無く、他の精霊を呼ぼうと思っても回復魔術で魔力はすっからかん。

 火の大精霊はいるものの、この子って結構熱くて迂闊に触れると火傷をするのだ。一番低くして貰ってようやく食べ物を保温できるレベル、つまりは七十度くらい。

 さすがに人を背負って貰う訳にはいかない。


 結局光の小精霊にパシリアを引きずってもいいから呼んできて貰うようお願いをした。

 でもこの子話せないんだよな。仮に話せたとしても精霊語なんてパシリアは知らないだろうけど。

 三時間くらい待ち続けてようやく助けが来たときは、もう涙が出そうだったよ。

 いや、しっかり泣いてしまったよ、年甲斐もなく。


 こうしてとんでもない強敵との戦いは終わった。ギリギリだったけど何とか生きて帰れた事を喜ぼう。



 教訓。

 やっぱり大精霊四体くらい引き連れて、完璧な陣形を持ってして蹂躙しよう。



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