十四
「あっははははははははははは」
「笑わないでください……」
先日毒に侵されギルドへと運ばれた俺は、解毒魔術をかけて貰い念のため一日安静を取った。
その後迷宮へは行く気になれず、暫く店でウェイトレスをしてたんだけど、そのうちパシリアが迷宮から帰ってきたので、シックワームに噛まれて毒を喰らった話をしたら爆笑されたのだ。
確かにあれは失態だった。
まさか上から降ってくるとは思ってもなかったんだよ。
シックワームからすれば、まさに奇襲成功だったよな。
「シックワームに奇襲されて毒喰らった奴なんて初めて聞いたわ」
「うー……」
「そもそも防御力の低い魔術師が先頭を歩くなってことね」
うん、その通りだ。
何故俺はあの時、自分で部屋の扉を開けたんだろう。しかも確認もせずそのまま部屋に入ったのも悪い。
せっかく闇の大精霊と一緒にいたんだから、あの子に先導して貰えばよかったのだ。
こんな事じゃ目標の第七級へ上がる前に死んでしまう。
「それより、あれのどこが微弱な毒なんですか? めちゃくちゃ辛かったですよ! 嘘つきましたね!」
「え? だってシックワームの毒なんて、何の耐性を持ってない奴が二~三回噛まれてたとしても、死なないから弱いわよ」
「死ななきゃ微弱なんですかっ!?」
「その通りだけど? それに解毒魔術で簡単に治るでしょ。強い毒ってのは、噛まれたらすぐ手当しないと死んだり、噛まれた部分が腐ってどろどろに溶けたりするのよ。それに比べたら微弱よ微弱」
「そんなのどう対処するんですか?」
「噛まれない事が一番だけど、やっぱり毒の耐性を付けるのが安全ね。近くに解毒魔術が使える子を用意して、耐性が付くまで何度も何度も噛まれるの。結構地獄よ?」
探索者の世界こっわ。
耐性を付けるって簡単に言うけど、あの吐き気と目眩を何度も味わうんだよな。
魔素を十二分に吸収した探索者は人外だというけど、耐性の付け方も人外で笑ってしまう。
精霊が回復系の魔術を使えれば良かったんだけど、実は一切使えないのだ。
あの子らは精霊であり本体は精霊界にある。そしてこっちの世界にいるのは分身体だ。言わばダミーの身体に意識を入れているだけであり、毒は一切効果がないし、分身体がいくら怪我しようが本体には一切影響がない。
つまり回復魔術なんて不要なのだ。だからこそ覚えていないらしい。
最も回復魔術を使うには、人体の仕組みを理解していないと使えないので、そうそう簡単にはいかないんだけどさ。
……解毒のポーションなんてないものかね。
「でも迷宮の怖さは分かりました。少し油断しただけで死にかけましたし」
「ええ、それが浅い階層で経験できたのは幸せな事よ。きちんと生還できたし、良い経験になったわね」
「今度からは自重しません。今持てる全力を出します」
そうなのだ。
自重して死んだら元も子もない。
所詮俺は全く訓練していない十五のガキの身体なのだ。ひ弱で脆弱なのだ。用心に用心を重ねるくらいでちょうど良い。
次からは闇の大精霊以外も呼んで万全の布陣を作り、更に誰かを先行させよう。
そして見敵必殺だ。
油断大敵、一瞬が命取りになると思え。
「……あまり張り切りすぎても却って良くないから、少しは考えて行動してちょうだい」
大丈夫だ、問題ない。
♪ ♪ ♪
「おう、よろしくな」
「わ、かわいー」
「ロヴィーナです、今日は宜しくお願いします」
あの後、パシリアに二人の探索者を紹介して貰った。
一人は男の剣士でカルロス、もう一人が女の盗賊でシーラだ。
どちらもまだ若く十九才と十八才だったかな。でも探索者歴は三年で、今は第八級なんだってさ。
第七級へあがるのに平均四~五年かかるらしいので、三年で第八級なら概ね平均くらいなのだろう。
カルロスは大体百八十近い身長で、オマケに俺がどう頑張っても振り回せなさそうなくらいの両手剣を持っている。赤毛の短髪で爽やかイケメンだ。
もう一人のシーラは女なのに身長百七十くらいと大きく、腰には何本も短剣を差していて、すらっとした体格だ。こちらは茶髪で肩くらいまでしか髪を伸ばしていなく、いたずらっ子のようなイメージがある。
この二人は同じ村の出身で探索者になってからずっとペアを組んでいるそうだ。なんだよ、幼なじみって奴か。ちっ、リア充爆ぜろ。
さて、何故いきなりこの二人を紹介されたのかと言えば……。
今度からは大精霊四体を引き連れて、完璧な陣形を持ってして蹂躙する、と決意表明をパシリアにしたところ何故かこうなったのだ。
まずこの二人とパーティを組んで学んでこいだってさ。
パシリアだとどうしても魔術師目線でしか伝える事はできないし、そもそも彼女はクランのサブマスター、他にもやることがあるのでそんなに時間は取れない。
ということで、彼女のクランにいる若手を紹介してきたのがこの二人だ。
「よし、潜ろうぜ」
「まってよカルロス、まずはギルドでしょ」
うちの店の前で合流した後、早速迷宮へと向かおうとしたカルロスをシーラが止めた。
そうだぞ青年よ、まずはギルドで情報収集からだ。それをすっ飛ばして迷宮へ潜るとフラグが立ってシックワームに噛まれてしまうぞ。
でもカルロスは全身鉄鎧なので、噛まれても平気そうだけどな。
そうだよな、俺はひ弱なんだから装備欲しいよな。
でもあんな鉄装備なんて着たら動けなくなりそうだし、シーラのような革鎧ですら怪しい。
となれば、魔術がかけられている布の防具になるのだが、そちらは異様に高い。
パシリアに防具の事を聞いたら、最低でも十万メルするんだってさ。
錬金術士ホリーシリーズの児童書が一冊九万メルだから、それよりも高い。
……あれ、そう考えると児童書ってめちゃくちゃ高くね?
ちなみに俺の所持金は一万メルだ、全く足りない。これは両親から贈り物としてくれた金だ。
最初は百万メルくらい持ってけと言われたんだけど、食費も宿泊費も店に居ればタダだからね、そんなにいらないよ、と両親へ言ってしまったんだよな。
ちっ、全部貰っとけばよかった。
「っち、面倒だなー。どうせ今日行くのは三階層だろ? 楽勝じゃんか」
「ギルドはすぐそこでしょ。ちょっと見てくるだけなら時間なんてかからないわよ。ちょっと待ってて、あたしが見てくるから」
盗賊らしく一歩踏み出したかと思えば、いつの間にか隣にあるギルドの前まで移動していた。はっや!?
さて、今日の目標はカルロスも先ほど述べたが三階層だ。
相手はゴブリン。
一体から三体くらいの数で出てきて、中には弓持ちもいるので二人がいるとはいえ、油断はできない。
護衛として闇の大精霊でも呼ぼうかと思ったんだけど、パシリアに大精霊は呼ぶな、と言われてしまったのだ。
仕方無いので久方ぶりに光の中精霊でも呼ぶか。
≪暗闇を打ち消す命の源よ、輝きを持つ光の精霊よ、ロヴィーナの名においてここへ顕現せよ≫
中精霊なので精霊名のソリューシアは使わず、俺の普通の名前で呪文を唱える。
魔力が引き出され、俺の前に集まったあと、それが光りながら人型へと変化していく。
大きさは一メートルもないくらい、大精霊たちに比べれば半分くらいのサイズだ。もちろんこの子ものっぺらぼうの人型を取っている。
「久しぶりですね」
光の中精霊にそう声をかけると、嬉しそうに、そして甘えた猫のように俺へと身体をすり寄せてきた。
この子こんなに人懐っこかったっけ?
でも前回呼んだのは確か七才だったかな、八才だったかな、それくらいの時期だったし実に七~八年ぶりか。
「それって精霊か?」
「はい、光の中精霊です。今日の私の護衛ですね」
「へーすっげー。俺精霊って初めてみたよ。『風神』もこんな感じで精霊使うのか」
エルフはこの街にもいるけど、というよりこの国にいるエルフの大多数はここにいるけど、それでも他の種族に比べれば数は少ない。
またパシリアのクランには一人もエルフはいなかった。そのためこの青年が精霊を見る機会はなかったのだろう。
そして『風神』。この街にきたときパシリアから聞いた名だ。
エルフで中精霊を何体も召喚する第二級探索者で、この街一番の精霊術士なんだって。
しかしエルフかー。母親と同じ出身かな? 一度会ってみたい気もするけど、パシリア曰く、そのうち向こうから接触してくると思うよ、と言われている。
でも今のところ全く音沙汰ないけどね。
ま、向こうは大手クランのマスターだし、俺に会いに来るといっても時間なんて取れないだろう。
「おまたせー! わ、それって精霊? すごいすごーい、あたし初めて見た!!」
シーラが戻ってきた。
ってか早いな!? つい一~二分くらい前に行ったばかりだろ?
「中精霊だってさ。で、なんかめぼしいのあったか?」
「うーん、特にはないかな。十三階層に名付きの魔物が出たから気をつけろってくらい。これも今日明日には高ランクが倒すでしょ」
「おー、名付きか! いいねぇ、倒してみたいねぇ」
「あたしらじゃ無理無理。そもそも十三階層なんて行けないでしょ」
名付きって何だろう?
名前からすると、魔物に名前がついた感じだけど。
ゲームで良くある中ボスとかそんな感じかな。
「名付きって何ですか?」
「あ? 知らないのか?」
「えっとね、名付きというのは特別個体と言われてて、迷宮では極まれに……年に一~二体くらい生まれる奴ね。他の奴より圧倒的に知能が高く、場合によっては魔術すら使ってくるらしいよ」
突然変異で生まれたようなものか。
たまに生まれる超強いやつ、これも良くある話だよな。
それを名付きって呼んでいる、と。なるほど、覚えた。
「今日は三階層が目標だし、十三階層なら関係ないか」
「そそ。じゃ行こっか」
「はい!」
そうして俺たちは迷宮へと向かった。
♪ ♪ ♪
「へぇ、光の中精霊……ですか」
ロヴィーナたちが店の前に居た頃、ギルドのビルの最上階からその様子を伺っていた者が二人いた。
そのうちの一人の名はマリアンネ、『風神』の二つ名を持つ大手クラン『風来坊』のマスターである。
エルフは幼少の頃から精霊を召喚する。そして精霊と心を通じ合い、共に育む。
彼女は精霊との意思疎通能力が非常に高く、精霊名こそ授かっていないものの、他のエルフより群を抜いていた。
「あの『水精姫』の娘だそうだ」
そして二人のうちのもう一人が、探索者ギルドのギルドマスターダクマルだ。
彼の手元には国の資料が置かれている。
その中身は本屋に関する事と、そして首都リブベスクから来たハーフエルフの詳細な事柄が書かれていた。
「あら、アリッツァ様の……」
アリッツァの名はマリアンネも知っている。マリアンネはアリッツァとは別の里だったが、ハイエルフではないのに精霊名を授かった天才児、と噂が流れるくらいに有名だった。
ほぼ同世代であり、一時期はマリアンネたちの憧れの的だった存在だ。残念な事に別の里だったので、実際に会うことが出来なかったが。
アリッツァが探索者になったとの噂を聞いてマリアンネも追いかけるようにこの街へ来たのだが、彼女は既に探索者を辞めていた。
エルフが里を出るにはいくつかの条件が合ったため、それをこなしている間に時間が経っていたのが原因だ。
「そうですか、あの方の娘ですか。しかしアリッツァ様はハイエルフの血を引いておられたはず。よく人間との子が産まれましたね」
「その辺の事情は知らんな。それよりもあのハーフエルフが本当に大精霊を召喚出来るのか? 探索者たちの中で、一階層で闇の大精霊を見たと噂が流れているが、それは事実なのか?」
「大精霊が居た事は事実です。私の契約している精霊たちが騒いでいましたから。それにアリッツァ様の娘であればハイエルフの血が流れているので、精霊名を授かる可能性はゼロではありません。最も私も信じられませんが……」
ハイエルフとエルフの子、つまり半分の血が流れているアリッツァですら、精霊名を授かったのは驚異的な事だ。
その娘ともなれば僅か四分の一しか流れていない。
それが事実であれば、余程精霊との相性が良く精霊王に気に入られたのだろう。
「事実ならば、お前のクランに入れるべきではないか?」
「『尖針』が既に囲っているらしいですよ? 全く、あの方も手が早い」
「それは俺から伝えれば良いだろう。あそこに入れても勿体ない、お前のところに入れれば六十一階層のエリアボス討伐だって楽にできるだろう?」
「そうかも知れませんが、あの方の娘はまだ探索者になったばかりではありませんか。せっかく『尖針』が育てているのですから、それを邪魔する必要はありませんよ」
「育て終わったら引き抜く、という事か」
「それが不可能でも共闘すれば宜しいかと。無理矢理はよくありません。私としてはあの娘を通してアリッツァ様が探索者として戻ってこられたなら言う事はありませんので」
マリアンネの見ているものは、ロヴィーナではなくその母アリッツァだ。
自身の憧れの的、彼女にとっては英雄だ。
その英雄と肩を並べて戦いたい、願わくば一度でいいから英雄と戦ってみたい。
「『水精姫』は既に宮廷魔導師としての地位を持っている。国としても手放さないだろう。難しいぞ?」
「ええ、分かっています。これは私の我が儘ですから。でも夢くらいは見ても良いでしょう?」
「ほどほどにな」
ダクマルはマリアンネを諫めようとしたが、彼女の様子を見て諦めた。
彼女は既に探索者となって三十年、ダクマルがここへ派遣される前から大手クランを率いていた存在だ。
ギルドマスターといえど、そうそう手出しできない相手である。
更にマリアンネの表向きは迷宮都市最強の精霊術士であり、最大手クランを率いるクランマスターだ。その人格は誰にでも優しく、そして迷宮では頼りになる存在である。
下手に手を出せば探索者たちから反発を喰らうし、ギルド内ですら彼女の信奉者がいるのだ。
だが彼は知っている。彼女の裏面を。
ダクマルはこれから起こるであろう出来事に、内心大きなため息を付く。
窓から見下ろすと、ハーフエルフが迷宮へと向かっていく姿が見えた。
せめて探索者の卵たちに被害が起こらない事を祈りながら。