十三
迷宮。
いつ誰が作ったのか、それとも世界が設けたのかは不明。
迷宮内に巣くう魔物は迷宮の護衛であり、外部からの侵入者に対し全て敵対行動を取る。そして迷宮を深く潜るごとに魔物も強くなっていく。
過去最高到達階層は六十二であり、現在の最高到達階層は六十らしい。
そして俺が潜るのは一番浅い階層、一般人でも戦えるだろう一階層だ。探索者といっても俺は第十級、つまりは一番下であり一般人と何ら変わりないからね。
この階層は腕試し、或いは魔物を殺すことに慣れる場として人気が高い。
出てくる魔物もたった一種類であり、それがこの迷宮で一番最弱だそうだ。
その名もシックワーム。ワームの名の通り外見は二~三十センチくらいの大きなイモムシで、動きもナメクジが這うくらいだ。
攻撃手段は噛みつき。一応微弱な毒持ちであり、噛まれると体調不良になったり熱が出るらしい。
だが悲しいかな、探索者向けの丈夫な靴を履いていれば、噛まれてもノーダメージである。
そしてイモムシなためか非常に柔らかく、武器がなくとも気色悪いけど踏みつけて潰すこともできる。
ある程度強くなった探索者が、毒の耐性をつけるためにわざと噛まれる事もあるとか。
そんなすごく弱いシックワームだがそれでも魔物の一種であり、倒すときちんと極小の魔石を落とす。最も、それを売っても十メル程度にしかならないけどな。
安いので下層へ向かう階段のあるところには、通りがかりの探索者たちに踏まれ死亡したシックワームの魔石が、たくさん転がっていたりもする。
ちなみにこの魔石、リブベスクで買うと八百メルだ。うわー、どれだけ中間業者がいるのやら……。
そして俺は闇の大精霊を連れて、その一階層にいる。
一階層はものすごく大きな……それこそ東京ドームとかのような広さの部屋が五つあり、端から端まで歩くと結構時間がかかる。
その一番奥にある部屋に俺は陣取り、シックワームの相手をしていた。
「風よ、旋風となりて切り刻め≪切風≫」
俺の魔術でシックワームの一体が切り刻まれ、体液を出しながら動かなくなる。
その十秒後、死体となったシックワームが突然消え、小さな魔石が一つ転がった。
迷宮の不思議。
倒した魔物はおおよそ十秒後に消えるのだ。ただし人が死んでも死体は消えない。最もそのまま放置していれば魔物に食われるだろうけどね。
死体が消えた後、残るのは魔石だ。希にそれ以外のドロップ品も残ったりするが滅多にないんだって。
探索者となって二週間、迷宮に潜る事七回目。
さすがにイモムシを殺すのにためらいはなくなってきた。見た目イモムシだからか初めて殺した時もぶっちゃけ、気持ち悪いな、くらいだったけどな。
シックワームを倒した瞬間ごく僅か、余程集中してないと分からないくらいの変化が体内に起こった。
たぶんこれが噂の魔素って奴かな。
魔素を体内へ吸収していくごとに、身体が強化されていく。このため高ランクの探索者は化け物のような身体能力を発揮するらしい。
第三級のパシリアも魔術師のくせに、その辺に転がっている石を握りつぶしたからな。
「これで十匹目……そろそろ慣れてきたし一度下へ行ってみようかなぁ」
落ちている小さな魔石を拾いながら呟く。
売っても十メルにしかならないけど、それでもギルドに持って行けば貢献度があがるのだ。
ちりつもだよ。
「さすがですロヴィーナさん! でもロヴィーナさんは精霊術師ですよ? せっかくわたくしがいるのですから、わたくしが倒しましょうか?」
「ダメ、前にやらかしたでしょ」
「そんな……」
俺は精霊術師だけど、魔術師なのだ。精霊召喚もするし、自分で魔術だって使える。これがハーフエルフの特徴なのだ。
最も魔術は初級レベルだけどね。
三年前から魔術の腕に関しては全く上がっていない。言い訳になるけど店の経営に忙しかったし、夜は夜で精霊王やらこの子の相手やら、児童書を書いたりと時間が取れなかったのだ。
その魔術の練習の場としてここは最適なのだ、邪魔されたくない。
それにこの子……闇の大精霊に一度任せた事があるけど、その時は悲惨だった。
何が悲惨だったかといえば、見るからに禍々しそうな漆黒の槍を何十、何百も生み出し一瞬でこの巨大な部屋にいた敵を一層したのだ。
……他の探索者が狙っていたものも含めて。
もうね、平謝りよ。
その時は第三級であり、大手クランのサブマスターでもあるパシリアがいたから、何とかその場をやり過ごせたけど今日はいないのだ。
ここでやらかす訳にはいかない。
自重しろ。
♪ ♪ ♪
俺が魔術で一匹ずつ倒し、闇の大精霊はそれを見ている。
それだけなのに、この子は何が楽しいのか分からないけど、非常にニコニコしている。
こうして見ると、他の大精霊と比べ闇の大精霊って表情豊かだよな。他のはスライムが人型になったような姿だから、表情はないけどさ。
でも彼女は闇系統の魔術を使う。その中には相手の精神を攻撃したり操ったりするものも含まれている。
だからかな?
それにしても、何がそんなに楽しいんだろう。
「何が楽しいんですか?」
「ロヴィーナさんと二人っきりですから! これってでぇと、と言うのですよ?」
デートくらい知ってるわ! 経験は殆どないけどな!
その経験も、前の世界で妹の買い出しに付き合わされた程度だ。荷物持ち兼ドライバーとしてな。
デートじゃないって? ごもっとも。
あっそうか、これがデートなのか。
見た目清楚な女性(精霊は性別がない)と二人っきり。ちなみに自分も女の子。
場所は怖い魔物が潜み、過去幾人もの探索者が命を落とした迷宮、魔術でその怖い魔物を倒すと巻き散らかる体液を避けられるかドキドキ体験。
……絶対違う気がする。
「私のポーチには光の小精霊がいるから二人っきりじゃないけどね」
「邪魔者は、ぷちって潰してあげます」
「やめて!?」
小精霊からすれば他属性とはいえ相手は大精霊なのだ。逆らえる立場ではない。
ほら、ポーチの中で光の小精霊が震えてるじゃん、可哀想に。
「よし、二階へ潜ってみましょうか」
「わたくしはどこまででもロヴィーナさんに憑いていきます! 危険があったらわたくしが蹂躙致します!」
「蹂躙はしなくていいからね。あと『つく』の言葉がなんか違う気がする」
震える小精霊をポーチの上から触って宥めつつ、話を変えるために二階層へ潜る事にした。
二階層への階段は一旦このフロアを出て入り口のあるフロアまで戻る必要がある。
ちなみに二階層に出現する魔物も、一階層と変わりはないらしい。
若干強くなっているらしいけど、正直なところシックワームが強くなっても所詮シックワーム、何が強くなったのか分からない、とパシリアは言っていた。
第十級の探索者は暫く、一ヶ月くらい一階層と二階層を主体にするんだってさ。
三階層から人型の魔物、ファンタジーではおなじみのゴブリンが出現するらしく、微弱とはいえ少しでも一階層と二階層で魔素を吸収しておく必要があるらしい。
初心者がよくやらかすのが、一階層や二階層を見て迷宮はこの程度かと舐めて三階層へ行ったら死にかけた、あるいは死んだ、という事なんだって。
だからパシリアにも、暫くは三階層へ行く事を禁止されている。
――最も、大精霊が居れば三階層だろうが三十階層だろうが関係なさそうだけどね。
闇の大精霊のあの攻撃を見たパシリアは、そう苦笑いしてたが。
でも俺は慢心しない。だって強いのは精霊であって俺じゃない。
もしこの子の攻撃をすり抜けて俺を攻撃してくるような奴がいたら、それで終わりだ。
命は一つしかないし、死んだらそこでゲームオーバーだからな。
と言うことで、さっくりと二階層へやってきた。
一階層は巨大な部屋が五つあったが、二階層は迷宮型ゲームでもよくあるような細い通路が迷路のようにあり、そこからいくつもの部屋へ繋がる扉がある奴だ。
俺は迷宮型のゲームといえばウィ○ードリーが真っ先に思いつくが、まさしくそんな感じである。
ここでは通路の角から、もしくは部屋に入った瞬間の奇襲に気をつける必要があるらしい。でも相手はナメクジが這う速度のシックワーム、奇襲らしいものはないっぽいけどね。
ま、これも練習だ。もっと下層へ行けば本当に奇襲を仕掛けてくるような敵もいるだろうし、雰囲気だけでも慣れておくべきだろう。
「なかなか雰囲気が出てるね」
暗い。
一応ここには壁にところどころ光るキノコみたいなのがくっついていて、それが通路を照らしてくれているけど、正直なところ暗い。
ただ俺には暗視があるので、見えないって訳ではないけど、普通の人間だと明かりが必要だろう。
ちなみにこの暗視ってのは瞳孔を大きく開いて微弱な光を集めてるだけであり、完全な闇だと見えない。
「ロヴィーナさん、その通路を曲がった先に何かいます」
「ありがとう」
気をつけながら通路を曲がると、闇の大精霊の忠告通りシックワームが五匹ほどいた。
暗闇の中で蠢くでっかいイモムシは、正直気持ち悪い。
そいつらを魔術で纏めて切ってあげた。
俺の属性は光であり、本来なら光の魔術を使うべきなんだろうけど、初級に光の攻撃魔術は残念ながら存在しない。
攻撃魔術のある火、水、風、土を確認して一番使い勝手が良かったのが風だったので、これを攻撃のメインとして使っている。
……火でも良かったんだけど、こいつら焼くと匂いがね。
「あそこに扉が見えるし、部屋の中に入ってみよう」
十メートル先くらいに、立派な扉が見える。
部屋の中にも魔物がいて、下層だと扉の上とか横に隠れて奇襲を狙ってくるらしい。
だから扉を開けて最初は中に入らず、外から部屋の中に攻撃魔術や矢をぶち込むのが定番らしい。
最もここは二階層、シックワームしかいないのだ。奇襲はないに等しいだろう。
がちゃり、と扉を開けて気軽に部屋の中へ入った。
その途端。
「ぎゃああああああ!?」
上からシックワームが降ってきた。
焦った俺は慌てて手でシックワームを振り払う。
その時だ、一瞬腕に痛みを感じ、くらっと意識が飛びそうになった。
「これ……は」
「ロヴィーナさん!?」
闇の大精霊の声と一緒に凄まじい魔術の音が炸裂し、すぐ近くで蠢いているシックワームたちを軒並み潰していった。
しかしそんな事は気にならなくなるくらいの目眩と、吐き気が起こり始める。
立っていられなくなり、倒れ込んだ。
……これがシックワームの毒か。
このどこが微弱な毒なんだよ。めちゃくちゃ辛いじゃねーか。
いや、多分俺の認識が甘かったのだ。油断していた。
闇の大精霊に抱えられながら、吐き気に耐えられず吐瀉物をまき散らした。
きもち……わるい……。
ここに闇の大精霊が居なければ……俺一人なら多分……死んでいた。
迷宮最弱、実際正面から戦えばまず負けることはないシックワームですら、俺は敗北したのだ。
これが、命の危険性が常にある迷宮なのだ。
こんな調子で、目標の第七級へあがるまで生きていけるのだろうか。
毒による吐き気と、闇の大精霊が走るたびに揺れる感覚で、俺は胃の中が空っぽになり、最期は胃液まで出しながら、何とか迷宮から生還したのだった。
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稚拙なものですみません・・・・ありがとうございます!