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十二


「おい、聞いたか?」

「何をだ?」

「ここ最近、一階層で大精霊を連れているハーフエルフがいるらしいぜ」


 迷宮都市サザンクロス。

 この世界でも十字をイメージしているのか、街の作りは十字架のように作られている。

 その南側の尖端にサイサランドが誇る迷宮への入り口がある。

 そしてそのためか、街の中央から南にかけては探索者たちが住むエリアとなっている。

 立ち並ぶ店や宿も全て探索者向けだ。


 その南エリアのほぼ中央辺りに探索者たちを管理している国の機関、探索者ギルドのビルが建っている。

 この探索者ギルドでは主に、迷宮から採れた素材や宝物の買い取り、貢献度に応じた探索者ランクの認定、或いは初級探索者たちへの指導を行っている。

 しかしこれら以外にも一つ重要な点がある。

 それは迷宮の情報だ。

 探索者たちが素材を売りに来たときに、今迷宮がどのようになっているかを聞いて、それらを集め、判断し、情報として一階に張り出す。

 探索者たちは迷宮へ潜る前に、まず探索者ギルドを訪れこの情報を見てから潜るのだ。


 迷宮は甘くはない。一つのミスで死が訪れる場所だ。

 そのミスを未然に防ぐには、情報が大切だと言う事を彼らは知っている。

 だからこそ探索者ギルドの一階は、よく探索者たちが彷徨いている。

 彼らはギルドに提示された情報以外にも、探索者同士のネットワークを持っている。

 そんなネットワークの中で、ここ最近一番噂になっている話題が、一階層で大精霊を連れたハーフエルフがいる、という内容だった。


「へー、エルフじゃなくハーフエルフか。そういや、大精霊を召喚した探索者って、何十年か前にいたと聞いたな」

「ああ、四十年ほど昔にいた『水精姫すいせいき』だろ。俺も知らなかったが、ウチのクランの年寄り連中が知ってたよ」


 『水精姫』とは二つ名の事だ。

 優れた探索者はギルドから二つ名を授かる。この二つ名を持つ探索者が、ギルドも認めた一流探索者の証しと言えるだろう。

 だが二つ名を授かっている探索者は数えるほどしかいない。探索者の人口は万に近いが、その中で二つ名を持っているものは五十に満たない。一%すらない狭き門だ。


「ふーん、もしかしてその『水精姫』が帰ってきたとか?」

「いや、『水精姫』はハーフエルフでなくエルフだそうだ。だから別人らしいぞ。しかもそのハーフエルフに『尖針せんしん』も一時同行してたんだってさ」

「ほー、『尖針』パシリアが同行? じゃああいつのクランに入るのか。しかし大精霊を召喚できる探索者がパシリアのクランに入れば『風神』の所も、うかうかしてられないな」


 『風神』は第二級探索者であり、現在迷宮都市最強と名高い精霊術士だ。

 彼女のクランはこの迷宮都市最大手であり、目下一番最深階まで潜っている。彼女のクランがいずれ、六十一階層のエリアボスを討伐するだろう、と誰もが口を揃えて言う程だ。


「でもさ、そんな探索者がパシリアんところ入れば、ここ二〜三年停滞してた最下層勝負も、何か動きそうだな」

「ああ。ま、ウチのような小さいクランには関係のない話だけどな!」


 探索者ギルドの一階でこのような話をすれば、一気に広がる。

 数日後には全員が知っているくらいになるだろう。


 最も、その噂の中心にいるハーフエルフは今、とある店の最上階で寝息を立てながら寝ていたが。

 

♪ ♪ ♪


「ん……まぶしい」


 強い日差しがカーテン越しでも目に刺さる。

 その強さに負けて俺は徐々に意識が覚醒していく。


 微睡みの中、うっすら目を開けるとそこは、とても広い間取りの部屋だった。生家の部屋の何倍あるだろうか。

 そして朝も早いのに窓の外から喧騒が耳に届く。


「うるさいなぁ……」


 ベッドから降りて、ばたん、と窓を開けると強い日差しが部屋中に差し込む。

 窓で遮られていた喧騒が大きく響き、窓の下を覗くとたくさんの探索者たちが大通りを我が物顔で歩いていた。

 ここは迷宮都市サザンクロス、サイサランド鉱山王国にある迷宮の街だ。人口八万人と首都リブベスクに次ぐ大都市である。


 ふわぁ、と大きなあくびをして、ぐるぐると肩を回す。

 ここ三年で体付きもだいぶ成長した。それでもまだ身長は小さいが、人間の血が半分混じっているせいか、既に胸部装甲は母親を突破している。

 実家に居たころはそれにちょっぴり優越感を感じ、その後、何を俺は考えているんだ、と落ち込んでいたっけ。

 しかし大きくなれば別の問題も出てくる。

 この世界にブラジャーはないが、それに近いものはある。胸の下を支えるようなコルセットっぽい奴で、下半分を覆うようなものだ。ちなみに尖端は隠れてない。

 だから上から服をきるとこすれて痛いので、その上にサラシ……リボンみたいなのを軽く巻くのだ。このとききつく巻くとダメだから、軽く巻くんだって。

 これを、形が崩れるから寝ている時でも付けてろ、と母親に命令されているんだよな。

 そして、それが思ってた以上に苦しいのだ。

 ここでは親の目はないものの、同居人がいるので外すと叱られるんだよね、めんどくさ。


 自室を出て台所へいくと、鼻歌と共に朝食の良い匂いが漂ってきた。


「あら、ロヴィーナさんおはようございます」

「おはようございます、エルセさん」


 エルセは元リブベスク店のマスターで、現サザンクロス店のマスター、そして俺の同居人でもある。

 そうなのだ、つい一ヶ月ほど前にうちの店の支店が、ここ迷宮都市サザンクロスに出来たのだ。


 それは今を遡る事三年前。俺がちょうど闇や水の大精霊たちに魔術師として実戦経験を積みたい、と暴露した頃だ。なおズッ友という言葉はスルーされました。

 最初の一年はそこまで変化は無かったが、二年目に突入したときがらりと変わった。

 念願のファミリー層の増加である。

 エルセという元貴族に仕えていた人の煎れたお茶が飲める、ということでご近所の奥様方の評判となり、それがやがて子供連れで訪れるようになり、その結果ファミリー層が増えたのだ。

 最初は奥様方同士でおしゃべりを楽しんで、子供たちは放置されていた。仕方無く俺と闇の大精霊とで、子供たちに児童書を読んであげてたら非常に興味を覚えられ、それがあれよあれよという間に子供たちの輪の中で噂となった。

 そのうち自分で本を読みたい、字を覚えたい、という子供も増えていき、それが国に対する実績となった。

 予算が増え児童書も増えると、更に子供たちも増えていく。良い形での循環だ。

 その結果、第二の都市である迷宮都市にも出店しよう、となった訳だ。

 元々魔術師の数は首都よりも迷宮都市のほうが多い。すぐ近くに魔術を生かせる迷宮があるからね。


 そこでちょうど成人間近の俺が立候補したのだ。

 最初は両親に反対されたけど、この世界での成人は独り立ちする、と認識されている。

 実際父親も成人と同時に家を出て独り立ちしたらしいからね。

 それで何とか説得をした。


 また出店に関しても、国としてはここで躓く訳にはいかないし、満を期しての新店舗だ。予算を大量に使い探索者ギルドのビル横という、一等地に店を建てた。しかも建築のプロドワーフが担当したのだ。

 五階建て、一階から三階までが店舗、四階が事務所で五階が俺の住居、これを僅か一週間で建てたのだ。さすがドワーフ、パネェわ。


 そしてその店の副店長として俺が着任した。

 副店長だよ? 店長じゃないよ?

 リブベスクでの店の運用という経験はあるが、いきなり成人成り立ての俺に店を一つ任せる訳にはいかないからね。

 そのため、トップである店長は探索者ギルドのギルド幹部が担当している。


 あ、そうそう、探索者ギルドは国の機関の一つなんだってさ。

 よく異世界ものでは、冒険者ギルドは国じゃなく民間事業となっている場合が多いけど、この探索者ギルドはそうではなかった。

 一応他国の迷宮にも探索者ギルドというものがあり、そことは連絡を取り合っているが、あくまで国の機関として、らしい。


 また店員数も増えた。

 ギルドから三名、エルセと同じような元貴族に仕えていた人を二名、更にはバイトで十名と大所帯になった。

 一フロア当たり四名って事だね。この人数ならローテーション組んで休みも取れる。

 そしてそのマネージャとして俺と店長がいる。

 ま、実際は店長が管理していて、俺がやることはアドバイザーだけどね。だから結構空いている時間が生まれた。

 空いている時間はどうしているのか、と言えば……実は探索者になったのだ。

 店長からすれば俺も成人したての子供であり、未来の宮廷魔導師の卵という認識らしく、経験を積ませるために時間を作ってくれている。

 ということで、探索者になった。

 そしてここ最近はパシリア、昔俺の所で本を買い、更に宮廷魔導師になるには実戦経験が必要だ、と教えてくれた人と一緒に潜っている。


「今日はいかがなされます?」


 朝食のお皿を並べながらエルセが尋ねてきた。

 うーん、どうしようかな。

 パシリアは一昨日から四十階層を目指して潜っているらしく、一週間くらいは留守にするそうだ。

 だから一緒に潜る人がいないんだよな。店には昨日顔を出したし、今日は軽く迷宮の一階を歩いて経験でも積もうかな。

 一応護衛として闇の大精霊でも呼んでおけばいいかな。あいつ呼ばないと鬱陶しいんだよな。


「うん、今日は迷宮へ潜るよ」

「お一人で大丈夫ですか?」

「護衛に闇の大精霊さんを呼ぶから」

「それなら安心できますね」


 一人でも大丈夫だけどね。

 迷宮は誰が作ったのかは知らないけど、一階層は素人でも戦える魔物しか出てこない。しかもまるでゲームのように、階層深くへ潜るほど強力な魔物が出る。

 そのおかげで、探索者たちも徐々に強くなれるのだ。

 これって、誰かの意思が入っている気がするんだよな。


 それはともかく、俺も早いところランクを上げなければならないのだ。

 どの程度の経験があれば宮廷魔導師になれるか、とパシリアに聞いたところ、第六級か第七級くらいに上がればそれなりに経験を積んだと見なされるんじゃないか、と言われたのだ。


 ここで探索者のランクを上げる方法なのだが、一つはギルドへの貢献度。

 これは迷宮へ潜って素材を売ることで、貢献していると見なされる。

 その素材とは何か? それは魔道具を動かす動力源となる魔石である。

 この国どころか他国含め、魔石は前の世界の電池と同じ役割を持つ。もはや生活必需品の一つだ。

 その魔石を取るのが探索者だ。


 そして魔石の他にもう一つある。それが魔素と呼ばれる目に見えない力の源だ。

 この魔素は魔物を倒す事により体内へと吸収される。そして魔素が吸収されるたびに、その者の肉体が強化されていく。

 ゲームで言えば魔素は経験値に該当するだろう。

 この魔素の保有量と、ギルドへの貢献度でランクが決まる。


 ただし、魔素をどれくらい保有できるかは個人差がある。

 その平均がおおよそ第六級から第七級だ。

 魔素の吸収スピードが速く、保有量の上限も高ければすぐランクはあがっていくし、逆に吸収スピードが遅い、あるいは上限が低ければ、どれだけ魔物を倒してもランクはあがらない。

 平均の第七級まではおおよそ四〜五年、才能があれば二年程度が目安だそうだ。

 逆に言えば四〜五年かかっても第七級にたどり着けない場合は、上限が低いか、吸収スピードが遅いということだ。

 ま、そこへ上がるまでには九級、八級があるし、それぞれ目安もあるので、大体自分の吸収スピードがどれくらいかを測る事はできるらしいよ。


 幸い俺はハーフエルフで時間だけは人族や獣族に比べたくさんある。

 もし吸収スピードが遅くても、その分時間をかければそのうち到達できるだろう。保有量の上限に引っかからなければね。

 だからコツコツと魔物を倒して魔素を吸収するのが当初の目標だ。


「さて、行きますか」

「行ってらっしゃいませ」


 エルセに見送られ、まずは探索者ギルドへと赴く。

 とは言ってもお隣さん、というよりギルドの保有している土地の一部に店が建っているので、秒単位で到着する。

 ギルドに近いから、朝から喧騒が聞こえてくるんだよね。

 ギルドビルの扉を開けると、すでに探索者たちが何十人とたむろしている。

 俺はハーフエルフだが、この迷宮都市ではそこまで珍しい存在ではない。おかげで注目されない……はず……なんだけど。

 あれ、目立ってる?


「あれ、噂の奴じゃないか?」

「若い……というよりまだ子供だな。成人したてか?」

「成人したてなら、駆け出しという所は間違いなさそうだ」

「あれって、隣に出来た店にいた娘じゃないか? 一度ウェイトレスしてたのを見たことがあるぞ」


 そういやここへ来たばかりの頃、バイトにウェイトレスの仕事を教えるため、実際に何回かやってたっけ。

 そりゃ探索者たちからすれば、いきなりギルドの隣に店が建ったんだし、何事か、何の店か、って噂にはなる。

 そんな噂の店の関係者がギルドを訪れれば、注目されるか。


 注目されるのはちょっと慣れてるけど、こうしてあからさまに見られるのはさすがに恥ずかしい。

 顔が赤くなるのを自覚し、情報を確認せず早々ギルドから退散した。


 あーびっくりした。まさかあそこまで注目されるとは思ってもなかったよ。

 暫くギルドには近寄らないでおくか。

 なーに、俺が行くのは一階層だ、そんな浅い階層なら何も起こらないだろう。



 え? フラグ?




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