十
属性。
火、水、土、風、光、闇。
これがこの世界の属性であり、人種はこのうちのどこかに属している。
例えば火の属性を持っていれば、火の魔術に強くなる。水属性を持つ者と火属性を持つ者が、同じ火の魔術を使えば後者の威力が大きい。
このために魔術を学ぶものは、まず一番先に自分の属性を調べる。
調べ方は簡単だ。方位磁石の板に火や水といった文字がかかれていて、それに触れると針が自分の属性へと動く魔道具があるからだ。
精霊魔術もこの属性に準じている。自身の持つ属性と同じ精霊に相性が良い。
母親も水属性だからこそ、水の大精霊を召喚している。
そして俺の属性は……光だ。初めて精霊と契約したのも、光の小精霊だ。
この小さい精霊は実に良い子である。
電灯代わりになってくれるし、灯りの代わりになってくれるし、暗いところを照らしてくれる。
……あれ?
こ、こほん。
さて、便利さでいえば水の精霊もすごくよい子だ。たぶん一番召喚しているのが水である。
特に湿度維持と気温。この二つは暑いこの街では実に重宝する。
もう彼女なしでは、この街で生きていける気がしないほどだ。
とまあ、俺がよく召喚するのが、いつもポーチの中にいて暗いところだと照らしてくれる光の小精霊と、水の大精霊である。
さて、精霊は当然彼女たち以外にもたくさんいる。
六属性で言えば、火や土、風や闇がそうだし、俺が過去召喚した事もある氷の大精霊という六属性以外の精霊もいる。
うちの冷蔵庫にも氷の小精霊がいるしな。彼女にも頭は上がらない。彼女がいるからこそ、冷蔵庫用の魔石を買わなくても良くなる。実に経済的である。
おっとそうではなく、つまりは人種が持てる属性がこの六つだけであり、実際はもっと多い属性が存在する、ということだ。
例えば雷もそうだし、雪もそうだ。岩ってのもいるらしい。
このように精霊はたくさんいる。
そして俺が一番召喚したくないのが……闇だ。
俺は光の属性であり、その反転になる闇がどうしても苦手なのだ。身体から拒否反応が出るほどに。
いや、召喚できるよ? 普通は反転属性の精霊など召喚出来ないはずなんだけど、何故か召喚できるのだ。
たぶん精霊王の仕業だと思うんだけどね。
さて俺の苦手な闇だが、今まさになぜかすぐ近くにいるのだ。
黒髪黒目の年の頃二十才くらいの清楚な美人。着物のような服を着て、スレンダーな母親とは違い出るところと引っ込むところは一目瞭然。一見ちょっと日焼けしている人間そのものに見える。
他の大精霊も人の形を取っているが、それはスライムが人型になったようなのっぺらぼうの感じであり、ここまで人に似せている訳では無い。
例外は精霊王くらいだ。あいつはちょっと腹が出ているおっさん姿だしな。
「ロヴィーナさん……どうして……どうして呼んでくれないの?」
その闇の大精霊が俺を抱きしめたままずっと呟いている。
ボリュームのあるお体で抱きしめられるのはちょっと嬉しいけど、言葉が怖い。
これだ、これだから苦手なのだ。
「もうかれこれ七百二十一日と十一時間十五分四十三秒も呼ばれてなかったわ」
うん、最期に呼んだのは二年ほど昔だ。
っていうか、闇の大精霊って使い所が難しいんだよ。
彼女が出来る事は周囲を暗くする事と、それ以外では精神操作だ。彼女は相手の精神をいじり回すのが得意なのだ。
呼んだところで何をして貰えばいいのか、さっぱり分からん。
前回は両親にお化け屋敷を楽しんで貰おうと思って呼んだんだよね。
エルフは闇夜を通す目を持ってるけど、闇の大精霊が生み出す闇はレベルが違くて、全く見えなくなるんだよね。
おかげで用意したお化けも見えなくなって、計画がおしゃかになったのは良い思い出だ。
「まさか……わたくしの他に女が出来た?」
えっと、世間一般で言えば俺は女のカテゴリに入るんですけど……。
確かに元男の俺は男より女が好きだけどな。
記憶が戻った頃は母親とお風呂に入ったときドギマギしてた。だってねぇ……見た目十代後半の美少女ですよ? ちょっと興奮してしまうのは仕方無いじゃん。
肝心の下半身のアレが無かったので、反応しなかったけどな。
それでもこの世界に誕生して十二年、記憶が戻って七年、そろそろ諦めの境地に達してきたのか、最近女の子を見てもときめきが無くなってきた。
可愛い子を見れば素直にかわいいなー、と思うけどそれだけだ。
……これは単に枯れた? 前世含めれば四十才超えてるからな。
「……わたくし以外の女の匂いがする」
「それ私の匂い」
「………………」
「………………」
一応俺も女だ。闇の精霊以外の女の匂いがするなら、まさしくそれは俺の匂いだろ。しかも至近距離で抱きしめられているし。
っていうかそんなに体臭ある? 今度からもっとしっかり洗おう。
そういや石けんの質が悪いんだよね。
髪の毛も石けんで洗うから、風呂後のブラッシングは欠かせない。怠ると朝が悲惨な目にあうのだ。
シャンプーやコンディショナーの作り方が分かればいいんだけどな。
「ちっ、違うの! わたくしとロヴィーナさん以外の女の匂い!」
「それだとお母さんか店長のエルセさんじゃないかな」
「それに男の匂いも混じってる」
「たぶん精霊王かな」
「………………」
「………………」
ここ最近精霊王がよく絡んでくるんだよな。
前にベスガットまで買い物に行ったときから、ほぼ毎日来やがる。しかも勝手に俺の魔力使って現れるんだよ。
精霊王って暇なの? 毎日魔力大量に使われてしんどいんだよ。
昨晩なんて、一緒に夕飯すら食べたぞ。しかし秒で食い終わってた、もっと味わって食えよ。
そして父親と母親は恐縮しまくってて、可哀想だった。
「理解致しました……精霊王様とわたくしは相容れない事に。わたくし、下剋上いたします!」
「やめてあげて」
「いいえっ! 他の事なら精霊王様にお譲りしますが、ロヴィーナさんだけは譲れません」
「譲るもなにも、私は誰の物でもありませんが」
さて、こんな性格の闇の大精霊。
何故闇の大精霊がいるのかと言えば……。
「ねぇ……この子なんとかして」
――ふるふる。
ちょっと離れたところにいる水の大精霊、こいつが呼んだのだ。
どうやらあっちの世界では、よく闇の大精霊が水の大精霊に絡んできていたらしく、それでとうとう押し切れられて今日呼んだらしい。
ちなみに大精霊なら他の大精霊、或いは精霊王を呼ぶ事が可能だ。
前にも話をしたが、魔力を使って座業固定してあげれば精霊は召喚地点を判断できるからね。誰の魔力だろうが、それは関係ないのだ。
これは逆に言えば精霊に気に入られたならば、人間だって精霊を召喚可能という事になる。最も精霊が人間を気に入った事は過去一度もないらしいけどね。
それはともかく水の大精霊よ、そんな他人事みたいに距離離れるな。
君も当事者の一人だろう? 幇助の罪があるのだ。
「なに? 水さんもわたくしとロヴィーナさんの愛の語らいを邪魔するの? ちょっと自分が良く呼ばれてるからって、調子にのってない?」
――ふるふる。
ふるふる、じゃねぇよ!
如何にも、私は関係ありません、みたいにドアの側で明後日の方向向いてんじゃねーよ!
それよりそろそろ開店の時間だ。
いい加減離れてくれないと仕事できない。
「そろそろ開店の時間ですし、いい加減離れて下さい」
「いや。七百二十一日と十一時間二十七分十一秒分の補給が必要なんです。もっと抱きしめてロヴィーナさんをわたくし色に染めるのです」
さっきより時間増えてない?
あと闇の精霊色に染められたらダークエルフになっちゃうよ。
「いや、じゃなくて離れてくれないと困ります」
冗談抜きでそろそろ離さないと。
とは言っても力じゃ勝てない。俺はぶっちゃけ力や身体能力は普通の子供並みなのだ。
頼みの綱の水の大精霊も我関せずだし、ここは一つ精霊王でも呼んでみるか?
でもさっき水の大精霊を呼んだばかりで、正直魔力量が心許ない。あいつを呼んだら倒れるかもしれない。
さあどうしよう。
その時だ。バーン、と勢いよく扉が開いた。
そちらを見てみると黒いローブにあちこちプロテクターを付け杖を持ったおねーさん、以前本を買ったパシリアさんがいた。
お、助け船きた?
彼女は扉の側にいる水の大精霊と、俺に纏わり付いている闇の精霊を見て目を丸くしていた。
「えっと……取り込み中だったかい? またあとで来るよ」
闇の大精霊は姿こそ人間そのものだが、彼女の周囲はまるで中二病のように、闇のオーラっぽいのが常に出ている。
そのため、普通の人間ではないことが分かるのだ。
側に水の大精霊もいるし、たぶん闇の大精霊も何となく正体に気がついたのだろう。
「お、お待ちしてましたパシリアさん! 待って下さい逃げないでっ!!」
彼女は俺に取って救世主だ。
水の大精霊に目配せして、出て行こうとしていた彼女を捕まえて貰う。
「闇の大精霊さん、お客さんきたから離れて」
「えーー」
「離れて。さもないと……追い返します」
闇の大精霊は水の大精霊に召喚されている。そして水の大精霊は俺が召喚した。つまり俺が水の大精霊を送還すれば、必然的に解除される。
その後もう一度水の大精霊を召喚すれば良いのだ。魔力の無駄使いになるけどな。
「……分かりました。でも近くにはいるからね、浮気はさせません」
「浮気って……。あ、ならウェイトレス一緒にやりましょう」
「いやよ。ロヴィーナさんの背後に憑くから」
「幽霊ですかっ! それよりも手伝ってくれると、私は嬉しいですよ。水の大精霊さんだって護衛や室内の気温調整をやって頂いているからこそ、毎日呼んでいるのです。闇の大精霊さんも同じように手伝って頂ければ……」
「つまりわたくしが、ロヴィーナさんのお役に立てる、と言うことを証明すれば、水よりもわたくしを呼んで頂ける訳ですね」
呼ぶ、とは名言していないけどな。
でもこの子がウェイトレスをやってくれるなら、それはそれで良い選択だと思う。
闇のオーラがちょっとアレだけど、見た目は清楚なお嬢様だし、俺と違ってメリハリの利いた身体しているし、きっと人気が出ると思う。
和服ってのもポイントが高い。そんな格好している人、この街にはいないから目立つし。
ここはコスプレ喫茶じゃないけどな!
それに少し前からもう一人フロア担当が欲しいと思っていたのだ。
混んでくると手が足りなくなるし、何より一人だと休憩が出来ないからね。
ただもう一人雇えるほどお金に余裕がある訳じゃないから、ストップしていたんだけど、精霊なら俺の魔力が減るだけで実質タダだからね。
「では闇の大精霊さん、私の相棒としてウェイトレスを手伝って下さい」
「相棒……ですか!? やります、頑張りますっ! これで精霊王様にも勝ちます!!」
やだこの子チョロい。
「あのー……あたしはどうすればいいんだ?」
水の大精霊に腕を掴まれ困った顔してるパシリア。
あ、そうだった、水の大精霊に捕まえて貰ってたんだっけ、忘れてたごめん。