一
サイサランド鉱山王国、建国五百年の中堅国家。
国土の約七割は山地であり、鉱石類が主要産物となっている。また地形上盆地が多く全体的に気温は高い。
人口は八十万人で、そのうち八割がハーフを含めたドワーフ族だ。残りの二割の大半は人族、獣人族となり、ごくごく少数としてエルフ族やそれ以外の種族もいる。
さて、主要産物は鉱石類だが、もちろんそれをそのまま輸出している訳では無い。
何せここはドワーフの国だ。それらを加工したドワーフ製品こそがこの国の根幹となっている。
もちろんモノを作っているだけじゃ人は暮らしていけない。食糧だって着る服だって、そして酒だってドワーフにとっては必要だ。これらは殆どが輸入に頼っている。
また、魔法も国にとっては必要である。
ドワーフ以外の種族がいる、特にドワーフ族と仲が良いわけではないエルフ族がいるのは、その辺りを担っているからだ。
さてサイサランドの首都リブベスクは凄い。何が凄いかと言えば、街全体が全て石で作られているからだ。
国土の地形上坂が非常に多く、そのため街全体として階段が多数ある。
更に街中にいくつも橋が架けられ、あまつさえ家のベランダから反対側の家のベランダまでも橋があったりする。
箱庭ゲームなどでもよく見かける、中世ヨーロッパの街並みを再現したような作りだ。街全体が迷路のような作りになっていて、初見だとまず迷うだろう。
なんでこんな造りになっているかといえば住人の殆どがドワーフであり、自分の家やら周囲と行き来しやすいようにと勝手に自分たちで造っていった結果だ。
橋を架けるってDIYというレベルじゃねぇよな。
そんな街の一角、住所で言えば西区第三大通り六十五番地、ここにリブベスクでは珍しい本屋があった。
俺の住んでいる場所でもある。
そもそもドワーフは本を滅多に読まない。別にこれはドワーフの頭が悪い訳では無いし、ドワーフの中には賢者と呼ばれるものすらいる。
ではなぜ本を読まないか。それは彼らの技術伝達は全て口伝だからだ。昔ながらの頑固職人が弟子を取り技術は見て盗め、というやり方をしているため、本自体が使われていないのだ。
このために、うちの店は閑古鳥が鳴いている。
最もこの店は親の趣味であり、本業は城の宮廷魔術師なので儲からなくても暮らしていく分には問題ない。
そう、うちの両親は二人とも魔術師だ。父が人族で母がエルフ、二人とも同じ仕事をし、いつしか結婚して俺がうまれた。
それから十二年、つまり俺は十二才にして、この閑古鳥が鳴いている本屋の店番をしている。
♪ ♪ ♪
「……今日も暇」
この店に客が訪れる事なんて滅多にない。
他国からきた商人やら旅人が、ドワーフの国に本屋なんて珍しい、と立ち寄る程度だ。
大体月に一度、一人二人訪れれば(殆ど買わないけど)多い方である。
たっぷりある暇な時間を潰すのに、俺は何をしているのか?
そりゃ本屋だし本に囲まれているんだから、読むしかないでしょ、とばかりに店番を頼まれてから五年、ずっと売り物の本を読んでいる。
ちなみに五年掛けても全体の三割しか読めてない。
両親の職業上取り扱っている本は魔術関連が多く、一冊一冊が難解なのだ。
文字は幼少の頃に教えて貰った。
今ではドワーフ語、エルフ語、共通語、古代語なら普通に読み書きできるし、精霊語も会話ならできたりする。
現在は精霊語の文字を特訓中である、すごいな俺。
ま、両親のおかげと、この身体が結構ハイスペックだったというだけだ。
ページを捲る音が店内に響く。
この世界での紙はわら半紙だ。非常に脆く年月による劣化も激しい。それを魔術でコーティングして強化している。
その魔術コーティングに時間がかかるらしく、そのため値段が非常に高いのだ。
ちなみに国が使う契約書やら重要な書類は羊皮紙らしい。こっちはより強力な魔術コーティングをしているらしく、数百年くらいは楽に持つそうだ。
その分お値段は笑っちゃうくらいお高いらしい。
「しかし難しいなこれ」
さらりと金色の長い髪が本にかかる。
大きめのワンピースっぽいチュニックを着て腰の所は紐で結び、下半身はズボン、なんかの動物の皮で出来たちょっと重めの靴、両手首には魔術の発動体にもなっているリング、更に見えないけど服の下には様々な防御用の魔術が編み込まれた肌着を着ている。
ハーフエルフらしく耳の細い先端が髪から覗き、日焼けしていない真っ白な手がわら半紙のような本のページを捲る。
魔術師である両親のスペックを引き継いだのか頭は良いし、顔立ちだってエルフ族の血を引いているんだから、多分育てば美人になる。
それに加え、俺は別の世界の記憶を持っていた。三十二才で不摂生が祟って死んだ独身男性の記憶だ。
はい、良くある話ですな。
別に神様がどうのこうのってのは無かったけど、気がついたらこの世界に生まれていたのだ、女の子として。
ちっくしょーーーー! せっかくエルフの血を引いてるのに女とは!!
もし男なら絶対女の子と付き合えただろぉ!? 年齢=彼女いない歴にようやく終止符が打たれたかも知れないのに!!
と何度涙を流した事か。
それも今では諦め……た……諦めきれないけど、諦めた……下半身に【ピー】が生える魔術ってないかな。
でもほら、前と違って今は凄いスペックを持っているのだ。ハーフエルフであるためか身体の成長は遅いけど、見た目は子供、頭脳は大人なのだ。
勉強だって両親が感心するほど(親のひいき目含む)なのだ。
そのうち両親の後を継いで城に勤めてがっぽがっぽ儲けて、老後はまったり食っちゃ寝、ニート暮らしするのだ!
と、野望を平らな胸に潜める毎日である。
ここにある本は宝の山だ、知識の宝庫だ。
魔術師である両親が昔、教科書にしていた本なのだ。つまりこれを読んで覚えれば、俺も知識だけならいっぱしの魔術師である。
そんなゲスな事を考えていたら、俺の上で飛んでいた光の玉が点滅し始める。
「あ、そろそろ魔力追加しようか?」
その言葉に、嬉しそうにくるくると周囲を回る光の玉。
これは光の小精霊だ。
本屋の中はもちろん棚があるので外の光を通しにくく、全体的に薄暗い。このため、電灯代わりに光の小精霊を使っている。
暗いところで文字を読むと目が悪くなるからね!
なおハーフエルフにも暗視能力があるので、特段問題はないそうだけど、どうにも前の記憶があるからか気分の問題なのだ。
おいで、というように手のひらを差し出すと、光の玉がその上に乗ってくる。
それを両手で包み込むようにしながら、魔力を放出させた。
点滅していた光の玉が徐々に明るくなっていく。
完全に復活した光の玉は元気そうにまたくるくる飛びながら、俺の頭上に浮き上がった。
エネルギー充填かんりょー。
実にエコである。
さすがに精霊自身を電灯代わりにするのはアレだが、街中にある街灯やら家の室内灯などは全て魔道具が使われている。
この技術は魔術師たちが作り上げたものだ。
元々ドワーフは地下に住む妖精であり街灯や室内灯は不要だったのだが、国として動き始め、他国から人も来るようになると、街全体が暗いという問題点が出てきた。
これを解決するために、移住を募ったのが魔術師たちだ。
魔術師たちの手により、徐々に国全体へと魔道具が行き渡ってきている。
電灯以外にも、例えば料理をするのに必要な火を灯す魔道具や、食材を冷やすための魔道具(冷蔵庫だね)やらが普及し始めてきている。
また、それら魔道具を動かすための動力源となる魔力が籠められている石、通称魔石も流通し始めてきていた。
魔石は、魔物と呼ばれる人類の敵が心臓代わりとして体内に内臓されているし、それ以外にも鉱山などから採掘される場合もある。
もちろん国全体で使う量の魔石を、大陸中にいる魔物を殺して奪うのは無理があるし、採掘量も全く足りない。
だがこの世界には迷宮と呼ばれる、たくさんの魔物が巣くう場所があったりするのだ。しかも一定時間で魔物が生まれ、永遠に魔石を入手できたりするのだ。
この国にも一カ所迷宮があり、そこでは探索者と呼ばれる人たちが命を賭けて魔物と戦い、魔石を取っていたりする。
いつか行ってみたい場所だ。
とまあ、時代の流れのように、ドワーフの国も変わってきているのが現在だ。
最も魔石一つのお値段は結構する。
一番小さい(つまりお安い)魔石一個で、大体室内灯が一ヶ月持つのだけど、そのお値段は驚きの八百メルだ。
赤字待ったなしの本屋に、そういうコストは掛けられないので、こうしてエコな室内灯を(光の小精霊さん、電灯代わりにしてすまんな)用いている。
ちなみにメルというのは金の単位だが、外食すると大人で大体一人五十メルから百メルくらいかかる。つまり八百メルは十食分くらいに相当し、高いけど一般家庭でも払えなくはない値段となっている。
「さて、そろそろ閉店にするか」
気がつけば夕方になっていた。
そろそろ閉店して夕食の支度をしないと、親から怒られる。
ちなみに家は三階建てで、一階が本屋、二階が居住用、三階が両親の研究室だ。
椅子から降り店の扉をあけて、扉にぶら下げている看板をクローズドにひっくり返す。そして扉に鍵をかけて更に閉鎖の魔術を展開させた。
これでよし、防犯はしっかりしないとね。
「いこっか」
光の精霊に声をかけて、腰にぶら下げたポーチの袋を開けると、そこへ飛び込んできた。
こいつは俺が初めて契約した小精霊だ。
エルフは小さい頃から小精霊と契約し、その小精霊と共に学びながら成長していく。どんな小精霊と契約出来るかはその人の属性次第で、母は水の小精霊だったりする。
真っ暗になった室内でも暗視のある俺には赤外線スコープを覗いた程度には見える。
店のカウンターの奥にある勝手口から外に出て、階段を上り二階へとあがった。あ、もちろん勝手口も鍵と閉鎖の魔術だよ。
二階の玄関を解錠し、閉鎖の魔術を解いて中へ入る。
ここにはリビングとキッチン、寝室が二つと風呂があり、寝室のうちの一つが俺の部屋になっている。
ちなみに両親は三階で寝ているので、夜、二階にいるのは俺だけだ。
「さて、何かあったっけ」
両親は魔術師だ。
魔術の腕は良いものの、料理の腕はまるでダメ。食えれば良いだろ的な食事に、別の世界の記憶を持つ俺は耐えきれなくなり、こうして料理については俺が主担当となった。
冷蔵庫を開けると、そこには小さい人形の姿をした氷の小精霊がいて、手を上げてきた。
あ、こいつにも魔力をあげなきゃね。
俺も挨拶するように手をあげて、更にあげた手を氷の小精霊へ差し出す。頭を撫でつつ光の小精霊と同じように魔力を放出させると、嬉しそうに両手を振ってきた。
さて、何か食材はあるかな、と冷蔵庫の中身を見ると、コケ鳥の卵とグラスピッグの肉の塊が目に付いた。あとは水につけておいたサラダもある。
ま、これで良いか。
卵と肉、サラダを取りだし、バイバイと氷の小精霊に手を振って冷蔵庫を閉じた。
肉の塊を包丁でステーキの様に三枚切り、塩を振りかける。
あ、エルフでも肉は食えるからね。
切った肉を別において、フランスパンみたいな長いパンを棚の中から取りだした。
この世界のパンは堅い。イースト菌だったかが無いのか、見つかっていないのだろう。
堅いパンを包丁で苦労しながら一人分ずつ切って、更に縦横に均等に切り筋を入れていく。こうして手で千切りやすくするのだ。
次にステーキと野菜を鍋で茹でる、焼くのでは無くじっくりと茹でるのだ。
何故ならステーキからにじみ出た肉汁やら油がお湯に溶け込み、良い具合のスープにもなるからだ。グラスピッグの肉はこうするのが一般的らしいよ。
グツグツと煮えて、良い具合にステーキの中まで火が通ったところで、両親が帰宅してきた音を耳が拾い上げた。
「たっだいま~。ロヴィーナちゃん、良い子にしてた~?」
「おっ、良い匂いだな」
がしゃり、とリビングの扉があいて二人が入ってくる。
一人は人族の男性で年は三十八才、そろそろ白い毛が気になり始めてきた俺の父親だ。
外見もひょろりとしてメガネをかけていて、どこからどう見ても研究者っぽい雰囲気である。
もう一人はエルフの女性で、年は……うん、外見は十代後半と、俺と並べば姉妹に見える母親だ。ちなみに実年齢は……ごほごほん。
「お帰りなさい、そろそろ夕飯が出来るから服を着替えて椅子に座ってまってて! あ、ちゃんと手は洗ってね、それとうがいも忘れずに!」
「細かいわね」
「ちゃんとしないと夕食抜きです!」
「え~」
母は小さい頃はエルフたちが住むの森の中で暮らしていた。
そのため、手を洗うとかいう文化がなかったそうだ。もちろんカトラリーもなく、食事は全て手づかみだったらしい。
最も森は精霊達の祝福が溢れていて、病気になったことは一度もない、とのこと。
でもこの街は違う、精霊達の祝福もないのだ。そのため帰宅時の手洗いとうがいを教えるのに苦労したもんだ。
「はははっ、ロヴィーナは厳しいからね。ところで今日来客はあったかい?」
「お父さん、その回答は言わぬが花よ」
「あっはい」
あるわけがない。
そもそもこの街にいる魔術師たちはそれぞれ必要な本は持っているし、街を訪れる人も大半は魔石を運んでくる商人だ。
その商人も殆どが迷宮のある街との往復であり、本を入手するよりもドワーフ製作の武具を持ち帰るだろう。なんせ向こうの街には魔物と戦う探索者たちという客が大量にいるのだ。
迷宮の街にもドワーフはいるものの、やはり首都であるこっちのほうが、腕の良いドワーフたちが集まっているからね。
キッチンへと戻り、煮えたステーキを取りだし皿に載せ、肉汁と野菜のスープをスープ皿へと注いだ。
最期に卵を割り、塩を掛けてフライパンで完全に火が通るまで焼いてステーキの上に乗せた。目玉焼きだね。
半熟じゃないのは危険だからだ。
茹でステーキ目玉焼き乗せと、肉汁と野菜のスープにパン。
よし、完成だ。あ、パンは堅いのでスープに浸してお食べ下さい。
塩しか調味料が無いのは寂しいけどね、血圧大丈夫かな。
できあがった料理をテーブルに運んだ頃に、着替え終わった両親が戻ってきた。
「よし、じゃあ食べるか。大地母神の恵みに感謝を捧げます」
「万物を司る精霊たちよ、今日というこの日を迎えたことの喜びと、精霊たちの恵みを頂ける感謝を届けます」
「いただきます」
三者三様のお祈りを済ませると、がっつくように食べ始めた。
今日もたくさん勉強しました。早くがっつり稼いでニートになりたいです。