今週のバーチャル死刑
『わたしに何か言いたいことがある者はいますかぁ〜〜〜?』
“上国”飯豊が観客席に呼びかける。
刹那、腕という腕、武器という武器が天へと伸びた。
それどころか、誰も彼も指名されるでもなく口々に怒号を張り上げ、罵詈雑言が嵐となって吹き荒ぶ。
「あるに決まってるだろ!」
「ふざけたことヌカすんじゃねぇ!」
「さっさとくたばれ!」
まったくの無秩序、その様はまるで国会か、国会前で繰り広げられるデモのようだ。
『では……いちばん前の、鬼のような形相のあなた、どうぞ』
上国飯豊は、ニコニコとした笑顔で、最も手前にいた男性を指差す。
――ダメだ、その態度がすでに気に入らない!
上国飯豊という奴は、きっと今までもそうやって人びとを見下し、ふんぞり返って生きてきたのだろう。
不愉快極まる。
……カメラの角度が変わり、画面は作業着姿の男性を大きく写す。
男性は、壇上の上国飯豊を睨みながら、ゆっくりと前へ歩み出る。その手には、金属バットが握られていた。
途端、怒号の嵐は瞬く間に時化た。
「……俺はアンタが乗ってた車のメーカーの者だ。
飯豊、アンタは自分の居眠り運転を棚に上げて、事故を自動ブレーキの故障のせいにしたよな。
だが、アンタの車の自動ブレーキは壊れちゃいなかった。
つまりは、急ブレーキがかかっても停まりきれない速度で交差点に突っ込んだんだ。
それなのに……どんな汚い手を使ったのか知らないがアンタは不起訴になった。
おかげで俺の会社の評判はガタ落ち、対するアンタはあれだけ小学生を殺しておきながらのうのうと生きているときた。
そいつが俺には許せない。
裁判でアンタを裁けないなら、俺がアンタを殺すまでだ。
死んでくれ」
そして、壇上に立った男は、手にしたバットを振りかぶり――全力で上国飯豊の頭を殴りつけた。
ド派手に血しぶきを巻き上げながら吹き飛ぶ上国飯豊。
飛び散った血がドットとなって霧散し、老体がステージに横たわる。
静寂から急転、会場の狂乱は最高潮に達した。
観客が次から次に、我先にと壇上によじ上り、起き上がろうとする上国飯豊を手にした武器で、思い思いのやり方で嬲っていく。
ある者は腹部に散弾銃を打ち込み、またある者は斧を頭部に叩き付ける。
それでも瞬時に傷が回復する上国飯豊は、ヒィヒィ言いながら、ステージ中を這って逃げ惑う。
そんな彼を、追いかけ回しては立たせ、立たせては殴りつける。
――そんな様子に、僕も画面越しに熱狂し、心の中で叫んでいた。
いけ、やっちまえ!
こいつは気分爽快だ!
……爽快で凄惨な私刑がしばらく続けられた後、会場内がざわつきはじめた。
「みんなどいてくれ! 最後はこいつをお見舞いしてやらぁ!」
どこから持ってきたか、声の主が持ち出したのは、まるで非現実的な、ゲームで見るような巨大な黒い鉄球だった。
おそらくは有料コンテンツの武器、きっと課金しているのだろう。
彼は勢いよくそれを振りかぶると、上国飯豊に思い切り叩き付ける。
「轢かれた子どもたちの痛み、その身でとくと味わえや!」
正義の鉄球の直撃を全身に受けた上国飯豊は、ついに身体のすべてがドットとなって飛散し、跡形も無くなってしまった。
静まり返る会場。
そして――
「よっしゃああああああああぁ!」
「ザマーみろ、死ね!」
「いや死んでるだろ」
再び拍手と歓声が帰ってきた。
ついに、またひとり悪が滅びたのだ。
天罰覿面、正義は勝つ!
『Hey、エヴリバディ! 今週のバーチャル死刑、どうだったカナ〜〜〜ぁ? 今週の死刑はぁ〜〜〜、“開き直りの居眠り大量轢き逃げ犯”、飯豊三ッ夫でお送りしましたッ!』
喜びに満ちた会場内に、進行役のイケイケ声が流れる。
『さぁ〜〜〜て、次の死刑執行の対象はぁ〜〜〜、いつも通り水曜日まで募集中ぅッ! どんどん応募してくれよなッ! もちろん、おひねりも待ってるYO!』
毎度おなじみのナレーションとともに、会場内の観客たちはひとり、またひとり、次第にログアウトして姿を消してゆく。
『そんじゃ〜〜〜ぁ、また来週ッ! Thank You!』
声とともに画面は暗転。
黒い画面には単調なゴシック体で『この放送は終了しました』とだけ書かれている。
僕の心はしばらく、祭のあとのような浮遊感に浸り続けた。