黒服
馬車が止まった。
こういう車みたいな移動にはスマホでツイッターするのが定番だが、この世界に来てからインターネットが使えないし、そもそもこの盗賊集団の中で堂々とスマホを触る勇気は俺にはない。
スマホを奪われてないだけマシか、もしも逃げれたときの暇つぶしに使えたらそれでいい。
奪われたら奪われたらでそれは困る、何故なら保存された「いやーん」で「うふーん」な画像は見られるので、それを見られたら、困る。
それじゃあ何をしていたか?
もしもここが本当に異世界なら、どんな世界なのかを適当に考えていたり、向こうの世界では時は一緒に進んでいるのかとか...まぁ、うん、適当に口開けながらそんなこと考えていた。
生憎、道中この馬車が事故って盗賊たちが混乱している時に逃げる、ナイフが転がってきてそれで縄を解いて全員殺して逃げるだとか、考えはしたけど全部スかした。
「おら、着いてこい」
何をそんなにおらついてるんだか、そんなカンカンだと禿げるぞクソデブ。
足の縄だけナイフで切られながら内心悪口フィーバー、頭の中のお前は既に喉元かっちぎられて死んでいる。
...虚しいなぁ。
金髪少女と一緒に馬車の外に出ると、そこには全身黒い服を着たでかい人と、盗賊たちが乗っていた三倍もの大きい馬車が合った。
黒い男と目が合う。仮面を着けており、見えるのは口だけなのだが、見られたと思った瞬間に鳥肌が立ち、背中から嫌な汗が垂れるのが分かった。
「今回の売物はそれですか?」
「うーん、考え中。異世界人と転生者だけど、君以外の商人に渡すのもか、それとも君に売ろうかと迷ってんだよね」
「なるほど...どれくらい必要です?」
「別商人はユニークスキル持ちに最低百レル、高くて五百万リル渡すと言っていた」
「......なるほど。それでは、二人とも売却で千二百万レル以上払うと約束しましょう。ですが、一日待っていただけませんか?」
「気前いいね、別にいいよ。どうせ暇だから」
少年っぽくない少年と黒服商人の会話を聞く限り、自分は売られるのだろう。レルの単位がどれくらいか分からないが、人を売るくらいだ。きっと日本で言う『億』くらいだろう...いや、それだと「五百万億円」とかいう意味わからない単語になるから...あ、この話もうやめとこ。
「それではお二人共、こちらに」
屈強な男が持っていた縄が黒服商人に渡された。
自分は特に反抗するつもりはないので、そのまま黒服の傍に寄った。もう既に、自分がまともな人生を送れるとは思っていない。
しかし、自分の横にいた金髪少女は一歩も動かず、下を向いていた。
怖い物しらずだな、なんて思っていると、黒服は自ら金髪少女に歩みよった。
「『アリス・レイズン』『人形操作』」
「!?」
アリスは、目を剝きながら顔を上げた。
...なんだ?一体何が、少女をそこまで驚かせたのだろう。
「大丈夫だ、安心しなさい」
黒服がそういうと、少女は再び下を向いて「......はい」と小さな声で呟いた。
「君、よかったねぇ」
後ろから声が聞こえ、バッと後ろを振り向くと少年がいた。
「...なにがです?」
「商人が君に六百万リル出したことだよ。もしも少なかったら、君は『あの人』死んでいた。よかったね」
少年は心臓に直接傷を付けるように語り掛ける。何度か話して分かったが、こいつは俺に嫌がらせしているだけだ。
相手にしない、それがこいつと話すときのコツだ。
「そういえば、君は真剣に最後に食べる物を考えていたけど、結局何を食べたかったの?」
「シュールストレミング」
「ふーん、聞いたことない。向こうの食べ物かな?」
「そんな所です、それじゃあお世話になりました」
「うん、またね」
嫌なやつと別れを告げ、自分はさっさと黒服の所に行く。
正直、あの少年と同じくらい黒服とは喋りたくないが、仕方ないことだ。
黒服と少女、そして俺は黒服の馬車に入った。