第1章 3 雨の龍神さま、カエルになる
3
おれの目の前には、人間ほどもある巨大なカエルがいた。
表皮の体色はウルトラマリンブルー。
世界で一番大きいカエルは、ゴライアスというやつだったかな。
それでもネコや新生児くらいの大きさのはず……って、なんでおれは自分自身についての記憶もないくせに役に立ちそうもない知識はハンパに持っているんだ!?
真っ青なカエルは、言った。
『はてさて。ボケナス従者。おまえは《名付け》の才があるようじゃの』
にやりと笑っているのが伝わってくる。
『正確には《名開かし》と言うべきか。わし自身でさえ気づかなかったことじゃが、どうやらこのボディが持っている変身機能で、竜や人間以外にも変身可能だったようじゃわい』
「もしかして、おれが言ったことがきっかけ?」
『そうじゃ。面白き童よ』
そして次にカエルは飛び上がり、空中で一回転して降りてくると、再び、青い髪をした美形青年の姿になった。
真っ青な髪かぁ。
人間にはいなかったけど、鳥なら青い鳥とかいたし、ありか?
『では我が住処に行こう。ときに、童よ。名前はなんという』
「ティトゥ」
『ふむ。その名は身についておらぬな。今日限りで捨てよ。依童、人身御供、呼び方は違えど、おぬしは、仮の身体を現世に置き去りにするのだ』
「え?」
『我が亜空間に住まうためには、いったん死なねばならぬ』
「ちょっ……待て、なんで」
『その亡骸は現し世の岸辺に流れ着き、肉親達はそれをもって弔い、神の従者となったことを祝う《祀り(まつり)》を行う。さすれば、おぬしの生家は相当に地位が上がるであろうな』
「それ、親孝行になるかな?」
ぽつりと呟いたのを、青竜は聞き逃がさなかった。
『なるとも』
真面目な顔で言って。おれの頭に手を乗せ、髪をぐりぐりする。
『では、おまえの新しき名は……そうじゃの。コマラパというのが良い。セノーテに近い真水の湧く泉のある場所の名だ』
「こまらぱ?」
おれは貰った名前を繰り返し、つぶやいた。意味はわからなかったが。
※
こうして、セノーテの底を通って青竜の管理する亜空間にたどり着いた、おれは。
青竜……カエルレウム・ドラコー(caeruleum draco)の従者になった。
ついて行って驚いたことがある。
結構な数の子供たちが保護されていたのだ。
「青竜さま! それだれ~?」
「ぼくたちのせいりゅうおうさまになれなれしいぞ!」
「龍神さまは、あたしの!」
みんな五歳か六歳。男も女もいる。
『新しい従者だ。みんな、仲良くしてやるように』
「あんたさっき、おれのこと久しぶりに来た従者って言ってなかったっけ」
『むろん、間違ってはいない。ここでもっとも幼い者でも、生贄となってから百年は過ぎている』
「な! だって、おれより小せえガキばっかりだ。幼稚園かと思ったぞ!」
『ここにいる間は、時間の流れが外に比べて緩やかなのだ。里心がついた者があれば帰還できるようにしてやろうと申し出たが、みな、断った。生贄に差し出した村、しかも戻ったところで見知った顔はいない、とな……』
おれは、ごくりと息を呑んだ。
その言葉は、そのまま、おれの将来の姿と重なったからだ。
しかし、青竜は、笑って、おれの危惧を打ち消した。
『おぬしは現世に縛られてはおらぬ。現在の記憶がないのが幸いにな。ここで、知識を学び、外界に打って出るも、一興であろうぞ……望むならば、わしの知識を全て授けよう』