第1章 15 天女様の贈り物(前世2)
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彼女の年齢は、二十歳くらいだろうか。
エキゾチックな雰囲気を持つ美貌。
まっすぐな長い黒髪に、純白のワンピースが映える。
薄手のショールを肩にかけているのが、まるで羽衣のようだ。
おれに手を差し伸べる、美女。もちろん彼女のほうがかなり背が高いので、かがみこむ姿勢だ。
細くてしなやかな指先が頬に触れる。そして首筋から肩へと。
びくっとした。
くすぐったいような。むずむずするような、ふしぎな感覚がした。
「やっぱり、火傷してるわね」
心配そうに、彼女は言った。
「やけど?」
心当たりがない。おかしいな。
「急に日焼けしたせいで炎症を起こして、水ぶくれができてるのよ。手当しないと」
彼女に手を引かれて、木陰へ。
草の上に座らされて、ぐいっとTシャツをはだけられたおれ。しかし恥ずかしいとか思っているひまもなかった。
言われて初めて、首筋や背中が熱を持っていることに気付いたのだ。
「薬を塗っておくわね」
手際よく、乳白色の小さなガラス瓶をとって掌に中身を数滴、振り出して、水のような薬を塗りこむ。
少しだけひりひりしたが、しだいに熱がひいていくのを感じた。
「これでいいわ。これからは、あんまり急に日焼けしないようにね。あなたは、今までは屋外で過ごすことは多くなかったんじゃない? おうちはどこ?」
「祖父の家です。今までは街のほうに住んでました」
つい改まった口調になってしまった。
おれはじいちゃんの名前を告げた。
すると、彼女はにっこりと笑ったのだ。
「それなら存じ上げているわ。ここの林は、あなたのおじい様のものよ。私たちは許可をもらって使わせていただいているの。そうだ、これをあげるわね」
そう言って、彼女は首に巻いていた薄い緑のストールを、おれの頭からかぶせた。肩と襟足、むき出しだったところを重点的に覆ったのだ。
「私が天蚕の糸で織ったのよ。これには紫外線防止効果が付与してあるから、被っていれば大丈夫よ」
ストールを巻きつけるとき、彼女の顔が近づいてきて、息をのんだ。
切れ長の涼しげな瞳に、見入ってしまう。
真っ黒な瞳の奥底に、不思議に淡い水色が浮かんでいる。
……あれ?
おれは、ずっと前にも、この目の色を見たことが……?
「今日はもう帰ったほうがいいわ。お風呂に入るときは、日焼けあとを熱い湯に触れないようにね」
離れていくのを、すごく寂しいと感じた。
「あの、明日もここにいる? いや、いますか?」
「まだ少しいるわよ。明日は麦わら帽子でも被っていらっしゃい」
「はい!」
思わず元気よく答えてしまった。
しかし、おれの頭のあたりを羽ばたいていた妖精が叫んだ。
『グラン・ドーター! なんで許可するの!? このおバカなヒトの子と「縁」ができちゃったじゃない!』
妖精の憤慨を後にして、おれは、じいちゃんの家に帰ることにした。
じいちゃんに聞きたいことができた。
何故だか、彼女との出会いは秘密にしておきたいような気もしたけれど。
※
帰宅してじいちゃんに尋ねると、くぬぎ林を貸しているのはずいぶん昔、先祖代々のことだという、意外な答えが返ってきた。
「いつからだよ先祖代々って。戦前とか幕末? まさか江戸」
「ははっははは! 好きに考えろ」
「なんだよそれ!」
しばらくして笑顔の消えたじいちゃんが、ぽろっと漏らした。
「うちは昔から彼女たちと取引があったのさ。それで廻船問屋で名を馳せた」
廻船問屋って。江戸時代? 冗談だよな。うん、きっとちょい悪じいちゃんのいつもの冗談だ。
「彼女たち?」
あの人の他にも誰かいるってこと?
「じいちゃんリタイアしてこの別荘を買ったのかと思ってたよ」
「土地は、先祖代々、このあたりの山はぜんぶうちのだよ。社長を辞めてから、別荘を新しく建てたがな」
「しかしなあ。おまえも、そんな年頃か」
なにやらニヤニヤしながら言う。
「ふむふむ。あの織り姫様から『贈り物』を貰ったのか。……してみると彼女の待ち人は、おまえだったのかなぁ」
時々ロマンチックが暴走するじいちゃんが、意味不明なことを呟いた。
「織り姫?」
「わしが勝手にそう呼んでいるのさ」
じいちゃんが、遠くを見るようにして言った。
「泰三。おまえが明日、彼女にまた会えたら。……名前を付けて呼んでごらん」
「名前?」
「わしは、二度と会えなかったんでな」




