第1章 14 天女様に出会った中学2年生(前世)
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あんな美しい人に出会ったのは、おれの十四年の人生で初めてだった。
十四歳、中学二年生の初夏。
おれは親父と喧嘩して、家を出た。
クラスでちょっとしたもめ事があり、面倒なことになっていたこと。
進路について悩んでいたことと重なって、おれは悩みに悩んでいた。
しかし、親父は良き親でも理解者でもなかった。
代々の家業を継ぐと決まっている?
知るかそんなもん。
「子供は黙って言うことをきけ!」
「あほか! いつの時代だよ!」
頭ごなしに決めつけられたのが腹立たしかった。
姉ちゃん母ちゃんは間に入り、父を諫めたりおれを止めてくれたりしたのだが。
折り合いをつけることはできなかった。
とにかく親父がイヤだった。
ついでに中学も、すっかり嫌気が差していた。
あてもなく夜の街をふらふらしてネットカフェに寝起きしていた。
そのうち、持っていた金も尽きかけて来た頃。
田舎で別荘暮らしをしているじいちゃんがケータイに電話してきて、いいからおいでと言う。
おれは厚意に甘えた。
あとひと月も待てば夏休みだったのに。
それすら辛抱できなかったくらい、おれはガキだった。
田舎では、おれは日焼けして真っ黒になりながら野山を走り回ったり散策したりしていた。学校に行くことは頭から消えていた。
実家は横浜で先祖代々、そこそこ大きな貿易商をやっていた。
じいちゃんも若いころは精力的に社長業にいそしんでいたのだが、六十歳で大病を患ってからリタイアすることに決めた。
突然、おれの親父にすべての事業を譲って田舎に農場つきの別荘を購入したのだった。
そういう経緯があったので親父はじいちゃんと仲が悪い。よく、じいちゃんが勝手に社長を辞めたおかげでいい迷惑だと言ってる。
一方、じいちゃんにも言い分があった。
身体を壊した後は、できることとできないことがあると、悟ったのだ。
父親と息子ってのは喧嘩するもんだと、今は田舎でスローライフ満喫中のじいちゃんは楽しそうに笑う。
中学なんていつでも戻れるしじいちゃんちの近くに転校したっていいんだ。
そう言って、おれを受け入れてくれた。
そんなこんなで野生児になっていたおれが、その美人に出会ったのは、まあ、親父と喧嘩したおかげなのかもしれない。後で思えば。
良く晴れた気持ちの良い午後。
いつもの散歩コース沿いのくぬぎ林。
いつものように歩いていたら、林の中に人の姿を見かけた。
何をしているんだろう?
ふと興味がわいたのがきっかけだ。道をそれて林に入った。
そこには、ものすごい美人がいた。
藁で編んだような籠を手にした、背の高い女性。
ふくらはぎの半ばまでの丈の、真っ白なワンピースを着ていた。
さらさらと流れ落ちるようなまっすぐな長い黒髪は、腰まで覆っていた。
何をしているのか?
おれが見ているのには気づいていないようだ。
そっと、近づいてみた。
葉に手をのばして薄緑色の小さな実のようなものを取って籠に入れている。
まだ熟れていない緑のどんぐり?
もっと近寄ってみた。
「興味がある?」
ふいに声をかけられて、おれは飛び上がった。
声がしたのは彼女のほうではなかったし、幼い声だったのだ。
「どこ見てるの。こっちよこっち」
くすくす笑ってる。
振り向いてみれば。
背中に、蜻蛉のような薄羽根を持った少女が。
それも身長10センチくらいの少女が、飛んでいた。羽根がせわしく動いてホバリングしている。すっげー機動力ありそうな、妖精? 銀色の長い髪をツインテールにして、アクアマリン色の瞳をきらきら輝かせている。
「グラン・ドーター! 人の子に見られてたわよ。結界が甘いんじゃない」
「あら、そうだった? ごめんなさいグラウケー。繭をさがすのに夢中になっていたから」
おっとりとした、優しげな声で応え、
振り返った美女。
(おれは後ろ姿を見て、きっと美形だと決めつけていた)
心臓が口から飛び出すかと思った!
あり得ないくらい絶世の美女だったのだ。
アイドルでもスターでもスーパーモデルでも、そうそう見かけないような、女神様かと思うような。
「ねえ、あなたも見る? すっごく可愛いのよ」
そう言って、見せてくれたのは。
淡い緑色をした繭玉だった。
「繭? なんか、大きいね」
普通の繭なら見たことあるけど、それより倍以上大きい。
そして、薄緑色をしていた。
「天蚕というのよ。軽くて温かくて、とても美しい絹ができるわ。許可をもらって、ここで育てていたの」
彼女は微笑んだ。
清らかな笑顔だった。
ああ、天女様!?




