第1章 10 まるで初めてのデート?
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いつの間に仲間たちとはぐれたのだろう。見回しても、誰も近くにいない。
気が付けば、周囲のすべてが純白に覆われていた。
白い森、白い叢。
咲き乱れる花々もキノコも、いま飛び出していった野ウサギまで、真っ白だ。
物珍しさもあった。
青竜様の住むセノーテの底の異界とは、ずいぶん違う。
おれはしばらく、ひとりで歩いた。
どこからか、歌声が聞こえてきた。
きれいな、少女の声だ。
自然と、声のしたほうに足が向かう。
やがて見えてきた光景に、おれは魅入られて立ち止まった。
白い木の梢に、一人の少女がいた。
静かに歌っているのは彼女だったのだ。
歌詞らしいものはなくて、ハミングのようだ。
ふっと歌がやんだ。
少女が、こちらを見ている。
「ここは白竜さまの統べる森。あなたはだれ? どこから入ってきたの」
小首をかしげる。
おれと同い年くらいかな。
つやつやで真っ直ぐな、長い黒髪が、腰まで届いている。
印象的なのは、ものすごくクリアで淡い、青色の瞳だ。
うっわー!
なんだかよくわからねえけど、すごく、どきっとした。
「おれはコマラパ。青竜様の従者だ。仲間と来ているんだけど、迷ってしまって。きみはだれ。何をしてるの?」
緊張している。いつものおれらしくもない丁寧な言葉遣いを意識していた。
「私は白竜様にお仕えしている巫女よ」
少女は答えたが、自分の名前は言わなかった。
「やりかけのお仕事があるの。これが終わるまで待ってて。案内するわ」
手にしていた真っ白な小枝を高く掲げ、それを軽く振る。
くいっと何かを引っかけるようなしぐさをする。すると枝の先にキラキラ光ってるものがある。
それを探り寄せて、手にしている棒に巻き付ける。紡いだ糸を素早く、どんどんと巻き付けていく。
見ると、彼女は持ち手のついた篭を近くの枝に乗せていて、糸を巻き付けた棒が、他にも何個もあった。
「今のが終わったら帰るの。だから少し待っててね」
みるみる、糸巻き棒に糸がどんどん巻き上がっていく。
「できたわ」
少女は立ち上がり、いきなり……飛び降りた。
しかし、まるで重さなどないかのように、ふわりと降り立ったのだ。
「そんなに一杯、重くないか? 持つよ」
「ありがとう。でも重くないのよ。とっても軽いの」
少女が笑う。
おれも、心が浮きたって、自分の体重もぴんとこない。
「私は生まれてすぐに巫女になることが決まったの。だからすぐに白竜さまのもとへやられたのよ」
「へえ」
なんてきれいな髪だ。なんて淡いブルーに生き生きと輝く瞳だろう。見つめられていると思うだけでドキドキして止まらない!
「白竜さまの身の回りのこととか、お召し物を整えたりするの」
「す、すごくきれい……な糸だね」
「ありがとう。これは空中から集めているのよ。この世界に満ちているエネルギーなの。それを糸にして紡いでいるのよ。それを織って、白竜様のお召し物を作るの」
にっこりと微笑んだ。
「機織り? 大変じゃ無いのか」
少女は首を振って、
「いいえ、だいじょうぶ。すぐに布にできるのよ。でも、私なんかまだまだ。この世界の大いなる意思につながる精霊たちなら、織機なんて使わないわ。直接、空中からなんでも取り出せるのよ」
「そいつはたまげたな」
おれは目を剝いた。
どれだけとんでもないことか、おれにだって容易にわかるのに、少女は自分なんて、と謙遜する。本気で思っていそうだ。
少女と並んで歩く、白い森。
なんとなくあれだ、デートコースみたいだな。
どれだけ歩いただろう。
やがて小さな空き地があり、そこに、織機が一台、置いてあった。
生まれて初めて見るものの筈だ。普通なら何に使うかもわからないだろう。それがわかるのが、たぶん、おれの前世の記憶ってやつだな。
「白竜さま? おいでになりませんか?」
彼女が少し困っている。
「いらっしゃらないみたい。ごめんなさいね」
「かまわないよ。きみと散歩できたし」
よっしゃ! 思い切って言えたぞ!
「……」
あれ? 失敗か?
彼女の顔が赤くなって、手が震えている。
「し、仕事があるの! やりかけだから!」
真っ赤な顔で言い放った。
「じゃあ、白竜様がお戻りになるまで、ちょっと織っていようと思うんだけど、いいかしら?」
そして彼女は、集めてきた糸を織機にかけると織り始めた。
すっげえ!
息もつかせぬ速さ。
みるみる、布ができあがっていく。
それは、とてつもなく……透明な、布だった。




