第1章 5 おれは青竜幼稚園の新入生?
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「コマラパ! グズね、ご主人様がお目覚めになるときは必ず、全員揃って控えているように言われたでしょ!」
「はっ、はいシエナ先輩」
洗濯物を抱えているおれに、容赦ないな、シエナ先輩は。
ここは青竜様のご威光で満たされた聖なる泉の底の、異界だ。
泉の底なのに空気があって、小さな村みたいなのがあって。
井戸もあれば、川の流れのような岸辺もある。
白い小石が底に敷き詰められた浅瀬だ。
この岸辺は、外界と繋がっている。
そこで、洗濯をする当番が、おれ。
そしてどうやら洗濯当番は、ずっと、おれに決まっているようだ。
一番若いっていうか、新しく来た従者だからなあ。
青竜様は、毎日、着替える。
汚れてはいないが、これは「決まり」だ。
ついでに従者のおれたちも全員、毎日、水浴び……沐浴をして、着替えることになっていて。その着物は、おれ、コマラパが洗うことになっている。
その間、他の従者ときたら、ちょっかい出して、洗濯の邪魔ばかりする。
「……ったく、ここは幼稚園かよ!」
思わずぼやいた、おれ。
次の瞬間には「あれ? 幼稚園ってなんだ?」と自問する。
「ほんとに、あんたは奇妙なヤツね」
洗濯をする岸辺に並んで手伝ってくれているのは、シエナ先輩だ。
口も悪いし手も出るし厳しいけど、助けてもくれる。
ほんとは、優しいんだ。
「ときどき、聞いたことも無いような不思議なコトバを口にする。かと思えば、本人も、記憶に無いって。なんなのソレ」
「わかんねえ……」
答えたとたん、洗濯に使っている板で殴られた。
「バカもの! 言葉遣いは直しなさい! 日常会話から直していかなくちゃだめなのよ。あたしたちだって、時には青竜様のお供をして外界に行くこともあるのよ。そのときは、威厳があるように振る舞わなくちゃいけないの! 青竜様のお弟子なのよ!」
「すみません……」
「じゃ、あらためて聞くわ。ようちえん、て、なに?」
忙しく、洗濯物を水に浸けて、板にこすりつける。ほぼ汚れなんてものは無いのだから、これは形通りの儀式。
「小さい子が集まって、遊んだり、お遊戯したりする、場所だよ。おれは、覚えてないんだけどな……ふっと、思い出してさ」
「ふーん。……そんなことを人間がやっているなんて見たことないわ。やっぱり、青竜様のお言葉通りね。あんた、この世界じゃ無い記憶を持ってるようね」
シエナ先輩は言い切った。
一番古くから青竜様にお仕えしているだけあって、お供をして人間界を見て歩くこともあったという。
「そうみたいだ……いや、です。先輩。でも、思い出せないんです。生まれてから泉に落ちるまでのことも、覚えてないし」
「青竜様がおっしゃってたわよ。あんたは『忘我の先祖還り』だって。この世界じゃ無いところの、前世の記憶があるんだって。ときどき、そういう『先祖還り』の人が、生活を便利にする発明をしたりするのよ」
「そういうもの、なのか…です?」
「ま、思い出せないんじゃ役に立たないわね!」
「ははは……」
おれは力なく笑うしかない。
「生まれてから泉に落ちるまでの生活も、覚えてないもんな……」
青竜様の従者になった、おれ。
以前の名前は、仮の身体と共に捨て、『コマラパ』という新しい名前を頂いて、文字通り、生まれ変わった。
捨て去った仮の身体は、生まれた村に近い岸辺に流れ着くというのだから。
実質、本当に死んだのと変わりないな。
寂しい。
泉に落ちたショックだろうか、おれには、記憶が無いのだ。
「深刻になること無いわよ」
シエナ先輩が、言った。
「幸い、だって。残してきた家族のことを覚えていたら、辛いでしょ?」
「あ」
先輩たちは、なんの心配も無く暮らしているようあけれど、みんな、生まれたところの記憶があるんだ。家族のことも。覚えているんだ。
「そんな、申し訳なさそうな顔、しないでよ」
シエナ先輩は、おれの肩を叩いた。
「もう、何百年も前のことだから。ずいぶん、おぼろげになっちゃってるからさ。それより、グズ! 早くしないと洗濯にいつまでかかってるのよ!」
「はっ、はい!」
そうだ、しんみりしてられない。
洗濯が終わったら掃除。
青竜様のご用事があるかもしれないし。忙しいのだ!
洗濯を終えた衣服を持って帰り、従者村の物干し場に綱を張って掛けていく。
全て生成りの貫頭衣だ。
青竜様のお召し物だけは素材も特別製で、絹みたいな肌触り。広げて、ハンモックみたいなところに乗せるのだ。
あれ? 絹? ハンモックって、なんだろ……?
「コマラパ! 何やってるの! おいで!」
考えているヒマはなかった。おれと先輩は急いで青竜様のご寝所に駆けつける。他の従者たちはとっくに勢揃いしているはずだ。
こして、おれたち、青竜様の従者仲間の一日は始まる。
青竜様に造っていただいた食べ物を食べ後は少し昼寝して。
起きたら、勉強。
地理とか、いろんな国の言葉とか、風習、生活の違いや、作物のこと。
なんでこんなに学ぶんだろうな?
「いずれは、おまえたちを派遣することもあるだろうからの」
青竜様は、そうおっしゃるけどさ。
どんなときに、そうなるんだろ?
こうして『青竜幼稚園』の一日は、忙しく過ぎていくのだった。
誰も歳をとらないから、つい忘れがちになるけど。
おれがここに来てから、一年くらいは、あっという間に過ぎている気がする……。
いつの間にか、おれは七歳になっていた。




