すぐそこにある「なろう」問題
『小説家になろう』の小説掲載数が二百万作品を突破した。この数字は東京都立で最大級と言われる中央図書館の所蔵数をはるかに上回った。これによってポイント評価を集められない新人作家の作品や新作は「なろう」カーストの底辺に追いやられることとなった。
不名誉を恐れた作家たちは、新作のポイントを集めるためにブログやSNSを使って作品のレビューやブックマークを依頼して回った。数千件のブックマークや多数のレビューを集めるには、多大な労力と時間が必要となり、作品の質は日に日に低下していった。
「なろうの作品って面白くないよね」
「あんな作品に評価をつける人っておかしくない」
「まあ、しょせんネット小説なんて素人が書いたものだから」
噂がうわさを呼び、一般読者は早々とネット小説から離れていった。あわてた「なろう」運営母体は緊急対策会議を開いた。
「我々が小説を全部読んで推奨作品を選んではどうか」
「二百万もの作品を読むのは現実的じゃない」
「有志を募って読むのはどうだ」
「読む人が違ったら客観的な評価ができないのでは」
「そもそも我々が目指したのは、大衆向けの商業作品にはないディープな作品や、型にハマらない奇想天外な新人作家を世の中に広める為ではないか」
「そうだ。そうだ。我々には二百万の作品から、読者が読みたいものをピタリと探し出せるシステムを開発する必要がある」
「しかし、それでは膨大なシステム開発費と運営費がかかるのでは。我々の資本力ではとうてい困難だ」
「深層学習、つまりAIを使うのはどうだ。最近は機材もだいぶ安くなってきている」
「確かに我々には二百万作品と言うビックデータがある。さらにその作品の閲覧履歴、読者の性別や年齢、居住地域も把握している。これらをAIに吸収させてお薦めナビを作ろう」
「いいね。テレビの話題やネットの閲覧数など時代を読む目も加えれば、ヒット作品を予測できるのではないか。既にアメリカの音楽業界では始まっているし」
こうして「なろう」の運営母体は小説と読者をマッチングさせる『ヒナナビ』を開発した。
『ヒナナビ』は独自の進化を遂げて、読者の心情まで読み取ったきめ細やかな提案を行うようになった。一般読者たちが次々と「なろう」に帰ってきた。
「俺、この間。彼女と別れてさ。そしたら『ヒナナビ』がこんな作品を紹介してくれたよ。ほんと、いやされたよなー」
「マジかよ。俺なんて受験に失敗して、死にたい気分になった時に勇気をもらったよ」
「会社で大失敗をして。そしたら『ヒナナビ』が一つの作品をし紹介してくれたんだ。おかげで新しいアイデアが見つかって大成功さ」
「えー。私も。いじめられて無視されてたのに『ヒナナビ』から紹介してもらった作品の話をしたら、一躍クラスの人気者になれたのよ」
お礼のメールや書き込みが「なろう」の運営母体に続々と寄せられる。関係者達は喜びにわいた。
「ところで、最近、投稿作品が急増していないか」
「そうだな。既に三百万作品を突破している」
「ん。この作者名はなんだ」
関係者一同はディスプレーを覗き込む。
ヒナ子、ヒナミ、ヒナタ、ヒナオ・・・。
「全部『ヒナ』がつくぞ」
「たっ。大変だ。『ヒナナビ』が勝手に作品を創り出している」
おしまい。