Ⅱ
次の日も次の日も次の日も……白雪はやって来ました。
いったいいつになったら白雪は世界で一番美しくなるのかとミラはうんざりしながら考えます。
白雪は確実に日に日に美しくなっていってはいるのです。しかし、世界で一番美しい王妃様にはいまだ敵わってはいません。
あの会話した日から白雪はミラのことを友達だと認識でもしたのか、他愛のない話を長々と話して帰っていきます。ミラのそれはそれは面倒くさそうな適当な返事も愛らしい笑顔でスルーされてしまいます。
「ごきげんよう、ミラ」
「今日はね、こんなことがあったのよ」
「幼馴染みの隣国の王子がね……」
「では、また明日。ミラ」
毎日毎日繰り返される逢瀬。会話。気づけば、いつの間にかミラにとっては白雪が来るのが日常になっていました。
だから、その日、ミラはいつまでも来ない白雪に首を傾げたのです。
いつもならとっくに彼女が来ている時間です。しかし、この宝物庫は静かなまま。何かあったのだろうか……とミラは考えたところではっとします。
「これでは私が白雪を待っていたみたいではありませんか!」
別に白雪を待っていた訳ではない、ただいつも来る人間が来なくなればどうしたのかと思うのは普通のことで……!と言い訳したところで、鏡ははあとため息を吐きます。
その言い訳もため息もただ虚しく静かな宝物庫に響くだけと気づいたからです。いつもなら、ここにもう一つ声が響くはずなのに今日はいません。
「別に寂しくなんかありません……」
そう、少しも寂しくなんか……。
ーーガタン……
ふいに物音がしました。ミラはきっと白雪だと思いました。だってここに来るのは白雪くらいですから。
ミラは平静を装います。『今日は遅かったですね。もう来ないかと思ってました。私はそれで一向に構わないのですけどね』そう言おうと口を開こうとしたところで、ミラは目を丸くしました。
そこにいたのはとても美しい女性でした。それもそのはずです。だって、彼女は世界で一番美しい女性なのですから。
「見つけたわ。あなたが、魔法の鏡ね?」
そう……王妃様にミラは問われました。魔法の鏡、と呼ばれるのは久しぶりでした。だから、少し反応が遅れましたが……問われれば答えるのが魔法の鏡の性なので、すぐさまにミラは答えました。
「ええ、私が魔法の鏡です」
そう言えば王妃様はそれはそれは麗しい笑みを見せて、引き連れた召し使い達に運んでちょうだいと言うとミラを自室へと連れ帰ったのでした。
●○●○●
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰?」
「それはあなた様です。王妃様」
王妃様に自室へと連れて行かれてから毎日毎日ミラはその質問をされています。
まったく二人は似た者親子だな、とミラは思いました。同じ質問に同じ答えを求め、同じようにほっとした顔をします。
唯一違うことと言えば、白雪は日に日に美しくなっていくのに対して、王妃様は日に日にその美しさが陰っていくことでした。まだまだ成長途中の白雪とあとは老いていくだけの王妃様。それは当然の現象でした。
王妃様は白雪に様々なことを尋ねました。あの人の本心は何?誰が私のことを嫌ってる?などなど。ミラが答える度に王妃様は顔を怒らせて、何事かを召し使いに命じています。良くないことでしょう。しかし、ミラは魔法の鏡。真実以外を口にすることはできません。
そうして、何年か王妃様の元で過ごしたある日のことです。
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰?」
いつも通りミラは王妃様ですと答えようとしました。しかし、浮かんだのは王妃様の姿ではありませんでした。
艶やかな黒曜石の髪に同色の瞳。真っ白な雪の肌。血のように赤い唇。子供と大人の狭間であるが故に危うく惹かれずにはいられない美しさを持つ……白雪。
最後に会った日よりも白雪はずっとずっと美しくなっていました。目の前の王妃様よりもずっとずっと。
ミラは真実を口にしようとしました。しかし、ふと疑問が浮かびます。
「王妃様。毎日毎日この質問をされますが、もし王妃様よりも美しい方が現れたらどうされるのですか?」
そう鏡が問えば王妃様は言いました。
「そんなの殺してしまうに決まってるじゃない。私よりも美しい人間などこの世に必要はないのよ」
その言葉を聞いて、ミラは何かざわざわとした思いを感じました。これがどういった感情かミラにはわかりませんでした。そもそもミラはそこまで感情が濃いものではありません。何故ならミラは無機物だからです。だから、これがどういう感情なのかわかりませんでしたが……気づけばぽろりと口からその言葉が出ていました。
「世界で一番美しいのは……あなた様です。王妃様」
ーーピシリ
初めてついた嘘。それと鏡面に小さなヒビが入った音がしました。