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 昔々あるところに小さな王国の宝物庫に魔法の鏡がありました。

 魔法の鏡はその名前の通りに魔法のかかった鏡です。普段は何の変哲もない姿見なのですが、『鏡よ鏡』と言い知りたいことを問えば、鏡の中に少女の姿が映り、その少女がなんでも答えてくれます。

 そんな素晴らしい魔法の鏡。昔はちやほやされたものだったのですが、プライバシー侵害だ!と時代の波に揉まれ、今やお払い箱。宝物庫で一枚寂しく埃を被っていました。

 そんなある日のことでした。いつも静かな宝物庫で何やらごそごそと物音がしました。見張りの兵か?と魔法の鏡は思いましたが、それにしては何か漁っているような音。もしや泥棒?と動かぬ鏡の中から外を伺えば……そこにはそれはそれは愛らしい幼い子供の少女がいました。

 雪のように白い肌。血のように赤い唇。色づく頬に黒曜石の髪。そうしてそれと同色の黒く大きな瞳が魔法の鏡を見て丸くなっていました。


「あら?不思議。鏡の中に女の人がいるわ」


 そう言うと幼い子供は鏡に近づき、ベタッ!と鏡面に触れました。鏡は思わず顔をしかめます。

 鏡は子供が好きではありませんでした。何故なら遠慮もなくベタベタと鏡面に触れるからです。

 そんな鏡の思いが通じたのか、それとも相当嫌そうな顔をしたのか「あら、ごめんなさい」と少女は鏡から手を離しました。

 

「それで、あなたはどうしてこんなところに入れられているの?」


 どうやら子供は鏡の精であるとは考えず、封印されてしまっているとでも思っているようです。

 子供は嫌いだし、説明も面倒くさくはありましたが、鏡は魔法の鏡。質問には答えねばなりません。


「入れられている訳ではありません」


「自主的に入っているの?」


「いいえ、違います」


 鏡に自主的に入るとはどういう趣味なのでしょうか。


「では、どうしてあなたはそこにいるの?」


「私は魔法の鏡。今、映っているこの少女の姿が本体なのではなく、この鏡全てが私なのです」


 魔法の鏡と名乗れば、子供はどこかで鏡の存在を聞いたことがあったのでしょう。納得したように頷きました。


「あなたがそうなのね。わたくし、あなたを探していたのよ」


「私を?」


 昔はそれはもうちやほやされたものではありますが、一度呪いの鏡のレッテルを貼られてからは、構われたことがなかったので、鏡は少しばかり驚きました。


「あなたはなんでも真実を口にすることができるのでしょう?ねえ、教えてほしいの。……世界で一番美しいのは誰?」


 その言葉と同時に鏡の頭の中にはそれはそれは美しい女性の顔が浮かびました。


「それはこの国の王妃様です」


 聞かれればなんでも真実を答えられる鏡の言葉に子供はどこかほっとしたような顔をして微笑みました。

 その笑みはあまりに愛らしく、成長すれば王妃様以上の美しさを手に入れられる予感を感じる笑みでした。


「ありがとう。魔法の鏡さん」


「いいえ、私は魔法の鏡ですから」


 言われれば答える。そういう、作りをしているのですから。


「ああ、良かった。とても安心したわ。ありがとう。また、来るわ」


 そう言うと子供は去っていきました。大嫌いな子供が居なくなって鏡はほっと一息つきます。鏡の中では『また、来るわ』という言葉は全く耳に入っていませんでした。



●○●○●



 次の日もまた次の日も子供はやって来ました。 そうして毎日『世界で一番美しいのは誰?』と問いかけてきます。それはまだ良いのですが、そこで雑談などして帰るようになったので、ふとした時に鏡面を触られないかと鏡はひやひやです。

 だから、ある日思わず言ってしまいました。


「子供。いつまでここに通い続ける気ですか」


 鏡の言葉に子供は目を丸くしました。いつも一方的に話しかけるだけで、話しかけられるとは思っていなかったのでしょう。

 子供は目をまん丸くして……そうして、わざとらしく頬を膨らませました。


「子供とは、もしかしてわたくしのことかしら?」


「あなた以外に誰がいると言うのですか」


「わたくしを子供と呼ぶなど無礼だわ。わたくしを誰だと思っているの?ちゃんと名前でお呼びなさいな」


 高慢な言葉。しかし、それもどこか本気ではなく、ふざけている雰囲気があります。

 この宝物庫き入れる身分ということは、それなりの身分……王族かあるいはそれに匹敵する身分なのでしょう。

 そんな身分の者にふざけているとはいえ、こんなことを言われれば、普通なら震え上がるのかもしれません。普通なら。

 しかし、鏡は無機物です。人間が作り出した身分などなんら怖くはないのです。怖いのは鏡面が汚れることと、鏡面にヒビが入ることくらいでした。


「子供で十分です」


 だからそう殊勝に言えば


「まあ、失礼だわ。その鏡を粉々に砕いてやるわよ?」


 と酷い言葉を投げつけられました。

 身分は怖くはありませんが、割られるのは怖い。冷静に考えれば、目の前の人物が人間である限り王族だろうがなかろうが、その可能性があったのでした。

 悔しいですが、しかし割られてはります。仕方なく鏡は下出に出てやることにしました。


「では、なんと呼べばよろしいですか?」


 そもそも鏡は子供の名前は知りません。しかし、その事に子供はまたも目を丸くしました。


「あなたわたくしのことを知らないの?」


「全く」


 鏡がここに閉じ込められ何十年も経ちました。過去の王族は知れども今の王族のことなどわかる訳がありません。


「でもあなたは魔法の鏡でしょう?」


「問われねばわからないのです」


 魔法の鏡はなんでもない答えられます。そうしてその答えは、聞かれて初めて鏡は理解します。

 そう言えば子供は言いました。


「不思議なものねえ。良いわ。名乗ってあげる」


 別に鏡は知りたくもありませんし、ずっと子供呼びで一向に構わないのですが、それを言えばまた脅されると思ったので口にはしませんでした。


「わたくしの名前は白雪。この国の王女をやっている者よ。これからは白雪と呼んでちょうだい」


 仕方ないので鏡は頷いてやりました。ついでにその名前が確かに白雪の肌をもつ彼女に似合ってはいたので、なんとなく「あなたのような女の子にぴったりの名前ですね」と言ってやると、クスクスと笑って「本当に聞かないとわからないのね」と言いました。

 意味がわかりませんでしたが、問う前に子供は……白雪は怒ったふりをやめて「それで」と口を開きました。


「あなたのお名前は?」


「私の名前?……魔法の鏡ですが」


「そうではないわ。あなたのお名前よ。わたくしの白雪のような」


「ありません」


 数多く居る人間とは異なり魔法の鏡は世界に一つ……かどうかは聞かれたことがないのでわかりませんが、そう数はないので個体を認識するのに人間のような名前など必要ありませんでした。

 そう言えばそれならと白雪は言いました。


「わたくしがお名前をつけてあげる」


「別に結構です」


「何がいいかしら……」


「全く聞いてらっしゃらない」


 本当に目の前の餓鬼……白雪は自由人です。うーんうーんと勝手に唸った後、決めたわ!と顔を上げました。


「ミラ!あなたの名前はミラよ!」


「なんと安直」


 思わず鏡は本音がぽろりとしてしまいました。

 しかし、それも致し方ないお話です。なんせ、ミラです。ミラーからきたことは誰が聞いても明らかです。


「あら、失礼だわ。ちゃんといろいろ意味もある名前よ。羨望の的。良い意味だわ。響きも可愛らしいし、素敵な名前じゃない」


「意味……。しかし、後付けですよね?」


「結果良ければ全て良しなのよ、ミラ」


 やはり安直な名付けでした。しかし、白雪の中ではミラが定着してしまったようです。


「明日も来るわ。ミラ。また会いましょう」


「来なくても良いのですよ」


「もう照れ屋さんね」


「……照れてはいないです。というか真面目にいつまで来られるおつもりです?」


 そううんざりと鏡……ミラが問えばそうねえと少し考えて愛らしい笑みで白雪は言いました。


「わたくしが世界一美しくなるまでかしら」




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