確信
そしてその予言はついに当たってしまった。
最も最悪な事実として。
一見したら何も変わらない、でも微妙に何かが変わっている、そんな奇妙な日常が何週間か続いていたこの状況に私たちは慣れ始めていた。
私の耳に"そういうタイプの女子たち"の会話が聞こえてきたのは、そんなある日の放課後だった。
「最近竹永とあきらちゃん仲良いよねー。」
「一緒に帰ったりしてるし。」
「やっぱり?そうだよねー。」
"そういうタイプの女子たち"なのでそれらしく、話す声も普通の人より大きい。
それでも全ては聞こえては来なかったが、私にとっては十分すぎる程の情報量だった。
勝手に人の友人の噂をするな。大して仲良くないもないのに。
思いながらも私の胸の動悸は速くなっていた。
これは違う。これは……。
その時私は塾の時間合わせの為に学校で暇をつぶしていて、きあらものんも居なかった。
もちろんめいも。
聞かなかったことにして、誰にも話さないと決めて、私は岐路へと着いた。
その日の塾からの帰り道、あの公園のブランコに座って曇った夜空を見上げたことは、大体予想出来た行動だった。
めいは私とは違った。
別に同じ人間など存在しないのだけど、そんな人格者みたいな発言は置いておいて、私とめいは違った。
彼女が光なら、私が闇のように。
彼女が正義なら、私が悪のように。
それくらい、対照的な存在だったのだ。
めいは天才だった。
その明るく気さくな性格も、文武両道に秀でている才能も。
全てにおいて、それはもう天才と形容するしかない程万能なのだ。
私とは違って。
でもだからといってその才能をひけらかしたりしないもんだから、周囲からの人気も高い。
そして、生まれ持った誰とでも打ち解けられる性格も加わって顔が広かった。
私とは違って。
だけど私とめいは仲が良かった。
同じ趣味を持っていたり、感性が似ていたりと共通点が多かったというのが大きな要因であった様に思う。
ふざけたことも言えるし、少しくらいなら悩みも話せた。
心を開くのに時間がかかる私だが、めいには何故か出会った時から自然と自分を出していた。
そのことに驚いて、気を引き締めないとと思っていたのに、めいが話し出すとどうしても抑制出来なかった。
それもめいの才能故だったのだろうか、今の私でもわからない。
それから、私が変な噂を聞いたあの日から、また数日が経過していた。
あの時のことはなかったことにして、私は至って平然を装って、いつもと同じようにきあらやのんと接していた。
もちろんめいとも。
しかし、「根も葉もないうわさ」という言葉があるのと同時に、「火の無い所に煙は立たない」ということわざがあるように、その噂は噂では終わらず、大方の私の予想を覆すこともなく事実だった。
例の如く昼休み、私たち4人が外で昼食にしようとランチバックを持って教室を出ようとしている時だった。いつもと違う来訪者が、そこには居た。
「あ、あきらちゃーん。」
にやにやと笑いながら近付いて来たのは、いつも竹永と昼食を共にしている"そういうタイプの女子"だった。
今更誘うのが後ろめたくなったのか。なんて適当に思っていると、"そういうタイプの女子"は長い茶色の髪を人差し指に絡ませながらきょとんとしているめいに言った。
「竹永から聞いたよー。やっぱり付き合ってんじゃん!!隠さなくても良いのにー。でも本当お似合いだよねー。羨ましいよー。」
そのにやにやとした不細工で鋭利な言の葉に、一番早く、一番大袈裟に反応したのはめい本人ではなく私の方だった。私は座ったまま両肘をつき、机の一点に視線を集中させた。
隣に立つめいを見ないように。
動悸が速くなった。
胸が痛んだ。
呼吸の仕方を忘れた。
きっと顔は青白くなっていたんだろう。
それでも至って普通に、平然を装って、なんてことないことだと、なんなら聞こえなかったという様に、私はじっと机を見つめていた。
巧く隠せてると思っているのは私だけだと知りながら。
当の本人のめいはというと、少し苦笑いを浮かべただけですぐいつものおどけた顔で"そういうタイプの女子"を見た。
「あえて言うことでもないかなーって思って。聞かれなかったし……。」
言いながらめいはちらっと私の方を伺い見ていたようだったが、私がめいを見ることはなかった。
「えー聞いてないよー!!なんだよぉめい私らにも黙ってるなんてー。」
きあらはぶーぶーと顔を歪ませて抗議した。
「やっぱりかぁ。なんとなくわかってたけど。でも確かにお似合いって感じするね。」
のんは冷静に、にっこりと笑ってめいを見た。
私は、優しく笑いかけ同意を求めてきたのんに向けて苦笑いを送るくらいしか出来なかった。
「今日もこっちで食べるんでしょ?あ、もう2人とか?」
めいしか見えていないのだろうか、"そういうタイプの女子"は空気も読まずに続ける。
「今日はこっちだよー。ていうかもう昼は誘わないってあいつ言ってた。」
遠慮しているのか、ただ面倒なだけなのか、めいは早く話を終わらせたいようだった。
「そうなんだー。ま、それだけ言いに来ただけ。じゃあねー。」
"そういうタイプの女子"は再びにやにやとした笑顔を浮かべ、手を振りながら後ろの席に帰って行った。
そこに竹永が居なかったのは、不幸中の幸いか。
「話終わったみたいだし、行こうか。」
まとめ役ののんの発言に従い、私たちは昼食をとるため教室を出た。
その後の半日、私は精々苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
相も変わらず胸は痛く、時々呼吸の仕方を忘れた。
この最悪の予言の的中と、私の最悪な性格の負の連鎖が、更に状況を悪くするであろうことは、誰の目にも明らかだった。
大人しいタイプに属している私は異性と話した経験は少なく、故に彼氏いない歴=生きてきた年数の方程式が成り立つわけだが、心を乱したのは身近な人間に先を越されたからではない。
男が欲しかったからではない。
めいに彼氏が出来たからだ。
きあらでも、のんでもない。
めいに彼氏が出来たからだ。
それには確かな、そして卑しい、理由があった。