第6話:キスの味はクレームブリュレ
愛絆のお昼は友人との食事だ。
数こそは少ないが、しっかりと友情で結ばれた友達が愛絆にはいる。
愛絆は中庭の片隅のベンチに座る。
普通の食事は小さなお弁当箱だけ、小食な愛絆はそれで十分だった。
隣に座るのはこれまた見目麗しい少女、茶髪のショートボブが似合う。
「そういえば、聞きましわたよ、愛絆さん」
「何を?」
「隣街で行われる七夕ケーキコンテストに出るそうですわね?」
愛絆の参戦が昨日の今日でもう知られていた。
「もう知ってるの。情報が早いね」
「当然ですわ。私も〈エスポワール〉の看板娘として出場します!」
上品な言葉遣いをするこの少女は菅野玲奈(かんの れな)。
常に自信家で、周囲からは高飛車な性格のために浮いてしまっている。
同じく愛絆も自分から人の輪に入ろうとしない猫のような子だ。
孤立する似た者同士、いつしか友達となったのが小学生の後半頃のお話。
そんなふたりには友達ながらもライバル意識がある。
そう、菓子作りにおいてだ。
「今回は自信があります。私も夏の新作ケーキで勝負ですわ」
そう言って胸を張る玲奈。
彼女は人気の洋菓子店〈エスポワール・カンノ〉が実家である。
当然、将来の夢はパティシエという、愛絆のライバルでもあった。
「玲奈ちゃん。私が出ちゃうと勝てないよ?」
「負けませんわよ。愛絆さんのその自信を打ち砕いて見せます」
「ふふふっ。楽しみだね」
お菓子のコンテストやコンクールで何度も戦っている。
勝率的には愛絆の方が上回っているが、玲奈も実力者。
油断できない相手として、愛絆も楽しみにしている。
愛絆と玲奈はライバル同士だが、お互いの実力を認め合う仲だ。
それゆえに、友達としての仲はとてもいい。
「ところで、昨日、一緒にいた男性は誰ですの?」
「見たの?」
「えぇ。見知らぬ男性と歩いていました。まさか……?」
「……ただのセンパイだよ。お兄ちゃんの友達」
玲奈の言葉を遮るように愛絆はあっさりとネタバレする。
面白くない、と言った顔をしながら、
「あら? 寛太さんの?」
「そう。うちのお兄ちゃんとは違ってとても素敵な人。だけど、ただの先輩です」
「……寛太さんも素敵な人ですわよ? 爽やかな笑顔が良いですわよね」
世間的には稀有な発言を愛絆は耳にした。
変態の匂いがすると初対面の女子からドン引きされた寛太に好意的な発言。
友人でありながらも、その手の話題をすることはなく気にもしてなかった。
「どこが? え? ま、まさか、玲奈ちゃんって……?」
もしかして、という恐ろしい想像が脳裏をよぎる。
「ち、ちが、違いますわ。寛太さんを特別視なんてしてません!? べ、別に……」
あからさまな動揺に愛絆は「マジか」と衝撃を受けた。
――玲奈ちゃんがお兄ちゃんに興味があったなんて。
今すぐ考え直せと言ってやりたい気持ちになった。
あの変態な兄に親友を取られるのは勘弁願いたい。
「怪しい。そう言えば、玲奈ちゃん、毎年バレンタインデーのチョコをうちの兄にあげていた記憶がある。それがまさか本命だったとか?」
「あ、あれは……」
「毎年、あんな人によくチョコとかあげるなぁ、と思ってたんだけど」
「愛絆さんと私のどちらが美味しいチョコを作れるかの勝負みたいなものです。ほら、愛絆さんだってお兄さんにチョコをあげているのでしょう?」
あくまでも味比べと言い張る玲奈だが、
「……私、お兄ちゃんにチョコなんて一度もあげたことないよ?」
それをすぐさま否定する愛絆だった。
「――え!?」
「なんで、あの変態に手作りのチョコをあげなきゃいけないわけ?」
「だ、だって、本人がいつも妹から手作りチョコをもらっていると言ってましたもの。だから、私もそれならばって、勝手に勝負のつもりで……」
それはただの寛太の見栄っ張りでした。
妹である愛絆からも一度も義理チョコをもらえない。
なので、玲奈には都合のいいことを言っていたのだ。
「毎年、喜んでくれて、私の方が美味しいって言ってくれて……それが嬉しくて」
「そりゃ、ひとつしかもらってないチョコは美味しいでしょうよ」
「う、うぅ……寛太さんったら……」
玲奈は毎年のように勝負のつもりで、寛太にチョコをあげていた。
それをあまりにも喜んでくれるので、嬉しくなって彼の事を気になっていた。
毎年の楽しみにもなっていたのだ。
「ひどい人だ。騙されてたんだね、可哀想に」
「むしろ、今年は本当にチョコで勝負してもいいですわよ?」
「お兄ちゃんに? 私が嫌だから、不戦勝でいいよ。今年もあげたらいいじゃない」
「そ、それは……考えておきますわ」
絶対に今年もチョコをあげるんだろうな、と愛絆は苦笑いする。
――お兄ちゃんめ、私の知らない所でなんてことを。
玲奈は強気な性格から、傲慢だと周囲から誤解を受けやすい。
それを気にしない寛太の事を以前から、気に入っているのは知っていた。
――まさか私の友達狙いとか。ないわぁ、これはないわぁ。
寛太に対して玲奈が好意を抱ていたのは、さすがの愛絆も知らなかったのだ。
彼女の純粋さを利用するあくどさ。
兄への好感度を激減させながらも、玲奈本人は嫌がってないので微妙な心境だ。
――でも、お兄ちゃんの方は玲奈ちゃんを普通に妹の友達としてしか見てないし。
そもそも、寛太は年上好きなので、玲奈が恋愛対象に入っていない。
誰かが後押しでもしない限りは恋に発展する気配が今のままではない。
応援するべきか、反対するべきか、どうするべきなのかを悩む。
愛絆からマジマジと視線を向けられて玲奈は困った顔をしながら、
「か、寛太さんのことはおいておきましょう。話はその先輩の事です」
「……お兄ちゃんの話の方がよっぽど気になるんだけど?」
「お願いですから追求しないでください」
恥ずかしそうに玲奈は愛絆の肩を押して抗議する。
あんまり意地悪するとムキになるのでこれくらいにしておく。
愛絆は玲奈の性格をよく分かっている。
「その先輩はどんな人ですの?」
「私もまだ二回くらいしか会ってないの」
「それでも、一緒に出歩く仲なのでしょう?」
「ほら、『リピュア』のパティシエ、メグさんの弟なんだ。それで、昨日は一緒に新作のチーズスフレを食べに行っただけだよ」
それを他人はデートと呼んでいるが、本人にそのつもりはない。
「あぁ、愛実さんの。夏姫さんの作り出した新作スフレ、あれは美味しいものでした。うちの店も対抗して、来週から初夏の新作ケーキを売り出す予定です」
「ふーん。こっそり、食べに行くかも」
「堂々と来てください。いつも、私のいない時に来るんですから」
「だって、玲奈ちゃんがいるとゆっくりと食べられないし」
玲奈が実家の店にいると、あれやこれやと味を聞かれて落ち着かない。
味は美味しいので味わって食べたい愛絆である。
「噂をすれば……あれは、寛太さんでは?」
少し遠くで、中庭を歩く寛太の姿を発見。
間抜け面を見た愛絆は、
「あんな距離でよく分かったね? これも恋心のなせるわざかしら」
「ち、違います。寛太さんは身長が高いので分かりやすいでしょう? それだけです」
「そう言うことにしておいてあげる」
誤魔化す玲奈がちょっと可愛らしく見えた。
寛太と涼介がコンビニの袋を掲げて歩いてきた。
「寛太さん、こんにちは」
「おー、玲奈か。こんにちは。ついでに愛絆も」
「妹はついでか。お兄ちゃん達はコンビニに抜け出してきたの?」
「こっそりな。ちょっと購買に行くのが遅くて、目当てのものがなくてさ。涼介と一緒にコンビニに抜け出して買物して来た」
もぐもぐとチキンを食べながら歩く。
その姿に「歩きながら食べないでよね」と文句をつけた。
「というか、コンビニに抜け出すのってダメなんじゃないの?」
「当然、秘密にしておいてくれよ。ほら、口止め料だ」
寛太は二人に駄菓子のカリカリ梅を渡す。
よくコンビニなどで売ってる駄菓子だ。
「よりにもよって、なぜそのチョイス。センスが意味不明。私はいらない」
「うるせっ。このしょっぱさが好きなんだい」
「私もこれ好きですわ。美味しいですわよね。隠れファンです」
「ほら、見ろ。お前と違って玲奈は素直でいい奴なんだよ。カリカリ梅、うまいよな」
「はい。いただきますね」
褒められた玲奈が顔を赤らめていることを寛太は気づいていない。
――この鈍感。私以上にフラグ潰してるじゃん。
ただ、玲奈と寛太がくっつくのは個人的に嫌なので、何も援護射撃しない。
それをにこやかに眺めていた涼介に、
「すみません、バカの兄に付き合わせてしまって」
「ん? いや、別に。寛太とはよく抜け出すから」
「あんまりバカに付き合うといけませんよ、センパイ」
「人をバカだとか変態とか言うな。世界でたった一人のお兄ちゃんなんだぞ?」
後ろでそんな発言をする寛太が鬱陶しい。
「もっと素敵なお兄ちゃんならよかったのに。自慢して紹介できるような人が良い」
「俺だって自慢してもいいんだぞ?」
「変態でエロ男爵のお兄ちゃんを紹介して、私の評価が下がるのは嫌だわ」
「……ぐぬぬ」
寛太が愛絆から返品されたカリカリ梅を食べながら拗ねた。
「そんなことありませんよ。寛太さんは良い人です」
「ほら、玲奈。もっと言ってくれ」
「甘やかさないの、玲奈ちゃん。この人、すぐに調子に乗るからね」
そういって釘をさす。
隣の涼介もコンビニで買ったスイーツを食べていた。
「愛絆ちゃん。これ、コンビニのプリンなんだけど美味しいよ。一口食べる?」
「クレームブリュレですね」
クレームブリュレはプリンによく似ている。
バーナーで砂糖などを焦がしたカラメルが層となっているのが特徴だ。
味はプリンよりも濃厚なクリームの甘さが引き立つ。
最近ではバームクーヘンなどの焼き菓子にもクレームブリュレを組み合わせている商品も多いので、よく見かけるようになった。
焦がしカラメルとカスタードの抜群の相性が魅力的な一品である。
「新作だって。愛絆ちゃんはあんまりコンビニスイーツには手を出さない方?」
「最近のは美味しいって知ってますけど。どうしても、専門店の方が好きなので」
「俺は逆にコンビニスイーツの方が買いやすいから、こっちばかりだけど」
男性はどうしても、スイーツ専門店に一人で行くには敷居が高い。
コンビニスイーツが男性のファンが多い理由はそこにもある。
クレームブリュレを一口、スプーンですくい愛絆の前に差し出した。
「あーん」
「どうも。んっ」
素直に口を開けた愛絆は、クレームブリュレの甘くて濃厚な味わいに満足する。
カラメルのほんの少しの苦味。
それが良い感じにアクセントとなり、さらに甘みを引きだす。
「美味しい?」
「良い甘さですね。カラメルも悪くありません。ですが」
「ですが?」
「もう少し、ひと手間かけた方が美味しくなりますね。そこはどうしてもコンビニスイーツの商品らしさと言うか、仕方のないことなんでしょうけど」
ただ、口の中に入れた時のとろっとした食感は良かった。
クレームブリュレとしては十分に及第点だと愛絆は評価する。
「センパイ、昨日は楽しかったですよ」
「俺もだよ。また、一緒に行こうか?」
「そうですね。機会があればまた、ぜひ」
次なる機会を、と約束しあう。
授業の予鈴のチャイムがなったのを合図に寛太たちが教室へと戻った。
玲奈は立ち止まって、複雑な顔をして愛絆を見つめる。
「……どうしたの、玲奈ちゃん?」
「あの、愛絆さん。気づいていないようですけど、言ってもいいですの?」
「何が?」
「今のって、その……間接キスですわよね?」
先ほどのお返しとばかりに、玲奈から指摘されてしまう。
定番的なよくある行為ではある。
それを世間ではそう呼ぶかもしれない。
「……た、ただ食べさせてもらっただけだし!」
「いえ、あんな風に食べさせてもらっておいて、ただの先輩と後輩の関係と言うのは無理があるかと。愛絆さんは無自覚ですが、先輩の方はわざと楽しんでいましたよ?」
「りょ、涼介センパイ!?」
気づいていないのは愛絆本人のみだった。
無自覚な愛絆だが、恥ずかしいと言う感情がないワケではない。
改めて気づかされてしまい、顔を真っ赤にする。
「か、間接キスとか、反応するのは小学生くらいだし」
「そうかもしれませんわね」
「でしょう? ほ、ほら、ただの……」
「でも、愛絆さんにとっては初めてのキスではないのですか?」
微笑する玲奈の言葉に愛絆は「間接が抜けているよ」と突っ込めなかった。
――うぅ、センパイってば……なんて真似を……。
頬を真っ赤にして、何とも言えない照れくささに心を悶えさせる。
何とも言えない気持ちにさせられる。
「……っ……」
唇に自然と手が触れてしまう。
例え、間接キスであろうとも。
愛絆の初めてのキスの味は、クレームブリュレだった――。