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第5話:思い出のシュークリーム

 愛絆が迷いに迷って送ったのは、『ごめんなさい』という返事だった。

 やはり、すぐには誰かのために作る気もしない。

 涼介も困らせたいわけでもなかったので、『気にしないで』と返答があった。

 その心遣いに愛絆はどこか救われる。


「――ずーん」


 愛絆が家に帰ると、寛太が沈み込んでいた。

 朝には意気揚々と合コンに出かけたはずなのだが。


「はぁあああああ……」


 大きく過ぎるため息をつく。

 負のオーラが全開の兄を前に、かける言葉が見つからず。


――やだ、この兄、気持ち悪い。ち、近づきたくない。


 ドン引きした愛絆に気づいた寛太は悲壮感を背負いながら、


「おかえり、愛絆。デートを楽しんできたか?」

「デートじゃないって言ってる。そっちは、その……撃沈大破?」

「あはは……俺の心はボロボロだ。ズタボロさ。あはは」


 がっくりと嘆き悲しむ寛太の姿に、


「えっと、雷撃処分しておく?」

「とどめ刺すなよ!?」

「武士の情けとも言うし。とどめも必要かと」


 瀕死状態の兄にとどめをさすのも妹の役目。


「もう放っておいてくれ。お兄ちゃんはどうせ、モテませんよ」

「勝手に愚痴に突入した」

「まぁ、聞いてくれよ。初対面の女の子に『変態っぽい雰囲気がある』と言われ、それからもう何をやっても上手くいかない。なぜだ? なぜ、俺には彼女ができないんだ」

「知らない。あえて言うなら、その人が言う通りに変態だからじゃない?」

「そこは違うと励ましてくれよ! 冷たくない? 冷たすぎるだろ、愛が欲しいんだ」


 情緒不安定気味な寛太を見て、愛絆は舌打ちしながら、


――超面倒くさいんですけど、このお兄ちゃん。


 変態の相手をしたくない愛絆だった。


「失意のお兄ちゃんのお願いだ。お菓子を作ってください」

「嫌です」

「……冷たい妹だ。はぁ」


 拗ねていじける兄。

 ソファーに三角座りして、いじけはじめる。


「面倒だから関わりたくないので自室でいじけてくれない? 空気が悪くなる」

「お前って本当に自分の事に関しては素直な奴だよな!? はっきり言いすぎ!」

「……ジメジメした人がいたらカビが生えそう」

「それは暴言すぎるわっ」


 わめく寛太を放置して、愛絆はキッチンに立つ。

 エプロンをしてお菓子作りの準備を始めた。


「シュークリームでも作ろう」

「今日は散々、お菓子食べてきたのに?」

「いくら食べても飽きないもの」


 お菓子は無尽蔵に食べる愛絆だが、普段の食事は小食な方だ。

 特にお肉関係はほとんど手を付けないと言ってもいい。


「お前、絶対に身体を壊すぜ。まともな食事をちゃんとしろ」

「私にはお菓子が主食だもの」

「お肉を食べなさい、お肉を!」

「……脂っこいだけの塊に食欲が湧かないの。牛肉なんて無理」

「お肉に謝れ! こいつめ。焼肉屋に連れて行っても、魚介しか食べないし」


 甘いもの以外は身体が受け付けない。

 特に脂身の肉系は愛絆が一番嫌いなものだ。


「お前は将来、糖尿病になるね。栄養失調で倒れるかも」

「ふっ。先ほどのお返しとばかりに、負け犬が遠吠えしてるわ」

「くぅ、負け犬扱いとは……お前、このままだと絶対に身体を壊すぞ」

「私の健康診断に異常はなし。少し体重が軽いだけで十分に健康体だもの」

「……何であれだけお菓子を食べて、そんなに痩せてるのかが不思議だぜ」


 普通はぽっちゃりするはずなのに、と寛太も疑問を抱く。

 大した運動もしていないのに、この細身の体型をどうやったら維持できるのか。


「私はちゃんと自分の健康管理もしてるから。ご心配なく」

「お肉を食べてから言え。胸も大きくならないぞ。そうか、そこに栄養がいかないのか。こればっかりはしょうがないよなぁ」


 ここぞとばかりに攻勢に出て来る。

 確かにスタイルの面では愛絆も気にしてはいるが、それを指摘されるの不愉快だ。

 ただ、寛太の挑発を相手にしたくもない。


「しつこい人。嫌いだって言ってるし。そんなにお肉が食べたいなら、シュークリームに焼肉を入れてあげる。斬新な味がするはずよ」

「相性が悪すぎるだろ」

「試しにカスタードクリームに牛肉と焼肉のタレを混ぜてみる。ふふふ」

「や、やめいっ。カスタードクリームと焼肉って、俺を殺す気かよ」


 有言実行とばかりに、愛絆の目が光ったので渋々、降参する寛太だった。

 もちろん、愛絆がお菓子を冒涜することもない。

 お菓子では遊ばない、子供の頃からの愛絆のルールだ。

 カスタードクリームを作り上げて、一口味見。


「どうしよう、私の作るカスタードクリームの味が素敵すぎる。愛してる」


 頬を赤らめて、自らの味に絶賛する。


「……自分の作ったお菓子の味でそこまで感動できる奴も珍しい」

「だって、ホントだもの。この甘さのバランスがたまらないわ」

「自画自賛の嵐だな」

「私ってお菓子作りの天才かもって時々思ってしまうの」

「はいはい。そーですね」


 天才的なセンスがあるのは素人の寛太にも分かる。

 ただ、それを活かせないのであれば意味もない。


「愛絆がシュークリームを作ってると昔を思い出す」

「そう?」

「初めてお菓子作りを始めた頃だよ。小学生の低学年だったかな。母さんと一緒に作ったシュークリームが突然、爆発して大泣きしてた。びっくりしたんだろうな」

「……本日の新作、カスタードクリームと焼肉のコラボ。実食はお兄ちゃんの担当で、よろしく」


 愛絆の顔が笑っていなかった。

 寛太は彼女を怒らせたらマズいと経験的に判断する。

 

「な、懐かしい話をしただけだろうが」

「人様の恥ずかしい過去を暴露する兄はこの世から消すべき。どうせ変態だしいいや」

「俺の扱いがいろんな意味でひどすぎる!?」


 もはや兄としての立場が欠片もなかった。

 愛絆はオーブンでシュークリームの生地づくり。

 すっかりと手馴れたものである。


「思い出のシュークリームか。それは言えているかも」


 彼女がお菓子作りにハマったきっかけは一冊の本だ。

 それは幼い愛絆のためにと祖母が与えてくれたもの。

 今も大事に部屋に置いてある。

 愛絆にとってシュークリームはお菓子作りの原点とも言える。

 

「上手くできた時は愛絆も満面の笑みを浮かべて可愛かったものだよ。ホントに可愛くてなぁ。あの頃の素直な愛絆はもういないのか」

「アンタは私のパパか。こっち見ないで、キモいから」

「……ふふふ、もういないんだ。『お兄ちゃん、私の作ったシュークリームを食べて~』と甘えてきたのはいつだったか。もう遠い記憶の彼方にしかないんだな」

「その妄想はやめなさい。キモイわ」


 妹の罵詈雑言の嵐に寛太は寂しげな後ろ姿を見せた。

 愛絆は完全に放置プレイをして、調理を続けて、最後の仕上げに取りかかる。


「昔はシュークリームが膨らまないってよく泣いてたのに」

「泣いてません」

「半泣きでしたよー。あれって理由とかあったのか?」

「コツとして、途中でオーブンを開けたりしたら絶対にダメなのよ。それを知らずに焼けているかを調べようとして開けたから、生地が萎んじゃったりしたの」


 失敗も成功も数をこなしてきた。

 様々な経験が彼女のお菓子作りを支えている。

 

「成功するためには多くの失敗から学ばなきゃいけないの」

「おぉ、愛絆がまともなことを言いおった」

「お兄ちゃんも恋愛で山のように失敗して、いつか成功するかもしれない。それが来世の可能性も大いにあるわけだけども」

「来世に期待だけはマジやめて。今、恋がしたいんだ」


 心の傷をえぐられて、寛太は完全に自信を失い凹んでしまった。

 しばらくして、出来上がったシュークリーム。

 とろけるカスタードクリームと生クリームの組み合わせ。

 ダブルの味を楽しめるシュークリームが愛絆のお気にいりだ。


「あれ? お兄ちゃんの分は?」

「ありません。私が誰かのために作るとでも?」

「ですよね……と、諦めたかに見せかけて、もらいっ」


 寛太は隙を狙い、愛絆のお皿からひとつシュークリームをかすめ取った。


「いただきます。あ、美味い。市販の奴より超おいしいぞ」


 すぐさま、口に入れてその濃厚な甘味に満足する。


「はぁ……人の物を奪い取るって発想が卑しいわ」

「そ、そんな目で見るなよ。いいじゃんか、一個くらい」

「どうして、私のお兄ちゃんはこんな人なんだろう。涼介センパイみたいに気配りのできる素敵な人がお兄ちゃんだったらよかったのに」


 愛絆の嘆きに「涼介が素敵ねぇ?」と寛太がぼやく。


「それで、涼介とはうまくいきそうか?」

「言ってる意味が分からない」

「……鈍感なやつ」

「だから、そのセリフはお兄ちゃんにだけは言われたくないからね?」


 ただ、涼介の言葉が愛絆の心に残る。

 

『俺のために作ってくれないかな?』


 愛絆にだって、初めてお菓子を作った頃にはそんな感情があったはずなのだ。


――誰かのために、か。今の私にない感情を昔の私は持ってたのかな。


 だからこそ、原点であるシュークリームを作ってみたくなったのかもしれない。

 


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