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第3話:困惑のチーズスフレ

 週末は快晴、雲一つない青空が広がっている。


「おまたせしました、涼介センパイ」

「愛絆ちゃん。その服、可愛いね」


 大人しい性格の愛絆だが、服装は派手目なものが多い。

 想像と少し違い、意外な印象を涼介は受けた。


「ありがとうございます。センパイは大人っぽい感じですね」

「そう? 俺はシンプルな服が好きでね。逆にそれが姉からはセンスがないって言われてしまうよ」

「うちの兄とは大違いです。今日は合コンがあるとかで、気合いをいれてましたが」

「……寛太も彼女が欲しいってよく言ってるからな」


 合コンが成功するとは思えない二人だった。

 寛太は容姿も悪くなく、人当たりもいい。

 だが、変態的な性格のせいで女子に引かれてしまう事も多々あるのだ。


「噂では合コンした初対面の相手に『この人だけはマジないわ』とドン引きされたとか。変態が顔に滲みでていると思われたんでしょう」

「……それ、先々週の寛太に大きな心の傷をつけた事件だから忘れてあげて」

「フラれてもめげずに恋人を作るお兄ちゃんは哀れですね」

「ポジティブな方面にとってあげなよ。寛太なりには頑張ってるんだから」


 その頑張りが空回りしている事が多いだけである。

 せめて素敵な恋人ができる事を祈るふたりだった。

 駅前の繁華街に到着すると、愛絆は目を輝かせる。


「この辺りのスイーツ専門店って愛絆ちゃんもよく来る?」

「ですね。駅前の通りはよく行きますよ」


 駅前に集中するスイーツ専門店の数々、スイーツストリートと呼ばれている。


「おー、桜瀬ちゃんじゃないか。こんにちは」

「どうも」

「今日は彼氏連れかい。青春してるね。そうだ、今度、新作を作ったんだけどさぁ」


 この周囲は愛絆がよく訪れる事もあり、彼女を知る人物も多い。

 あちらこちらで挨拶されているのを涼介は感心したように、


「愛絆ちゃんって人気者だね?」

「まぁ、この辺のパティシエさん達とは顔見知りも多いですから」


 その可憐な容姿に加えて、数多のコンクール入賞経験から彼女の知名度は何気に高い。

 将来有望株の愛絆はパティシエたちにも目をかけられている。


「お菓子作りもいい腕前だし、将来は素敵なパティシエにもなれるんだろうね」


 涼介の何気ない一言に愛絆は素っ気なく、


「――パティシエになんて、なりませんよ」

「愛絆ちゃん?」


 あまりにもその言葉が素っ気なさすぎて、涼介は驚いた。

 お菓子作りに情熱を傾けて、お菓子の話になると止まらない。

 先日話した時の印象とは全く違うからだ。


「わたし、パティシエになりたいなんて考えてませんから」


 その瞳は寂しそうに見えたのは気のせいか。

 追求しようか悩んだ涼介だが、目的のお店に到着してしまい、話は途中で終わる。

 目的地である『リピュア』は若い女性に大人気のスイーツ専門店である。

 この店で働いてるパティシエのひとりが涼介の姉、愛実(めぐみ)だ。


「あれ、桜瀬さんじゃない。こんにちは、来てくれたの」

「どうも、メグさん」

「隣にいるのは……涼介?」

「何で不思議そうな顔をするんだよ。俺、今日は店に行くって言っただろ」


 ぽかんっと呆然とした愛実を前に涼介はため息がちに呟く。

 朝、出かける前に姉には一声かけておいたはずだ。


「女の子連れで来るとは聞いたけど、その子が桜瀬さんなんて聞いてない」

「……姉さんとも知り合い?」

「むしろ、それは私の方が聞きたいくらい。桜瀬さんはうちの常連で、ここの店長のお気に入りだからね。立ち話もなんだし、どうぞ」


 愛実の案内で、お店に入ると、すぐに窓辺の良い席に案内される。


「新作が出たと聞いてきたんです」

「ふふふ、今回のは初夏の新作なの。私のメニューが採用されました」

「愛実さんの? すごいじゃないですか」

「えへへ、ありがと。自画自賛するようだけど、かなりおすすめよ」


 涼介はメニュー表を眺めながら、


「新作のチーズスフレをふたつと、飲み物は……コーヒー。愛絆ちゃんは?」

「私はレモンティーのホットでお願いします」

「了解。ちーちゃん、チーズスフレ2つとホットのコーヒーとレモンティーでお願い」


 ウェイトレスのアルバイトに注文を告げると愛実は彼らの横に座り、


「なんで座る。あっちに行って仕事してください」

「ねぇ、2人がデートと言う事はお付き合いしているとか?」


 涼介を無視して、愛実は愛絆に尋ねる。

 彼女の興味はこの二人の関係だった。


「いえ。ただの先輩と後輩の関係です」

「そうなの?」

「デートではなくて、ただチーズスフレを一緒に食べに来ただけですから。それ以上のことはありません」


 ちなみに『ただの』を連発する愛絆には一切の悪意や嫌味がない。

 まったくの無自覚なだけである。


「……ということですよ」


 それが分かるだけに彼も苦笑いしかできないのだ。

 がっくりと肩を落とす涼介を愛実は状況を把握して。


「あらら。なんだ、そういうこと」


 完全に涼介の片思いだと姉は見抜いた。

 応援してあげたい気持ちが芽生える。


「メグさんと涼介センパイが姉弟なんて知りませんでした」

「弟がいるって言ってなかったっけ」

「話で聞いていると中学生くらいの子かと思い込んでいました」

「どんな言い方をしてるのやら。俺、ガキ扱いされてた?」

「似たような感じですかね。でも、お姉さんがパティシエなんて素敵じゃないですか」


 姉を前に涼介は「素敵な姉ですよ、表の顔は」と答える。


「私に裏があるような言い方をしないでよ。桜瀬さんと涼介って学校が同じなの?」

「はい。私の兄が涼介センパイと友達なんです」

「逆に聞きたいんだんだけど、姉さんと愛絆ちゃんって仲が良いのかい」

「当然。同じ愛の名前を持つ同士だもん」


 愛絆あいき愛実めぐみ、確かに名前に共通点がある。

 年齢的に5歳も離れていないので、愛絆も気軽に話しやすいのだ。


「うちの店長ほどじゃないけどねぇ。あの人の桜瀬さんの溺愛っぷりは半端ないから」

「ふふっ、夏姫さんにはいつも可愛がってもらっています」

「容姿端麗、腕前は天才的。パティシエ、夏姫(なつき)。私の雇用主であり、憧れの人なの」


 愛実がパティシエになって、この店で修業を始めて2年近くになる。

 夏姫はまだ25歳と言う年齢ながら、全国の有名コンクールで優勝する人気パティシエだ。

 若くしてこの店の店長にもなっただけあり、実力も相当なものである。


「そもそも、このお店を始めたのが、今の私と同い年くらいだったと言う時点ですごいわけだけど。私には無理。今、お店を作れって言われても無理だわ」

「夏姫さんのお菓子作りには惚れ惚れします」

「……でもね、同じくらいの才能が桜瀬さんにもあるんだけどなぁ?」

「あっ、チーズスフレが来ましたね。いただきましょう」

「うぐっ。また話を逸らされるし。桜瀬さんにはホントに期待してるのに」


 愛実にどれだけ褒められても、愛絆は簡単には乗せられない。

 何度、パティシエにならないかと誘っても断られてばかりなのだ。

 マイペースな愛絆の前に注文していたチーズスフレが置かれる。


「チーズスフレってあんまり作ったことがないんですよねぇ」

「チーズケーキとはどう違うのかな。いろいろと種類があるんだろ?」


 涼介の素朴な疑問。

 チーズスフレ、チーズケーキは見た目的にはそれほど変わらない。

 チーズケーキといっても、店内にはベイクドチーズケーキ、レアチーズ、チーズスフレ、と何種類も売っている。


「チーズケーキと一言で言っても、それぞれ作り方が違うんです」

「そうなんだ?」

「例えば、ベイクドチーズケーキはオーブンでしっかりと焼いて作るものですね。焼き菓子ですから、香ばしい匂いが素敵ですよ」

「レアチーズケーキはゼラチンで固めた生のチーズケーキ。これもひんやりとして美味しいわ」


 よくある普通のケーキ店のチーズケーキはこれに当たる。


「普通のケーキのように焼くのではなく、冷やして固めてあるのが特徴です」


 愛実の言葉に涼介も「そういえば冷たいよな」と思い返す。

 日本では一般的なのがこの冷やして固めるタイプのチーズケーキだ。


「それで、今回のスフレですが、これは卵白を使用しているんです。いわゆるメレンゲですね。これが入る事で、すごくふわふわな触感になります」


 お皿に乗るチーズスフレ。

 溶けそうなほどにぷるんっとしたスフレの生地。

 チーズケーキ特有の香りが食欲を刺激する。


「チーズスフレの一番の重要な所はスフレの特徴にあります」


 ふんわりと膨らんでいながらも、軽い口当たりと風味が広がる。

 まさにこの柔らかな弾力こそがスフレだ。


「スフレはメレンゲのおかげで、すごくふんわりでしっとりしています。ですが、これは焼き立てでないとすぐに萎んでしまうんです」

「だから、うちの店でも焼きたてを楽しんでもらうために、お持ち帰りはしていないの。やっぱり、このふんわりとした食感が命だものね」

「なるほど」


 スフレは焼き立てでなければ、その性質上、美味しくなくなる。

 空気の入ってない風船のように、萎んだスフレは味も見ためも良さを失う。

 今が食べ時とばかりに愛絆はスフレに手を付ける。

 

「いただきます」


 ケーキにフォークを差して切り分ける。

 まさに口に入れた瞬間、溶けてなくなる。

 この味こそがチーズスフレの醍醐味だった。

 

「中々に上品な味ですね、メグさん」

「そう?」

「レモン果汁が良い感じに隠し味になってます。爽やかな味で、私は大好きですよ」

「愛絆ちゃんに褒めてもらえるとルセット採用してくれた店長も喜ぶわ」

「ふふっ。こんな風に私もスフレを作ってみたいですね。……センパイ、どうしました?」


 涼介は美味しそうに食べる愛絆を眺める。


「おやぁ。涼介め、桜瀬さんに見惚れてるな」

「……本当に美味しそうに食べるなって。愛絆ちゃん、すごく可愛いよね」

「え? そ、そんなことはないですよ?」


 真正面から褒められて顔を赤くして困惑する愛絆だった。


――センパイに可愛いって言われると、何だか変な気持ちになる。


 涼介のような優しい男の子は愛絆も嫌いではない。

 チーズスフレを食べながら、どこか照れくさくなってしまうのだった。

 

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