第2話:興味アリ
涼介たちが帰った後に寛太は後片付けをしながら、
「なぁ、愛絆。涼介の事を気に入ったのか?」
「は? なんで?」
「いや、だって初対面なのに、デートの約束までしちゃうからさ」
テストが終われば、チーズスフレを一緒に食べると約束した。
愛絆は思い出したように「あー」と呟きながら、
「別にデートの約束はしてないけど?」
「え?」
「あれくらい、デートでも何でもない。センパイもデートなんて言ってなかったし」
まったくの無自覚である。
デートなんて想像もしていない。
当然、軽く遊びに行く程度にしか思ってなかった。
「分かってたけど、お前って鈍感だよな」
「バカにしてるの? お兄ちゃんに言われたくない」
「いや、だって……」
涼介の方はと言えば、脈ありと寛太は見ていた。
「アイツは前からお前に会いたがっていたしな」
「そうなの?」
そうなのである。
涼介の方は愛絆と言うお菓子好きの少女に以前から興味があったのだ。
寛太が何かと妹の話をするので気になっていたはずだ。
電光石火のデートのお誘いは彼の策略と、寛太は見ている。
愛絆はそんな兄を鼻で笑いながら、
「はっ。その程度でデート? 笑っちゃうわ。これだから童貞の兄は……」
「な、なんだよ。お前だって処女だろ。経験もないくせに鼻で笑うな」
「これだから、パソコンの壁紙をおっぱい丸出しの女の子にしてる変態は……」
「そ、それは関係ないだろ。放っておいてくれ!?」
とにかく、初デートの約束をしてしまったことに違いはない。
それに無自覚であろうとも。
「涼介は良い奴だぞ」
「知ってる。頭もよくてイケメンで素敵な人」
「……お前が男をそこまで褒めるなんて」
「お兄ちゃんよりも十分に魅力的だもの」
「それは余計なひと言や」
妹からの攻撃に凹むだけの寛太だった。
数日後、無事にテストも終了した。
問題の数学、結果はギリギリの赤点回避。
あの状況でこれだけの成果が出たのは頑張ったかいがある。
「愛絆、いるか?」
自室で寝転んで、お菓子作りの本を眺める愛絆。
突然の兄の到来に嫌悪感を抱きながら、
「やだ、この変態。乙女の部屋に勝手に踏み込まないで」
「……お腹丸出しだし。もうちょっと色気くらいみせ、ろー!?」
顔面にぬいぐるみを直撃されて、寛太はひるんだ。
「何をする」
「私の台詞だわ。こっちみないで、変態」
「無防備なお前の方が悪くね?」
初夏になり、暑くなってきたので扇風機を回して、お腹を丸出しにしていた。
おへそをうかつにも兄に見せてしまった。
乱れた服を直しながら恥ずかしそうに、
「ふんっ。妹の素肌を見て何たる言い草か」
「……妹に欲情するほど落ちぶれてないよ」
「彼女の一人もいないくせに」
「俺、今度、合コンするんだ。可愛い彼女を作ってくるんだ。いいだろ?」
「夢と現実の区別もついてない人に未来なんてない」
「それは言い過ぎでしょ!?」
相変わらずの毒舌である。
愛絆は寛太に男としての評価がゼロに近い。
「将来性がないお兄ちゃんは誰にもお勧めできない」
「……お、俺だって男気があるところをみせてやるぜ」
「はいはい。頑張って」
棒読みで応援されてしまう。
どうせ合コンでは大した成果もないと思われていた。
「悔しい……愛絆を見返してやる」
「見返せるものならやってみなさい。素敵な恋人を連れてきたら、見直してあげる」
「まぁ、見とけ。俺の本気を見せてやるぜ」
「大した本気ではないことは確実だし。ポテンシャル的にたかが知れている人の本気なんて口ばっかりだもの。今度も無理に決まってる」
ことごとく、低評価の寛太だった。
お兄ちゃんとしていいところなし。
「で、何の用事?」
「そうだ、お前の携帯にメールを送っただろ?」
「さっき中身も見ずに消したけど?」
「何でだよ!? お兄ちゃんのメールを既読もせずスルーするな」
抗議の声を受けても愛絆はちょっとした事件を思い出すように、
「三か月前のあの事件」
「はぐっ!?」
「友達と間違えて、私に外国人女性の全裸画像を送ってきた事を忘れたの?」
「あ、あれな。『洋物無修正の画像添付事件』か。うん、覚えてます」
「あれ以来、お兄ちゃんのメールは全削除するように決めている。アドレスまで消さなかったのは血の繋がった家族としての最低限の付き合いだと思っておいて」
膨れっ面をしてみせる愛絆。
彼女はまだあの事件を許しきってはいない。
「その節は大変申し訳なかったと反省しています」
謝罪する寛太も過去の誤爆で妹の心を傷つけた事を反省している。
友達に送るはずだった大量の外国人女性のエロ画像。
まさか送信先を間違えて、実妹に送ってしまう大失態をしでかした。
突如、兄から愛絆の携帯に送れられてきた無数の無修正エロ画像の数々。
それを直視してしまった愛絆の心の傷は計り知れない。
事件後、一ヵ月ほどまともに愛絆は寛太と口をきかなかった。
関係修復までに時間がかかったものである。
「お兄ちゃんは巨乳な金髪美人が好きなんですねぇ」
「好きです。好物です」
「露骨に胸の大きい画像だったし。胸の小さな私に対しての当てつけかと」
「それは、すまんかった。今度はちゃんとしたやつだ」
「ホントに? 信頼できる?」
あからさまに疑いにかかる。
今度、同じ真似をされたら兄妹の縁を切るような致命的な亀裂さえ生みそうだ。
寛太は妹の機嫌を伺いながら。
「信頼してくれ。涼介のアドレスだよ」
「センパイの?」
「俺からアイツに教えていいけど、お前から連絡を取った方が筋としては通るだろ? ほら、もう一度送ってやるから自分で連絡しなさい」
「……連絡先だったんだ。ふんっ、たまにはいいことをするじゃない」
いつもと違って気が利くと愛絆は認める。
早くこの妹に彼氏ができて欲しいという下心があるとは気付いていない。
「ほら、早く送って」
「おぅよ。たまにはいいことするだろ」
「たまにしかしないけどね。年に1回ある程度」
「月一くらいでやってるつもりですが。兄心の分からない妹だな」
寛太はもう一度メールを送る。
今度は消さずに、涼介の連絡先を入手する。
「褒めてつかわす。大義であった」
「なんで、妹のお前の方が俺より立場が上なんだよ!?」
「ん? お兄ちゃんが私より格上だった頃が生まれてから一度でもあったと?」
「本気で言ってる!? この子、本気だ。なんてやつだ」
散々な扱いをされて寛太は立ち去って行った。
涼介の連絡先を手に入れた愛絆は、メールを送ろうとするも断念。
愛絆はメールを送るのが苦手だ。
そもそも、あまり携帯電話をまともに利用したことがない。
「こういう時、友達が少ないと困るな」
携帯電話を終始離せない同性代の子と違う。
愛絆は家にいる時は手放している時すら多い。
携帯に支配されていない意味では、いいかもしれないが。
「もしもし、涼介センパイ? 私、桜瀬寛太の妹で……」
電話をかけるとすぐに涼介は出てくれた。
声で愛絆だと分かってくれたようだ。
『愛絆ちゃん? 電話をくれたんだ。ありがとう』
「兄から教えてもらいました」
『アイツ、俺には連絡先を教えてくれないんだよね』
「……そうなんですか?」
『ああみえて、妹へのガードが堅いお兄ちゃんなのですよ』
愛絆の知らない兄の姿である。
美少女の妹を持つと関係はどうであれ、兄は兄で大変なのだった。
涼介は「テストはどうだった?」と当り障りのない話題から入る。
「センパイのおかげで無事に乗り切れました。ありがとうございます」
『それはよかった。力になれて何よりだよ』
「それで、チーズスフレの件なんですけど。今週末とか空いてます? 他に誰かとデートの予定とか入ってませんか?」
『今週末は大丈夫だ。あと、俺にデートする相手とかいませんから』
電話越しに苦笑いしながら涼介は言う。
『言わなかったっけ。俺、付き合ってる子とかいないよ?』
「へぇ。センパイ、人気ありそうなのに意外ですね」
『今は縁がなくて。それじゃ、土曜日にお昼からと言う事でいいかな?』
愛絆にとって初めてのデートの約束。
電話を切った彼女は小さく笑う。
「涼介センパイか。また会うのが楽しみ」
初デートという自覚のないまま、週末を迎えることになる。