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第17話:縮まる距離感


「……ぐぬぬ」


 洋菓子店〈エスポワール・カンノ〉の厨房の片隅。

 玲奈は試行錯誤を繰り返し、次のコンクール用のケーキを作っている。

 その味見役として寛太に協力を求めていた。

 今日もまた休日を利用して朝から彼と共に作っていたのだが、


「なんとも複雑な心境にさせられる現場に遭遇してしまった」


 一度、忘れ物を取りに家に帰った寛太が目撃したのは友人と妹の蜜月現場。

 戻ってくるなり、ずっとひとり唸る彼の姿に玲奈は「どうしましたの、寛太さん?」と心配そうに声をかける。


「愛絆と涼介が付き合い始めたのは知ってるよな」

「えぇ。最近、仲良く一緒にいるのは知っていますわ」


 現在、愛絆と玲奈はその友人関係で微妙に距離が開いてしまっている。

 本人に確認したわけではないが、付き合っているのだと言う事は理解していた。


「さっき、家に帰ったら奴らが生クリームプレイをしておりました」

「生クリームプレイって何ですの?」

「生クリームプレイって言うのはな……いや、何でもねぇよ」


 つい口にしかけたが、玲奈に言うべき事ではなかったと寛太は苦笑いする。

 さすがの寛太も妹の友人にその手の話題を口にするのは憚られた。


「生クリープレイ……?」


 小首をかしげながら不思議そうな顔をする。

 そんな玲奈に気まずくなった寛太は、


「それはもういいから。とにかく、仲良くしていたって話だよ」

「良い事だと思います。ラブラブですわね」

「まぁ、本人がようやくやる気を取り戻してお菓子作ってたのは良い事だな」

「愛絆さんがまたお菓子作りを始めた。私たちが望んでいた事でもあります」


 大会まで日にちがもうわずかだ。

 玲奈の喜ぶ表情。

 愛絆が復活したと言うことを彼女は素直に喜んでいる。


「なんだ、いいのか? ライバル復活だぞ?」

「いいんです。愛絆さんは私にとってお菓子作りのライバルであり、かけがえのない親友です。友達が元気を取り戻して喜ばない友人はいないでしょう?」


 爽やかな微笑みに「お前って良い奴だよなぁ」と寛太が感嘆する。


「寛太さんこそ、影ながら妹を見守るいいお兄ちゃんですわ」

「……そんなんじゃねぇよ」

「またまた。照れてますね」

「照れてないし。あー、そうやって、人をからかうんじゃない」


 自分の髪をくしゃっとして、彼は照れくさそうにする。

 妹に甘い事は自覚しており、それを他人に指摘されるのは微妙だった。

 

「ったく。玲奈、次の試作品の準備はいいのか?」

「もう少しで焼きあがります」

「俺はお菓子に関しては素人だが、お前さんのレベルアップは感じてるよ」


 この三週間、寛太は味見役として何度も玲奈のケーキを食べ続けてきた。

 元々、愛絆のお菓子で慣れた味覚だ。

 素人とはいえ、それなりのアドバイスをきっちりできる事に玲奈も驚いていた。


「いつも寛太さんのアドバイスは参考になります」

「……そうか? 適当なアドバイスしかしてないぜ。役に立ってるのかどうか」

「十分に立っていますわよ。こういう客観的なものは参考になるものです」

「そりゃ、よかった」


 普段からお菓子作りをしている玲奈でも、味の評価を客観的にしてもらえる相手がいるのはとても助かることである。

 頼りにしている兄はプロのパティシエ。

 どうしても、厳しめの評価になり、参考にできるものではない。

 シンプルに味の評価をしてもらえる寛太の方が玲奈には判断しやすかった。

 彼女は仕上げ用の生クリームをボールにいれ、かき混ぜる。


「今度の試作品は前回の失敗点を改善したものです」

「あぁ、ちょっと甘すぎたから、甘さを控えめにするって言ってたな」

「えぇ、これで勝負したいと考えています」


 この三週間の努力を形にする。

 玲奈は将来、パティシエになりたいと言う目標がある。

 そのためにも、いい意味で自信をつけたいのだ。


「愛絆さんに勝てるようになれば、私もプロに近づけると思うんです」

「目標があるっていうのはいいことだ」

「いつかは一流と呼ばれるパティシエになりたい。私の夢はずっと昔から同じものですもの。ただ、現実は厳しい事も思い知らされていますけど」


 人気のパティシエになるということ。

 その道が簡単なものではないことを玲奈も親や兄を見て十分に知っている。

 難しいからこそ、早く自分も挑戦がしてみたいのだ。


「……そろそろスポンジ生地が焼きあがる頃ですわ」


 オーブンから取り出した薄く焼いたスポンジケーキ。

 ロールケーキは生クリームやフルーツを間に挟むケーキだ。


「ロールケーキってコンビニスイーツで一時流行ったよな」

「生クリームを食べるタイプのものですわね。ロールケーキと言えば生クリーム、というようにとても相性がいいものなんです」


 ロールケーキはシンプルな作り方ゆえに、お手軽なスイーツでもある。

 抹茶やチョコレート、季節のフルーツなど味のアレンジがしやすい。


「今回もいろんな味の試作品を作っていたな。奥深いものってことか」

「クリスマスケーキでも人気のビュッシュドノエル。日本ではブッシュドノエルと言いいますけど。あれもロールケーキです」

「そう言われてみれば。確かクリスマスの丸太って意味だっけ。妹がそう話してたのを思い出した。クリスマスになるとアレを作ってくれてさぁ」

「はい。ブッシュは丸太、ノエルはクリスマスという意味です。薪の形をしたケーキと言うことでクリスマスの定番スイーツですわね」


 そんな話をしながら仕上げをしていく。

 手際の良さに感心する寛太は思わず、


「いい腕前だよな。もう十分にプロとしてやっていけると思うぜ」

「まだまだです。この程度ではダメなんですよ」

「そういうものなのか」

「プロのパティシエになるには技術だけではなく心構えも大事。それが私も欠けていると自覚しています。自信を持ちたいと思うのは愛絆さんだけではないんです」


 彼女の瞳にはやる気が満ち溢れている。

 これから先も、お菓子作りを続けていきたい。

 多くの人に食べてもらい、美味しいと評価されたい。

 そのためには努力を欠かさず、前に進むために日々、成長を求められている。


「プライドか。いいよなぁ、俺にはそんな夢とかないし」

「寛太さんだっていつかは何かしたいことを見つけられると思いますわ」

「そうだといいけどね」


 ようやく仕上がったロールケーキ。

 あとはそれを冷ますだけとなり、玲奈は後片付けを始めた。


「あ、あの、寛太さん。今日までありがとうございました」

「ん? 礼を言われるの早くね? まだ終わってないぞ」

「いえ、言わせてください。私、この三週間、とても楽しくお菓子作りができました」


 これまで大会前といえば緊張やストレスで、満足な出来に仕上げられなかった ことも多々あった玲奈だが、今回は違う。

 余裕をもって、楽しみながら試作品を作り上げていた。

 それはちゃんと食べてくれる相手、寛太がいてくれたからである。


「こういう風に食べてもらえる相手がいるだけで、すごく有り難いものだと実感できました。ありがとうございました。本当に感謝していますわ」

「こっちこそ。俺は美味いものを食えて感謝だぜ」

「……その、また別の機会に、こういう風に付き合ってもらってもいいでしょうか?」


 どことなく赤面する彼女に、寛太は気づかない。

 

「別にいいぜ。そんな今さら改まるなよ」

「……寛太さん」

「美味い物を食べられる。それだけで俺は満足なわけだし。また付き合ってやるさ」


 いつも通り、気さくな笑顔を浮かべる。

 そんな寛太に玲奈は心が喜ぶような不思議な感覚を覚える。


「どうした、玲奈?」

「い、いえ。何でもありませんわ」


 ドキドキとするような純粋な気持ち。

 それが何なのかを考えてしまえば止められなくなる、何か――。


「寛太さんはいつも自然体でいますわよねぇ」

「バカにされてる意味で?」

「いい意味で、ですわよ。そういう自然な感じが私は気に入っていますわ」

「そりゃ、どうも」


 玲奈であろうと、愛絆であろうと。

 世間から見れば、少し浮いた存在の彼女達。

 この寛太と言う男は、それを気にせず自然に接するタイプだ。

 そういう所に玲奈自身、救われていたり、惹かれていたりする。


「ねぇ、寛太さん」

「なんだ、よ……んぐっ?」


 突然、彼女は人差し指についた生クリームを寛太の唇に触れさせる。

 冷たい生クリームと少女の指先。


「「……」」


 互いに僅かばかりの沈黙。

 指で触れさせられた生クリームの甘い香り。

 思わぬ行動に寛太はドギマギさせられながら、


「これは何の真似なんだ?」

「……これが生クリームプレイというものでは?」

「まだ、それを気にしてたのかよ。……ちげぇし」


 ただ、これはこれですごく恥ずかしくなる。

 女の子の細い指。

 純粋な玲奈の行動。

 唇に触れる指の感触を寛太は「可愛い奴め」と笑う。


「寛太さん?」

「同じことをしてやるからジッとしてろ。俺同様に微妙な気分になるぜ」

「や、やめてください。きゃっ」


 赤面する玲奈と戯れる寛太。

 ふたりの距離が微妙に近づきつつある中で。

 ついに七夕ケーキコンテストの日がやってきた――。

 


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