第12話:立ち上がるために
「センパイ♪」
昼休憩になると、愛絆が寛太たちのクラスを訪れる。
黙っていれば美人の彼女の容姿にクラスメイトがざわついた。
「え? あの可愛い子、誰?」
「後輩だよな? 誰の彼女だ?」
「確か、あの子って寛太の妹じゃなかったか?」
「マジかよ!? アイツの妹、超美人さんじゃん。エロ男爵の妹とは思えん」
男子達の声に寛太は「うるせぇよ」と叫ぶ。
「よぅ、愛絆。どうした、お兄ちゃんに用事でもあるのか?」
「あるわけないでしょう。お兄ちゃんはロッカーの中にでも引っ込んでおいて」
「ひどっ!?」
寛太を一蹴すると、愛絆は涼介の顔を見つけて、
「涼介センパイ、お昼にしましょう」
「愛絆ちゃんから来てくれるなんてね」
涼介を迎えに来た愛絆を寛太は「ナンデスト?」と驚いた。
昨夜の落ち込み具合、回復の兆しすら見せなかった。
それがこの変わり身だ、寛太でなくても驚く。
「お、お前さんたち。尋ねてもよろしいか?」
「なによ」
「もしや、俺に隠れて付き合ってたりする?」
「しません。ただのお昼を一緒に食べる約束をしてるだけ。ほら、行きましょ、センパイ」
愛絆の事は涼介に任せることにする。
ふたりが立ち去るのを眺めながら、
「……空回りの元気でもいいけどさ」
ちょっとは立ち直る気配を見せただけでも良しとする寛太だった。
「なんだよ、涼介の彼女だったのか」
「ちくしょう、これだから顔の良い奴は……」
「成績もいいけどな。それに比べて俺達なんて」
「悲しくなるから言うんじゃない。ん? また、誰か入ってきたぞ」
意気消沈する男子が再びざわめく。
「……寛太さんはいらっしゃいます?」
上級生のクラスに緊張気味に入ってきたのは玲奈だった。
きょろきょろと辺りを伺い、寛太を探していた。
「玲奈? どうした?」
「よかった。まだいましたわね。寛太さんにお話があって」
「愛絆の事だろ。俺も飯がまだなんだ。先に購買に寄ってからでいいな」
「はいっ」
面倒くさい事になる前にさっさと寛太が玲奈を連れて出ていこうとすると、
「なにー!? 寛太目当てに後輩がやってきただと!?」
「う、嘘だろ。あのエロ男爵に恋人が……これは夢か幻か?」
「こっちも美人だし。寛太に恋人なんてありえん」
「どういうことだよ、桜瀬! 春の来ない桜の花、それが桜瀬だろ!」
「うるさいっての。失礼な奴らだな。ほら、玲奈。さっさと行こうぜ」
案の定、騒ぎたつクラスメイトを放って、外へと出る。
自然と寛太の表情が和らぐ。
「どうしましたの、寛太さん? なんだか嬉しそうですわね」
「別に。ただ、ちょっとした優越感を味わえて、にやけちまっただけだ」
「はい?」
事情の分からない玲奈を「何でもないから」と彼は笑う。
あんな風にクラスメイトにからかわれるのが優越感だっただけだ。
恋人がいれば、こんな気分を味わえるものなんだな、と。
玲奈の不思議そうな横顔を見つめながら、寛太は思うのだった。
購買でパンを買ったのはいいが、外が雨だったために食堂で食事することに。
食堂の片隅でお弁当箱を広げる玲奈。
手作りの弁当はちゃんとバランスとの取れた食事である。
「お前はちゃんと飯は食べるんだよな」
「ふふっ。愛絆さんほど小食ではありませんわね」
「ちょっと普通の食事を増やしてもらいたいものだ。で、愛絆の事だろ?」
「昨日、何があったのかを聞きましたか?」
彼はメロンパンをかじりながら、首を横に振る。
「いや、全然。何か泣きながら涼介、あっ、俺の友達な。涼介に送ってもらって帰って来った事くらいしか分からん」
「愛実さんの弟さんですわよね。聞いてます」
「そうそう。そいつだ。で、何があったんだ?」
「昨夜、私達の間にあった事をお話しますわ」
出来事を彼女の口から聞き終えた。
結局のところ、メンタルの弱い部分が出たと言うだけの話。
寛太は「そう言う事情か」と呆れ顔をして見せる。
「何だよ。打たれ弱い愛絆が凹まされて帰ってきただけか」
「そ、そんな言い方をしなくても」
「店長の言う通りじゃないか。それに凹んで泣いて、成長できないアイツが悪い」
「……寛太さんは時々、愛絆さんに厳しいですわよね」
食べ終えたメロンパンの袋を片付けて、次のコロッケパンに手を出す。
「そうか?」
玲奈の言葉を返す寛太は淡々とした表情で、
「愛絆って逃げ癖があるからなぁ。そろそろ成長を見せて欲しいだけだよ」
「……逃げ癖?」
「嫌なことがあったら、逃げる。向き合わないって言うのが、愛絆らしい。アイツのそういう所が嫌いでね。何度注意してやっても聞かないんだよ」
「お兄ちゃんとしてみる所は見ているんですわね?」
妹を心配する兄。
決して冷たいワケではない。
一歩引いたところからちゃんと愛絆の事をよく見ている。
「……ごちそうさま」
あっけなく、コロッケパンも完食。
さらに、三つ目のクリームパンに突入する。
ちまちまとハムスターのように食事する玲奈を眺めながら、
「で、愛絆のことだが、アイツは自分で乗り越えなかきゃダメって事なんだ。自分に何が足りてないのか自覚して、成長してもらいたい」
「私が心配しているのはこれで愛絆さんがお菓子作りをやめてしまうことです」
「それはないよ」
「え?」
「それだけはない。だって、愛絆はお菓子を作るのが好きで好きでたまらないんだぜ。そんなアイツが本気でやめるなんてできねぇよ」
心配の必要はないと笑って答える。
愛絆がお菓子を好きで仕方がないのは玲奈もよく知っている。
寛太に対して玲奈は不思議そうに、
「そこに信頼があるんですわね」
「信頼って言うか、ただの事実さ。今は感情的になってやめたいって言ってるだけ」
「寛太さんの方が愛絆さんの事をよく分かっているようです」
玲奈も愛絆と長年一緒にいて、親友として弱い部分も見てきたつもりだった。
それでも、やはり家族ほどには知らないのかもしれない。
「愛絆の事は涼介に任せておけばいいさ」
「頼れる友人なのですか」
「アイツは良い奴だから任せて大丈夫。あとは……」
彼女の前にイチゴ・オレの紙パックジュースを差し出す。
玲奈の好きなものだった。
「ほら、お前の好きなやつだろ」
「ありがとうございます」
「アイツのことを気にするのもわかるけどな。アイツの心配してないで、自分の事も考えろ。あんまり昨日は寝てないんだろ。顔色もよくないぞ」
ぐいっと頬に触れられて、玲奈は顔を紅潮させる。
「か、寛太さん」
「お前さんも見た目は美人なんだから、あんまり疲れた顔をすると台無しだぜ」
寛太は玲奈を安心させるように、
「例のコンテストまで三週間しかないんだろ。アイツが戻ってくる時にちゃんと勝負できるようにしなきゃいけない。ちゃんと勝てよ」
「今の私にできる事はそれくらいですもの」
「玲奈の本気を愛絆だって待ち望んでるはずなんだ。愛絆に負けるなよ?」
「えぇ、愛絆さんに負けるつもりはありません」
イチゴ・オレを受け取ると、玲奈は気恥ずかしそうに、
「で、でしたら、今度、新作のお菓子の試食をお願いしてもいいですか? さっそく、今日の放課後からお付き合いしてもらいたいのですけど?」
「俺でいいならいいぜ。ただし、気の利いたコメントを期待するのはやめてくれ」
「ふふっ、期待を裏切らないような品を作って見せます」
「玲奈の作るお菓子も美味いからな。楽しみだ」
彼のさりげない優しさが玲奈は好きだった。
「……寛太さんは本当に優しい人ですわよね」
「そう言ってくれるのは玲奈だけさ」
照れくさそうに笑う玲奈はイチゴ・オレをストローで飲む。
その横顔を見つめながら、
「もう一度、愛絆が立ち上がるために。必要なのは支えてくれる人間だな」
今の愛絆に必要なもの。
親友でありライバルでもある玲奈の存在。
そして、もう一人。
愛絆を変えてくれると期待している、涼介だった。