男衆のたまり場
「一緒にいて何やってんだいあんたたち!いつものことなんだからちゃんと見張っときな!」
女将さんはここにいる子供たち全員を見渡して声を張り上げた。
こちらの言い分としては「見張れっていっても…」という感じだ。
ただでさえ仲良くもないに四六時中見張るために一緒にいるだなんてとても耐えられそうにない。
仲のいいねえ様がたや妹たちと顔を見合せなんとなく志向を交流させる。
『まためんどくさいことになるよ!』
『女将さんマジギレ~。』
『もうめんどくさいなぁ…。』
みんなの考えてることはよくわかる。わたしと目が合い、肩をすくめたねえ様にわたしも苦笑を返す。
「また男衆に探させなきゃいけないね。ああ、まったくこの忙しいときに…」
女将さんはブツブツ爪を噛みながら独り言を呟く。
そのうち、怒った表情のまま顔を上げたかと思ったら、その鋭い目を向けられたのはなんとまたわたし。
え…。と戸惑いを表に出す前に女将さんはわたしの顔を睨み付けるように見ながら荒い口調で話し出した。
「ロゼ!ガイルのところに使いにいってきな!事情伝えてすぐにカーリャたちを連れ戻すんだよ!」
ガイルとは娼館の用心棒や賭け事屋をしている男衆をまとめている叔父さんだ。
花街産まれの男達は、最終的にガイルのもとで働く事が多い。
マフィアほど悪いことはしていないが、あまり柄のいい集団ではない。いわゆる下町にいるチンピラ集団みたいなものだ。
わたし達女の子は娼婦見習いになるのは10歳からだが、男の子は結構はやくからガイルのもとでにい様がたの後ろを着いて歩くことが多い。
ダンも見習いのにい様がたについて行っているし、子供と言えど娼館に男が住んでいるのはあまり好ましくはないのでそうそうにガイルの管理する場所ににい様がたと住んでいる。
もう外も夕方になり日が落ちてくる頃だ。夕食の時間だというのに今から外に出るのは気が進まない。
だけど、この怒り心頭の女将さんに逆らえるほどわたしは度胸もない。
つまり
「…はい。」
そう返事をするしかないのだ。
「なんでわたしが…」
肌寒くなってきた季節。ねえ様がたのお古のワンピースを身にまとい、わたしは路地裏を歩く。
この時間、花街の表通りは、花街に遊びに来たお客さんがだんだんと増えてくる。そんな中、わたしみたいな小さな子供が大人の遊び場でどうどうと表通りを歩くわけにはいかないのだ。
やや遠回りにはなるが、ガイルさんのいつもいる店を目指しわたしは裏道を走る。
はやくいかないと女将さんにわたしまで怒られるはめになってしまう。もう…ほんと寒い。
走り続けてようやく着いたガイルさんのお店。外にまで中の騒がしい音が漏れでている。
あまり進んで入りたくはないが、自分の倍以上はある大きな扉を全体重をかけて押すと、微かに漏れていた騒音が、大音量になって私の耳に飛び込んできた。
「う、うるさ…」
鼓膜がおかしくなったんじゃないかというほどに男たちの騒がしい声が束になっている。おまけにキセルからでた煙で前はくもっているし、極めつけはとても酒くさい。
静かでお香のいい香りが漂う薔薇園とは大違いだ。
両手で自分の耳をおさえ、入口からはいってすぐのところであたりを見回していると、入り口のすぐ横で壁に寄りかかっていたにい様が驚いた顔をしてわたしを見下ろし声をかけてきてくれた。
「おいおい嬢ちゃん、何しに来た?おめぇにゃまだここははえーよ。」
そのにい様は耳をおさえていたわたしの手を外し、わたしの目の前にしゃがみこむ。
右眉のところに切り傷のある17、8歳ぐらいのにい様だ。見たことがない顔なので新しい人だろうか。
前髪を後ろに撫で付けた濃い茶色の髪の毛がセクシーである。
にい様が言うようにカードゲームをしてお金をかけているここのお店は確かにわたしの来るようなところではない。なによりくさい。
男の人の膝の上に乗っかっている豊満なお姉さんもいるが、薔薇園の娼婦よりなんだかはしたなくみえてしまう。
「ガイルさんに会いに来たの!」
まわりの音が煩くて自分の声すら聞こえなくなりそうで自然と声を張り上げる。
大きい声を出したわたしに対し、近くにいたにい様にはしっかりとわたしの声が聞き取れていたらしい。
「親父に?」と怪訝そうな顔をされた。
こんな子供が何の用だ。って思っているんだろう。
ああ、急いでいるのに新入りのにい様だとらちがあかない!知っている顔を探そうと再びあたりを見回していたとき、突然わたしの脇の下から手が生えてきた。
いや、正確にはわたしの脇の下に後ろから手が差し込まれたのだ。
そしてその手にわたしは軽々と持ち上げられた。
驚いて「きゃっ」と小さく声を上げている間に、目の前の驚いた顔のにい様を見下ろすぐらいの高さまで持ち上げられ、何かに座らされてしまった。
「よー、ダンのガールフレンドじゃねぇか!売り出し前のレディがこんな所にくるもんじゃねぇぜ!」
酒やけしたようなガラガラ声がすぐ下から聞こえてくる。
だけど、このガラガラ声はよく知っている声で、おまけにちょうどわたしが探していた人物だ。
「ガイルさん!」
「どうしたロゼ!ローズがまたなんかやっかいごと頼みにきたか?」
わたしはどうやらガイルさんの肩に座っているらしい。さりげなくわたしの足を触って「将来有望だ」と呟くのはやめてほしい。
ついでにローズというのは薔薇園の女将さんのことだ。薔薇園のネーミングセンスが安直すぎるとガイルさんは女将さんに会うたびにいつもバカにしている。
「またカーリャたちが逃げ出したの。今度はいっぱいで。だからはやく探しだせだって!」
「おいおいまたか。ったく、いったいどんな過酷な労働をしいられてるんだかお前たちは…」
めんどうくさそうにため息をつきながら、大男がモジャモジャの髪をかく。
だけど、ガイルさんが言った言葉に納得ができなくて、わたしはすぐそこにあるガイルさんの黒髪を強く引っ張った。
「違うよ!あの子達がいつも逃げ出すからお仕置きがキツくなるの!自業自得なのにまた逃げ出すんだから!こっちとしてはいい迷惑!」
「…ロゼ、お前何歳になったんだっけか?」
「?6歳。」
「相変わらずマセてるな、お前は…。とてもダンと同い年だとは思えねーよ。」
苦笑をしながらわたしの足をポンポン叩く。
「わかった、すぐに人をまわす。こんな時間に外で歩く子供なんざまたすぐに見つかるさ」
「ありがとうございます。」
「…ほんとにどこで覚えてくるんだ。その社交性は。」
ただお礼を言っただけなのにガイルさんはそう呟いてわたしを床に下ろした。
そしてわたし達の会話をただぼーっと聞いていた目の前のにい様にガイルさんはわたしを指差しながら言った。
「ゴート、この嬢ちゃんを薔薇園まで送り届けてこい。」
「え?」
「売り出し前のレディだからな、手を出すと薔薇園の女将に殺されるぞ!」
「は?」
「あとダンにもな。」
はっはっは!と重低音の笑い声を出しながらガイルさんはわたしの頭をわしゃわしゃと撫で、奥へと歩いていってしまった。
突然何の余韻もなく去っていくものだから、この場に取り残されたわたしとにい様はただ呆然と立ち尽くすしかない。
ほどなくして、お互いになんとなしに顔を見合せた。
そこにはなんだか困った顔をしているにい様が…。
…ふぅ、ここはわたしが大人にならなければいけないわね。
「わたし、一人で帰れますので。ご迷惑をおかけしました。」
ペコリと頭を下げて重たい扉を再び全体重を使って今度は引っ張る。
もう!この扉どうしてこんなに重たいの!そう思って一生懸命引っ張っていると、ふと、その扉が突然軽くなった。
おや?と首をかしげたわたしの頭上から声が聞こえてきたため、その疑問はすぐに解決した。
「親父に頼まれてんだ。送っていかないわけにはいかねーっつの。」
上を見上げると、キズのにい様が扉を開けてくれていた。
だけど、その顔にはなんだか納得のいかないような顔をしている。
その顔はなんだ?やっぱり嫌なのか?と考えはしたが、そう言うのならばお言葉に甘えて薔薇園までしっかり送ってもらおうと思う。