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企み


「ごめんくださいまし!!ごめんくださいまし!!」




 ドンドン!とグランペール伯爵家の扉を激しく叩くのは、アシュフォード家に遣えるメイドである。


 わたしたちが乗っていた馬車のすぐ後ろに追従するようについてきていた馬車には、バッカス様とアンジェラが気をきかせて、アシュフォード家の使用人を二人ほど連れてきてくれていた。


 先ほどわたしたちにお茶の準備をしてくれていたのも、彼女である。



 そんな風にドンドンと叩く様子を、わたしたちは馬車の窓からそーっと伺っているのだが、侯爵家の子供たちが4人もいる馬車のなかでそんな妙な光景が広がっているとは恐らく誰も考えないだろう。



「ああ!なんだかドキドキするわ!」


私こんなことするなんて初めてよ!


そう興奮したように胸を押さえて声をあげるアンジェラの瞳は、キラキラと輝いていた。

とても楽しそうだ。


「やはり平民育ちの考えることは野蛮だな」


「僕はいい案だと思うけどね。そういいながらも反対しなかったのだから、君もそう思ったんだろ?ルシアン」


「ふん」


「あ!ほら!誰か出てきたわよ!」



 アンジェラのその声に、ボソボソと言い合っていたふたりも口を閉じて外の様子に集中する。


 メイドの叩いていた大きな扉から出てきたのは、伯爵家に遣える騎士だろう。訝しげに顔を覗かせた彼はメイドのことを上から下までじろじろと見たあとに、貴族に遣える者と判断したのだろう。「どこの使いだ?」と声をかけた。


 そんな彼に、すぐさま礼をとった彼女は、頭を下げたまま答える。


「突然の訪問失礼致します。私、アシュフォード侯爵家に使えるナタリーともうします。本日は侯爵家のご子息、ご令嬢であるバッカス様、アンジェラ様並びに、ご学友であるコーグリッシュ侯爵家のご子息、ご令嬢であるルシアン様、ローゼマリー様を乗せた馬車の車輪が不具合を起こしてしまい、ご迷惑とは承知の上でグランペール伯爵様にお助けいただけないかと伺わせていただきました。」


長ったらしい説明をしたメイドに対し、騎士は「侯爵家の…」と驚き目を見開いたあと、すぐ近くにとまる二つの馬車に気がつき目を向けた。

 そこには、アシュフォード侯爵家の家紋が馬車の扉に描かれており、確かに本物だと理解したようである。


 あの中にご子息たちが!しかもコーグリッシュ侯爵様のお子様たちも!と4人も侯爵家のものが乗っている馬車に顔を真っ青にした騎士は、すぐさま「暫しお待ちを!」と声をあげ慌てて中に戻っていった。



 アシュフォード家だけでもじゅうぶんに地位の高い家だというのに、それに加えコーグリッシュ家の名をもつものが二人も乗っていれば顔色を変えるのは当たり前だ。



「うまくいきそうですわね」


クスクスと笑い声をあげたわたしに、みんなも楽しそうに口角をあげた。



 なぜこんなことになっているのかというと、わたしはバッカス様とアンジェラにお願いして、馬車の車輪をわざと脱輪するよう指示してもらったのだ。


 ここは貴族街なので、道はしっかりと整備されているので、馬車が動かなくなることはそうそうないのだが、大きな屋敷の家の回りには、雨がふったときに水をはけさせるための水路がつくられていた。

 道の真ん中を走っていればそんなところにはまることはもちろんありえないのだが、わたしが馬車酔いをして馬車をとめるために道の端によったところにあやまってはまってしまったということにしてもらった。


 もちろん、後からご当主様にバレて、御者の責任にならないようにバッカス様にしっかりとお願いをした。



 馬車が脱輪してしまうと、抜け出すのはなかなかに時間がかかってしまうのだ。


 しかし、体調の悪い設定のわたしは馬車に乗り続けたくないとわがままをいい、すぐ目の前にあるグランペール伯爵家で休ませてもらいましょう!というなんとも雑な設定なのだが、その話をきいたアンジェラが楽しそうね!と話に乗ってきてくれたのがありがたい。


 アンジェラを味方に率いれてしまえば、敵はいないようなものである。彼女の我の強さは言わずともご理解いただけるだろう。


 まあ、ルシアンとバッカス様も反対はしなかったのでそんな心配はいらなかったのだが。



 そうして、家の主に走って用件を伝えに行った騎士は、すぐさま息をきらせて戻ってきてくれ、わたしたちはすんなりと中に招待してもらうことができた。


 わたしたちは子供とはいえ、何て言っても伯爵家より上の侯爵家。断られることなんてほぼありえないのだ。紅茶なんて飲んでいないで最初からこうしていればよかったんだわ。




 それぞれ兄弟たちにエスコートしてもらいながら、わたしたちは先ほど騎士に応対してくれたメイド、ナタリーひとりをつれてグランペール伯爵家の敷地内へと足を踏み入れた。


 わたしとアンジェラが、ルシアンとバッカス様に手を引かれ、馬車からゆっくりとおりる時にバシバシと痛いくらいに先程の騎士からの視線を感じた。

 そうよね、まさか社交界で噂の美女ふたりをこんなに近くで目にできるだなんてあなたは相当な幸せ者よ。


 中に入ってすぐに出迎えてくれたのはシワだらけの、随分とお年を召した侍従と侍女のふたりだった。



 貫禄のある完璧な動作でわたしたちに礼をとったまま「ようこそグランペール家へ」と挨拶をしてくれる。



「申し訳ございません。まさか侯爵家のかたがたがこられるとは思ってもおりませんでしたので、至らぬ点が多いとは思いますがご容赦くださいませ。」


「いや、こちらが無礼にも急に訪問してしまったのだから気にするな。グランペール伯爵様はご在宅か?」


 ルシアンがそう言うと「はい、しかるべき格好をして後ほど、奥方様とごあいさつにうかがうとのことです。」


「そうか、気を使わせてしまってすまないと伝えてくれ。しばらく休ませていただく。」



 そうしてわたしたち4人が通された場所には、豪勢なソファーがどんっとど真ん中に鎮座している、キラキラとひとめで値がはるとわかりきっている家具や絵などが飾られているところだった。



 我が家にある家具たちもなかなか値のはるものだろうが、ここにあるものは金に者を言わせてるかんがすごい。派手というかなんというか…



「下品な部屋ね」


アンジェラが思わずといったように、そうボソリとつぶやいた。


そう、金持ちアピールをしすぎて下品なのだ。



 ソファーに座ったわたしたちに、すぐさま紅茶とお菓子を出して、壁際に待機をした使用人たちを横目に、わたしたちはみんなで視線を絡ませあった。



「それで?何か怪しい人影はあったか?」


ソファーにふんぞり返って足を組みどうどうと声を出すルシアン。


「ルシアン、伯爵家のメイドがいますよ。」


「聞こえていないさ。」



 確かに入り口付近にいる彼女たちとは結構距離があるけど。


「君たちが見たっていう素行の悪そうな使用人はいなかったな」


 わたしが戸惑っているあいだに、前屈みぎみに両足に両肘をついて手を握るバッカス様まで普通に話し出してしまった。なによ、気にしているのはわたしだけなの?



 ここまでくると、わたしが声を潜めたところで無駄だろう。


「今はこの屋敷にいないのかしら。」


「もしくはたまたまこの屋敷の前にいただけでここの使用人ではなかったのかもしれないな」


 そんな!それじゃあ、またゴートにいさまへの手がかりがなくなってしまうじゃないか。

たまたまここにいただけなら、ここ以外に思い付くような貴族はいない。

使用人の服をきていたし、どこかの使用人として何かをしていることは確かなのに。




「…せっかくお芝居までして中に入り込めたんですよ?もう少し粘ってみませんか?」


 無駄足にしてたまるか!とそう切り出すと、皆がわたしへと視線を向けた。


「粘るといってもな…」


困ったようにまゆじりをさげたバッカス様は、そうはいってもどうすればいいのだろうと首を捻るばかりである。



 これだから甘やかされた育ちのいいおぼっちゃんは!!

 なんて柔軟性がないんだ!

 

 わたしたちは侯爵家である。ここは伯爵家。子供とはいえ身分はわたしたちのほうが上。多少無礼なことをしたところで目をつむられるでしょ?

 おまけに二大侯爵家の子供が4人もいるのだから、わたしたちにとっては無法地帯のようなものじゃない。

 せっかく持っている身分を使わないでなんのために貴族をやっているのかしら。





「貴族とは時には権力を行使することも多いでしょう?」


「なに?」


「私たちは侯爵家ではないですか。多少勝手なことをしたところで伯爵様からおとがめなどありえませんわ。」 


「…礼儀にかける振る舞いは我が家の評判にもつながる。家名に傷をつけるような行動をするのはありえない。」


「仮に、どうするつもりなのマリー?」



 否定的な男性陣に比べ、アンジェラは今までに体験したことのないスリルが楽しくて仕方がないようだ。

 どこか期待するような瞳をこちらに向けて問いかけてきたので、わたしはにこりとアンジェラだけに微笑んだ。



 わたしは持っていたティーカップをそっと下ろすとゆっくりと立ち上がって壁際に立つ伯爵家のメイドに目配せをした。

 


 わたしの視線に気がついたメイドが足早にわたしのもとへとかけよってくると「いかがなされましたか?」と問いかけてきてくれる。


「ええ、私お陰さまで体調もよくなりました。気分転換に少しお散歩がしたいのだけれど…。素敵なお屋敷ですわね。私家具や絵画を見ることがとても好きなの。少しお屋敷内を歩かせていただいてもよろしいかしら?」



 そう言ったわたしに、彼女は他のメイドへとちらりと視線を向け、何かを目線だけで会話した。

 しかし、すぐさまこちらに向き直ると


「旦那様がこられるまで暫しお待ちいただけませんか?私どもの判断では決めかねますので…」


 困ったように眉をさげたメイド。

 伯爵がいたらいろいろと隠されてしまうではないか。今ここに現れないのも後ろ暗いものをせっせと隠しているからではないの?



 メイドのその困ったような顔の数倍困ったような顔を作ったわたしは、そのメイドの目をじっとみつめた。


「…私は、いますぐ歩き回りたい気分なのです。伯爵がこられるころにはきっともうみたくなくなるわ。だって、今みたいんですもの。」


そうでしょう?と首を傾げると、メイドの顔に困惑の色が浮かぶ。

そしてチラチラと回りのメイドたちと視線を交差させていた。


「し、しかしやはり私どもの勝手な判断では…」



ガシャーーン!!


「きゃあ!」


「!?!?アンジェラ様!?」


 否、と言葉を続けようとしていたメイドの言葉は激しい音と悲鳴によって遮られた。


 そちらの方へと視線を向けると、アンジェラのドレスに紅茶の染みがつき、割れたカップが床に落ちていた。

 どうやらアンジェラが手を滑らせたらしい。


 あわてて「お怪我はございませんか!?」と顔を真っ青にして駆け寄るメイドたちに対し、アンジェラは「最低だわ」とため息と共にこぼした。



「ドレスが汚れてしまったじゃない!嫁入り前なのに、この私が火傷でもしていたらどうするつもり!?」


 ただ自分の不注意でこぼしただけなのに、さもそちらの不手際だとでもいうように甲高い声で叫んだアンジェラに、メイドはあわてて謝りながら「すぐにおめしかえを!」「お医者様を!」とバタバタとしている。


 アシュフォード家の自慢の美しい娘に、嫁入り前だと言うのに怪我をさせたとあっては大変なことだ。



 まぁまぁと口元に手を当ててその様子を驚き見つめていると、世話を焼くメイドたちの間から、アンジェラがこちらへ視線を向けてきた。


 目が合うとわずかにアンジェラの広角は上がる。


 なるほど。なんて気が利くのかしら。ぽかんと口をあけて呆然としている男どもとは違うわ。


 その本心に気がついたわたしも同じように目を細めた。



「まぁ!なんてこと…。可哀想なアンジェラ。きっとこの事をお父様たちが知れば、すごく心配なされるでしょうね。…ただでさえ、最近お噂の絶えないグランペール家ですもの。わざと傷つけられたのかと案じるかもしれませんわ。いえ、そんなこと私たちはもちろん思ってませんのよ?」


 ね?とみんなに同意を求めるように目配せをすれば、男性陣はまだ状況を理解できていないのか瞬きを繰り返しているのみ。


 一方、メイドや使用人たちの顔は真っ青だ。


 主人がいない間に侯爵令嬢を怪我させたとあっては主人からはもちろん、家族にまで被害が及ぶ可能性が大きい。




「あら、だけど幸い怪我はしてないみたいよマリー。ドレスの裾が少し汚れてしまったけれど、あなたが散歩している間にはとれそうなシミよ。」


「まあ!よかったわ。ではちょうどいいわね。」



 メイドなど目もくれないでアンジェラと勝手に話をすすめていたわたしは手をパンと叩いて、再び先程のメイドへと笑顔を向けた。



「私、散歩してきてもいいかしら?」












 メイドから無事許可を得ることができたわたしは、嬉々として部屋から出ていこうとした。

 それに、「僕も行こう」と立ち上がったバッカス様に内心舌打ちをする。恐らく使用人がついてくるとはいえ、身内がひとりいるだけで動きにくくなる。



「私一人でも構いませんけれど」


「知らないところで君を一人にできるわけがないだろう。ついていくよ。」


 こんなところでバッカス様ご自慢のジェントルが発揮されてしまった。余計なお世話にもほどがある。

 しかし、頑なに断る時間ももったいないなと考え、「ありがとうございます」と微笑み、バッカス様がエスコートのために差し出された腕に手を添えた。



 案内として名乗りをあげたのは、その場にいた使用人のこの中でも最年長っぽそうなメイドの女性。黒髪をひっつめお団子にしたつり目の彼女は「こちらが絵画が多く飾られている廊下です」と、先程いた客間へ向かうときに通った廊下へとわたしたちを案内した。



「ここは先程見ましたわ。」



 目を細めて抗議するようにメイドを見れば、彼女はわたしから目をそらした。怪しい。



「一番絵画が多いところはこちらですので…」


「そうですか。では、ここはもういいので他のところへいきましょう?まさか、ここだけに飾ってあるわけではないでしょう?」



 にこにこしながらそういって「そうね、あちらへいってみたいわ」と勝手に方向を指示してバッカス様を見上げる。



 軽く頷いたバッカス様のエスコートで、勝手に歩きだしたわたしたちにお待ちください!と慌ててメイドがおいかけてきた。



「そ、そちらはいけません!ローゼマリー様!バッカス様!」


「なぜいけないの?」


「そ、そのさきは伯爵様方の寝所などがあるところで、お客様をお通しするわけには参りません!」



「まあ、そうなの。」


 だからなに?とでもいう風に返事を返したあとは、止めるメイドなど気にせずバッカス様を伴って歩みを進める。


「こ、困ります!お嬢様方!私が主に怒られてしまいます!」


「そうなの。それは大変ね。だけどあなたの意見と私の意見ならば、私の意見を優先すべきではなくて?伯爵様もきっとわかってくださるわ。」


「ろ、ローゼマリーさま!!」



 典型的な我儘お嬢様になりきっているわたしに、隣のバッカス様は少し眉を潜めていらっしゃる。使用人とはいえ、女性に優しいバッカス様はメイドに少し同情的だ。



「マリー。可哀想だよ。」


 バッカス様は、後ろのメイドへと視線を向けながらそうわたしの耳元で呟いた。


 身分が自分より下で貴族であったマッシュはルシアンにいじめられているときに助けもせず楽しそうに見ていたくせに、女性に変わるとこうも態度が変わるものか。きっと彼女のほうがマッシュよりも身分は低いだろうに。


「さすがバッカス様は、女性にはお優しいのね。」


「そういうんじゃ…」


「別に好きでいじわるをしているわけではありません。彼女の案内通りに動いていては怪しい現場や人物になどたどり着けるわけがありませんもの。」



 彼女には申し訳ないけれど。そう困ったように見上げれば、バッカス様もグッと出かかっていた言葉を飲み込んだ。チラリと再びメイドへと視線を向けたあとにため息をはき、足を止めずに歩き続けてくれた。


 後ろに続くメイドも、わたしたちが自分の意見など聞いてくれないと悟ったのか胸の前で手を組み顔を青白くさせながらおずおずとついてくる。


 彼女には本当に申し訳なく思うけれど、他所の家の使用人ひとりが罰を受けようとゴートにいさまに会うためならそんなことわたしにとっては大した問題ではない。

 どうかゴートにいさまへの手がかりがみつかりますように。






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