怪しい伯爵
ずいぶんあいてしまいました。すみません。
貴族院にきてもゴートにいさまのことが頭から離れるはずもなく、その日はぼんやりとしていたと思う。
ただ淑女の仮面をかぶっているわたしはアンジェラやまわりの令嬢たちがたくさん話をするぶん、そんなに話す必要もないので顔に笑顔を張り付けそこにいるだけいいのだ。頭のなかで全く違うことを考えていようとも問題ない。
「ねぇ、そう思わない?マリー?」
アンジェラがそう話をふってきたとしても「そうですね」となんとなく返事をする。
ちなみに話はあまり聞いていないが、基本的にどこそこの貴族の噂話しなのでそんなに真剣にきかなくてもまた同じ噂が他の人から舞い込んでくるので心配ない。
「しかしおかしな話だ。グランペール伯爵はそんなやからを雇ってどうするおつもりなのか。」
「こうして俺たち学生のところまで噂が広がっているんだ。大人たちが知らないはずがない。自ら怪しい人物だと公表しているようなものじゃないか。」
貴族院は男女でクラスが違う。淑女と紳士で学ぶことがちがうためだ。もちろん、ダンスのレッスンや、食事のマナーのレッスンなどのために合同で授業をする場合もあるが、基本的には別々のことを学ぶため、最初から分けて学ぶことにしたらしい。
クラスが違うといっても、食堂やお茶をするためのサロンなどは一緒なので、わたしとアンジェラは基本的にいつも一緒にいるルシアンとバッカス様とサロンで落ち合うことも多い。
本日もちょうど男性陣との授業の空き時間が被ったので、サロンでお茶を飲みながらの雑談をしていた。
ちなみに、ここの年中暖かいサロンは侯爵家以上のものしか入ることができない。
いや、性格には誰でも自由に使ってもいいのだが、暗黙の了解というやつでわたしたちが産まれる前からのしきたりらしい。
貴族院内は、身分は関係なく皆が平等であると歌っているわりには、しっかりと皆身分を意識しまくっている行動をしている。さすがお貴族様というものは意識が高い。
現在の貴族院に在籍する侯爵家以上の生徒の数は、そう多くもないので、自然と、ここのサロンは基本的に人気があまりない。
いたとしても、さすが高位の家柄の方々はおしとやかというか物静かな方が多いのでお互いが気を使いあって気が散るということもない。
特に今日は、他学年が現在授業中であるため、サロンにはわたしたちしかいなかった。
そんななか、腕を組み、険しい顔をしたルシアンとバッカス様の話題に上がっているのは、グランペール伯爵が最近後ろ暗い何かに関わっているのではないかというものらしい。
正直、ゴートにいさまのことで頭がいっぱいなわたしには、そんなどこぞのおじさんの話など全く興味がもてるものではない。
理由は違うにしろ、わたしと同じく男性陣の政治も絡んだ話に興味が持てないらしいアンジェラも、ふたりのことを遠巻きにみながら「あなたたちが心配しなくても大人たちが解決してくれるわよ。」と呆れたように吐き捨てた。
「これだから見栄の張り合いしかできない女は。」
そんなアンジェラの態度に苛立ったのか、ルシアンが半目でこちらを見ながらアンジェラの機嫌を損ねるようなことを言う。
すると案の定、アンジェラが目を吊り上げた。
今にも金切り声をあげそうである。
「なんですって!?もしかして、今私たち女性をバカにしたのかしら?」
「アンジェ、落ち着いて。ここはサロンだよ。大声をだすのはよくない。…全く、ルシアンも口が悪い。そんなだから君は女性にモテないんだよ」
アンジェラの肩を撫で紅茶とクッキーを進めたバッカス様。さすが自分の妹の扱いがうまい。
「ふん。余計なお世話だ。君のようにへらへらと女性に愛想を振り撒くのもどうかとおもうがな。」
「おい!マリーの前で何てこというんだ!違うからね、マリー!ルシアン、僕は君と違ってただ紳士として女性に接しているだけだよ。」
慌てた様子でバッとこちらを向いたバッカス様に、こちらもその勢いに思わずびくりと肩が跳ねた。話を右から左へと流していたのでまさかいきなり自分が話に巻き込まれるとは思わなかった。
「バッカス。僕は君の親友として忠告してやろう。君は女の趣味が壊滅的だ。」
「ルシアン!!」
「まぁ!なんてことを!こんなデリカシーのない男性が兄妹で心底同情するわ、マリー。」
こちらに心配そうな顔を向けるアンジェラにわたしは曖昧に微笑むだけにとどめた。
今サロンに人がいなくて本当によかった。
こんなのやりとりが他のものに知れたりしたら兄妹とはいえ女性にこんな侮辱をするルシアンは間違いなくコーグリッシュ家の面汚しだ。
「僕は君のためを思って言っているんだ。君たちの前では特大な猫を被っているがこいつは所詮平民育ちの野蛮な野猿だよ。」
アンジェラたちの前ではわたしが強く出られないのがわかっているのか、バカにしたように鼻で笑いながらそう言ったルシアンに、さすがにただのいつもの嫌みにしては言い過ぎだと感じたのか、バッカス様とアンジェラは双方同時に立ち上がった。
「訂正しろルシアン。さすがに度がすぎるぞ」
「いやだね。僕は何も間違ったことは言っていない。今朝だって馬車のなかからどこぞの家の使用人に色目を使っていたのだからな。あぁ、育ちの悪そうなやつらだったな。やはり引かれ会うものがあるのか?」
「ルシアン!!」
「ルシアン、あなたって最低ね!一度湖にでも飛び込んで頭を冷やしてきたら?」
アンジェラがわたしを庇うように横から抱き締めてくる。
しかし、その目はわたしにではなく、ルシアンに非難の目を向けていた。
アシュフォード兄妹がわたしをかばってくれているのは嬉しい。ふたりが心配してくれているほど傷ついてはいないが、なかなかにムカついてはいる。この二人がいなかったら間違いなく手がでていたに違いない。
ルシアンはふたりに攻められても、反省する様子はない。
腕を組んで偉そうにふんぞり返っている赤毛そばかす野郎にアンジェラの腕の中から思いっきり睨んでおく。お前、後で覚えていろよ。
それに気がついたルシアンも、応戦するように此方を睨んできた。
睨んできていたが、ふと何かに思い当たったらしい。目を見開いてから「そういえば…」と呟いた。
「ちょっと!まだ何か言うつもりなの?!」
呟きを聞き取ったアンジェラが金切り声をあげる。庇ってくれるのはありがたいが、正直このままではわたしの耳が死ぬ。
「あの使用人たちがいたところはグランペール伯爵邸の目の前じゃなかったか?」
何かを思い出すように顎に手を当てて考え出したルシアン。
思いの外、予想と全く違う呟きがかえってきたことに、わたしも含めアシュフォード兄妹もポカンとしてしまう。
この場の険悪な雰囲気を自分で作っておきながらぶったぎるなんて…。
「い、いったい何の話をしているんですか?」
わたしは思わず独り言だったかもしれないルシアンの呟きに、咄嗟にそう返してしまった。
もはや今までわたしに対しての侮辱の言葉をいっていたことなど忘れてしまったかのように、彼はしれっと話題を変えてきた。
今朝がた、わたしがゴートにいさまを見つけて馬車を止めさせてしまった出来事についてだ。
あのとき、ルシアンは構うなと御者にいって馬車を出発させたが、しっかりとその目は彼らを一度しっかりと確認していたらしい。
ルシアンがそのとき外に目をやったのは一瞬であったはずなのにそのときに確認したゴートにいさまたちだけではなく、あの一瞬でルシアンは彼らの背景をも記憶していたのだ。
今わたしへの侮辱のためにだした話題が、思わぬところで、先ほどまでバッカス様と熱く語り合っていたグランペール伯爵への疑い対する話題に繋がってしまったのだ。
「グランペール伯爵家に使えてる使用人だったのか?いや、しかし伯爵家に遣えているにしては品性にかける。」
だが、服装からしてどこかの使用人にはまちがいないだろう。
そう呟いてから、ルシアンはわたしへと顔をしかめたまま視線を向けた。
「マリー、まさかとは思うが、あの品のないやつらの中に誰か知り合いがいたのか?」
どき。
心臓が一瞬悲鳴をあげた。
そしてすぐさま頭に浮かんだのはゴートにいさまの顔である。
すこし厳つい感じが増していたけれど、花街にいたときすでに成長期を終えていたので、にいさまの見た目に大きな変化はなかった。
「…子供のころの知り合いに似ていたんです。どうやら人違いでしたようですけど」
一瞬の動揺を感づかせないように、咄嗟に頬に手をあてて困った顔をした。ルシアンは「そうか」と言ったあと「ならば」とすぐに続けた。
「そいつは何をしているやつだったんだ?」
「人違いだったと…」
「参考までにだ。」
「………」
花街の用心棒みないなことをやっていたなんて、わたしが花街出身だとバレてしまうからもちろん言えない。
「何を…と言っても、時々話す程度だったのであまり覚えていません」
「ちっ」
言葉を濁せば思いっきりルシアンに舌打ちされた。
役立たずめ。と言わんばかりの顔をしてやがる。むかつく!
「ルシアン?話が見えないんだが、なんだ?グランペール伯爵家におかしな人物が?」
1人何やら難しい顔をしていたルシアンに、そう問いかけたのはバッカス様だった。
アンジェラはまた始まった男性陣の話に不快そうに眉間を寄せているが、バッカス様は、ルシアンの一人言に興味を引かれてしまったのか話に加わってしまった。
「なんなのこの人たち!今そんなことが大切なのかしら!マリーこの人たち最低よ!」
髪を逆立たせながら憤慨しているアンジェラにわたしも激しく同意である。
バッカス様も今までわたしのことを庇ってくれていたのに。ひどい。
「なぁ、ちょっと様子を見に行かないか?本当にルシアンがみた怪しい奴等がグランペール家にいるのかどうか。」
「僕がみたときは運が良かったんだ。行ったところで、そんなあからさまに怪しいやつらを日中にどうどうとうろつかせるわけがない。無駄足じゃ?」
「それならそれでいい。だけど、僕も君の見た奴に興味がある。ダメもとでついてきてくれよ。……それに、マリーの気を引いたっていう男にも一目見てみたいからね。」
男性陣が盛り上がっているところを黙って眺めていると、チラリとバッカス様の視線がこちらに向けられた。
話の流れはバッチリ聞こえてきていたので内容はわかっている。
バッカス様、あなたもそろそろあきらめてくださいまし。素敵なご令嬢が売り切れてしまいますよ。
そんなことはもちろん言わないけど。
「ただ知人に似ていただけで勘ぐられているようなことはありませんよ?」
「はは、マリーと見つめあったってだけで嫉妬しちゃったんだ。どんな男かみてやらなきゃ僕の気がすまない。」
「バッカス様…」
「…バッカス、あなたマリーの婚約者でもないのに。ちょっと気持ち悪いわ。」
わたしがグッと飲み込んだ言葉をアンジェラがとても引いた顔をして代弁してくれた。自分の兄に心からの軽蔑の眼差しをむけている。
このかたが次期侯爵様なんですよ。
フェミニストでご令嬢にもモテモテなんですよ。
もしかしてわたしって罪な女なのかしら。
とりあえず、バッカス様のことはおいておいて、彼らがグランペール伯爵家へ偵察にいくと言うのにはわたしにとっても引かれるものがある。
あの場ではルシアンやまわりの目があってなにもできなかったが、本当にゴートにいさまが、あそこに雇われているのであれば、こっそり抜け出してにいさまとコンタクトをとることも可能になってくる。
それならば、わたしも是非つれていってもらわなければ。
「そのお遊び、私も連れていってくださいな」
「え?マリー?」
手を組んでお願いしだしたわたしに、アンジェラがとなりで目を見開いて驚いている。
「何も楽しくないわ、そんなの。放っておきなさいよ。私とお買い物にでもいきましょう?」
「いいえ、アンジェラ、私ルシアンとバッカス様についていきますわ」
笑顔でまたの機会に、と断りをいれると、みるみる不機嫌そうな顔をしだすアンジェラ。
そして、大きく息を吸い込んだと思ったら「何よ!私だけのけ者になるじゃない!私もいくわ!」と金切り声をあげた。
「誰もお前たちを連れていくなんて話していないぞ」
「ふんっ。連れていってくれなくてもついていくわ。」
「いや、どうせなら一緒のほうが楽しいじゃないか。どうせ見に行くだけなんだし危険なわけじゃない。いいだろう、ルシアン。」
不機嫌なルシアンのため息は肯定とみなされ、わたしたちは、貴族院が終わったあと、グランペール伯爵家に向かうことが決定した。
グランペール伯爵家に向かうといっても、わたしたちの両親ならいざしらず、わたしたち子供がなんの理由もなくグランペール伯爵家を訪ねられるわけがない。
残念なことにグランペール家のお子さまはすでに成人済みでわたしたちとも歳が離れているので、友人の家へと遊びに来ました~ていうのもできない。
なので、屋敷の外から様子をうかがうことしかできないわけで、
高貴な家の出であるわたしたちは、塀をよじ登って覗きこんだり、馬車からおりてうろちょろしたりということはできないので、今はグランペール邸を視認できる距離に馬車を止め、その馬車の中で優雅に4人で紅茶をのんでいた。
「…私たち、何をしているのかしら。」
一口紅茶を飲んだあと、はぁ、とちいさくため息をはいたアンジェラは、眉間にしわをよせぼそりと呟いた。
それに返答せず、無言で紅茶を飲み続けるわたしのかわりにルシアンが「だから言っただろう」と無愛想ながらもきちんと返す。
「誰の目があるともわからない貴族街で、そう怪しい行動をするわけがない。今朝たまたまそういう現場に僕たちが居合わせただけだ。まったく、とんだ時間の無駄だ。来るんじゃなかったよ。」
「バッカス、あなたが変なことをいうからよ!」
ルシアンが不満を吐露すると、アンジェラもここぞとばかりに乗っかってくる。
そうは言っても、ついてくると判断したのは自分たちだろうに。
バッカス様にあたるのは違うと思う。
「そうかもしれないけれど、それでも行ってみようというお話だったではありませんか。それを承知の上で来たのでしょう?バッカス様を責めるのはおかわいそうですわ。」
それに、私はこうしているのもなんだか新鮮で楽しいです。
ね、と同意を求めるようにまわりを見渡して微笑めば、ルシアンに舌打ちをされた。
この人は人に育ちの悪さを指摘する前に自分の行動を見直すべきだわ。
「マリーは物好きね。私はちっとも楽しくなんかないわ。ねえ、もうなにも起こらないわよ。帰りましょう?」
アンジェラがそう愚図りだしたので「それもそうだね」とバッカス様が苦笑し賛同した。
しかし、わたしにはこのまま何の収穫もなく帰ることはできないのである。
だって、ここでこのまま帰ってしまえばおそらく二度とグランペール伯爵家に近づくチャンスはなくなってしまう。もしかしたらここにゴートにいさまがいるかもしれないのだ。
今朝、数年ぶりであるその姿を目にしたばかりなのに。
コーグリッシュ家に来てから花街の話はいっさいわたしの耳には届かなくなった。ダンや、にいさま、ねえさまがたが急にいなくなったわたしに対して心配していないかとか、今どうしているかもわからない。
なんとかして、ゴートにいさまとのコンタクトをとりたい。
そのためにはこのままやすやすと帰るだなんて論外だ。
ちらりとまわりを見渡せば、もうみんなはお開きにしようという空気で、今にも御者に声をかけそうだ。
「あの…」
そう声を出せば、4人しかいないこの馬車内ではみんながすぐにわたしの声に反応してくれる。
「どうしたの、マリー」
アンジェラが首を傾げ、問いかけてくれたので、「私、いいことを思いつきましたの」と手を叩いてにっこりと笑った。




