デート
もはや何度もきている母様に貰ったワンピース。
ついタイミングを逃してしまって未だに新しい服を買えないでいるのだけど、今日も今日とて城下町にお忍びで出掛けるときのお約束の服装である。
「嘘だろ…」
「嘘じゃないわ」
そんないつもと変わらないお忍びスタイルのわたしを目にして、ショックを受けたように向かい側にたつ、ちょっと小柄な少年。
「なんか感じもいつもと違うし」
「あんな派手な格好でこんなところ一人で歩けるわけないじゃない。汚れたら怖いわ。1着いくらすると思ってるの?」
「いや、服装もだけど、そっちじゃなくて…」
あなたの中身が…と呟いていたが、そのあとの言葉は続かず、ぐっと飲み込んだらしい。
「本当だったんですね。いや、とんでもないことですけど。」
そう言って、未だに信じられないとまじまじとわたしを見つめるのは、マッシュ.ベイルート。
つい先日、苦労の捜索の末に彼を発見したわたしは、城下町へのデートにお誘いしたのだ。
何を言っているんだこの人は。侯爵令嬢が城下街の、おまけに高級なお店の建ち並ぶエリア以外だなんてこられるはずがないだろう。
そう思っているだろうな、てことはよーくわかったよ。
しかし、それなら実際に自分の目で見て驚けばいいさ!と無理矢理に待ち合わせ場所と時間を指定して、それではごきげんよう。と拒否される前に逃げて来てやりました。
わたしの指定した場所は、いつもわたしが使う乗り合い馬車の停留所。
マッシュは、わたしが到着したころにはすでに不機嫌な顔をして待っていてくれた。こないかもしれない侯爵令嬢をもし万が一にでも来たときのために待っていなければいけないと思ったのだろう。
そんなマッシュは、わたしが乗り合い馬車から降りてきたのを見た瞬間に、あんぐりと口をあけて呟いたのだ。「嘘だろ」と。
「マッシュのご家族は寛大なのね。城下町に遊びにいくことを許してくださるなんて。わたし、大変だったんだから。」
「僕はローゼマリー様と違って男だし、それに僕の家族は僕が何をしていようと興味がないんだと思います。」
そう、なんとマッシュは城下町に遊びに行くのに、わざわざ許可をとる必要がないというのだ。
彼が質素な服装で貴族院に通っていたのも、その服のまま城下町に遊びに行くためだったらしい。
もちろん、義母や義兄がお前はその服で充分だろう?と新しい服を仕立てなかったというのもあるそうだが、それが嫌がらせにしろ、マッシュ自信はそのことを特に気にしてはいなかった。
質素な服だろうと、ものはとてもいいし、平民の一般的に着ているものに比べればとてつもなくいいものだからだ。
「ローゼマリー様は…」
「ちょっと!困るわマッシュ!」
「え」
「城下町に遊びにきているときはロゼって名乗っているの。だからその名前で呼ばれると困るのよ。あと、貴族として接するのもやめてもらえる?」
「え」
手のひらをつきだして普段通りに接してちょうだい!と目をつり上げて訴えてみたものの、マッシュは眉を下げて困り顔だ。
「しかし、そんなわけには…侯爵令嬢に」
「だから、今は貴族じゃないのよ?見てわからない?わたしも令嬢の皮は脱ぎ捨ててるのよ?あなたもお坊っちゃまのふりはやめたら?」
ほら。いつもあなたが見ているローゼマリーとは違うでしょう?
そう言ってハーフアップにして緑色のリボンのついた髪をいじって見せる。
令嬢は、自分の髪の毛を人前で触ったり直したりするのはお行儀が悪いとされている。しかし、町中では、髪をかきあげたりする女性がセクシーとみられるらしい。
身分によってこうも違うのだから、不思議だわ。
しぶしぶ頷いたマッシュは、「あとから文句は言わないでくださいね」と念を押してきた。臆病者は抜かりがない。
「わかったわ!」
「えぇ!?」
ピョンっとマッシュの腕に飛び付くようにして自分の腕を絡ませれば、マッシュはぎょっとしたように身を引こうとしたが、ガッチリわたしが腕をホールドしているので、抜け出すことはできない。
「ろろろろろローゼマリー様!」
「ロゼだってば~。ねぇ、マッシュ。どこかおすすめのお洋服屋さんを知らない?わたし、新しいお洋服が欲しいの。あ、もちろんここへ遊びに来る用のものよ?」
ぎゅっとさらに密着するように力を入れれば、マッシュは真っ赤になりながら、「ロゼ!胸があたってる!」と声をあげた。
「あててるのよ?」
「!?」
にやりと笑って上目遣いで見つめると、マッシュはあんぐりと口をあけた。
「今日はデートなのよ?エスコートしてちょうだい?」
「デート…」
そう呟いたあとに、諦めたようにため息をついたマッシュであった。
「本当はね、お友達の女の子と行こうと思っていたの。だけど、最近城下は治安が悪いんですって。だから、女の子同士で歩くのもどうなのかなって思って。」
ほら、わたしって可愛いでしょう?他の女の子よりも危険だと思わない?
そう言って、頬に手をあてて困ったようにしてみせると、戸惑い気味にマッシュは言った。
「ロゼはそんな子なんだね。」
「んふふ。分厚い皮を被っているでしょ?驚いた?」
わたしがそう言うとコクりとすぐに頷かれた。
少しずつ遠慮がなくなってきて良い傾向です。
「皮を被って、まわりの信用を得ないことには無茶な要求も通らないのよ?きっと、こんな風に城下町に一人で遊びに行くだなんて絶対に許してもらえなかった。」
「そうだよな、よくご当主が許したね。君は大層溺愛されているって聞いたけど。」
「父親が分からない孫を産むわよって脅したのよ」
「え」
「城下町にお忍びで行くために、見張りの兵士を誘惑してたんだけど、それがバレちゃってね?」
「………」
「やだもしかして引いてる?マッシュ、あなただって女の子とセッ「やめてくれ!僕の女の子の夢をぶち壊さないで!」」
「男の子ってみんなそんな初なの?わたしが思ってたのと違うわ。」
だって花街ではにい様たちもねえ様たちもみんなが当たり前のように話していたから、てっきりそういうもんだと思いこんでいたんだけど。
貴族はそう言うことを気軽に言ってはいけないというのはわかるのよ?
まさか平民生まれのマッシュまでそんなことを言うとは思わなかったわ。
そういえば、サンスも初な反応を毎回してくれていたけれど、それは彼がそういう性格だからだと思っていたわ。
うーん、と悩むわたしにマッシュは
「貴族も平民も関係なくそういうことは女の子の口から言うのは良くないよ。君がどんな環境で育ったのかはあえて聞かないけど、軽々しくそんなことを言うと危ない目にあうかもしれない。」
あと、僕も嫌だ。
結構真剣な顔で言われてしまえば、気を付けるわ。としぶしぶ答えるしかなかった。やっぱり花街は性に関しては考えがほかとは違うのね。
まあ、それを売る仕事なのだからそうなってしまうのも仕方がないのかもしれないけれど。
そう…。言ってはいけないの。
自分が花街出身だとはさすがに言ってはいないけれど、今の発言で感づかれたかもしれない。
男は狼なんだとさんざん脅された。
男が狼?かあ様の方が狼だと思うわ。それもとびきり毛並みのいい狼よ。襲われるほうも本望ね。
令嬢の皮を被らないで話せるって言うのはやっぱり最高に楽しい!
変な表情筋も使わなくていいし、思ったことをそのまま言葉にだせる。
マッシュも心を開いてくれていろいろと教えてくれた。
マッシュの本当の母親は病気で亡くなってしまっていること。
ベイルート伯爵は、マッシュをそれなりに可愛がっていること。
レオナルドと伯爵婦人には冷たく当たられているが、そこまでひどい扱いはされていないらしい。
嫌みを言われるとやはり気落ちしてしまうらしいけれど。
マッシュは、連れていってくれたブティックでお洋服まで買ってくれた。
盛大に喜んで見せて、お礼を言えば「僕の稼いだお金じゃないけど」と申し訳なさそうな顔をしたのにぐっときた。
なんていいこなの!
買ってくれたわたしの服を持ってくれ、わたしは彼の荷物の持っていない方の腕に変わらず絡み付いている。
もう慣れてしまったのか、彼も赤くならずににこやかに会話をしてくれているので、端からみるとわたしたちは本当のカップルのようだろう。
世の中のカップルってこんな感じなのね。なかなかにいいものね!
上機嫌なわたしとマッシュは、そろそろ帰ろうか、という雰囲気になっていた。
今は貴族のわたしたちの門限はやはりはやいのだ。
帰路につこうと腕を組んで歩いていたわたしたちに、ドンッとわざとらしくぶつかってきたやつがいた。
ぶつかられたのはマッシュだったが、「おっと」とこちらによろけてきたのでわたしは彼を支えるように組んでいた腕に力をいれる。
「ごめん、大丈夫?」
「ぶつかられたのはマッシュよ?」
自分がよろけたのに支えたわたしに気を使ってどうする。
それがおかしくて、くすりと笑えば、マッシュも笑ってくれたのだが、そんな雰囲気をぶち壊すようにマッシュの肩を傷だらけの手が掴んで、勢いよく自分の方へと力任せに振り向かせた。
「おいてめぇ、ぶつかっておいてこっちに謝罪はなしか?あ?」
ヤバイやつに絡まれたかもしれない。そう思って内心ひやひやとしながらすごんできた相手の顔を確認したが、その顔を見た瞬間にわたしの緊張感は一気にどこかへと行ってしまった。
「あ、いや、すみませんでした。」
明らかにわざとぶつかってきたのは向こうなのに、礼儀正しくきちんと謝罪するマッシュ。なんていいこ。
にもかかわらず、相手は「ざけんじゃねえ!んなもんで許すわけねーだろ!治療費だせ!」とのたまった。
「ち、治療費?」
いったいどこを怪我したんだ?と相手をおどおどと観察するマッシュに、あんな軽くぶつかっただけで怪我なんかするわけないでしょ。と呆れる。
さらに何かを言い出そうとした相手を遮るように私は「ちょっと!」と声をあげた。
わたしの存在に気がついていないわけでもないだろうに、わざとらしくマッシュにぶつかるだなんて。
せっかくの楽しい気分を台無しにされてわたしはご立腹である。
「わたしの連れに変な言いがかりをつけるのはやめてくれない?バリー。」
マッシュに腕を絡ませたまま、睨み付けるように言いがかりをつけてきた相手、バリーに文句を言ったあと、そのすぐ近くにおもしろそうにこちらを伺う弟の姿も確認した。
「ベニー、あなた生きてたの。」
最近見ないから、てっきり悪さをしすぎてとうとうお縄にかかったのかと思っていたわ。
「あれ?ロゼの知り合い?」
わたしの方に振り返り、首を傾げたマッシュに「顔見知り」と即答した。すると、前方から盛大な舌打ちが聞こえてきた。
「何?」
「ロゼ、なんだこいつ」
「なんだって…お友達よ」
「友達にしてはくっつきすぎな気もするけどねー」
バリーを煽るように、ベニーが弾んだ声でそう言うと、バリーの顔はさらに苛立った顔になった。
「よりにもよって金以外取り柄のなさそうな男といちゃついてんじゃねぇよ!」
「ないよりあったほうがいいに決まってるじゃない」
「ああ?」
「ろ、ロゼ、やめろよ、危険だよ」
見た目からしてガラの悪そうなバリーたちと堂々と言い合いをするわたしに、マッシュはすかさず止めに入ってくる。
わたしだって面倒そうな人とはできる限りは関わりたくはない。
普段ならば、マッシュと同じように謝ってさっさと逃げ出すだろうけど、相手がバリーとベニーとくれば話は別だ。
「わたしが誰といちゃついていよーが関係ないでしょ?いちゃついてると思ったんなら、それをぶち壊すようなことをするのはやめてくれる?」
「なんだと?」
「それに、マッシュはお金だけじゃないもの。」
ね?と首をかしげて笑顔で同意を求めれば、マッシュは少しだけ頬を赤らめて、照れたように目をそらした。やだ!かわいい!
「なっ、そんな地味なやつのどこに…」
「兄ちゃんっ!!」
カッとなったバリーが何かを言おうとしたとき、それまでおもしろそうにわたしたちの様子を観察していたベニーが何かに気がつき、焦ったようにバリーをよんだ。
自分の言葉を遮られ、不満そうに弟へと視線をむけたバリーだったが、ベニーがどこか一点を見つめたまま、視線を反らさない様子をみて顔を険しくした。
「ベニー、とうした」
「見つけた、ゴートだ!!」
「ゴート?」
突如として空気を変えた兄弟に、わたしとマッシュはお互いをみて首を傾げる。
「やっぱここではってて正解だったな。今度こそ逃がさねーぞあいつ!!」
「おう!」
ある場所を指差したベニーは見失う前に行かなきゃ!と急かすようにバリーの体を叩く。
どうやら、彼らは誰かを待ち伏せしているときに、たまたまわたしたちを見つけて声をかけてきたらしい。
なんて迷惑な話なの。
そして、その目的の人物を見つけて浮き足立っているということか。
それならばどうぞさっさとここから消えてくれたまえ。
チラリとこちらを見たバリーだったが、大きく舌打ちをしたあとに走り出した。それに続くようにベニーも走っていく。
「…いっちゃったね」
「ええ。ほんと、迷惑な奴らね」
大きくため息をついて、彼らが駆けていった方向へとなんとなしに視線をやる。
…それにしてもゴートって…。
ふと、先ほどでてきた名前に、頭のなかで懐かしい顔が思い浮かんだ。
顔に傷があり、文句を言いつつも、わたしやダン、他の花街の兄弟たちの面倒をみてくれていた口うるさいにい様。
わたしの大好きだったにい様の一人。
「まさかね」
珍しい名前なわけでもないし。
「ロゼ?かえらないの?」
「ごめんなさい、帰りましょ」
人混みのなかに見覚えのある姿が見えた気がしたのは、きっと気のせいよね?




