マッシュ・ベイルート
関わりたくないな~なんて思ってたけど、そんなのはアンジェラが許さない。
マリー!と急かすように声をかけられれば、アンジェラのヒステリックが始まる前にわたしは立ち上がるしか選択肢はないのだ。
ああ、令嬢らしからぬ、食事中に席を立つという行動をおかしてしまったわ。いや、そんなことより今日のランチはおいしかったのに…。
最後まで食べたかった…。
そうして悲観している間に気がつけば、3人の会話がそれとなく聞こえる位置までつれてこられた。
その場について、すぐさま聞こえてきたのは、ルシアンの性格の悪そうな声だった。
「…貴様、そのようなみすぼらしい格好をして、いったいどこの家のものだ?貴族の恥去らしめ。」
冷めた目で睨み付けるルシアンの茶色い瞳にうつっている彼は、自分の目の前にいる人物をみて顔を真っ青にしていた。
この学院では、ルシアン、アンジェラ、バッカス、そしてわたしはなかなかの有名人なのである。
2つの侯爵家が同じ学年に二人同時に入学したからというのもあるが、それだけではなくて、有名人といっても、悪い意味で、だもの。
侯爵家の中でも、家格が上位であるがゆえにここでのヒエラルキーは入学した当初からトップにいるわたしたち。
そんなわたしたちに、わたしたちより下位の爵位の子達で逆らえるものなどそうはいない。
本来、上位爵位である公爵家や侯爵家は同じ爵位同士のものでつるんだりはあまりしないのだ。
数が少ないというのもあるが、爵位ゆえ、自分が上に立つのだという意識が強いからだろう。お互いが派閥を作って距離をおき、牽制し合っている。
しかし、わたしとルシアン、バッカス様とアンジェラは兄弟であるし、同じ侯爵家にもかかわらず、幼い頃から仲がいいとくる。
1人だけでも充分に偉ぶれるというのに、4人の侯爵家が一緒にいるのだ。誰が逆らえるだろう?
自分の身分をひけらかさない人間ならまだいい。貴族でも、同じ学院生なのだから、身分は関係ないと、家関係なく幅広い友好関係を築くものもいる。
本来、学院とはそういう目的のために作られたはずなのだから、それがもちろん正しいこたえなのだが、残念ながら彼らはそんな心が寛大な人間ではないのだ。
そして、それをたしなめられる私たちより身分の高い学生が、残念ながらいなかった。
「お、俺…いや、私はベイルート家の次男で…マッシュと、もうします。」
ルシアンが話かけたことにより、ただでさえ目立っていた彼が今では食堂にいる全生徒が見ているのではないかというほどに注目されている。
とんでもない人に絡まれてしまった…。
そんな様子がありありとわかる表情をしている。心から同情したい。
「ベイルート家?…ベイルート伯爵家か。お前の家はそんなみすぼらしい格好を息子にさせるほど資金繰りに困っているのか?」
「ルシアン、社交界での彼のご両親や兄君を見る限りそのようには見えないけどな。」
「ふん、そんなこと僕にだってわかっているさ。ベイルート伯爵家は皆恰幅が良いということは貴族ならば誰でも知っている。」
そう言ってバカにしたようにバッカス様と笑いあうルシアンは「まさかベイルート家に細身の人間がいるとは思わなかったよ。」とマッシュに向けて言った。
「よくそのような格好で貴族院に通えるものだな。」
「それは…」
手を握りしめて俯くマッシュ。
言いたいことはきっとやまほどあるのだろう。
しかし、相手が相手。言い返すと、ただでさえあやうい自分のたち位置がもっと悪くなることはわかりきっている。
わたしたちのお父様は、わりと良識のある人だから、ルシアンがわがままを言ったところで下位の貴族を廃したりはしないだろうけれど、それを平然とやってしまう貴族も多い。
ベイルート家よりもコーグリッシュ家のほうが爵位は上だ。それを恐れて言いたいことがあっても言えないのだろう。ましてや、妾の子で家族仲もよくないとするとなおさら。
可哀想に。
そんな風にマッシュに同情しつつも、何をするわけでもなくただたってその様子を眺めていたわたしの右腕がぐいっとひっぱられた。
え。
小さくわたしの口から漏れた声はきっと誰にも聞こえていないに違いない。
目の前には黒いウェーブがかった髪。その髪の持ち主が、わたしの腕をがっちりつかんで歩いているのだ。
どこにって?
今注目の的になっているその的によ!
最初に近づいてくる私たちにきがついたのは、バッカス様だった。
アンジェラを見たあとにめんどくさそうな顔をしたのだが、その後ろにわたしがいるのを見つけると、「マリー」と顔を綻ばせた。
「君たちもお昼に?」
目の前で起きていることなど、なにも気にしていないかのようなそぶりでわたしたちにさらりと話しかけてきたけれど、あなた今の状況がわかっていて?
ルシアンとバッカス様の二人から、わたしたちが加わったことにより、ざわりと食堂が騒がしくなってしまった。
「4人が揃ったぞ…」
「ああ、あいつも終わったな。何故よりによって今日食堂に来てしまったんだか。」
そんな声が外野から聞こえてくる。
わたしに聞こえているのだから、マッシュに聞こえていないはずがない。
ちらりとそちらの方へと視線を向けると真っ青を通り越して真っ白な顔をしていた。今にも倒れそうだ。
その姿があまりにも哀れで、心の底から同情した。
わたしならすぐにでも逃げ出したいと思うだろう。
「おまえたち何をしに来たんだ。見てわからないか?僕は今取り込み中だ。」
「ルシアン、レディにそんな言い方をするものではないよ。」
「バッカス、お前は女性の前だとなんでそうも気取りたがるんだ。」
バッカス様に爽やかに微笑みかけられて思わずわたしも苦笑を返す。
そんなわたしたちをチラリとみてから、ルシアンはため息をついて「とにかくどこかへいけ」とわたしたちを追い払うように手をふった。
しかしそんなルシアンに沸点の低いアンジェラは、すぐさま噛みついた。
「まあ!最初に彼に苦言をていそうとしていたのは私だわ!それなのにあなたたちが横取りしたんじゃない!ねえ、マリー?」
「そんなことは知るか。先に声をかけたのは僕なのだから」
「なあに?自分だけえらぶるつもり?私たちも混ぜてちょうだいな。」
愉快そうに笑みをうかべ腕を組みながら小さくなっているマッシュを横目でみたアンジェラの悪役ぶりがすごい。
食堂でこんなにも注目をずっと浴びせるだなんて、意地が悪いわ。
だけど、そう思っただけで、わたしはそんな様子を一歩引いたところでただ眺める。
できることなら、食事のつづきを再開させたい。
ええ、できないことくらいわかっているわ。
ルシアンに言われたところで大人しくどこかへ行くような慎みのある女性ではもちろんないアンジェラは、ルシアンなど無視してマッシュにむけて口を開く。
「聞いたわよ。あなた、妾の子なんですって?」
「…妾のこ?」
アンジェラの言葉を聞いてから、マッシュから、嫌そうにこちらに視線を向けたルシアン。
「何かしら?」
そうにっこり笑顔を向けると、鼻で笑いやがった!こいつ!そばかすやろう!
「いや、どこの家でも妾の子と言うのは常識がないものなのかと思ってな。」
「まあ、いったいどこの妾の子のことをいってらっしゃるのかしら?他にも心当たりが?」
「ああ、とても身近なところにいるよ。」
バチバチっと視線だけで火花が散った。
ここが学院じゃなかったら、扇を投げつけてやったのに。
「ベイルート家は引き取った妾の子にまともな衣服を身に付けさせることもできないほどにお金に困っていたかしら?それとも、あなたが衣服を買い与えることすらもったいないと思われるような存在なのかしら?」
「……」
「どちらにせよ、頭の悪いことをする。自ら格を下げるような真似をするのならば、最初から引き取らなければよかったんだ。」
「ねえ、あなた、貴族の生活に馴染めないのなら今からでも平民に戻ったらどうかしら?あなたのような貴族意識のない人がいるだけで私たちまでも品位を疑われてはたまらないもの。」
何もいいかえせないと分かっているくせに「先程から返事がないけれど、私の言葉を理解する頭くらいはあるのでしょう?」とアンジェラはマッシュに侮辱を含めて言った。
この場にいる誰もが関わりたくはないだろう。
ただの見せしめのようにして、ただ攻められるだけの彼を、ルシアンやアンジェラから庇うものはいない。
同じ侯爵家か、もしくはわたしたちよりも爵位が上の公爵家のものならばそれも可能だろうが、今この場には残念ながら居ないようだ。
他に、この場を納められると言えば、わたしのとなりで、同じく傍観を決め込んでいるバッカス様だが
「彼も運が悪い。今までルシアンたちに見つからずに過ごせていたのに、とうとう見つかってしまったか。」
言っている言葉自体はマッシュに同情的だが、浮かべるその表情はこの場を楽しんでいるようだった。
…バッカス様も自主的に彼らを止めるきはないらしい。
…と、なると、もうわたししかいないじゃない。
大きくため息をつきたくなった。
正直、ほうっておいても特に問題はない。
そのうち飽きて、言いたいことをいい終えたふたりはこの場を去るだろうし、マッシュがそれを大人しく聞いているだけでいいのだから。
だけど、わたしと同じく妾の子であり、平民の出身の可能性のある彼を見ていると自分と重なるところがあるのだ。
わたしはメリッサ様にはきっと嫌われているだろうけれど、だけど表だって何かをされたわけでもない。
とても嫌だったけど、しっかりと貴族の教育も受けさせてもらえたし、どちらかと言えばお父様もお兄様たちもわたしのことを愛してくれていると思う。
だけど、マッシュの立場が、もしかしたらわたしだったのかもしれないと思うと他人事と切って捨てるには、なんだか胸がむずむずする。
もともと平民のひとに、貴族の意識をもてというほうが難しいのだ。わたしだって、取り繕っているだけで、貴族の考え方がわからないことのほうが多い。
きっと、この食堂にいる中で、一番彼の気持ちがわかるわたしが、口に出してはいないとはいえ、ルシアンやアンジェラと一緒に彼を攻める立場にいるのはなんだかいやだ。
ただの偽善だろうけど、わたしが気持ち悪い。
誰も彼を庇わないのなら、わたしがやるしかないじゃないか。
「彼の家庭環境を考えれば彼自信がどうこうしたいからといって、その要求が通らないのではないですか?あなただってそんな悪目立ちをする格好を好きでしているわけではないのでしょう?」
「え、あの、その…」
「…つまり、彼に苦言をていするよりも、ベイルート家に直接苦言を申し出るほうがよろしいかと私思いますわ。」
「?!」
驚愕したような反応が視界の端でとらえることができたけれど、そんなことは気にしない。
目の前の三人ににっこり微笑み「私、何かおかしなことを言いましたか?」と首を傾げる。
「もうその辺で良いのではないですか?こんなに騒がしくしては皆さんのランチの邪魔をしてしまいますわ。」
今までただ立っていただけのわたしが、いきなり口を開いたことにより驚いたまわりの様子にも気がつかないふりをした。
ほら、もういきましょう?とバッカス様とルシアンの腕に軽く触れ、退室を促したわたしだったが、ルシアンに腕を嫌そうに振り払われた。
「なぜ僕がおまえの言葉に従わなければいけないんだ。まだこいつへの話しはおわってない!」
にこやかに微笑んでいたわたしの顔がそのまま固まる。
ルシアンに払われたままの手もいく宛もなくそのままだ。
なぜそうなったかって?
おいこのやろう、そばかすやろう。何してやがる。ぶっとばすぞ。
そんな言葉をグッとこらえた弊害です。
「まあ…」
そして頭の中ではルシアンにつかみかかっているわたしだけれど、実際に口から漏れた言葉はまったく感情のこもっていない呟きだった。
顔には張り付けた笑顔を乗せたまま、「痛いんですけど」と続けたわたしに、慌てた様子のバッカス様がわたしの行き場の失ったその手を両手で包み込んでくれた。
「マリー!大丈夫かい?ルシアン!なんてことするんだ!」
「バッカス様、大したことありませんわ。」
「大丈夫なものか。君の白い手が赤くなっているよ」
「…まあ」
壊れ物を扱うかのようにそっとわたしの手を撫でるバッカス様に、鳥肌がたちそうだった。
やめて、ぞわぞわする。
「レディに手をあげるだなんて、最低ね、ルシアン。」
「手なんかあげていない!たまたま振り上げた手があたっただけだろう!」
「結果マリーにあっているじゃない、同じことよ。」
「マリー、すぐに医務室へ行こう!」
「いえ、それほどじゃ…あ」
たかが手を叩かれたくらいで、瀕死に陥ったかのように騒ぐバッカス様にドン引きし、そういいかけて、わたしはあることを思い付いて言葉をとめた。
そして
「いえ、やはり、とてもいたいかもしれないです。バッカス様、アンジェラ、ルシアン、一人じゃ心ぼそいので、ついてきていただけませんか?」
さも重症のようにか細い声を出して訴えてみると、案の定バッカス様は大変だ!と顔を青ざめさせた。
「もちろんよ、ついていくわ」
アンジェラも心配そうに力強く頷いてくれたあと、「ルシアン!行くわよ!」とルシアンを睨み付けルシアンを促した。
胡散臭そうにこちらを見るルシアン。
ルシアン、お前に拒否権はない。
そう訴えるためにも、目のあったルシアンに対して、わざとらしく痛がってやった。…さらに顔をしかめられたけど。
「マリー…貴様…」
「ルシアン!自分の妹の一大事だと言うのに何をぼさっとしているんだ!さあ、行くぞ!」
バッカス様に優しく背中を押されて歩き出したわたしのあとをアンジェラと、観念したかのようなルシアンがしぶしぶといった様子でついてくる。
まるで何もなかったかのように突如として、幕を閉じた食堂での騒動に、見学していたギャラリーたちもマッシュ本人も、思わず茫然自失といった様子である。
お貴族様ってそういう気まぐれなことあるよね。
もう、ルシアンたちのいそうな場所にこないでね。
そういう思いでマッシュへと向けた視線。
すると、バッチリとマッシュと目があってしまった。
何かいろんなものを飲み込んだようなおかしな顔をしていたものだから、思わずおかしくてクスリと笑みがこぼれる。
ああいう風に顔色をころころ変える人は、見ていて飽きないから嫌いじゃない。
もちろん、サンスが一番のお気に入りだけど。
マッシュ.ベイルート。
わたしの理解者をみつけたかもしれない。




