妾の子
「よう、しばらく見かけなかったじゃねーか。」
晴れて自由に外出する許可が出て、それならば新しい服も新調しよう!と城下町にあるブティックを覗いていたわたしは、背後から聞こえてきた声に振り返る。
が、すぐにその相手の顔をみて顔をしかめた。
「バリー。ひどい顔してるわね、また喧嘩?」
あきれたようにそう言うと、右頬を腫らし、ところどころに傷のある顔を痛そうに歪めてバリーは笑った。
バリーとベニーは城下町のスラム街にすんでいる孤児の兄弟らしい。
スラム街というところにわたしは行ったことはないが、平民のなかでもお金に余裕のない人々が住んでいるところで、わたしみたいな女が立ち入るとどうなるか分からないところらしい。
詳しくは聞いたことはないが、バリーとベニーは、スリやカツアゲをしたり、あとはあまり言えないような裏のお仕事の手伝いをして生活をしているっぽい。
わたしてきには、あぶない匂いがプンプンする二人とはあまり関わりたくはないが、何故かわたしを見かけるたびに何かしらちょっかいをかけてくるのだ。特にバリー。
「…危ないことはほどほどにしておかないと取り返しのつかないことになるわよ?」
これで生計をたてているのだから、わたしみたいなお金に困ってなさそうなやつがとやかく言うことでもないので頭ごなしに止めはしない。
本人がそれでいいと思っているのなら好きなようにすればいい。
だけど、知っている人が、ある日川に浮かんでいたなんてのはごめんなので忠告はしておく。
そんなわたしのおせっかいの言葉にも気を悪くした様子もなく、わたしの隣まで歩いてきたバリーは、わたしの見ていたブティックへと視線を向けた。
正直その顔で隣に並ばないでほしい。
わたしまで同類と思われたくないわ。
「おーおー洒落こんでんなぁ?なんだ、男か?」
「うるさいわね、関係ないでしょ?」
「……まぁ、そうだけどよ、…なんだよ?」
冷たくあしらうとしょげたような顔をしたので、じっと腫れたその横顔を眺めていたら、それに気付いたバリーが片眉を持ち上げて気味悪そうにわたしを見下ろした。
まあ、わたしだってこの人の好意に気づいていないわけではない。
最初はスリのカモだったのかもしれないけど、他のごろつきから助けてくれたこともあるわけだし。
だけど、いつどこでそうなったかはわからないのだ。
まさか、大事なところを粉砕しようとしたときではないと信じたいけれど。
にこりと定評のある笑顔を浮かべるとさらに気味悪がられた。
こういうところは少しサンスに似ているかもしれない。
「っ、だからなんだよ!きもちわりーな!」
「別に?心配して探り入れなくても男じゃないわ。」
「はあ?」
ふんっと鼻で笑ってから歩きだす。
あんたとはここでお別れよ。
そう思っていたのに「あ、まてよ!」と追いかけてくるのは何故なの。
もうほうっておいてよ。お大事に!
「ロゼお前最近なんでこなかったんだよ。」
はやあるきで歩いてみても、バリーの方がうんと身長が高いのだ。
すぐに追い付かれて隣に並ばれてしまう。
「ついてこないでよ、ベニーはどうしたの?」
「あいつはあいつでやることがあるんだよ、しょっちゅう一緒なわけじゃねぇ。…おい、話そらすなよ」
「しつこいわね、わたしにだっていろいろあるのよ。暇じゃないの」
抜け出せなくなって家からでられないときはとっても暇してたけどね。
「ふーん」
どこか面白くなさそうな態度をとるバリー。
この人はどこまでついてくる気なのか。
男は転がすものだとは思っているけれど、あまり関わりたくない相手には媚びをうったりはしない。
「あんたがついてくると買い物しにくいじゃない。どっかいってよ。」
まさかその顔で一緒に女物の服屋にはいるつもりじゃないでしょうね?
ついてくるなと軽く手で突き飛ばしてみるも、両手を広げてにやにやされた。なんて悪人面なのかしら。
全く効果がない。
「俺がお前に似合う服を見繕ってやるよ。」
「バリーのセンスなんてあてにならないわ。」
「あ?」
そうよ、こういうことは、ジェンナに付き合ってもらうべきだった。
今度ジェンナの仕事が休みの日にあわせて城下にこよう。
バリーがついてくる限り、お店になんてはいれない。
絶対に店員に警戒されるに違いないもの。
このいかにも悪いことをしていそうな風貌のせいで。
「わたしになんて構ってないで体を休めたら?その頬はちゃんと冷やしたの?」
今日の買い物はあきらめてバリーにそう言うと「ほっときゃなおる」と言いながらまた距離を詰められて隣に並ばれた。
「心配してくれてんの?」
「こっちが見てて痛いのよ。そんな顔でわたしの前にでてこないでくれる?」
「…本当つれねーな。お前は」
「悪いけど、相手には困ってないの」
長い赤毛を手ではらいふふん。と得意気に笑う。
「俺じゃ役不足ってか?」
「そんな顔面腫らした男をわたしが相手にするとでも思う?暴力的なのも嫌いよ。」
「今、厄介なやつが戻ってきてんだ。そいつのせいでバカどもがいきり立ってやがるからただ歩いてても無駄に絡まれるんだよ。」
だから喧嘩をするのも仕方がない。
そういって、腫れた頬をポリポリとかくバリーの手はいつみても傷だらけだ。あれは喧嘩をする人の手。
あの傷がいえたところなどみたことはないから、今だけとかじゃなくて日常的に喧嘩はしていると思うんだけど。
「厄介なやつ?」
気づけば立ち止まっていた露店でふかしいもを買っていたバリーは、ふたつもらったうちのひとつをわたしに無言で渡してくる。
ほくほくと湯気がでるそのいもを見つめてから、「くれるの?」と視線をバリーに向けた。
ひとつ頷いてから自分の手にあるいもにかぶりついたバリーは、先程のわたしの質問をいもを頬張りながら答える。
「同じスラム出身のやつなんだけどよ。昔仕事でやらかして、やべぇやつらに目つけられちまって飛んだんだよ。なのに最近いきなり戻ってきやがって…いや、戻ってきたってか落とし前つけにきたって本人はいってんだけどよ」
「落とし前?」
「そいつがやらかした仕事ってのが、結構稼ぎのいい仕事でさ。いい取引相手だったってのに、そいつのせいで仕事回してくれるやつも怒っちまって、俺らに回してくる仕事も扱いもひでぇもんになっちまった。とんだとばっちりだよ。そんでスラムのやつらはそいつに腹が煮えたぎってたわけなんだけど、そんなこと、忘れた頃に帰ってきやがってあいつ…」
無駄に喧嘩がつよいらしいその人は、絡んできた人たちを返り討ちにしているらしく、その喧嘩に負けた人たちが負けた腹いせに八つ当たりをしてまわっているとのことだ。
なんて迷惑なのかしら。
「そういう人たちの落とし前ってどんなことなの?飛んでたってことはやっぱり逃げなきゃいけないほどやばいひとたちなんでしょ?そのまま雲隠れしていればよかったのに。」
「まぁ、生きてられたらもうけもんだよなぁ。手足が全部残ってるかはわかんねぇけど。」
「…聞かなきゃよかった」
なんでもないことのようにさらりとそんなことをいってのけたバリーを横目で見てため息をはいた。
興味本意で聞いてしまったけれど、予想通りあまり気分のいいものじゃない。
見知らぬ人とはいえ、本当、どうしてそのまま逃げてくれなかったのかと思う。
「今はそれもあって、ここらでもあんま治安がよくねーんだ。ぜってー人気のないところにいくんじゃねぇぞ。」
そう言われてしまえば、わたしとしても危険な目に合いたくはない。
バリーがひっついてきた時点で買い物は今日することもないだろうし「そう、それなら帰るわ」と乗り合い馬車の停留所へと足を向ける。
もしかしたらバリーは心配して今までついてきてくれていたのかとも思ったりする。
わたしが帰るときに「送ってく」とまで言い出してくれたのだから。
「いいわよ。人気のないところにはいかないから安心して。」
わたしとしては貴族街行きの馬車へのる所を見られたくないと言うのもある。
まあ、使用人たちがよく利用しているので、見られたとしてもどこぞの貴族の家の使用人だと言えば問題なくもないが…。
現に、本物の貴族は乗り合い馬車なんぞに乗りはしない。
「そんな顔で一緒にいられたほうが絡まれそうだもの。近寄らないでちょうだい」
「…ちっ、わかったよ」
なに、舌打ち?
しぶしぶといった風にその場に立ち止まったバリー。
彼自信も、自分のせいで絡まれる可能性は否定できなかったのだろう。
おとなしく引いてくれそうだ。
「心配してくれてありがとう。あと、これも。」
そう言って、手にもった食べかけのいもを見えるように軽くふる。
一度、わたしをスリの獲物にしたぐらいだ。バリーはきっと、わたしがお金に困らない生活をしていると予想はついているだろう。
それなのに、安いものとはいえ、こうやってわたしに自らお金を使って奢ってくれることは好感がもてる。
もちろん、お金をせびられたことだってない。
だけど、スラム出身の彼は、生きるためとはいえ、やはり育ちがあまりよくないらしい。いっしょにいるときに、手癖の悪さを目撃したことがある。
わたしといるときにそんなことしないでよ!と怒りくるったのはよく覚えている。
ただ見つかったときに仲間と思われることが嫌だっただけだけど。
そんなわたしに驚いた顔をしたバリーだったが、律儀にわたしの前ではやらなくなったのだから、もしかしたら本気で惚れられてるのかもしれない。
まあ、いくら好感度をあげるようなまねをされても、残念ながらバリーは遊ぶ相手にすらしたくないけど。
バリーに絡まれた次の日。
侯爵令嬢であるわたしは案外いそがしい。
なので、毎日城下に遊びにいっているわけではない。
貴族同士の付き合いというものもあるし、社交界やお茶会が結構頻繁にある。
そんなわたしは、今日も貴族院に通いアンジェラたちとともに昼食をとっていたのだが穏やかなその空間に突如不穏な空気が流れた。
「見て。あのこ。なんてみすぼらしい格好をしているのかしら。」
「平民が紛れ込んだんじゃない?衛兵をよんだほうがよいのでは?」
ざわざわとひとりひとりは小さな声で呟きあっていても、その呟きの声が多いほど、それは重なり大きなものとなる。
そんないつもとは違う異様な空間に気がついたのはわたしよりもアンジェラのほうが先だった。
わたしとの会話の途中に、眉間にしわをつくるものだから、最初はわたしが何か気にさわることでもしてしまったのかと思った。
「どうかしました?」
「あんなのが私たちの通う学院にいるだなんて…」
そう呟いて顔全体で不快感をあらわにするアンジェラの視線が、わたしではなくわたしを通り越してその背後を見ていることに気がついた。
首を傾げつつ、その視線の先を追うようにして振りかえる。
「…まぁ。どこの家の方かしら。」
振り返った先には、肩身を狭そうに俯きながら歩く一人の少年。
一応貴族らしい型の服を着てはいるが、誰かが何年もきたお下がりをもらったようなほどにくたびれていて、そのデザインもルシアンやバッカス様が来ているような今時のものとは少し違うように思う。
没落貴族というものかしら?
どことなくみすぼらしい彼は、自信の容姿にお金をかける貴族たちが通うここでは明らかに浮いていた。
町であればなんの違和感もないのだろうが、しかしここは貴族院。
ここにかよっているのであれば、どこかの貴族のご子息には間違いないだろうけど。
「食欲が失せたわ」
そう言って、大きくため息をつきナイフとフォークをおいたアンジェラは、下げてちょうだい。とすぐちかくを通りかかった給氏のスタッフに声をかけさげてもらっていた。
いや、あのこも人間よ?そこまで?とわたしは思ったけどもちろんそんなことは言わず、わたしは優雅に食べ続ける。
一緒に食事をしていた取り巻きのこたちも、アンジェラが食事を中断したのをみて、名残惜しそうに生唾を飲み込んでから、同じように給氏に食事をさげてもらっていた。
なんてもったいないことを…。食べたいなら食べればいいのに。
「私も食べるきが無くなってしまいましたわ。」
「私もです。」
どことなくぎこちない笑顔を浮かべるこたちに、わたしはステーキをきりながら問いかけた。
「あのような方、いらっしゃったかしら?私はじめてみましたわ。そんなにお家の財政状況が厳しいのかしら。」
そんなわたしの手元を仰視しながら、すぐに答えてくれたのは伯爵家のこだった。
そんなみてもあげないわよ。
「私、ひとつしたに妹がいるのですけれど、聞いたことがありますわ。なんでもベイルート伯爵家のご子息だとか…」
「ベイルート伯爵家ですって?ベイルートなら、全然没落なんてしていないじゃない!あそこの領地は果実酒の名産地で有名でしょう?」
その子が開示してくれた情報に、アンジェラが奇声をあげた。
すぐちかくにいたわたしの耳も同時に悲鳴をあげた。
ひぃ!耳が!わたしの耳が!
アンジェラは気持ちが荒ぶるととんでもなく声のトーンが甲高くなるのである。髪の毛を触るふりをして自分の耳の状態を触って確認していれば、その情報を話してくれた子とばっちり目があってしまった。
ん?なに?
キョトン、と、まばたきしていれば、さっと視線をそらされた。
そして、その子は少し言いずらそうに、こう言った。
「どうやら、ベイルート伯爵と妾の子らしいですわ。」
その言葉を聞いて、彼女が言いずらそうにした理由に合点がいった。
そうね、私も妾の子だと言うのは、突如コーグリッシュ家の3兄弟が4兄弟に変わったことで誰しもが予想のできることだ。
兄弟と同じ赤毛であるにも関わらず、瞳の色はメリッサ様ともお父様とも違うのだから。
「妾の子だからといってあんな不憫な格好をここでさせているというの?ベイルート家の名で通っていると言うのに家の格を下げるようなマネをさせるなんてなんておろかなのかしら。」
アンジェラは理解できないと言う風に大きくため息をついた。
「正妻とその子供とはどうやら折り合いが悪いようですわ。ベイルート伯爵のはからいにより、貴族院に通わせてもらっているそうですが、育ちは平民なみだとか。いまくらしているのもベイルート家ではないといううわさも…」
「平民?」
くいっと、アンジェラの片方のまゆが上につり上がった。
顔に不愉快だというのがありありと書かれているように見える。
平民が自分と同じ貴族院に通っているという事実に納得がいかないのだろう。
わたしの母親も平民出のメイドだと、アンジェラには思われているようだが、貴族というブランドを汚されなければ問題はないらしい。つまり、平民育ちだったとしても今貴族らしく振る舞えてるらしいわたしはアンジェラにとって合格なのだ。
「そんなにあなたが気にすることではないと思いますけれど。彼がどうだろうと私たちにはなんの関係もないでしょう?いろんな家庭環境がありますわ。」
よそはよそ。うちはうち。
そんな言葉が頭のなかをよぎる。
「今までどおり私の前に現れなければ私だって気にしないわ!だけど私の気分を害したというのが彼の罪よ。」
そう言って、行くわよ。マリー!と立ち上がったアンジェラに口に運ぼうとしたフォークが止まる。
「…まだ食事中ですもの。お行儀が悪いですよ。アンジェラ。」
内心はうんざりしているわたしだけど、表面上は困った顔をしてアンジェラを見上げている。
「やだわ、あなたまだ食べていたの?」
「美味しいですよ?」
「本当にあなたって…あら?」
ふと何かに気がついた様子のアンジェラ。
わたしとの会話を中断し、再びわたしの背後を見ているけれど、先程の険しい表情ではない。
「まあ!バッカスとルシアンだわ!」
「え…」
よく知る二人の名前がアンジェラの口から飛び出たとき、心底嫌な予感がした。バッカス様はともかく、ルシアンとかいうやつが不安要素が大きすぎる。
そして振り返った先には、ベイルート伯爵のご子息の前で、そんな身長差はないくせに、相手を見下ろすようにして立っているルシアンと、その横に、おもしろそうにその様子を伺うバッカス様がいた。




