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勝ち取った勝利

 たまにとても不思議な夢をみる。


 そこには大きな乗り物に、たくさんの人が乗って遠くへ移動したり、空を飛んだりする。

 

 それは、馬車なんか比じゃないくらいの速さで移動するのに、そんなもの乗ったことのないはずのわたしは、驚きもせず平然と黒いヒールのある靴をはいて、その乗り物に乗り込んでいく。


 それも毎朝。



 「紫外線」が気になるから外に出るときは念入りに「日焼け止め」をぬりこむ。

 そして夜は一人でお酒を飲む。


 たまにお父様くらいのおじ様とお食事へ行く。


 そしてそのあとは必ず宿へ行く。


 その宿に泊まっておじ様とすることは、花街でねえ様や母様がやっていたことと同じようなこと。


 花街と違うところは、そのおじ様にお金をもらわないことかしら?

 ということは、わたしはこの人と恋人なのかしら?



 どうしてこんな不思議な夢を見るのかわからない。


 なんでよりにもよって相手が若い男の人じゃなくてお父様と同い年くらいのおじ様なのかも理解できないし。


 お父様はそんなに年を取っているわけじゃないけれど、それでもやっぱりわたしは若い男の人のほうが好き。



 知らない言葉がたまに頭に浮かんで、だけど知らないはずのその言葉の意味は理解できていて口に出してしまうときがある。


 まわりのひとはそんなわたしに首をかしげるけれど、小さい頃から要領よく生きていたせいか、わたしが変なことをいっても、誰か物知りな大人にでもきいたのだろうと、そんな深く追求されることはなかった。


 だけど、夢の中でわたしは、誰から聞いたわけでもない言葉を会話に混ぜ込みながら話しているのだ。



 朝の起きたて直後のころは、なんとなく夢の内容を覚えているのだけど、日常を過ごすうちに昼ごろには、見ていた夢の内容なんてすっかりわすれてしまう。


 そのため、この夢をみるたびに毎回思い出すのだ。


 ああ、またこの夢か。と。






「いけませんローゼマリー様。」


「ジャスパー?」


 エルヴィスお兄様からのgoサインがでたのだ。お父様に叱られたからといって諦めるわたしではない。

 そう思い、反省もせずいつも通りジャスパーが見張りをしている時間を見計らってこそこそ出ていこうとすると、いつもはため息をつきながらも「お気をつけて」と通してくれるジャスパーに行く手を阻まれてしまった。



 ジャスパーを見上げて目を潤ませてみてもジャスパーは首をふるばかり。


「我々もきつく言われているのです。誰にとは言わないが、皆私のじゃじゃ馬娘がひとりで外に出ないよう重々気を付けよと。ローゼマリー様を外へ出す手引きをしていたものがいるだろうと分かっていながら、犯人探しをなさらなかったのは旦那様のお目こぼしでしょう。それをもう自分は裏切るわけにはいきません。」



 そう言ってお戻りください。とそっと背を押された。


 まさかこうやってお父様に手を回されているとは思わなかった。

 メイド長がたびたび部屋に様子を見に来るようになったのも煩わしかったと言うのに、隙を見計らってあとから見つかるの覚悟でここまで着替えてきたのに結局外に出られないなんて。



 それになにを今さら。とジャスパーには舌打ちをしたい気分でもある。



 お父様を裏切るも何も、さんざんわたしとあれこれしておいて今さらじゃない?そりゃ、嫁いだ時に我が家に汚名が着せられないように、最後まではさせていないけれど。


 今さら従順ぶったって結局は色欲に負けて雇い主の娘に手を出しているくせに。

 ただ怖じけづいただけじゃない。



 サンスなんていまだにわたしのことを拒み続けているというのに。



「ジャスパー、お願いよ、もしバレたとしてもジャスパーの名前は絶対に言わないわ。」


「あなたが言わずとも、この時間帯の見張りが自分だと言うことは皆わかっています。そしてあなたと自分が隠れて会っていることも、同僚たちは薄々勘づいてもいるでしょう。」



「…ジャスパーはもう私とは会ってくれないってことなの?」



 ゆっくりと、剣だこのできたがさついた手をとり握りしめる。


「…ローゼマリー様。」



 悔恨の表情を浮かべわたしを見下ろすジャスパーの目をじっと見つめながら「あなたのこの手に触られることはもうないのね…」とひどく小さな声で呟いた。


 この距離にいるジャスパーにしか聞こえてはいないだろう。


 ぐっと、何かがつまったような声を出したジャスパー。

 この人が押しに弱いということをわたしは学習積みである。



「…ねぇ、ジャスパー。お父様は一人では出ていくなと言ったの。それなら、外に出ていくときにあなたを共に連れていくわ。だけどすこしの時間だけ、私を一人にしてほしいの。それならどうかしら?」



「…しかし、それは」


「それに、あなたと外へ行くのなら、今までよりもっとたくさんあなたと一緒にいられるわ。だから、もう会わないだなんてそんな寂しいことは言わないで?」



 あとひと押し!と手を握りしめたまま、ゆっくりとジャスパーに口づけをすべくかかとをあげる。

 今日外に出られないのはもうしょうがない。

 だけど、これから堂々と外にでて自由にできるとなればこれほどいいことはない。


 今までジャスパーに外に出すのを見逃してもらうお礼と称し、好き放題やらせてあげていたのだから。 

 今さら逃がしてなんてあげないわ。

 そう思って、ジャスパーを凋落しようとしていたのに、思わぬ邪魔が入った。



「一人にしている間にあなたに何かがあったとしましょう。その時に責任を問われるのはオルコットということは分かっていての発言でしょうかローゼマリー様。」


 突然気配も何もないところで発せられた声に、わたしもジャスパーも驚き、急いでお互いを突き飛ばすようなかたちで距離をとった。


 そんなことをしても、声の主の発言から、すべて聞かれて見られていたということは分かるので手遅れなのだろうけれど。


 ふたり距離をとり、その声のした方へと視線を向けたとき、わたしよりも顔色を悪くしたのは、間違いなくジャスパーだった。



「あ、あ…ギル、ギルバード様、これは…」


「ギルバード…」



 振り返ったそこにいたのは、お父様の護衛であるギルバード。


 初対面のときから変わらないその鋭い眼光は、今わたしと、そして顔を真っ青にしているジャスパーへと向けられていた。


「どうしてここにあなたがいるの?お父様か近くにいるのかしら。」


 ジャスパーが使い物になりそうにないので、今までのことは何もなかったかのように動揺せず笑顔で聞いてみる。


 ジャスパーからわたしだけへと視線を向けたギルバードは、「旦那様は執務室におられます。」と淡々と答えた。



「ローゼマリー様。何故旦那様の言いつけを守らないのですか。あなたならば今あなたのしているその行動がどういった結果を招くのかをわからないわけではないでしょう。旦那様は、あなたのことをあなたが思っている以上に大事にされている。」


 顔を険しくさせたまま、ギルバードは笑顔のまま佇むわたしにそう告げたあと、「ジャスパー・オルコット、愚か者め。お前が見逃されるわけがないだろう。」と冷たくジャスパーへといい放った。




「まさか見張りを怠ったのみならず、雇い主である侯爵家の令嬢と内通しているなどと…」


「ギ、ギルバード様!私は決して軽い気持ちでローゼマリー様と会っていたわけでは…」


「気持ちが軽い重いの話ではない。お前まさか、ローゼマリー様と添い遂げられるとでも思っていたのか?」


「それは…」


「ジャスパー・オルコット。いずれにせよお前のしたことは許されるものではない。覚悟をしておけ。」



「っ!そんな!それに、最初に誘ってきたのはローゼマリー様のほうです!」


あら?



 なかなかに重い雰囲気だったので、知らん顔して様子を伺っていたのだけど、どうやらこちらに飛び火してきたらしい。


 正直、ほとんどがわたしのせいな自覚はある。


 ジャスパーが自分の保身にわたしを売ってきたのは少し腹立たしいが、ジャスパーの言っていることは間違ってはいないし、わたしのせいでジャスパーに重い罰が下るのはあまりにも可哀想だ。



 ジャスパーの発言に、さも不愉快そうな顔をしたギルバードにわたしは「本当よ?」と口を挟んだ。



「私が抜け出そうとしたときにジャスパーに見つかってしまったの。だから、口封じに色目を使ったのよ。」


「…何を」


「あなたは知っているはずでしょ?私がどこで生まれそだったのか。ただ手段のひとつとして選んだに過ぎないの。わたしから無理やり近づいて、このことをお父様にばらされたくなかったら見逃せとジャスパーを脅したの。」



 ギルバードは当時のわたしのことを思い出したのだろう。

 大きな表情の変化はなかったが、片方の眉を少し上に吊り上げた。


 ギルバードと初めてあった日、つまりお父様とわたしがはじめてあった日。

 なんたって、ねえ様のために客引きをしていたわたしがお父様に声をかけたのだから。



 もちろん、何をするかわからないで客を捕まえようとしていたわけではない。

 あの日、お父様と一緒にいたギルバードは花街を歩いていたのだ。

 ねえ様のために客引きをする子供も、自ら淫らな格好をして客引きをするねえ様がたも見ているはずだ。



「…あなたは、もうあのような場所の人間ではないのですよ。」



"あのような場所"


 その下げずむような物言いにわたしの眉間のしわがよる。


 花街が、外ではそんな風に思われていることはここに引き取られてからわかった。

 それでもやっぱり、わたしにとってはそんなにひどい場所でもないし、尊敬をする人たちはいても下にみるような人などいない。


 体を売ることがそんなにいけないことなの?




「…"そのような"場所に妻子がいながら通いつめて子供を孕ませたのはどこのどいつよ」


「ローゼマリー様!!お戯れがすぎます!!」



 ギルバードが怖い顔をして声を荒げる。


 わたしと母様が花街の出身だということは、侯爵家のなかでも知っているものは恐らくほとんどいない。


 平民でさえ、侯爵家の敷居を跨ぐのは風当たりが強いというのに花街など外聞きがあまりにもよくない。


 ここにはギルバードとわたしの他に、ジャスパーもいる。



 それに対し、ギルバードはそれ以上は言ってくれるなと言外に言っているのだ。



「ギルバード、あなた、お父様に言われて私のことをかぎまわっていたんでしょうけど、相手がジャスパーただひとりとはかぎらなくてよ?」




 これにはギルバードだけではなく、ジャスパーまでもが驚愕の顔を浮かべた。



「お父様に伝えてちょうだい。もし、ジャスパーに重い罰を与えたりしたら、父親が誰かもわからない孫がうまれることになりますわよ、と。」










 そんな啖呵をきったわたしは、案の定、そうそうにお父様の執務室へと再び呼び出されることになった。


 そうそうくることのない本邸へ、こうも短い間隔で訪れることになるとは予想外だわ。


 この前きたときは、とてつもなく気持ちが鬱々としていたが、今は不思議と胸をはってこの扉の前に立っていられる。



 本日のお供も、鉄壁のポーカーフェイスを持つ、メイド長である。



 わたしのかわりに執務室の扉をノックしてくれ「ローゼマリー様がこられました」と声をかけてくれる。


 返事があり、中へと入ったわたしは、この前とは違い、机で頭を抱えて座っているお父様と対面することとなった。



「…ギルバードから聞いたよ。ローゼマリー。」



 大きなため息とともに吐き出されたその言葉は、前の威圧的なものとは大違いである。


「そうですか」 


 淡々と返事を返したわたしに不満があったのだろう。頭をかかえていた手をほどき、ゆっくりと顔をあげたお父様は「ジャスパー・オルコットのほかにも相手が?」と悲壮感あふれた様子で言った。



 それにわたしはただ無言で笑顔だけを返す。


「どうしてそんなことをする。いったい何が不満なんだい?」


「お父様が、私が質素な格好をして一人で城下町へといく許可さえいただければ、私はわざわざ騎士に色目を使ってそれと引き換えにこっそり外へとだしてもらう必要などないのです。」


「ローゼマリー、前にも言っただろう。君は侯爵家の人間なんだ。一人で外出するだなんて危険だし、そんな噂が広まれば君にとっても、我が家にとってもマイナスになる。」


「ですから、バレないように、わざわざ庶民の服へと着替えてこっそり外へとでていたのではないですか。」


「服を着替えたところで染み付いた仕草というものは隠しきれるものではないよ。それに君は社交界でも有名なほどの美女なのだから。」



「お父様。私、貴族よりも庶民でいたときのほうが長いのですよ?お父様たちほど染み付いてはおりませんし、そういうしぐさをすると、まさか私が、ローゼマリー・コーグリッシュだとは誰も思わないようですの。乗り合い場所に乗っていても、この赤毛をみせても、誰も疑いもしませんでした。人気のないところなどもちろんいきませんし、誰が悪意を持って近づいてきているかぐらいわかります。」



 城下では若い女性だってたくさん生活しているのだ。

 いくら少しあか抜けているからといって、ある程度気をつけていればそんなことに巻き込まれることなどない。


 むしろ護衛をつけたりするほうが、自ら自分はお金持ちですといっているようなものではないか。



「お父様、ジャスパーは私のわがままに巻き込まれただけなのです。だから重い罰を与えるのだけはご容赦ください。それに、私も貴族として嫁がなければいけないことはわかっていましたからさすがに最後まではやっていませんわ。」



 私がそういうとお父様は泣きそうな顔をしたあとに顔を手で被ってしまった。


「やめてくれローゼマリー…。愛する娘の口からそんな言葉は聞きたくない。」



 最後までやるかやらないかはとても重要なことだと思って訴えたのにお父様にはとてつもないダメージを与えてしまったらしい。


 だけどわたしは容赦なく更にお父様に攻撃をしかける。



「…お父様の返答次第では、私の決めたこのボーダーラインも越えてしまうことになるかもしれませんわ。」


「ロゼ、君はそんなにも貴族の生活が嫌なのかい?」


「…嫌、とまでは、今は思いません。ただ、息抜きをしないと息がつまりそうになるの。お父様、いずれわたしが嫁いでしまえばその息抜きすらできなくなってしまうの。だからお願い、ここにいる間は甘えさせてほしいの。貴族としての場では、コーグリッシュ家に恥じない完璧な令嬢でいると約束するわ!」



 お父様が、わたしをローゼマリーではなく、ロゼとよんだ。

 とても悲しそうな顔を浮かべるお父様に、わたしもロゼとして答える。


 エルヴィスお兄様が言ってくれたように、嫁ぐ前までは実家に甘えさせてくれと。

 高い宝石にも新しいデザインのドレスにもそこまで興味を持てなかったわたしは、きっとここにきてからこんな風に真剣におねだりをしたことはないだろう。



 お父様の目をしっかりと見つめ訴えるわたしに、しばらく唸って頭を抱えていたお父様は、やがて大きくため息をついて立ち上がった。


 そしてわたしの前まで歩いてくると、わたしの顔をその大きな手で挟み込み顔をあげさせる。

 こんなにも近い至近距離から、お父様の顔を見るのは初めてかもしれない。



「ローゼマリー、私の可愛い天使。君の願いを叶えよう。だけど決められた時間までに必ず帰ってくること、危険なことはしないこと、見張りの騎士や使用人を今後たぶらかさないこと。令嬢であることがバレた場合は一切の外出を禁じる。これが守れるならば、私は君の一人での外出を許可しよう。」


「ええ!ええ!もちろんです!もちろん守ります!」


「…あぁ、なんて可愛い顔をして笑うんだろうか私の天使は。」



 そんなことを言って顔を綻ばせるお父様を思い切り無視して、わたしは満面の笑顔でお父様にお礼をのべた。



 ああ!これで!これでなんの障害もなくどうどうと外にでられる!

 なんて素晴らしいの!


 これはわたしがお父様から勝ち取った権利!


 ここにきてから何一つ通したことのなかったわたしの希望が今一つ通すことができた。



 とても機嫌よくお父様の執務室からでてきたわたしを見て、そとで待っていたメイド長は訝しげな顔をしたけど、そんなことはどうでもいい。


 わたしは今それどころではないのだから。





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