開き直る
あのあと、泣き止んだはいいものの、目を腫らしたわたしを見て困ったように笑ったエルヴィスお兄様は、密かにずっとわたしの背後にいたメイド長に声をかけた。
「悪いけど、マリーを部屋へつれていってタオルで目を暖めてあげてもらえるかな?」
エルヴィスお兄様がそう言ったことで、わたしは背後にまだメイド長がいたことに気付き本当に驚いた。
気配が!気配がいっさいなかったよ!いたの!?
確かにお父様の執務室から出たときからずっとそこにいたけど、今のこの一部始終をだまって見てたの?嘘でしょ?
淑女らしからぬ行動をすると、メヒュー夫人に告げ口をされるのだ。そしてそのあとの淑女教育が厳しくなる。
ただでさえ、抜け出していたのがばれたのに。
おそるおそるメイド長へと視線をうつす。
「かしこまりました。」
そう言って頭を下げたメイド長は、無表情だったのでいったい何を考えているのかはわからない。
「それじゃあ、マリー。僕はいくよ。マリーは、ほどほどにお転婆しておいで。」
「お兄さま…はい、ありがとうございます!」
ほどほどにお転婆しておいで。
普通こんなこと言われない。
わたしが言うのもなんだけど、なんて素敵なお兄様なのかしら!
コーグリッシュ家の他の男性陣にも見習って貰いたいものだわ!
笑顔でエルヴィスお兄様と別れ、メイド長に声をかけられる前にわたしはスッと背筋を伸ばして別邸へと向かうべく来たときと同じ道を足早に進んだ。
今までの取り乱した私など幻ですわ。と言わんばかりにしれっと歩く。
お父様との話しはとてつもなく長く感じたけれど、実際は思ったほど時間がたっていなかったらしい。
庭に面した道を歩いていると、きたときと同じ位置でサンスが木の手入れをしていた。それともサンスの仕事が遅いだけかしら。
「…私、少し庭を歩きたいわ。しばらくひとりにしてもらえますか?」
通路で立ち止まり、後ろを歩くメイド長を振り返らずにわたしは呟く。
「しかし、お嬢様。目が…」
とても見られたものではありませんわ。
言外にそんなことを言っているのが伝わってきたが、別にいい。
どうせ屋敷内は身内しかいないのだから。
これで、お客さまとかが来ていたのならまた話しは別だけど。
赤い薔薇のレディが、おしゃべり好きな他所の貴族に不細工な顔を見られるわけにはいかないもの。
「少ししたらすぐにいきます。もちろん抜け出したりもしないので先に行ってお湯の準備をおねがいできますか?」
振り返り、にこりと微笑めば、表情があまり変わらないメイド長が眉間にしわをよせ、何かを考えるように目をつむったかと思えば再び目を開けたときには眉間のシワは消えていた。
「かしこまりました。それではお部屋でお待ちしております。」
そう言って軽く膝を追ったメイド長は、わたしの横をすばやく通りすぎていった。
…そんな急がなくていいのよ?
さて、日の光があまり得意ではないわたしが、真っ昼間の庭を散歩するだなんて、庭の散歩と称してサンスに構いに行く以外はありえないのです。
進む先は遠目にわかる木の上にいる巨体。
よくあんなでかい男がのぼって枝がおれないものだわ。
一息ついて汗を拭ったタイミングで、わたしがどんどん自分の方へと近づいてくるのに気がついたらしいサンスは、驚きのせいか何やらテンパって木からずり落ちそうになっていた。
そのまま落ちればおもしろかったのに。
「お、お嬢様!?」
「ひさしぶりね、サンス!かわりない?」
木の真下まできて、上を見上げながら声をあげれば、サンスは慌てて木を降りてきてくれた。
「な、なんでここに…」
「あら、わたしが来ちゃ駄目なの?前は毎日会いにいってたじゃない。」
「いやでも最近は全然…」
「寂しかった?」
そう言って、少し汗臭いサンスにすり寄り首を傾げるとあからさまに嫌な顔をされた。なんで。
「…お嬢様はおかわりないようで。」
「サンスもあいかわらずつれないわね。」
つまんなーい!ちょっとは寂しがってくれてもいいじゃん!
嫌がるサンスなどお構いなしに抱きついてごねてみたら「やめろ」と押し返されてしまった。
「お嬢様、俺仕事中なんですよ。わかりますか?」
「見てわかるわよそんなこと。」
「なら」
「何よ。構ってくれるなって?…そう、サンスは、わたしが全然会いに来なくてもなんとも思わなかったわけね。久々に会えたのにそうやって突っ返すんだ。」
母様が言っていたように、わたしが他の男に構ったりしたからって、サンスが焼きもちをやくだなんてことはやっぱりなかった。
サンスは通常運転だし。むしろ嫌がられてるし。
母様の言葉に影響されてきてみたけど、やっぱり母様の思ってるようなやつではないようだ。サンスは。
ふぅ、と息をはいて視線をずらしたわたしはそれを意図してやったわけではなかったけれど、サンスには少し気になったらしい。
「なんかあったのか?」とポリポリ頭をかきながら気まずげに声をかけてきた。
「なんでそう思うの?」
「いや、ここは本邸よりのところだし、お嬢様はいつもこんなところまではこないだろう?…それに、目が、腫れてるみてーだし。」
泣いたのか?
珍しくサンスのほうからわたしに手を伸ばしてきたけど、わたしの腫れた目元に触れる前に、自分の手が汚れていることに気がついたのか、グっと目の前でその手は握られた。
「…それ、まず最初に言うことでしょ?」
そうそっけなく返しはしたけど、サンスに心配されたことが少し嬉しいってのが本音だ。
サンスから近づいてきたのをこれ幸いと、すぐさまサンスの腕に腕を絡ませて再びくっつく。
「おい!」
サンスはくっついてきたわたしに抗議の声をあげてるけど、そんなのは無視してわたしははなし始める。
「心配してくれてありがとう。大したことないの。ちょっと城下町に遊びにいってるのがメイド長に見つかってお父様からお説教されててね?」
「だから離れ……て、え?なんだって?」
「だから、城下町に遊びに行こうとしたところをメイド長に見つか…」
「はあー!?」
まだ話してる途中だったのに。
わたしがくっついていても文句は言わなくなったかわりに、わたしを見下ろす目も驚きにあいた口も限界まで広げられているみたいで、そうそうお目にかかれないその光景がまた、下からみるとなかなかにシュールでおもしろい。
「城下町にって、一人で?旦那様に無断で?あれだけ諦めろっていったのに!何かあったらどうするんだ!」
「結果何もなかったし。でもお父様は城下にいくこと自体は反対しなかったわ。…まあ、貴族令嬢として行くなら。だけど。」
今までみたいに、質素な格好をしてはいけないし、もちろん一人で乗り合い馬車に乗っていくなんてもってのほかだ。同行者は必要だろう。
「こんなことなら、あのとき俺がついていけばよかった…」
「そんなことしてたら、サンスがいってたように本当にサンスの首が今ごろ飛んでるわ。」
「そうだな、問題はお嬢様が俺に断られたからって断念せずにひとりでひょいひょい抜け出すような奴だったってことだ。あ~!なんでそんなことするかなー!」
頭をかかえて声をあらげているサンスは厳しい目をわたしに向ける。
「いいか?お嬢様が思ってるより城下町ってのは安全なところじゃないんだ。そんなピラピラした格好してれば絶好のカモなんだからな!ほんとに知識がないやつがいくとあぶないんだからな!」
既にスリにあったり、バリーたちのお陰で回避できたみたいだけど狙われていたらしいわたしは、確かにまんまとカモだったのかもしれない。
だけど、わたしだって元々は貴族だったわけじゃない。
花街はにい様がたが見回りをしてくれているのでそうそう悪さをするような人はいないけど、むしろにい様がたが花街に来た客をカモにするときもあったけど、だからって平和ボケしているわけではない。
ちゃんと人気の無さそうな危ないところは近寄らないようにしてたし、女の子が少ないところはいかないようにしてた。
だから、今まで何度かいってても楽しく平和に過ごせてたわけだし。
みんなちょっと心配しすぎ。
エルヴィスお兄様みたいにもっと心を広くもってほしいわ。
だけど、本当に心配してくれているサンスに言い返すのは忍びないので、わたしは素直にそれを受け止めることにした。
「わたしが浅はかだったわ。これからはちゃんとお父様のいう通りにひとりでは行かない。あ、そういえば、ジェンナってすごくいい人ね。サンス見る目あるわ。」
まあ、わたしの方が魅力的だけど。
「ジェンナだと?おいまて会ったのか!?」
「もうすっかり仲良しよ?」
わたしがサンスの彼女に会いに行かないわけがないじゃない?
ふふん。と勝ち誇ったように笑って見上げると、顔を真っ青にするサンス。
「お、おい、ジェンナに余計なこと話してないだろうな…?」
「ふふふ、今のところ」
「やめろよ!絶対余計なこと言うなよ?!」
「余計なことって~?わたしとサンスがキスするなかってこと?」
「あれはお前が勝手に!」
あからさまに狼狽え始めたサンスがおもしろい。
なるほど。やっぱりわたしとの関係がジェンナにバレるのが怖いんだ。へー。ふーん。
…いい弱み握ったわ。
「大丈夫言わないってー!…まあ、サンス次第だけど~」
「だからくっつくな!おい、もし余計なことをジェンナにいってみろ。ほんとに許さねーからな!」
「やだ何この使用人こわいんですけど。私退散いたしますわ。」
「お嬢様!」
「…おほほほほ」
久々にサンスをからかってみたけれど、なかなかに楽しかった。
わたしに会えなかったからといって寂しがっていた様子はやっぱりなかったけれど。
確かに貴族になって嫌なことや窮屈なことの方が多いけど、貴族になったことで出会えた人もいるわけで。
エルヴィスお兄様の言葉を思い出す。
実家にいる間は甘えて今は好きなことをすればいいと。
わたしが我が儘で自分勝手に行動したところで今さらだと。
言われたことをきちんと守るだなんてわたしはなんていいこなんでしょう。
お父様やお兄様、母様に比べれば、わたしが城下町へ抜け出すことなんてとてもちっちゃいことだと思うの。
行きとはちがい帰り道への道のりは軽い。
嫌なことが終わったってのもあるけど、開き直ったからでもある。
自室に戻ると、ちょうどいい温度になった布が用意されていた。
さすがメイド長。完璧ね。
用意されていた布を目の上にあてて、腫れている目をあたためる。
「次はいつ抜け出そうかな~」
ちいさくわたしの呟いた声に反応するひとはいない。




