庭師サンス
サンスをコーグリッシュ家に庭師として紹介したのは、なんと彼の叔父らしい。
何故、田舎育ちの彼の叔父が侯爵家へのつてを持っているのかと言うと、彼の叔父は「こんなくそ田舎にいられるか!」と若い頃に村を飛び出しそのまま行商人になったらしい。
連絡もなく、ああどこかでのたれ死んでるだろうと、家族の誰もが思っていた彼は、サンスが生まれてほどなくしてふらりと村に顔を出したらしい。10年以上ぶりの叔父の登場にそれはもう村中が盛り上がりおまけに大商人の一人娘と結婚していた。
逆玉の輿である。
兄夫婦がいくら貧乏でもさすがに婿に入った身でお金の援助をするのは難しく、その代わりに叔父のつてというつてを使いつくし、自分の甥、つまりはサンスに侯爵家の庭師としての紹介状を勝ち取ってきたらしい。
サンスとしては、いくら給料がよくても侯爵家となれば、使用人には下位貴族も少なくない。
そんななか、田舎者のサンスが入るには肩身が狭すぎるのでできれば他のところを紹介し直してもらいたかったが、叔父ががんばって得てくれたそれを無下にもできず今に至るらしいのだ。
サンスがコーグリッシュ家にきたのはつい最近。
なんと、わたしたちがコーグリッシュ家に来た後だったのだ。そりゃ、わたしと母様の立場をしらないわけだ。
「正直な話し、わたしと母様って使用人のひとたちにはどう思われてるの?サンス何か知ってる?」
まあ、あまり良くは思われてはいないだろうけど。
あの由緒正しい(らしい)コーグリッシュ家の主人がいきなりつれてきたどこの馬の骨とも知れない愛人とその娘。
貴族や商人の娘とかならまだしもその出所を知っているのはお父様とギルバートのみ。
いや、もしかしたらメリッサ様やほかの使用人の中でわたしたちが花街からきたことを知っているひとがいるかもしれないけど、ルシアンが知らない感じだったからな~。どうなんだろう?
人目につきにくい屋敷の壁沿いにふたり並んでしゃがみこみ、内緒話をするような感じ肩を寄せあう。
いきなりくだけた態度になったわたしにサンスは戸惑いを隠せてはいないけれど、わたしの質問にはしっかりと答えてくれた。
「自分はまだここにきてそんなたってないですし、それに他の方とは話しづらくて世間話とかはしないんですけど…」
「世間話しなくても聞いたりとかはするでしょ?それとも、まさかここの使用人はプライベートでもおしゃべりはしないの?」
「いや、そんなことは…」
「あ、あとサンス。ふたりのときはそんなかしこまった喋り方じゃなくていいよ?わたしだって最近まで平民だったんだからこんなときくらい息抜きしたいの。」
「いや、でもそれは…お嬢様はお嬢様だし…」
「だからふたりの時だけでいいっていってるじゃん。ふたりのときならわたしが許してるんだからいいでしょ!」
ちょっと強めに駄々をこねてみたら、やはり兄弟が多いだけあって年下の子に対しては甘いらしい。困ったような顔をしたあとに大きくため息をついてから「わかったよ…」と諦めたように返事をしてくれた。
なんだか、花街にいたときのにい様たちを思い出した。
ゴートにいさま元気かなぁ?
「それで、サンスはわたしたちのことは他のひとからなんて聞いてるの?」
そう詰め寄ると「別に俺は悪くはとらえてないけど」と前置きをしたあとに続けた。
「旦那様がよそで囲ってた女と娘だって。ほんとの娘かどうかわかったもんじゃないって言ってた人もいたけど、お嬢様が旦那様に顔立ちや髪色がそっくりだから間違いではないだろうって思ってるひとのほうが多いよ。」
「ふーん」
なんだ、そんなちょっとの情報しかないんだ。
じゃあ、アンジェラやルシアンが言っていたメイドに孕ませたうんぬんはただ話しに尾ひれがついただけなのか。
それもそうか、だってここで働いてる人たちが母様みたいな美人がここでメイドとして働いていたら、知らないはずがないもんね。
つまり、わたしたちが花街で育って母様が娼婦だったってことはここの使用人にもバレちゃいけないことってわけか。
もしかしたら、母様やわたしについているメイドさんあたりは気がついてるかもしれないけど。わたしたちの言動で。
だけどわたしたちのまわりのメイドさんは無表情だからなー。いまいちわかんないなー。
「それで、実際のところはどうなんだ?誰にも言わないから教えて。」
サンスの顔を見上げると、そこには興味津々といったふうに目を輝かせている男の子。やっぱり実際わたしたちがどこの誰で、本当にお父様の子供なのかが気になるらしい。
「…もしここで、実はわたし、お父様の子供じゃないの。ていったらどうする?」
「ええ!?マジで!?」
「ちょっと声がでかい!もしっていったでしょ!!」
誰かに聞かれたらどうするの!!間違いなくわたしいじめられちゃう!いや、最悪処刑されるかも!
立ち上がって声をあげたサンスの腕を掴み、あわてて引っ張りもとの位置にもどさせた。「あ、あぁ。わりぃ」と声を潜めてあやまってきたけどわたしはギロリと睨みつけてから視線を外した。
そして表情をもどし、地面をみながら呟く。
「お父様の子供じゃなかったら、こんなところこなくてもよかったのに。」
「え?」
わたしの呟きにサンスが聞き返す。結構小さめの声で呟いたけど、肩があたるくらいまで至近距離にいるサンスには、どんな小さな声でも聞こえてしまう。
「その使用人たちがいってることがほんとか嘘かって言われたら嘘のほうが多いよ。わたしと母様はお父様に囲われてたわけじゃないし、わたしは父親がいるなんてつい最近までしらなかったもの。お父様もまさか自分の子供を母様が産んでるなんて知らなかったみたいだし。」
それからわたしは花街育ちだということは避けて話そうとしたけど、それを避けるとどうも話の辻褄が合わなくなってしまう。
だってお父様をわたしが客引きして、それで母様に会いに来たと知ってわたしが娘だとわかって、娘を娼婦にできるか!てわたしと母様を買い取ったなんてどうやって説明すればいいんだろう。おまけにお父様はもともとは母様のお客だったなんて。
あの、コーグリッシュ家当主が花街通いだったなんて言っていいものか。
「まあ、詳しくは口止めされてるから言えないけど、正直、お父様っていっても、ここにきてからも全然会っていないから父親って感じはしてないんだ。」
むしろわたしたち花街育ちには、父親という存在事態がよくわからない。いったいそれがどういった存在なのか。必要なのか。
まわりに父親がいる子がいなかった。
もちろん、花街育ちの娼婦と花街育ちの男衆の間に子供が産まれることもあるけどだからと言って父親らしいことをしているかというと首を傾げる。
「…ねえ、サンスは、実家の家族や友達が恋しくなったりしない?戻りたいな、とか思わない?」
ふと思い付いたことをそれとなしに聞いてみた。するとサンスは空を見上げてから「うーん」と唸る。
「そりゃ恋しいし戻りたいけど、俺は会おうと思えばちょっと遠いけどみんなに会えるし、自分の意思でここに来たわけだから、家族のために俺が今がんばんなきゃって思ってる。」
「…そうなんだ」
「お嬢様は?こんな大金持ちになったのに戻りたい?」
「……」
戻りたい。
それはここにきてからずっと思っていることで、変わらない。
ダンやゴートにい様たちにお別れもできなかった。それにわたしはあそこでの生活に満足していたし目標もあった。
それなのに、なんの心の準備もなく戸惑ってる間につれてこられて、おまけにもう花街の時のことは話すな、いくなっていわれるんだもの。
ここでは勉強勉強で友達もいない。人間もどこか他人行儀だし。
「戻りたい。ここはわたしにとっては息苦しい。」
思わず弱音が飛び出した。
母様には戻りたい!て訴えたことがあるけど、それはもう出来ないと言われた。
わたしたちは花街からここへ売られたのだからと。ここで生きるすべを次は見つけなきゃいけない。
弱音が吐けないはずだ。だってここには、母様以外にこんなことを話せる相手が居なかったから。
「友達にお別れもできなかったから、きっとみんな心配してる。あそこはたしかにふわふわのベットも大きな部屋も甘いお菓子もなかったけど、ここよりはずっとまし。」
「…お嬢様。」
じっと地面を睨みつけて涙がこぼれて来ないようにする。サンスが心配げな声でわたしを呼ぶけど、それを振り払うようにわたしは思い切り立ち上がった。
「お嬢様?」
「ごめんね!うじうじして!だけど弱音吐けてちょっとすっきりした!ありがとう!」
「いや、おれは何も…」
「ひさびさに母様以外に気取らずに話せたのはわたしにとってはすっごくおおきいの!だからありがとう。またこっそり話し相手になってね。」
そろそろ戻らなければ、さすがにメイドさんたちが探しに来る。いや、すでに探されているかもしれない。
お兄様と母様がここでのわたしの唯一の関わる相手だから、わたしの自室、母様のところ、アドニスお兄様のところにいないとなるとそれだけで大騒ぎだ。
「またね。サンス!」
わたしに習って立ち上がっていたサンスの首もとに飛び付いた。
わたしとはだいぶ身長差があるため、サンスの首にぶら下がるかたちになったが、咄嗟にその逞しい腕で私を支えてくれる。
「ちょ、ちょっとお嬢様!?」
驚き戸惑うサンスをよそに
チュッ
「…………な!?」
感謝の意味も込めてサンスの頬にキスをしてみた。
「…ぷっ。初ね。サンス。」
母様に襲われてたときとみたいに、顔を真っ赤にしているサンスに思わず笑ってしまった。ただ頬っぺたにキスをしただけなのに。
動揺して緩んだ手から抜け出し飛び降りると、重たいドレスの裾を持ち上げてわたしは駆け出した。
なるほど、母様が気に入るわけね。サンス。
母様には悪いけど、サンスはわたしに譲ってもらおう。
ここにきて、ひさびさに楽しいひとときを過ごせた気がする。




