アシュフォード侯爵家
「ルシアン!!」
そう言って両手を広げながら出迎えてくれたのは、わたしたちと同じ年頃の少年。恐らくこの子がルシアンの親友らしいバッカス様。
バッカス様は黒髪にグレーの瞳をしたこれまたきらびやかな貴族感を振り撒くお方でした。
どこか活発そうな印象を受ける笑顔で私たちの前までやってきた彼は、おや、とルシアンの数歩後ろに佇むわたしに気がついた様子。
少し横にずれてわたしを見てパチパチと瞬きをしていたバッカス様は、ルシアンへと顔を戻すと「こちらのご令嬢は?」とルシアンに訪ねた。
そこでルシアンがわたしへとチラリと視線を寄越すので、慌ててスカートの裾をもちあげ膝を曲げた。
「お初にお目にかかりますバッカス・アシュフォード様。私、コーグリッシュ家長女のローゼマリーと申します。いつも兄がお世話になっております。」
はじめてメヒュー夫人以外に披露した挨拶に、これでいいのだろうかと不安になったが、ルシアンがフンッと鼻を鳴らして視線を外したので恐らくそう悪くはなかったと思われる。
挨拶が終わったあとに赤毛を揺らすように首を傾げて笑ってみた。愛想は大事だと言う母様の教えを実行しますとも。
「なんだって!?ルシアン、では彼女が例の?」
バッカス様はすぐさまルシアンに近寄り肩を組むと、ルシアンの耳元で少し声を潜めて話している。
しかし残念ながらがっつりと聞こえてしまっているけれど。わたしに聞こえないようにしているんじゃないの?
だけど淑女なわたしはそんな態度をみせませんとも。
にこにこと微笑み、何も聞こえてませんよーとでもいうように前で手を組み佇む。心のなかでは悪態をついてしまっているけれど。
バッカス様を鬱陶しそうに見ながらも、ルシアンは彼から距離をとったりはせずにされるがまま。わたしがそんなことをすればまちがいなく一瞬にして弾き飛ばされそうだ。しないけど。
「…そうだ。認めたくはないがな。」
ルシアンのその言葉にさらに顔を輝かせたバッカス様は、すぐさまわたしの目の前まできてゆったりとした手つきでわたしの右手をとる。
「なんと、わが親友の妹君がこんなに可憐な方だったなんて運命を感じます。どうぞこれから仲を深めていきましょう、ローゼマリー嬢。」
ちゅ。とわたしの手の甲にキスを落としたバッカス様に、ひくりと頬がひきつった。当たり前だ。こんなことを花街でするやつなんていないのだから。
もし、ダンにこんなことをされれば鳥肌がたって張り倒すにきまっている。
ひきつった顔を隠すためとわたしの手を救出すべく、するりとバッカス様から手を引き抜いたわたしはその手を頬に当てて「まあ」と恥ずかしそうに俯く。
その様子に満足そうな顔をしたバッカス様は、ルシアンに向き直り「お前が毛嫌いする意味が理解できないな。アンジェラと交換してほしいぐらいだ。」とため息混じりに呟いた。
「…それは願ってもないものだ。アンジェラ以外ならな。」
「アンジェラ?」
バッカス様からでた知らない名前を繰り返すとバッカス様が困ったように笑った。
「僕の双子の妹さ。それはもう負けん気の強い子でね。」
「まあ」
「それならこいつと気が合うかもしれないな。」
「まさか、大人しそうなローゼマリー嬢などアンジェに振り回されてしまうに決まっているだろう。ああ、ルシアン。彼女がくるならアンジェをどこかへ追いやったのに…。」
今日は残念ながら家にいるのだと嘆くバッカス様にそんなひどい令嬢なのかとはやくも怖じ気づく。
しかしわたしが猫を被っているのを知っているルシアンはそんなバッカス様を鼻で笑い「バッカス、違う心配をしたほうがいい。」と助言までしている。
おい!わたしに大人しくしていろといったのはどこのどいつだ!
わたしとルシアンは促されるままにとある一室へと招待された。
どこもかしこもお金がかかっていそうな内装に貴族の価値観の違いを思い知らされる。
コーグリッシュ家も確かにお金をかけているのだろうが、アシュフォード家の家具よりもあからさまではない。なにあの金きらきんの壺。
色とりどりな花が植えられた庭が一望できる部屋に通された私たちは、その部屋の窓際のテーブルに黒髪の女の子が不機嫌そうに座っていることに気がついた。
あの子がさっきいっていたアンジェラ様かな?と考えていたとき、私たちをみるなりその子は突如叫んだ。
「遅いわ!!!」
驚くほどに甲高い声に、キーンと頭を突き抜けるような痛みが走る。
ぱちぱちと瞬きをしてバッカス様とルシアンを見ればため息をついていた。なるほど、やはりこの子がバッカス様の双子の妹、アンジェラ様か。
見るからに高飛車そうなこだ。でもこんなわがまま娘は花街にもいる。売られてきた子達で。
なるほどあの子達は没落貴族のこかなにかだったのかな。
「わたくし待ちくたびれてよ!たかだか迎えに行くのにどれほどの時間がかかっているの!」
頭にひびくからやめてほしい声でヒステリックに叫ぶ彼女にバッカス様は遠慮なく両耳を手で押さえて顔をしかめている。
「わかったからその声で叫ばないでくれないか?頭が割れそうだ!」
「まあ!?バッカス!なんて失礼なのかしら!そう思わない?ルシア……」
そう言ってルシアンに同意を求めようとした彼女の視線がようやくわたしに向けられた。ルシアンの隣に見ず知らずの目立つ赤毛がいるのだからそりゃ目に入るだろう。
眉間にシワをよせてバッカス様と同じ灰色の瞳でわたしを凝視しだしたアンジェラ様に、怖じ気づきそうになる。
しかしここで失礼な態度をとれば本気で頭をかちわる勢いで騒ぎそうなので、アンジェラ様が黙っている今がチャンスとばかりにスカートの端をつまみ膝を曲げた。
「お初にお目にかかります。コーグリッシュ家長女、ルシアンの妹のローゼマリーにございます。この度はお会いできて光栄です。」
にこりと笑いかければ先ほどまでの顔が嘘のようにバッカス様とそっくりな顔が輝きだした。
「まあ!まあまあまあまあ!あなたが例の!?」
また例の。か。なんなんだろう、いったいどんな噂が流れてるのか気になるけれど、きっとろくなものじゃないんだろうな。愛人の娘とか平民とか。
椅子から立ち上がり、低めのヒールでこちらに向かってきたアンジェラ様は同じようにスカートをつまみ膝を曲げてから「アンジェラよ。思ったよりもましじゃない。」と何故かすごい上から目線で話しかけてきた。
「アンジェラ。失礼だろ。」
「わたくし、コーグリッシュ家当主がメイドを孕ませて囲っていて、それをひきとったって聞いていたからどんな野心に満ちた子なのかしらって気になっていたの。」
「アンジェラ!やめろ!すまない、ローゼマリー嬢、ルシアン。」
申し訳なさそうにこちらを見るバッカス様などわたしは視界に入っていなかった。
メイド?なにそれわたしの母様は花街の娼婦ですけど!
どういうことだとルシアンを見るが、ルシアンはこちらをちらりとうかがうと「間違ってはいないな」と憎たらしくも笑っていた。
もしかして、ルシアンもわたしたちが花街の出身ということを知らないのかな。お父様がわたしに花街のことは二度と口にしてはいけない忘れろと言ったくらいだし、あの様子から、貴族にとって娼婦はあまりいい印象をもたれていないのだろう。
メイドのこだと言うだけで平民とか庶民とかわたしを侮辱するルシアンだ。娼婦だと聞いたらどんな反応になるんだろう。気になる気もするが、余計なことは言わないほうが良さそうだ。
波風はたてないほうがいい。
しかし、納得がいかない。母様がメイドですって!?あんな美しく色気のあるメイドがいるものですか!
「だけど、その赤毛をみればすぐに間違いなくコーグリッシュ家の血を継いでいることは分かるわ。それに当主にもそっくりだもの。ルシアンよりもね。」
その言葉にルシアンが顔をしかめた。
「伝統ある侯爵家同士、これから仲良くしていきましょう!ローゼマリー!」
笑顔でそう言ってくれたアンジェラ様にわたしはぜひ!と笑顔を返したが、内心では顔をしかめていた。だってわたし、花街では売られてきた子達とは仲良くなれなかったもの。
その後、わたしははじめてメヒュー夫人以外とお茶会というものをした。
同じ年で爵位も同じなのだからとアンジェラ様に継承なしで呼ぶように!と言われて、それを聞いていたバッカス様もそれなら僕も。と言い出したが、メヒュー夫人によると、殿方を呼び捨てにするのは淑女らしくないらしい。(ルシアンは論外)
というのを遠回しに言ってバッカス様はバッカス様のままである。そんなわたしの態度にバッカス様は「アンジェにも見習ってほしいな。」と呟いてアンジェラの怒りを買っていた。
なんとか良好な状態で終わった初お茶会だった。
「ローゼマリーまた来てくれるのを待ってるよ。」
そう笑顔を向けてくれたバッカス様にどことなくお父様と似てるな、と思いながら笑顔を向けて別れた。
「男を転がすのはさすがだな。母親譲りか?」
馬車に戻り、早速嫌みを言ってきたルシアンだったが、残念ながら、それはわたしにとって嫌みにはならなかった。母様に似ている。男を転がす。それは花街育ちのわたしにとっては誉め言葉でしかないもの。
「本当?私、母様を目指しているの!母様は最高の女性ですもの!」
そう言って喜ぶわたしに、ルシアンは「頼むからそれはバッカスたちの前で言ってくれるなよ?」と怖い顔で怒っていた。




