ルシアン
初めての城下町はそれなりに楽しかった…とは思う。はじめてみるものもたくさんあった。人もみんなすごく明るくて元気だった。
だけど、それが花街がここより劣る理由になるかと思えば決してそんなことはない。
今回の街へのお出掛けで花街が卑下される理由はやはりいまいちわたしには理解できなかった。
なんとなくわたしの中でのわだかまりを抱えつつも、今日も今日とて立派な淑女になるべくしてのお勉強は行われる。
「ローゼマリー様、この短期間であなたがとても努力してこられたことは私も理解しております。あの礼儀も何もない平民感も少しは和らいだかと思いますわ。」
そう切り出してきたメヒュー夫人の言葉に僅かに頬が引きつってしまったが、大人しく笑顔で返事をする。
わたしは淑女。わたしは淑女。
「あなたはずっとここに籠りっきりで貴族の方々の所作を間近に見たことがないですものね。ええ、わたくしもあなたの事情は把握しております。本来ならばお母様に学ぶことも多いのです。貴族間の交流は大切ですからね。」
遠回しにわたしと母様の出生を馬鹿にしているのは分かるが、メヒュー夫人がいったい何を言いたいのかがわからない。回りくどいことを言っていないでさっさと結論を出してくれればいいのに。
作り笑いのしすぎで、顔がそろそろ筋肉痛になりそうだったころ、ようやく夫人は話の落ちを話してくれた。
「コーグリッシュ侯爵様に私からご助言させていただきましたの。ローゼマリー様をぜひ貴族のお子様がたとの交流の場へと、と。」
「交流…ですか?」
「ええ、本来ならば、親しくしている家門とは親に連れられて小さな頃から関わりがあるものです。目でみて実際体験して学ぶことも多いでしょう。そう侯爵様に申し上げたところ、一番歳の近いルシアン様のお友達と会わせるように、とのことでしたわ。」
「えっ」
ルシアン。その名前を聞いただけでわたしの顔はあからさまに歪められただろう。
一瞬にして頭によぎったのはルシアンとの取っ組み合いである。もちろん、その後、向こうからの謝罪も、こちらからの謝罪もない。つまりはあれからルシアンには会っていない。
同じ敷地内と言えど、広い庭を隔てた本邸と離れでは自らその庭を越えない限り向こうの人たちと顔を会わせることはないのだ。
「ローゼマリー様の社交界デビューは14歳。まだ先のことですが、それまでに他のご子息ご令嬢と交流がないのは侯爵ともなるといらぬ噂を呼び寄せます。ええ、もちろん既に今ローゼマリー様たちのよくない噂がながれていますとも。何せあなた方は特殊ですからね。だからこそ、今から権力ある方々と友好を深め味方を作ることも大切です。」
ちょいちょいわたしたちのことを卑下する言葉を混ぜ込みながらそう説明したメヒュー夫人は、戸惑うわたしなど、はなから気にはしていないらしい。
「淑女たるもの、立派なご令嬢として振る舞って無礼な噂など覆してきてくださいませ。もちろんルシアン様との喧嘩などもっての他ですわよ。」
お前が無礼だわ。などと言えるわけもなく顔を歪めたまま返事をしたわたしを差し置いて、この日の授業が再開された。
ああ、嫌だ。嫌なことづくしだわ、貴族って。
こっそりため息をついて今日も思う。「ああ、花街に帰りたい。」と。
具体的に、ルシアンのご友人とやらに会う日程などは知らせてもらえなかったわたしは、いつその日が来るのかいつまたあのくそ生意気なガキにいちゃもんをつけられるのかと気が気ではなかった。
しかし、月日は流れ、ああ、あの話しは流れたのかなーと思い始めたころにそれはやってくる。
「ちっ」
わたしの顔を見るなり盛大に舌打ちしやがりましたのは、くるくる天パの赤毛野郎。ルシアン。
そばかすの散った鼻にシワをよせ、離れに突然現れたのだ。
メヒュー夫人に出された宿題の本を読んでいたわたしは、突然のことだったにも関わらず無意識かつ迅速に口から言葉がするりと出た。
「ごきげんよう穀潰し様。本日もなんという小者臭をかもしだしておいでで。」
おほほほと口許をかくし笑うことも忘れない。
こんなことを言われれば、短気なルシアンがだまっているわけがない。案の定、
「なんだと!」
と飛びかかってきそうになったルシアンを隣のメイドが慌てて止めた。
「ルシアン様!いけません!…それに、ローゼマリー様もなんという下品なお言葉。メヒュー夫人が聞けばなんとおっしゃるか…。」
メイドのその言葉にビクリと肩が跳ねる。
おっと、迂闊だった。ついついルシアンをみて嫌みが口から滑りでてしまった。顔をしかめるメイドにニコリととりあえず愛想笑いを返しておいた。
「ところでルシアン、何かご用でしょうか?」
「……ルシアン…だと。」
貴様、この僕を呼び捨てだとこの庶民が!と顔に書いてあるが、ルシアン自身もこのままではまた前回の二の舞になることは予想できているのだろう。ぐっとこらえたような顔をしたのち、「お父様からお前を連れていくようにと言われている」と心底いまいましそうに言われた。
「連れていくとはどちらへ?」
「アシュフォード侯爵家だ。」
「…アシュフォード…。」
メヒュー夫人からそれとなく聞いたことがある家名だ。
確か、コーグリッシュ家と昔ながらの付き合いのある同じ侯爵家。最近ご当主が代替わりしたばかりで、ご子息がルシアンと同い年だと聞いた気がする。
侯爵家のなかでは一番若いご当主である。おそらくルシアンと同い年ということだからその息子とこのルシアンが交流があるのだろう。
「もちろん僕は認めてはいないが、お父様の言いつけだ。僕の妹としてアシュフォード家にお前を紹介してこいと。」
嫌そうにそう呟いたルシアンは「さあさっさと準備をしろ!」と喚くとつゆを返し歩いていってしまった。
ボーッとその行動を見ていたもののメイドに「さあさあローゼマリー様!」と急かされ、またもやデジュヴを感じるような衣装チェンジをされ馬車に無理やり押し込められた。
目の前には肘をついて仏頂面で外を眺めているルシアン。
「………」
「………」
馬車内で無言が続く。
わたしは無意識に引っ付かんだ先程まで読んでいた本を、手持ちぶさたに広げ、続きを読もうとした…が、馬車に揺られすぎて乗り物酔いしそうだったことで断念。
ああ、気まずい。
なんだってこんな面倒くさい相手と馬車にふたりきり?
はあ、と小さくため息をついてしまったため、それに反応したのか、ルシアンがちらりとこちらに視線をむけた。変わらず顔は仏頂面。
「…なにか?」
じっと顔を見られたため、にこりと笑い首を傾げるとさらにルシアンの眉間のシワが深くなる。若くしてそこまで顔をしかめられるのはすごい。
「何か言いたいことがあるなら言えばいいじゃない。そんな見られても気がちるわ。」
「お前はいちいち喧嘩腰だな。庶民の分際で。」
「先に喧嘩腰になってるのはあんたでしょ。わたしはただ売られた喧嘩を買っただけ。」
「…野蛮な」
「いやしい庶民の出ですからね、すみません。」
ふんっと横を向けば、またしても向かいから舌打ちが飛んできた。
本当にこいつとは相容れる気がしない。
「いいか、今からアシュフォード家にいくが、くれぐれもそんな態度をとるんじゃないぞ。コーグリッシュ家の恥となる行動は慎め。もちろん僕もそうする。不本意ながらな。」
「わたしだってそこまで馬鹿なことはしないわ。」
「お前が思っているより貴族の世間体は大事なんだ。ただでさえあのコーグリッシュ家当主が愛人を囲って隠し子まででてきたと不名誉な噂が流れていると言うのに、それがお前のような礼儀知らずともなれば名門といわれたコーグリッシュ家も地に落ちる。いいか、くれぐれも死ぬ気で繕え。」
「アシュフォード家のご子息はルシアンのご友人だと聞いたけど?」
「バッカスは僕の親友さ。だがこれとはまた話しは別だ。お互い名誉ある家名あっての親友だ。家の恥を見せる必要はない。」
「…貴族って面倒くさい。」
何が家名あっての親友よ。家名がなくちゃ親友にもなれないってこと?そんな友達を選ぶようなことしておいて何が親友なんだか。
つまりはどちらかが落ちぶれちゃえば友人ではなくなるってことでしょう?そんなのおかしい。理解できない。
だけどそれが貴族。例外ももしかしたらいるかもしれないけど。
花街から出たことで広がったと思った世界は、結局は貴族という名の檻に閉じ込められてる。花街の檻か貴族の檻。
花街の檻の方がうんと自由で過ごしやすかった。




