兄弟
「はぁ、はぁ、はぁ」
焼け死ぬ…。溶ける。暑い。この服重いし暑いし動きにくい!
ようやく長い火炙りの刑を経てたどり着いた日陰に入った途端、わたしは淑女も忘れて倒れ込んだ。
ベンチは手を伸ばせば届く距離である。しかし今のわたしにはその体力すらもない。慣れない日差しに重い本。それに加えてこの暑さと息苦しさを助長するドレスにわたしは軽くめまいを起こしてしまった。
視界が狭まりふらふらするなかでここまで歩いてこられたわたしをほめたい。
だから今ここで倒れてるのは仕方がないことなの。メイドさんにみつかってもそう訴えよう。だから今は落ち着くまでこのままでいさせて。
ひんやりとした日陰に倒れこんでいれば、だんだんと汗も引き、呼吸もととのってくる。本当なら、この長ったらしく分厚いスカートをたくしあげたいがそれはさすがに体調不良ではすませてくれない気がするので諦める。
しばらくそのままうつ伏せで倒れていたけど、ああ、そろそろメイドたちがきてしまう、と起き上がろうか、どうしようか、とわたしは悩んでいた。
何故ならいい感じにうとうとしてきたから。
この誘惑に勝てる人はそうはいないと思う。
ああ、このまま眠ってしまいたい。日が落ちた頃に部屋に戻りたい。せっかくのお勉強なしなんだから読みたくもない本も読まずにこのままで……そう思っていたのが駄目だったのか。
わたしはこちらに走りよる足音に反応が遅れてしまった。
ふかふかの芝生のせいであまり足音が響かなかったのもあると思う。
その音に気がついたときにはその足音の持ち主は、すぐ近くにいてすごい勢いでわたしの肩を抱いて助け起こしていた。
「大丈夫か!?」
「………」
ぱちぱちぱち
上半身だけを起こした状態で驚きすぎて瞬きを繰り返す。
まず視界に入ってきたのはわたしと同じ赤毛。
……そして、見たこともない、顔。
え?誰?
すごい剣幕でわたしを助けてくれたその人は、わたしやお父様と同じ赤毛なのに、ここにきて見たこともない顔だった。
お父様以外の赤毛と言えばエルヴィスお兄様とルシアンお兄様だが、この目の前の男の人は二人と同じ瞳の色と赤毛ではあるけど、ふたりの兄より明らかに歳上だ。短い髪に日焼けした肌。逞しいからだ。
そういえば、もうひとり、エルヴィスお兄様より上に兄がいると言っていた気もする。てことは、この人がアドニスお兄様?
「…あの、ご心配をおかけしてすみません。少し目眩がして倒れていたのですが、もう治まりましたので…。」
あまりの至近距離にどぎまぎしながら返事を返すと、目の前のアドニスお兄様(仮)はほっとしたように笑った。
「そうか、ふと庭をみると女の子が倒れてるから、いやぁ驚いた。」
笑うとお父様に似ている。やっぱりこの人が…とそう結論付けようとしたとき、「アドニス兄様!」と今度は聞き覚えのある声と顔ぶれがこちらに向かって走ってきていた。
「エルヴィス、ルシアン。」アドニスお兄様(断定)がそう呟く。
走ってきたのは、初日に挨拶をした以降、数ヵ月全く会っていなかったエルヴィスお兄様とルシアンお兄様だった。つまりはわたしを含めてここにいる4人全てが同じ赤毛である。ここだけ赤毛密度が高すぎる。
「いきなり走り出すから何事かと思ったら、えっと、ローゼマリー?どうしたの?」
エルヴィスお兄様がアドニスお兄様の影からわたしを見つけて目を見開いたあと、心配そうに声をかけてくれた。エルヴィスお兄様の後ろにいたルシアンお兄様もエルヴィスお兄様のその言葉を聞いてアドニスお兄様の後ろから顔を覗かせる。
そのあと顔をしかめたことには納得がいかないけど。
「エルヴィス、この子と知り合いか?」
「知り合いもなにも、その赤毛を見てわかりませんか?先ほども話しましたが、その子がローゼマリー。僕たちの妹ですよ。」
いったいさっきまでどんな話をしていたのかは知らないけど、どうやらわたしの話をしていたらしい。
エルヴィスお兄様の言葉に驚いたようにわたしをもう一度みて「この子が…」と呟くアドニスお兄様。
「あの、もう大丈夫ですので、離していただいても?」
「あ、あぁすまない。」
メヒュー夫人に叩き込まれた淑女の対応を必死に思い出しながら言葉を紡ぐ。神経がすりきれそう。
「ありがとうございます」と笑顔でお礼をいって芝生の上だけどきちんと座り直す。
「お初にお目にかかります、ローゼマリーと申します。こんなかたちでのご挨拶で申し訳ありません。」
「アドニスだ。今は城下で騎士として働いているから屋敷へはあまり帰らないんだ。」
「立派なお勤めですね。素敵です。」
「ありがとう。君の話は聞いていたけど、なるほどその赤毛はコーグリッシュ家の人間だ。可愛さの欠片もない男兄弟ばかりだったのに、まさかこんな可愛い妹ができるなんて嬉しいよ。」
「私も、こんなに素敵なお兄様たちができてとても幸せです。」
男には兄弟と言えども媚を。ふと脳内に母様の言葉がよみがえり、無意識に胸の前で手を組み小首を傾げて微笑むという愛想を振り撒いていた。
アドニスお兄様はそんなわたしににこりと笑いかえしたと思ったら隣にいたエルヴィスお兄様へと笑顔のまま顔を向けた。
「エル」
「なんですか?」
「なんだこの可愛い生き物はどうすればいい!?」
ガッと笑顔を崩した途端すごい剣幕でエルヴィスお兄様の襟首をつかみ迫ったアドニスお兄様に、エルヴィスお兄様はアドニスお兄様から少しでも顔を離そうと反り返った。だけどその分アドニスお兄様が迫っていってるからあまり意味がない。体勢がつらそう。
「ちょ、ち、ちかい!近いです!兄様!」
「あんな壊れそうな女の子の扱い方がわからん!」
「今の今まで触ってたじゃないですか!」
「小生意気なばっかりでお前らにあんな可愛さはなかった!みろ!あの天使を!」
いきなり指を指されて固まる。が、それすらも「可愛い!」と叫ばれてしまう。
アドニスお兄様の対応におわれるエルヴィスお兄様をぼんやりと見ていたが、ふと視線を移動した先にいたルシアンお兄様とパチリと目があってしまった。
はじめてあいさつしたときもそうだったが、さっきからずっと顔をしかめられているため、きっとルシアンお兄様はわたしや母様のことをあまりよくは思っていないのだと思う。
ルシアンお兄様とは同い年ぐらいだから、できれば仲良くしたかったけど。
そう思っていたら、ルシアンお兄様がそのしかめっ面のままで話しかけてきた。
「お前、前と随分話し方が変わったじゃないか。」
「そうでしょうか…?」
「この前あったときはもっと下品な話し方だった。」
「げっ!?…………今は、家庭教師のメヒュー夫人に淑女としていろいろとお勉強させていただいているのです。」
「…ふーん」
下品ってなんだ!下品で悪かったな!と怒鳴ってやりたいのをグッとこらえる。わたしは淑女。わたしは淑女。しかしそんな努力も虚しく
「卑しい庶民が僕達コーグリッシュ家に入り込むだなんて、お父様もいったい何を考えているんだか。」
ふぅ、とそう言ってわざとらしくため息をつかれた。
うん。さすがにこれはカチンと来ました。
「こら!ルシアン!何て事を言うんだ!」
なんだとこら。喧嘩なら買うわよ花街育ちの女をなめるなよ!と言ってやろうとしたところでアドニスお兄様の相手をしていたはずのエルヴィスお兄様が目敏く気づいてルシアンお兄様にわたしより先に注意してくれた。
だけど、とうのルシアンお兄様はそんなこと全く気にしておらず、ふんっと鼻をならして、まだそこまで大きくもない身長の癖に胸を張ってわたしを見下ろしてきた。
「コーグリッシュ家は侯爵家ですよ。庶民がお金ほしさにわざわざ赤毛の子をつれてきて父様の子だと言い張っているのかもしれない。」
「ルシアン!!」
「僕はなにも間違っていることはいっていない。確認するすべもないのにこいつが僕達の妹だなんて。たとえ本当だったとしても庶民の血が混じってしまっては伝統あるコーグリッシュ家の汚点になるでしょうね。」
心底嫌そうな顔をして座り込むわたしを見るルシアンお兄様。
ここまではっきりと嫌悪を表されたら仲良くしたいと思っていたこちらとしてもいい感情は抱けない。向けられた顔と同じように淑女らしくはないと思いながらもわたしまで眉間に皺をよせてしまった。
それをみたルシアンお兄様もさらに顔をしかめる。お互いににらみ合いながら先に口を開いたのはルシアンお兄様だった。
「…なんだその顔は。文句でもあるのか」
「そこまで言われて文句がでないとでも?」
「なんだと?庶民が僕に意見するっていうのか!」
「三男のくせに一番偉そうにしてんじゃないわよ!侯爵家の穀潰しが!」
「!?!?」
目の前の可愛らしい顔が驚愕に染まった。ルシアンお兄様だけじゃなく、いつルシアンお兄様を引っ付かんで止めさせようかとしていたエルヴィスお兄様もアドニスお兄様も茶色の瞳を大きく見開いて言葉の発信源のわたしを見下ろしている。
くたばっていた足に力を入れて立ち上がれば、ルシアンお兄様と同じぐらいの高さに目線が行く。
驚きすぎて、口をパクパクさせていたルシアンお兄様にここぞとばかりに花街で達者になった言葉で攻め立てた。
「三男だなんて騎士のアドニスお兄様に、聡明でお優しいエルヴィスお兄様がいてはルシアンお兄様など侯爵家ではなんの役にもたたないではないですか。わたしはどこかの貴族と婚姻を結べば、まだコーグリッシュ家の力になれると思います。知っていますか?庶民じゃ働かずなんの役にもたたず、衣食住をあたえられているものを穀潰しといって寄生虫のようにののしっているのですよ?誰かのようですわね。」
おほほ。とわざとらしく今まで使ったことなどない淑女のような笑いかたをしてみた。
しかし、それが実に嫌みったらしい感じに出来上がってしまったのでこちらとしてはよい傾向だ。
もちろん、ルシアンお兄様に対してだけど。
ルシアンお兄様はしばらく呆けていたけど、わたしの笑い声ではっとしたらしく、みるみるうちに髪の毛と同じように顔が赤く染まった。
「こいつ!!庶民のくせにこの僕を…!調子に乗りやがって!」
「きゃあ!」
「あ!おい!やめろふたりとも!」
「ルシアン!その手を離すんだ!」
「いったーい!女子の髪の毛を引っ張るだなんて信じらんない!!このチリチリ頭!ハゲちまえ!」
「ろろろろろろろローゼマリー!?そんなこと言っちゃダメだよっ」
ルシアン(お兄様なんてつけてやんない)がわたしの髪の毛を掴み引っ張ったことにより、わたしとルシアンの間でのバトルが開始された。
髪をひっぱるのはもちろん突き飛ばしたり叩いたり蹴ったりと淑女なんか怒りのせいで吹き飛んでしまったわたしは、ルシアンと本気の取っ組み合いになる。
そんなわたしたちに、アドニスお兄様とエルヴィスお兄様があわててわたしたちを引き離したが、その頃にはふたりとももちろんぼろぼろで、あとからきた無表情なメイドたちもさすがに表情をかえて叫んだ。
「な、なにごとですか!?」




