新しい家族
馬車を走らせて、何回かの休憩を挟んで、その度にお尻が普通以上に分裂していないか確認して…てのを繰り返すうちに、気がつけば見たこともないようなばかでかいお屋敷の前にわたしは立っていた。
行きと同じようにお父様のエスコートを借りて馬車から降りた。そして降りて顔をあげた瞬間にわたしは心の中で、それはもう盛大に叫んだ。「な、なんじゃこりゃああああ!?!?」
そのセリフに何故かデジャヴを感じながら、あんぐりと下品にも口をあけて立ち尽くす。
「さあ、ようこそコーグリッシュ家へ」
お父様に、茶色で囲われた大きな木の扉へと促される。
そして従者らしき人が先導してその大きな扉を開けた。…瞬間。
「お帰りなさいませ旦那様」
ザッと音がしそうなほどに数十人の人が一斉に頭を下げる。
ビクッ
え?え?え?なに!?
混乱しすぎて一歩後ろに後ずさってしまったが、よくみると、左右に別れてメイドや執事服らしきものを来た人たちがそれはもう角度までまったく同じに頭を下げている。
それは家主の帰宅のお出迎えらしい。そんな使用人たちに、お父様が「ああ、今帰った」と笑顔で答える。
「新しい家族を連れてきた。みんなに紹介したい。メリッサやエルヴィスたちはどこに?」
「私ならここにいますわ。あなた。」
お父様が一番手前にいた年配の執事に声をかけてすぐに、その執事が口を開く前に一人の女性がお父様に声をかけた。
「メリッサ」
そうお父様に呼ばれたその女性は、後ろにふたりの男の子を連れていた。左右に別れる使用人たちの真ん中を薄い緑のドレスをきて歩いてくる女性は、髪がきっちりと結い上げられまとめられているせいか、目や眉がキリッとつり上がっている。
口元にある黒子が色っぽいが、何かを言われたわけではないのにどことなく威圧感を感じる女性だった。
「父上。お帰りなさい」
「…どなたですか?そちらのご婦人たちは。」
その後ろから現れた二人の男の子たち。
ひとりは優しそうな笑顔で、その彼より小柄なもうひとりはわたしたちをみて不審そうに眉を潜めてお父様に声をかけた。
二人ともさすが貴族と言うか、やはりダンたちとは違う落ち着きがあるし、それなりに値の張りそうな服を違和感なく着こなす姿は気品がある。そして、その彼らの容姿はふたりそろって見事に赤毛であった。瞳の色は薄い茶色だ。
メリッサという女性は、栗色の髪をしているので赤毛ではない。
お父様のことを父上と呼んでいる時点で、彼らがどう言う存在なのかは予想はつく。……つく。つくけど、つまり、それは、彼らが私の腹違いの兄弟ということになるわけで。
うわ~お父様の赤毛遺伝子強いな!
母様のような金髪になりたかったわたしとしてはその赤毛遺伝子が憎い。
「メリッサ。エルヴィスたちに説明していないのか?」
「説明?いったいどう説明しろと言うのかしら。自分の父の愛人とその子供が今日から家族になると?そんな父の醜態を私の口からはとても子供たちには言えなかったわ。」
「メリッサ!!」
「あら?何か間違いでも?」
奥様、がっつり言ってますよ。
自分の母がいった言葉に信じられないとばかりに目を見開きわたしたちやお父様を凝視してくる二人。そのふたりの母は私たちを見てフンッと鼻で笑った。
「メリッサ、言い方があるだろう。それに、彼女たちの前だ。」
「あらそれは失礼」
全く反省はしていない様子で謝られた。
なんだろう、もうどう反応すればいいかわからない。隣の母様をちらりと見てみれば、いつもと変わりなく色気を振り撒いて佇んでいた。そして、メリッサさんの謝罪に「いえ気にしてませんわ。」と儚げに微笑んで見せた。その仕草に息子二人が見惚れてしまい、メリッサさんの眉間のシワがギュッとよる。ひぃっ!
「エルヴィス、ルシアン。レイヤとローゼマリーだ。ふたりは離れに住むことになるが、ローゼマリーはここに友達もまだいない。お前たちの妹だ。仲良くしてあげなさい。」
お父様にいきなりそう紹介されたが、貴族の礼儀も何も知らないわたしはどうすればいいかも分からず慌ててお父様の後ろに隠れる。
そうするとお父様は見るからにデレッとした顔をしたが、メリッサさんの顔が恐ろしいことになった。やめて、お父様。
「ロゼ、次男のエルヴィスと三男のルシアンだ。あともう一人、ここにはいないが長男のアドニスがいる。今日からお前の兄たちだよ」
「ロ…ローゼマリーです。よろしくお願いします…お兄様。」
自分のことをロゼと言いそうになって慌てて言い換えた。お父様の後ろから母様を見ると笑顔で頷いていたのでこれで問題はないらしい。
エルヴィスとルシアンは自分たちに向けられたあいさつを聞くとお互いに顔を見合わせた。いきなり自分の父親が愛人とその子供をつれてきて、おまけにお前たちの妹だと言われればそりゃ戸惑うだろう。
しかし、ここは一番の年上の自分がしっかりしなくてはと思ったのか、エルヴィスが弟から目線を外すとわたしを見下ろしてにこりと笑った。
「僕たちとお揃いの赤毛のレディ。歓迎するよ。よろしくね?」
ここにきて初めて友好的な態度をとってもらったきがする。奥様のメリッサさんは変わらずわたしと母様、そしてお父様を腕を組んで睨み付けているし、ルシアンは顔をしかめている。
そんななかで初めての笑顔。安心してしまい思わずつられてこちらも笑顔になる。まだぎこちない笑みだっただろうけど。
ああ、やっぱりわたしは花街が大好きだよ。
今すぐ花街に帰りたい。
円滑にはいかなかったけど、ひとまずこれからお世話になる住人たちとのあいさつは終わった。
わたしだけが緊張してたみたいで、母様は「女の嫉妬を絵にかいたような奥方様ね。」ホホホと笑っていた。さすがは女の世界で生き残ってきた母様。その余裕、尊敬します。
お父様は家族で話があるらしく、メリッサさんたちを連れて屋敷の奥へと入っていった。
その前に使用人にわたしたちの案内と世話を任せるのも忘れない。
黒いメイド服をきたメイドさんに促されるまま連れてこられたのは、裏庭の様なところにある通路を通った先にある離れの屋敷だった。
離れと言っても庭は繋がっているし、充分大きい。そして、この離れにはわたしと母様、そして数人の使用人たちで住むことになるらしい。もちろんお父様はメリッサさんたちと同じお屋敷だ。本邸のお屋敷へはなるべくいかないほうが懸命です。と年配のメイドさんに言われたわたしと母様。
あんな怖い奥様がいるところへ自ら行こうとはとても思わないけど。
「今日は長時間馬車に揺られてお疲れでしょうし、お部屋でゆっくり休んでくださいませ。何かありましたらベルを鳴らしてわたくしどもをお呼びください。それでは、ローゼマリー様もお部屋へご案内いたします。」
今話していたところは母様へ与えられたお部屋だった。
それはもう大きなベッドと高そうな家具の置かれた部屋で、薔薇園で売れっ子だった母様は花街では他のねえ様よりも大きなお部屋だったけれど、あの部屋とは次元が違う。
母様のお部屋には二人のメイドが母様の荷物を片付けたりお茶をいれたりしていた。いたれりつくせりである。
母様とはここで別れてわたしも自分の部屋へと案内されると、案の定、なかには二人のメイド。
わたしが中に入るまで深々と頭を下げていた二人は、年配のメイドさんが「あとは頼みましたよ」と言ってわたしに頭を下げて去っていくことでようやく顔をあげてくれた。
そのあとは母様の部屋で見たのと同じだ。
お茶をだされて、何かあったら呼ぶようにと言葉を添えて部屋から出ていった。
普段はねえ様がたのお世話をする立場だったから、わたしが何かしようとすると、さっと横からかっさわれていくのに慣れない。こんなことまでやってくれるの!?てぐらいわたしはピクリとも動かなくてもいい。
「ローゼマリー様はどうぞ何もせず座って休んでいてくださいませ。」
紅茶のおかわりを自分でそそごうとしたときのできごとである。
今は誰もいなくなった広い部屋で呆然としている。
「みんなに会いたいなぁ」
ポツリとこぼれた言葉はきっともう叶えられることは難しい。




