血、肉、少女
Ⅲ
歩いていると、目の前にシカがいた。いつの間に来たのだろうか。木に灯る虹色に光に照らされ、毛皮は艶やかに輝いている。胴体から伸びるスラリと細身の脚は余計な脂肪分が無く、顔はりんとしていた。純粋で透き通るようなエメラルドの瞳は、光の当たる角度によってくりくりと輝き、愛嬌がある。先がぐるぐると巻いていてメルヘンな形の角は凹凸がなく滑らかだ。
-純粋に微笑むことが出来た。
僕は慣れない微笑みを顔にたたえ、シカに近づいた。シカはおとなしく、僕が近づくと澄んだ高い声で鳴いた。そして撫でてくれ、とでも言うかのように頭を下げる。僕は手を上げ、シカの頭をゆっくり撫でた-
-爆風が、巻き起こった。
凄まじい爆発音と共にごきっ、バリバリと奇妙な音がした。痛くもないし、爆風で髪や服がはためくことも無い。だが、自分の周りで、いや自分を中心として台風が起こってるように、風が周りの物を根こそぎ持っていく。何が起こっているのか。僕は理解できなかった。
たっぷり1分間、風は収まらなかった。
-どうして、こんなことになったんだ?何故?え・・、なんで?僕は?
何が起こったのか、本当に分からなかった。
かつてシカがいた所には、大きな血だまりが出来ていた。血だまりの中にはあの愛くるしい、シカの面影もない、ただの血にまみれた毛皮と肉塊、ばきばきに折れた骨があった。周りを見渡せば、あの奇妙な木は僕を中心とするように円状に倒れていた。根元は見るも無残に折れ、灯った光はさらに儚く、切れ切れに灯り、今にも消えそうだ。ある木は土ごと根こそぎもがれ、命の面影も無い。光なんて物は無く、灰だけが残っているものもあった。地面には、僕を中心に放射状に走ったひびが起きたことの異常さを物語っている。えもいえない喪失感が全身を襲った。
-僕は、一体この森に何をしたんだろう。この喪失感は一体何なんだろう。
僕は、へなへなと地面に座りこむ・・・のを押し留めるかのように、前方で脚をするジャリッと言う音がした。顔を上げると、・・、少女がいた。
そして開口一言。
「馬鹿?」