その1
「ニャーオ」
「ミャー」
「ミャウミャウ」
ぞろぞろと集まってきた様々な種類の猫たち、その数およそ三十匹。
「な、何とかしたいけどね、腰が抜けちゃって」
哀れな田部青年、何度も周りの彼らに頭を下げている。但し、正面だけには視線を決して向けやしない。それもそのはず、そこには一人の男がうつぶせになっているのだ。別にそれだけなら単なる昼寝と思えばいい――が、その背には何と、垂直にナイフが刺さったままなのだ。
「もう、何でいっつもこんな目に!」
まあ、くじ運が悪いと言えばそれまでだが、その脳裏には咥え煙草の誰かさんの顔が浮かんでいる。
そして、ニャーニャー鳴かれたまま二十分ほど経過した時
「ん?」
玄関よりドタドタと聞こえてきた複数の足音。これに首だけ回した田部君、大声で
「こ、こっちですよ!」
すぐに数名の警官を引き連れ部屋へと入ってきた白子刑事だったが、まずはその場で寝転んでる青年を見て
「あらら?」
そして次は、部屋の中央にて、やはり転がってる男に視線を移し
「うおお!」
「見ての通りですよ、白子さん」
うんざりした顔で、こう吐いたおにぎり君。だが、そこに
「だ、誰なんです? この人って?」
「し、知りませんよ。僕だって、初めて来たんですから」
「あ、そうでしたね、ウンウン」
二、三回頷いた白子刑事、すぐに警官らに向かって指示を出してきた。
「じゃあ、調べましょう!」
その時、場違いにもほどがある軽快な曲が辺りに響き渡った。無論アニメオタクでなる、おにぎり君のケータイからである。
「もしもし……」
『おい、本当に死んでるん?』
向こう側から聞こえてきたいきなりのフレーズに、助手が思わず眉をひそめ
「不謹慎ですって! 木俣さん!」
『いいから、まずはこっちの質問に答えよ!』
「んもう……亡くなられてますよ、どう見たって」
この先続く言葉は、助手の彼には容易に想像がついた。
『ならば、びた一文ならんからさ、すぐに戻ってきな』
「やっぱり。そら戻りたいのは、やまやまなんですが……ほら、腰が抜けちゃって」
『じゃあ、這って帰ってこいって。こちとらさ、時給払ってるんだから。ユーシー?』
「ユーシーって、そんな無茶を……」
見るからに可愛そうなおにぎり君だったが、これに続いて小声で
「……この鬼」
『ん? 今、鬼って言っただろ?』
相手の地獄耳を再認識した彼氏、すぐに慌てて
「あ、いえ、お荷物になってすみませんって言ったんですよ」
『そんなに長いフレーズじゃなかったぞ? ま、いいけど』
胸をなでおろした田部助手だったが
「でもね、木俣さん。第一発見者だから、白子刑事も帰してはくれませんって」
だが、そんな事では許そうはずもない相手。
『そんならさ、わかんないよう静かに這ってこいよ』
「は? この……悪魔」
『ん? 誰が悪魔だって?』
「あ、あくまでも事情聴取くらいはされますって」
『もう、しゃあないやっちゃなあ! じゃあ、そこそこで戻ってよね!』
「そこそこって……あ、切られたし」
そしておにぎり君、ケータイに向かって思いっきり叫ぶのであった。
「この、血も涙もない冷血人間!」
だが、そこにまたもや
「え……も、もしもし? ま、まだ何か?」
この時、一瞬ケータイが壊れるかと思った田部君。その耳に響いてきたのは、それはそれはデカイ声
『くぉらあ! 血や涙くらいあるぞ、このバカチンめがっ!』