小さな村
日が傾き、空も大地も茜色になる頃、オウルは夕暮れが似合うくらいに寂れた村についた。外に出ている人はいないが、家屋は小綺麗で、すくなくとも幽霊村ではないようだ。
オウルは村に足を踏み入れると、まずため息をこぼした。
理由は簡単で、さっきの行き倒れが後ろにいるからだ。道中聞いてもいないのに名乗ってきた。行き倒れの名前はホークと言うらしい。
「へえーこれが村かー」
ホークはキョロキョロしながら村に入っていく。
初めて村を見た、という感じだ。すると大きい町の出身で、初めて旅に出たのだろうかとオウルは思った。
「なんだ、村がそんなに珍しいか?」
オウルはそんなホークに話しかける。
「うん。俺のいたところはもっと暗くて金属……」
ホークははっとして口を噤む。暗くて金属、牢屋のことだろうか。しかし、目の前の男は背は高めでなよっとしていて、若干垂れ目で、しかも武器を携行していない。
そのなりのせいで、そんな考えはすぐに消し飛んでしまう。そんなことは無理だろう、と。
「ねーねー早く宿に行こうよ」
ホークは無邪気にこちらを振り返りオウルを促す。
「こんな寂れた所にそんなものあるか。せいぜいあって小さい酒場だろうよ」
ホークは二、三度まばたきした後に変な顔になる。
「じゃあ寝るときどうするのさ」
「野宿に決まってるだろ」
「えー」
ホークはすごく不満そうに顔を歪めた後、がっくりと肩を落とす。
「えーってなんだえーって。常識だろうが」
周りを見ても俺達以外に旅人がいる感じはない。こんな所に宿があっても無駄だろう。
「本で読んだのと違う」
「本?」
「本くらいよむだろう?」
「本くらいって……。まあ書はたまに読むが」
そもそも本、冒険譚のような物語はそもそも文字が読めない庶民が読めるはずもなく、貴族の道楽である。やはりコイツは貴族の出なのだろうか。
「書?」
「魔術の如何が書いてある本みたいな物だ」
「へえ、魔術なんてなんか不思議だね」
ホークはそれは本当に関心したような声でそう言った。
「お前、よくそれで今まで旅してこれたな」
書は知らない。それはいいが魔法を知らない、と言うのはかなりおかしい。この世界の誰もが魔法があることくらいは知っている。今まで魔法に出会わなかった、という幸運。あるものだろうか?
「そりゃあ……」
と、ホークが言いかけた時だった。小石がホークの頭に軽く当たった。
「うん?」
ホークが振り向くと、そこにはホークの半分くらいの身長しかない子供がこちらに向かって小石を投げてきている。
「出て行け!」
石を投げながら子供が叫ぶ。その叫びと投石は必死であった。
「え?」
しかし、オウルとホークはよくわからない子供によくわからないまま当たらない石を投げつけられ、キョトンとなる他無かった。
「出て行け、出て行け、出て行けー!」
だが、子供はそんなことはお構いなしにオウル達に石を投げる。
「ね、ねえ。君なんかしたの?」
状況の飲み込めないホークはオウルに聞いてみる。
「知るか。お前の方こそ心当たり無いのか?」
しかしオウルにもわけがわからない。ホークが村の中にずかずかと入っていったせいじゃないかと思っていた。
「無いよ! アイタ!」
ホークの頭に胡桃程度の小石が当たる。
オウルはあたりをよく見ると、人の影が薄いのではなく、家の中に籠もっている事に気がついた。
歓迎されてはいないようだと、オウルは思った。
「お前らまた悪さするんだろう!出て行け!」
「ちょ、ちょっと待って! 僕らにはなにがなんだか」
そんな事はつゆ知らず、棒立ちしながら時折来る当たりをよけながらホークは子供をなだめようとする。
「うるさい!出て行けったら……出て行けー!」
しかし、置き石を投げつけられたことによりなだめる作戦は失敗に終わった。
「うおっ! ぶねー……」
置き石が足に当たると予測し半歩ずらしてよける。目標を失った置き石は、低い音を出しながら地面に吸いついた。それを見たホークの頬に汗がつたう。
「コラクソガキ!当たったらどうするつもりだったんだこのー!」
ホークは子供に近づく。
「ひっ!」
すると子供は頭を抱えて縮こまってしまった。
「ん?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
あきらかに反応が過剰だった。それを怪訝に思ったのか、ホークは優しく声をかける。
「いやー……、謝るなら最初からやるなよ。ほら、許してやるから、な?」
その時ホークの後ろに人がいたことをホークは気づかなかった。
「ホーク、後ろだ!」
「え?」
後ろを向くと、いままさに棒が振り下ろされているところだった。
「ぐえっ」
防御もできずに首に当たった。ホークはそのまま崩れ落ちて動かなくなった。
「ちっ」
オウルは舌打ちした。まさかここまで治安の悪い村だとは思わなかったからだ。
「おい、アンタ」
鞘に手をかけながら警戒していると、軽くアゴヒゲをたくわえた中年が話しかけてきた。
「なんだ」
柄をしっかり握りしめながら、中年に言葉を返す。
「お前さん、コイツの連れだろう? 一緒に来てもらおうか」
気絶したまま連れて行かれるホークを見ながら、オウルは考えた。
別にホークは見捨てても問題はない。というより、出会ってあまりたたない相手を気にかける神経は持ち合わせてはいない。 しかし、逃げようとすれば確実に報復をくらうだろう。なにせこちらは一人。結果は火を見るより明らかだ。となるとおとなしく従った方が賢明だ。
「わかった、だが殺さないでくれよ?」
そう考えたオウルは大人しく投降する。
「そいつはお前さん次第だな」
オウルは民家に連れて行かれる。木製のドアが軋んだ音をたてて静かに閉じる。
空は、先ほどまでの茜色は藍に溶けて無くなりかけており、まもなく静かな闇に包まれようとしていた。