ミッション――黒薔薇を讃えよ
余裕があるって素晴らしい♪
念願のマリアンヌとローズマリーの絡みです!
部屋に戻るなり、マリアンヌはローズマリーの手を握る。
主人の突然の行動に驚き、咄嗟に手を引こうとしたローズマリーであったが、マリアンヌはそれを許さない。
しっかりと両手でローズマリーの手を取り、胸に抱く。
「――こんなに強く握ったら、手を痛めてしまうわ」
ビクリと、ローズマリーの肩が震える。
マリアンヌは労るように微笑み、強く握られた拳を開くように促す。
躊躇いをみせたローズマリーだったが、マリアンヌに放す気がないのをみてとり、拳を開いた。
強く握っていたために白くなってしまった小さな手のひらに、くっきりと残る爪の跡。
その跡を、マリアンヌは愛しそうに撫でる。
「馬鹿な子。あんなこと、言われ馴れているでしょうに」
「馴れるなんてこと、ある訳がありませんッ!!」
ローズマリーの口から出る珍しい否定の言葉に、マリアンヌは目を丸くする。
「マリアンヌ様は、マリアンヌ様です!!他の誰でもありません!!誰よりも強くて、誰よりも優れてて、誰よりも気高い、俺の自慢のご主人様で、この国の 、誇りです!!それもこれも全部、マリアンヌ様に向けられたものです!!」
そのあまりの声の大きさに、マリアンヌは耳が痛かった。けれど、その言葉の甘さに、耳が熱かった。
自然と、マリアンヌの唇が上がる。
しかしローズマリーの心はそのことにも気づかないほど荒れていた。
(なんで、皆分からないんだ?マリアンヌ様が優れていることに、何ら変わりはないのに……)
マリアンヌの下で働き始めて、まだ2年である。しかし、ローズマリーはその間に幾度となく同じセリフを聞いた。
『貴女が本当に男だったら』
『男児でないことが惜しい』
『レオナルド様がご健在であったなら……』
それらはまるで「マリアンヌなどいらない」と言われているように、ローズマリーは感じた。
男でないならいらないと、そう言われているようで――
同じような言葉を聞く度、ローズマリーは「それは違うッ!!」と反論してしまいそうになった。怒りで頭が沸騰しそうになった。悔しさに、唇を噛みそうになった。
(どれだけの覚悟で、マリアンヌ様が決断を下されたか……)
女であることを公にする――それはつまり、国王を、国を、騙していたと、自ら認めるということ。
首が飛んだっておかしくはなかった。
その覚悟を、皆あまりに簡単に踏みにじる。
「……泣いて、いるの?」
マリアンヌの指が、ローズマリーの頬を流れる滴を拭う。
「ち、違いますッ!これは、えっと、あ、汗ですッ!マリアンヌ様がいつも無茶ばっかり言うから、俺は毎日滝のような汗をかいているんです!」
「……滝のような汗をかいていたら、貴女、一瞬で干からびて死んでしまうわよ?」
「エッ!!」
クスクスと、マリアンヌが笑うから、ローズマリーは林檎のように赤くなってしまった。
「――そうね、わたくしが貴女の他にも侍女を持てば、貴女に滝のような汗をかかせなくて済むのだけれど。でもね、わたくし、信用できない者を傍に置くほど、無用心ではないの」
ごめんなさいね、とマリアンヌに言われ、ローズマリーは慌てて首を横に振る。
「今の御言葉だけで十分です。……いや、ていうか、別に一人だけなことに不満を言いたかったわけではないんですが……」
「あら、そうなの?」
「そうですよ」
「わたくしは、不満だわ」
「エッ!?」
ローズマリーは慌てて頭を超高速回転させ、今日一日に起きたことを回想する。
(朝起こしに行くの遅れたから?いや、別に遅れちゃいないんだ。話してたからギリギリになっただけで。寝間着を自分で脱がせたから?……初めてじゃないし……。ハッ!!ルーファス様に絡まれたから?わたくしの手を煩わせて、的な?……いや、これも割と日常茶飯事だな……ていうか、男に言い寄られること最近多いし……あぁ!!ひょっとしてそれが原因か!?この魔性の女(男)!!女の敵!!主人のわたくしより目立つなんて!!…………マリアンヌ様、そんな人だっけ……)
頭をショートさせるのではないかというほど働かせ、ここまでを1秒たらずで考えたローズマリーであったが、次の主人の言葉に、今度は思考を緊急停止させてしまう。
「もっと他に、わたくしを讃える言葉はないの?」
「……へ?」
ローズマリーの間の抜けた顔に、マリアンヌは吹き出しそうになった。しかしここで笑ってしまってはせっかくの雰囲気が台無しだ。腹部に力を入れ、どうにか堪える。
「誰よりも強く、誰よりも優れ、誰よりも気高い……それって、レオナルドの時にも言われていたわ」
(な、なんだ、そんなことか……)
マリアンヌに不愉快な思いをさせたかと心配していたので、ローズマリーはほっ胸を撫で下ろした。そして、自信満々に答える。
「マリアンヌ様は、御美しいです」
「それ、レオナルドの時も言われていたわ」
「じょ、女性らしいです」
「炊事・洗濯・掃除、一切できないけれど?」
「お、おしとやかで」
「さっきルーファスを言い負かしてきたばかりよ」
「か、可憐で」
「この国でわたくしに勝てる殿方がどれだけいるかしら?」
「…………」
「…………」
(ま、不味い……こんな時に限って頭が働かない!)
先程まで頭をフル稼働させていた反動か、主人を讃える言葉は山のようにあるはずなのに、なぜかどれも女性らしさとは結びつかないものばかり出てきてしまう。
ダラダラと、嫌な汗がローズマリーの背中を伝う。
そんなローズマリーの様子を見て、マリアンヌは溜め息をつく。
(難問を出したつもりはないのだけれど?)
「もう結構」と、言おうとしたマリアンヌより早く、ローズマリーの「お」という言葉が部屋に響く。
「お?」
「お、御可愛らしい、です」
耳まで真っ赤に染めて、ローズマリーが言ったのは、そんな陳腐な言葉。
けれど、その言葉にマリアンヌはほんのりと頬を朱に染める。
そして、満開の花を思わせる笑顔を惜しみなくローズマリーに向けた。
ローズマリー以外には誰も見ることのできない、マリアンヌの歳相応の笑顔。
ローズマリーは息をすることも忘れて、その笑顔に見惚れたのだった。
読んでいただきありがとうございました。
……次こそは物語が進むはず……